11日目 屋上、快晴、そして白刃煌めく
昼休みが終了する15分前。
二人の行方を捜している1−2組の生徒達は他の教室、廊下、トイレ、掃除道具入れ、ゴミ箱、職員室、体育倉庫、南校舎、北校舎、etc,などなどどっかの映画並の大捜索をを行っていたが見つからず、1−2組の前の廊下に集まっていた。
「これだけ探してもいないなんて……どこ行ったのかな? ユキちゃん……」
「はあ~~~あいつこんなに隠れんぼがうまかったかな?」
「海洞も見つからないんだ……」
「ああ、あいつが行きそうなとこと言えば……」
「!!」
「!!」
壁に寄りかかって休んでいる沢木にしゃべっていた近藤は沢木の護熾が『行きそうなとこ』の言葉で何かひらめいたように沢木に指を指す。
沢木も何かピンときたらしく近藤と同じように指を指す。
そして二人で同時に叫んだ。
「屋上だ(じゃん)!!」
ここは屋上、なのだがそこは暑い日差しも風もない空間だった。
はっきり言ってしまえば気持ち悪い、どこか生きていない感じで、フェンス越しに見える町は誰もいない。車も道路を走ってなどおらず空は鳥一羽飛んでなどいない、あるのは白いわたがし雲だけ。
護熾は手すりに掴まってさっきユキナがしてたように町を眺め始めた。静けさだけが支配するこの世界はそう、ユキナ達異世界の守護者の結界の中。
護熾の目の前に広がっているのは人一人いない七つ橋町、ゴーストタウンだった。
「あまり違和感ねえな」
手すりに掴まっている護熾は無表情のまま町を眺めながら呟く。そのあと手すりから離れ、ユキナの前まで歩いていく。『でも何か変な感じがする場所だな』っと、護熾が結界の感想を述べると
「でもすごいことができるのよ、見てて」
そう言ったユキナは護熾に背を向けて向こうに4歩ほど進むといきなり前に跳躍をした。
普通はそのままコンクリートの床に着地、のはずなのだがユキナの体は何かに乗っかったように宙に浮いていた。護熾の目線と同じ位置にユキナの足が見え、ゆっくりと顔を上に上げると腰に手を当てて、誇らしげな顔を浮かべている
「すげえ! そんなことができんのか!? 」
両手に握り拳を固めて唸る護熾。その護熾を見下ろしているユキナは体を護熾に対して右に向けると今度は階段を上るように膝を曲げ、足を浮かせてから前に踏み込む。するとさっきより高い位置にユキナの体は上がり、また護熾に振り向くとその場でしゃがみ込んで微笑んだ。
「でしょ? この結界の中なら自分の意志でこうやって宙に浮けるの、でも鳥みたいに空は飛べないの。あとは水中でも息が出来るし、ここなら寒さや暑さを凌げるすごい場所なのよ!!」
「うわっ、人類の夢をここなら叶えちゃうわけね…………どれ、こうか?」
空は飛べないが宙に浮けることに興味を持った護熾はその場で飛び乗るように小さく前にジャンプをすると足が床から10cmの地点で止まった。
「おお! すげえ!! 浮いてる!」
「あら、意外とうまいじゃない」
そのあと護熾は見えない階段でも駆け上がるかのように空に浮いている雲目掛けて上り始めた。
屋上から離れ、ふと後ろを振り返るとそこにはまるで山の頂上から見たような景色が、町が、視界に広がっていた。
一方ユキナは遙か上に行っている護熾が『お~~! すげえなこの空間!」っと、手を振って喜んでいる姿を見て、『でしょでしょ!? すごいんだから!』と両手を振って応えているときだった。
ピタッと両手を振るのをやめたユキナはギンッと鋭い目つきになって後ろに振り向く。
急に手を振るのを止めたユキナに気が付いた護熾は何かがあったと思い、飛び移るかのように点々と宙を足場として屋上に向かって降りていき、すぐ隣で着地をした。
「なんだ、どうしたんだ?」
ユキナは護熾に背を向けたまま真っ直ぐ屋上の向こうを見ている。
護熾もいつもと様子が違うのと、なんだか雰囲気が怖いので声がかけられなかった。
すると睨み付けた表情のまま、彼女はこう呟いた。
「…………やつらが来たわ」
「やつら……って?」
護熾が聞こうとした瞬間、屋上の向こうで鉄がひん曲がる音がしたかと思えば、フェンスを破って中に入ってくる黒い物体。
またはフェンスを飛び越して来たり、空からコンクリートの床にひびをいれるくらいの衝撃を纏って屋上に降り立ったりと影が4体、屋上に集まってきた。
「ぐるるるるるるるるるるるるるるるるッ!!」
「ギャウギャウギャウッ!! ウアアアアァァァァァ!!」
ある者は二足歩行、ある者は四つん這いになって護熾達に向かって威嚇なのか、その姿に違わず狼のような唸り声で屋上を包み込む。
そしてよだれが口から垂れ、水たまりを作ってからそこにべちゃっと足を踏み入れた。
「…………マジかよ…………4体……大丈夫か? ユキナ……」
隣にいるユキナに目を動かし、怪物の数を言うとユキナは片手を横に広げて護熾を護るようにし、険しい表情を怪物達に向けている。
「気をつけて護熾! 4体同時に同じ目的で来るなんて初めてだから……!」
初めてのケースらしく少し緊張気味で強めの口調が護熾の緊張感をさらに駆り立てる。
自分の命を奪われる恐怖が甦るが今度は違った。
その恐怖の中で太陽みたいに明るい光が護熾の凍り付いた心を温めてくれている。
目の前にいる少女が今の護熾を安心させる唯一の拠り所になっていた。
「四体、普通の状態じゃまずいわね…………護熾、一気にケリをつけるから扉まで下がっててね」
「わ、わかった。気をつけろよ」
ユキナに下がるように言われた護熾は怪物達に視線を外さないように後ずさりをし、扉の前まで来るとそこで足を止めた。ユキナは護熾が安全な地点まで移動したのを確認すると再び怪物達に顔を戻した。
そしてすぐにユキナの身に変化が起きる。
しかし前とは違い、ゆっくりではなく今度は一瞬で髪の色が黒からオレンジへと変わる。
瞳の色も段々鮮やかなオレンジになるのではなく最初からなり、護熾に見せたときよりも数倍の力が宿っているように見えた。
「だ、大丈夫なのか? この世界ではなりにくいんじゃないのか?」
昨日見せてもらったときにユキナがこの世界では開眼がしづらいと言ったのを思い出してすぐさま尋ねる。ユキナは少し顔を向けるようにすると少し微笑んだ表情で言った。
「結界の中なら大丈夫」
そう言ってから右手を胸の前で薙ぐように振ると光の軌跡が伴って描かれ、ぎゅっと握り拳を作ると鞘に包まれていない、銀色の刀身が姿を現す。そして刀を片手で持ったまま中段に構え、切っ先を一番近くにいる怪物に向ける。
もう、学校で見ている太陽のような笑顔でみんなとしゃべっているユキナはどこにもいなかった。
いるのは、幾多の修羅場をくぐり抜けた女傑だ。まるで一つの武器のような、そんな緊張感が屋上を染めている。
「いくわよ、怪物達」
ユキナがそう静かに言ったとき、それを合図にまず2体の怪物がユキナに向かって双方から飛びかかってきた。ユキナはそれに動じず、双方から飛びかかってくる怪物を見据えていた。
「おい!! あぶな……」
2体の怪物が襲ってきたのに動かないユキナに護熾が心配になって叫ぶ。しかしそれでも動かず、とうとう怪物は爪を振りかざし、ユキナのいるところに突き立てた。
コンクリートが砕ける音が響いて、白い煙が辺りを包み込む。腕で風を防ぐようにしていた護熾はゆっくりつむっていた目を開け、今の状況を確認する。
やがて煙が晴れてくると怪物達は互いの腕を交差させて床に爪を突き刺しているのがわかった。
そして護熾から見て右の怪物の腹に太陽の光で煌めいている銀色の刃が背中にまで達するほど突き刺さっていた。
そして左の怪物のすぐ目の前に手のひらが向けられていた。
完全に煙が晴れたその場所には片手で持った刀を右の怪物に突き刺し、左の手の平をもう一体に向けているユキナが立っていた。そして手のひらに小さい太陽、生体エネルギーを凝縮させた球体を出すと
「まず、2体」
その瞬間、刀に刺さっていた怪物は塵になって消え、もう一体の方は発射されたユキナの作り出した球体を顔面に食らい、爆発が起き、消し飛んだ。
新たな煙が屋上に舞うが、ユキナの視線はしっかりと残りの2体を捉えていた。
あっさりと2体が倒されたことに動じず、3体目の怪物が遠吠えを空に向かってするとユキナに突進してきた。ユキナは刀を右から左手に持ち替えて、右手で左腰にあるベルトで固定された青い鞘に包まれているもう一本の刀を取り出すと、同じように怪物に突進していく。
そして互いが交錯する時、怪物が口を開け、噛みつこうとしたとこを右手に持っている鞘で受け止めて防ぎ、一瞬動きを止めたとこを逃さずにそのまま左手で持った刀で怪物の腹を横真っ二つに斬り捨てた。
「す、すげぇ……」
ユキナの戦いぶりを扉の前で見守っている護熾は思わず感嘆の声を呟く。
3体を倒され、残り一体となった怪物はユキナを恐れ、空に向かって跳躍するとそのまま逃げだそうとした。だがユキナは持っている刀を後ろに仰け反るように構えると投げ飛ばした。
刀は円を描いて怪物に向かって飛び、そして空中でぶっすりと体に刺さり、絶命をした。
「うお!! まだいたのか!?」
護熾の叫び声に気が付いたユキナは振りかえるとそこには獲物を得るために今にも襲いかかりそうになっている怪物が護熾の2メートル先にいた。護熾は壁に背を付けて怪物を怯えた目で見ている。
(―――しまった! 最後の一体は囮であれが本命!)
「しまった! 護熾逃げて!!」
ユキナは懸命に叫んで護熾に逃げるように伝える。
だが護熾は体が硬直しておりその場から動けなかった。
怪物は高々と爪を上に振りかざす、その爪は日光を反射して一瞬輝いた。
相手を死へと誘う輝きだった。
振りかざされた爪が突き出され、護熾の頭を捉えるが、護熾はガチガチに硬直した体ながらも右にスッと避け、怪物の爪が護熾の左頬を抉り、そのまま壁に突っ込んだ。護熾のすぐ横でコンクリートの壁を易々と砕き壊した爪をゆっくりと戻し、口の方に運ぶと先端に付いた血をベロッと舐めとった。
護熾の左頬から血が流れ、伝い落ちる。
「護熾!!」
投げた刀が手元に戻ったユキナはすぐに護熾の元に人間離れした足の速さで救おうと向かう。
護熾はゆっくりと左頬を手で触り、目の前に持ってきて手のひらを見る。
そこにはべっとりと自分の血で染まった手のひらがあった。
心臓が高鳴る音がよく聞こえた。
しかし、このまま黙ってやられるわけにはいかない。
自分はさっきから自分より小さな人に護られている。
このままではダメだ。このままでは男として情けない。
密かに、燃えさかる気持ちがどこかにあった。
怪物は次こそは外さないと今度は口を大きく開けて鋭い牙を見せるとそのまま顔を突っ込ませてきた。 護熾に迫っていく中、怪物が見た護熾の目は怯えた目ではなく……
炎の灯った目だった。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!! 人間なめんなよおおおぉぉ!!」
護熾は険しい表情で吠え、迫り来る牙を怪物の懐に潜り込むようにして避け、怪物は空を噛んだ。
そして護熾は怪物の腹をまるでナイフを突き立てるように拳を突き出して殴りとばし、ベコンッと段ボールにパンチをしたような音がすると、怪物は体をくの字に曲げて後方に思いっきり飛び、唾液をまき散らしながら助けに来たユキナに対してに背を向けて突っ込んできた。ユキナは驚きながらもジャンプして下に怪物が通過する瞬間に体を縦に一回転して怪物を一刀両断にした。
塵になり風に運ばれて怪物は姿を消していった。
「護熾! あなた今……」
スタッと着地を決め、開眼を解いて、髪と眼をもとの黒色に戻し、刀も消してからユキナは護熾に駆け寄る。当の本人は自分でも何をしたのか分かっていない様子であったが、彼女が近くに来たことで少し落ち着いたのか、
「へ、へへ、どんなもんだい……やってやったぜ……はあ~~」
ようやく安心したのか、その場でペタンと座り込み、左頬から血をだらだらと流しながらも明るくユキナに親指を立てて言った。