三十五月日 遠い日だまり
「お前……ツバサの名を何故知っている?」
「教えてくれたのよ。ツバサさんが私に……」
ツバサという名前に反応したその者は口元を僅かに歪めてユキナに問い掛ける。
ユキナはその者の質問に答え、そして両手で紅碧鎖状之太刀を握りしめ、切っ先をやや上に向ける。
相手の気に変化が起きている。それを感じ取り、やがて何か巨大な生物がいるかのような気配を感じ取ったからである。相手は確実に反応している。それを弁えてさらに言い続ける。
「あなたに聞きたいの。何でワイトを襲うの? 何で人々を怪物に変えるの? 何であなたは“人間”なのに私達と敵対するの?」
聞きたいことを続けざまに並べて質問するユキナにその者は静かに耳を傾ける。
随分面白いことを聞いてくる娘だな。
何故この娘がそんなことを知っており、何故怖れずに質問してくるのか、その者にとっては興味深く、愚かしく見えていた。
確かに目の前の少女はツバサに似ている。
そして気を探ると在ることに気が付く。
その在ることに気が付くとその者は益々この娘が愚かしく見えてきた。
この娘は……
「滑稽だな娘よ。そしてお前は13年前、私に斬り掛かってきた男の娘か?」
「………………!」
「そのようだな。まさかあの男に子がいたとは…………二代揃って大馬鹿者が現れたワケか……」
ユキナからは見えないその者の眼がユキナを捉えると、ずしりっと空間の重みが増したように空気が淀む。ユキナはそれだけで全身に矢が刺さったような感覚に襲われ、驚愕の表情を浮かべる。そして反射的に体から火花が散る始め、ギザギザとした緋色のコートも羽織られ、その者の気に対抗するために気を爆発的に上昇させる。
第二解放。
しかし相手との力の差は泥沼のように不明。その者は『やはりな……』と呟いた後、
「……しかし何故お前の存在がこの世界には無かったのか……第二解放を引き継いでいるお前が………………そうか、現世に身を潜めて…」
アスタという男が第二解放を携えて自分に斬り掛かってきたのは当時は予想外の出来事であった。人間が進化している、それが面白くないことであり、歯痒いことであった。
だからこそ、そのような存在を徹底的に葬り去る。そうしようとしたが当時の“生き残り”はトーマとシバの二人、しかも二人とも開眼の力を失っていた。
だから手を下すまでもない、そう思って前回は帰った。だが見落としていた。あの男に娘がいたことを。
そしてこの娘は何かを知っている。だが今更そんな質問も自分の過去もどうでもいい。
それならば13年前の不始末を拭おうとその者は一歩前に出始めた。
「お前の疑念に答えるつもりはない。私はただ、自分の欲の感情で動いている。娘よ、仇討ちに来たのなら相手をしてあげよう。」
こちらの話は聞かない、ユキナはそう理解し、刀の柄を一段階強く握りしめる。
その者は何もない腰に手を当てて、ゆっくりと何かを引き抜き始める。
形状はまるで大太刀のようで、長さはユキナの紅碧鎖状之太刀と同じくらい。
そして――――――鍔も柄も同じ形状をしている。
刀身の輝きも、模様の一つ一つもまったく同じもの。
その者が片手に納めている刀は――――紅碧鎖状之太刀そのものであった。
「何で…………! あなたがそれを持っているの?」
「お前がその理由を知る術はない、娘よ。さあ、あの男と同じ冥府へ送ってやろう。私に楯突いた二人目の人間としてお前を迎え入れよう。悲・哀・憎・悔 泥濘にのたうつ人間達の感情の中、お前は何を見せてくれる?」
そしてその者の鎧から何かが勢いよく弾け飛ぶ。
それはヒュンヒュンと風を斬って回転しているように聞こえ、二人を囲むように空中に何かが刺さるとそれが形を為し始める。
ユキナは眼を左右に動かして今周りでどんな状況になっているかを確認すると―――半分ほど刀身が虚空に沈んでいる紅碧鎖状之太刀がたくさん、二人を取り囲むようにして突き刺さっていた。
「なっ…………こんなにたくさん…」
「全てを見せつけ、散りゆく花の如く消えて行け、娘よ」
とうとうその者が刀を携えてまるで相手の死角を突くようなゆっくりとした動きで足を一歩踏み入れた瞬間、ユキナは即座に反応して胸の前で刀を横にして防御反応を示すとそこに火花と衝撃が奔る。超力と超力のぶつかり合いで空気の津波が二人を中心に生まれ、凄い速さで広がっていく。
ユキナは奥歯を噛みしめて、いきなり攻撃してきたその者の姿を改めて確認する。
その者は刀を片手で持っており、ユキナの刀に押し当てるように斬りつけている。
そして気付く。その者の持っている刀は姿形は似ているものの、流れている気がまったく違うということに。
「 滑稽 幾百年、人間の愚かさだけは変わらん。」
しかしその鍔迫り合いは長くは続かず、完全に力で劣るユキナは十メートル程後方に弾き飛ばされた。
その者は吹き飛んだユキナが態勢を立て直そうとしているときに数歩歩いて別の紅碧鎖状之太刀の許にたどり着くとそれを空いている方の手が柄を掴み取り、スッと音もなく引き抜いて二つの刀身にユキナの姿を映し込ませる。そして角度を変え今度は刀身に自分の姿を映し込ませ、
「お前が何かを知っていようと、私を止めることはこの世の万事万物を用いても無駄なこと。お前の死に様、とくと見せてもらうぞ。」
そしてユキナに向かって、その者が飛び出していった。
『烈眼のユキナ、この大戦の首謀者と思われる人物と接触。 同じく玄眼のシバ、東門にて数百体に及ぶ怪物達と交戦開始。その他にも蒼眼のガシュナ、琥眼のラルモ、柴眼のアルティもそれぞれ各大門にて虚名持と接触、交戦を開始致しました。』
「とうとう、本格的に世界の命運が動き始めたか…………!」
オペレーターと各司令部と兵長からの相次ぐ報告でトーマは手汗握るこの大戦がいよいよ激化してきたことをしみじみと感じ取っていた。
そこへ何か遽しくこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえてきたのでトーマは顔を其方に向けて入ってくるのを見ていると必死な顔で美しい髪を持つ女性がバタンとドアを開けて入ってきた。
「………! ユリアさん!」
「トーマさん!! 娘は!! 娘は今どこに!!」
ユリアはトーマに駆け寄ってくるやいなや白衣を掴んで娘の所在と安否について訪ねるとトーマは教えるかのように顔を前方にあるモニターに向ける。
それに釣られたユリアもそのモニターに目をやると、表情を驚愕に一変させて茫然と立ち尽くし始める。電波が弱まっているのか、画質があまり鮮明ではなく、しかしそれでも何かが映っていることくらいくらいは分かった。
ユキナが一人で漆黒の鎧を纏っている人物と剣を交えている。
斬撃が飛び交い、除け損なったユキナの頬が僅かに刀の切っ先を掠め、赤い一筋の線ができ、血が重力に引っ張られて散っていく。それでも険しい顔でユキナは相手の懐に突っ込んでいく。
だがその者はユキナの斬撃を全て片方の刀で防ぎ、その直後にもう片方の刀で反撃をする。
それをユキナは紙一重で避け、後方に跳んで避けているのだ。一歩間違えれば血潮が飛ぶこの戦い。ユリアは口を手で押さえて驚き呆ける。
「ユリアさん、お気持ちは分かります、痛いほど。しかし悔しながらも、手が出せません。」
「えぇ…………ええ分かってますトーマさん。あの子は自分の意思であそこにいることくらい……」
「「「…………………」」」
唯一、同年代の若い芽の使い手の中で親を持っている伝説の英雄の娘が敵の首謀者と戦っている。決して光が見えない、勝ち目のない戦いに彼女が戦っていることくらい、その場にいるオペレーターや研究員は分かっていた。
これはせめての時間稼ぎ、せめて虚名持が倒され、他の眼の使い手が到着するまでの。
それでもユリアは娘が無事でいることを、ただ祈る。例えモニター越しの映像でユキナが斬られようとも。
トーマは静かに眼を閉じた後、目の前の液晶画面の項目を選んで、それからマイクを引き寄せて呼びかけるように告げた。
「準備はできたか?」
『ハイ、全員装着完了です。全起動安定、いつでも出撃できます。』
「よし、出撃しろ」
そしてマイクを置き、ゆっくりと、慰めるようにユリアの肩に手を置いて共にユキナの戦いを見始めた。お前の母さんが見ているから、絶対死ぬんじゃないぞ、と同じく祈りながら。
戦場では何が起こるか分からない。
シバは戦いの中でよくそれを知っていた。戦場というのは有利な状態や不利な状態が何時引っ繰り返るかが分からない摩訶不思議な場所なのである。
奇策で少人数で大群を全滅させたり、はたまたたった一人で何百という怪物を灰に帰したりと、そのことは十分身に染みていた。
…………なあ、俺は今どんな風に見えている?
心の中で、誰かに語りかけるように、そう呟いて振り向き様に飛び掛かってきた怪物を数体、横に何の障害もないかのように斬り捨て、灰を強化服の甲殻に浴びせながら両手に超高速震動ブレードを携えながら目に付く怪物、襲いかかってくる怪物を手当たり次第斬り捨てる。
もう五十体以上は灰に変えたか?
そう考えながらも全てを全滅させ、ユキナに加勢すべく戦いに自らの身を埋没させていく。
シバには妻がいた。
それは美しく、強い女傑であった。
同じF・Gの出で同じ軍で同じ部隊だった。彼女は女性にしては男勝りの実力、しかしその実力に反して可憐な容姿をしており、髪はいつも紐で縛ってポニーテールにしていた。
自分のことを『シバっち』と呼び、ユリアやトーマ、それにアスタとも深い交流があった。
そして彼女は当時で女性で唯一、そして男勝りも納得がいく能力を持っていた。
それこそが、シバとの交流をより深くした彼女ならではの運命であり、死ぬことも避けられない運命でもあった。
彼女は―――――開眼者なのである。
当時はアスタも生きていた。彼女も生きていた。
そんなお話を語ろう、例え一部であっても。
護熾達がいない、若い日々の彼ら。残酷で悲運な運命を辿る彼ら。未来へ繋ぐ、重要な役割を担った彼ら。
――遠い日だまりが照らしてくる中、確かに生きていた二人の生きていた頃のお話を――
「シバっち、敵はどうなった?」
「いないようだぜ。それにしても数が多かったな〜」
何もない荒野にまるで砲弾が落ちた後のような場所に二人はいた。周りには何かの残骸が散っている。
今の時間は深夜、漆黒の星空が暗い夜の底を照らしている。
二人は近くの町が怪物の集団に襲撃されているという報告を受け、出撃し、たったいま殲滅したところであった。
一人は少女のようで上半身に鎧に似た防具を来て、髪はオレンジ色をしており、転がっている岩に座っている。
もう一人は少年のようで黒髪で同じく黒いスーツ状の戦闘服を着込んでおり、地べたに直接座っていた。
二人とも、声と姿からして十代半ばのようである。
「……さて、帰るか」
「うおィ!! 今の時間で帰ったらバリバリ朝迎えるぞ!?」
唐突に言った少女に少年が突っ込む。
少女は暫し思考を停止させて今から救援を呼んだ町に徒歩で戻ったら確かに時間的にかなり掛かると考えつき、それならお前はどうする? と、聞きたげな表情で聞いてきたので少年はボリボリと後ろ頭を掻いてから
「ここでお迎えがくるのを待つしかないだろ? 今は丁度温かい時期だし、凍死の心配もない。それに明るい方が行動しやすい。」
「…………シバっちが怪物達に車を破壊されなければよかったんだけどね〜」
「うっ…………悪かったなこんちくしょう!」
シバ16歳。護熾達と同じ年齢で髭も生えて折らず、若々しいさが溢れている少年である。
シバっちと呼ばれたシバと言う少年は悪態を付きながらも自分の失敗を反省する。
周りに散っている残骸はその何よりも動かない証拠。
少女ははふぅと少し含んだ溜息をついて岩から飛び降り、シバの許に歩み寄ると隣に座る。
シバは少し驚いたように身体を浮かせ、少女が隣に来たことで高揚感が少し生まれる。
「どうした? 顔が赤いぞ?」
「うっ、うるせえ!! からかいにきたんだったら――――」
「そういえば私もシバっちも16だね。……フフ、結婚ができるな」
「!!」
少女が半ばからかうように言った結婚という単語にシバは動揺を隠せずに言葉が詰まってしまった。それを見た少女はより一層、体と体の距離を近づけるようにしてほぼ密着状態に入る。
シバ、心臓バクバク状態に移行中。
「…………さっきは、危ないところを助けてくれてありがとね。ダメかと思った。」
「な、な、おおおおおおおおおお前のドジをたまたま見過ごさなかっただけだ!」
「そう? その割りには戦闘中は私のことをいつも気を配っていたけど?」
「………! うっ……くっ……」
なんて人のそういう所をスラスラと言い当てる女だ、もしかしてわざと言ってんの!?
そんな心の声に答えてくれる少女は何も言わず、頭をシバの頭に凭れさせて、どこか甘えるように身を預けてくる。
シバは緊張で一時的に動けなかったが、ブルブル震える手ながらも少女の後ろ頭に手を伸ばし、スルッとポニーテールに縛っているヒモを手に取って解くと、少女の髪が何の抵抗もなく広がって、ただのロングヘアーになる。
「?」
「お、お前はさ、俺的にはそっちの髪の方が似合ってると思う。……そりゃあお前の髪は珍しい色してるから目立たせないように昔から髪を縛っているのは分かるけどさ、でもやっぱ、そっちの方が俺は好きだな…………なんて、思ったりしている…」
何だよ、ハッキリ言えよ、俺!! 自分の好みの髪型言ってどうすんのよ!?
そんなシバの後悔と葛藤を他所に少女はクスッと笑い、シバのオデコに『めっ』と軽くつんっとして怒り笑顔で指で突き、
「それはできない。私は誰かに髪のことを言われるのは確かに嫌いだ。」
ああやっぱり、とシバは少女の言ったことをすぐに納得し、さてこれからどうするか、今日は天気が良かったから星空が見えて良い感じに天体観測ができそうだな、などと考えている内に少女は『でも……』と切り返しの言葉を添えた後に……
「シバっちが私を貰ってくれるなら、時々でもいいかな……」
「………………………!! え…………それって……」
「ほら、シバっちも何か言うことあるだろ?」
「え、あ、その、うぐっ………………」
混乱状態、思考停止、神様これは夢ですか? と言う状態にいわゆる填ってしまったシバは言葉にならない声を口から漏らしまくり、そしてようやく息が整い、ちゃんとハッキリ言えるレベルにまで回復すると絞り込むような声でようやく言った。
「け、結婚してくれないか、リーディア」
「で、そんなワケで結婚ですかあなた達は? あ!? 俺ですらまだユリアと付き合いの関係だぞ!? 」
「うっせえなアスタ、こういうワケになったんだからいいじゃねえか。お前達二人もさっさと結婚すればいいのに何を躊躇ってんの?」
「うるせえ! てめえはピヨピヨ口の刑だ!!」
F・Gの食堂内でシバは隣にリーディアを座らせ、相席に黒髪の顔立ちの良い男を座らせ、その男と今は喋っていた。今は昼のなのか、人が結構集まっており、テーブルがドンドン占領されていたので他に数席、自分達の机に確保していた。
男の名は『アスタ』。称号は『焔眼』。当時の眼の使い手の中では最強であった。
アスタは席から立ち上がって身を乗り出し、両手でシバの両頬を摘んで引っ張り、シバがそれに抵抗を示していると一人の少女が小走りで三人の許へ近づいてきた。
「ごめんなさい! ちょっと遅れちゃった♪」
「おっ ユリア! ………………ここここっちの席に……ど、どぞう」
「あ……ハイ……お言葉に甘えて……」
引っ張っていたシバの頬からバチンッと手を離して『いでっ!?』と叫ばせ、アスタはぎこちない声とぎこちない動作で席を引き、ユリアと呼ばれた艶のある黒髪の可愛い少女にそこに座るよう促すとユリアは照れたように頬を僅かに朱に染め、それから遠慮がちにアスタの隣に座る。
いきなり甘酸っぱいムード展開である。
…………まあ、あともう一歩いけないっていうのが問題なのは確かだけどな
「あ、そう言えばシバくんもリーディアも結婚したんだよね? お二人の今のお気持ちは!?」
二人のそんな様子を間近で見ているシバはもう一歩踏み込めない青春真っ只中を感じているとユリアが照れ隠しを兼ねてインタビューをマイク代わりの拳で二人の前に出してきたので、シバは『え、そりゃまあ、嬉しいのは間違いないよ』と答えるとリーディアが
「もちろん幸せだ。これからシバっちを尻に敷くのが楽しみだ」
シバ、これにゾーッとする。
続いてユリアは まあ! とか言って微笑み、それから今のユキナと同じようにモジモジし始めると
「その……二人はまだキスは…………?」
「え? …………いやいやまだまだ。それにしても随分大胆なことを聞いてきたなユリアさん」
「そ、そうですか…………私とアスタくんもまだ何ですけどその…………」
するとアスタも照れでポリポリと頬を掻き、若干汗ばんだ表情になり、そしてユリアもこれは話して良いのかという迷いがあったが、同じ恋人を持っている中なのでシバとリーディアに思い切って告白してしまう。
「三日前、私がアパートで最近一人暮らしなのは知っているよねみんな? それでアスタくんを呼んで泊まってもらったの…………」
おいおい、この展開は。
この話の流れで二人は大体察し、周りの聞き耳を立てている他のカップルや生徒達もあの二人が……と期待を込めた眼で見ている中、
…………でもこんな初心満載の二人がやるとは思えないけどな
とシバは胸の前で腕を組み、そう考えていると
「何を迷ったのか、キッチンにあった調理酒をペットボトルに入っている水だと勘違いしたらしくてそしたら………………………………きゃあーーーーーーーーー!」
突然大きくはないがユリアは甲高い声で両手を頬に添え、可愛くかぶりを振って顔をポッと真っ赤にし、シバも顔をトマトのようにしてただただ押し黙っていた。
当時、一人暮らしに移行したユリアに家に招待されたアスタは絵に描いたような緊張を爆発しており、平常心平常心と念仏のように心の中で唱えていたが、女の子の家に初めて入る男子というのは完全に落ち着きが無く、冷静を保とうとしても何も喋れなかったり、机の上に置いてある植木鉢に植えられた花に話を振ったりと折角のチャンスを生かせずにそのまま晩に。
『あ、あのアスタくん……お風呂……入ってくるね』
『お、おお。』
続かない会話。
ユリアは着替えを持ってバスルームに行ってしまい、一人残されたアスタは何か気の利いたコトしないと不味いなー、飯だって食わして貰って皿洗いもしてくれたし……
と、じゃあ何か話せるように、せめて楽しんで貰えるように話題のネタを考え始め、考えるときは落ち着かないのか、うろうろと歩き回っていると『何だか喉が渇いたな〜』と水を飲みにキッチンへ向かい、そしてしまい忘れたのか、ペットボトルに入った水のようなモノが入った容れ物を見つけるとキュッと開け、匂いも確認せずに完全に水だと思いこんで飲むと
『うえっ!! 苦! え、これって酒ええふええ〜〜〜、うにゃうにゃ……ヒック…』
飲んで数秒後、目を虚ろにして顔を真っ赤にし、それからフラフラと吸い込まれるようにキッチンを抜け、廊下を抜け、寝室に入ってベットに倒れ込むとボーッとした意識の中で仰向けになって天井に飾られている照明を見つめ始める。
やがて、その照明がもっとぐねんぐねんにぼやけてきた頃、心配そうにパジャマ姿のユリアが風呂から上がったらしく顔を覗き込みながら『どうしたんですか!? 顔真っ赤ですよ!』と声を掛けるが当の本人は返事ができない。
ユリアはあたあたと慌ててどうすればいいのか分からなくなっていると突然腕が掴まれる。
『へ?』
『……………』
そして腕が引き込まれ、体も持って行かれるとポフンッとアスタの広い胸の中に小柄なユリアの体が納まってしまう。何が起こったのか分からないユリアは???を頭に浮かべてアスタを見るとアスタの表情が獲物を狙うライオンのような目つきになっており、そしてゴロンとベットの上をそのまま転がるとユリアが下に、アスタが上になって ユリアにアスタが覆い被さる状態になる。
『あ、あの〜アスタくん? これってもしかして?』
『………………』
ユリアの問い掛けにアスタは答えず、服を脱ぎ始め、ユリアは『ああ、やっぱりそうなのね。』と目を瞑って覚悟し――――――――そして夜が明けていった。
「………………ヤッちまったのか?」
「らしい。全っ然覚えてないけどな…………」
シバが恐る恐る訊くとアスタはコクンと頷く。
朝起きて意識が戻ったら自分はトランクス一枚になっており、何故か隣に腕枕して貰っているユリアが下半身をシーツで隠し、裸でスヤスヤと気持ちの良い寝息を立てて眠っていたためそれは間違いなさそうだと思ったという。あと体が眠っていたのに疲れているのもそうである。
しかし当然、肝心の記憶が飛んでいるアスタは内心もの凄くガッカリしていた。
「そりゃあ、残念と言うべきなのか? 」
「…………何も言うな。」
「キスを通り越して先へいったのかユリア。まあ私だったらガツンと一発で目を覚まさせるがな」
アスタは酒が弱い。それは、子であるユキナにしっかりと受け継がれており、酔った後に○○○を実行しようとするところもそっくりであった。
リーディアのガツンの台詞に『それは原型を留めてられるのだろうか』というシバとアスタの疑問を浮かべている中、食堂の入り口から白髪の少年が制服を着ている生徒に混じって一人だけ白衣を着ており、年齢は同年代に見えるその少年はこちらに向かって歩いてきていた。
それを見つけたアスタは手を振って聞こえる声で
「よぉトーマ! そっちの師匠は怪我せずに済んでいるかい?」
「何とか。今日なんか機械が作動不良を起こして大変だったぞ。さて、眼の使い手全員集合ってとこか?」
トーマと呼ばれた少年が四人の許へたどり着き、空いていた席に座ってアスタをユリアと挟む形にすると『周りの生徒が顔を赤くしているけどどうした?』とまず最初に聞いてきたのでスタが肩に手を置いて若干涙目で『何も聞くな』と念を押すように言ってきたのでこの男が大体これを言うのは自分の失敗だから『ああ、そうか』とニヤついた顔でシバとリーディアの顔を見る。
「結婚、おめでとう。称号『玄眼のシバ』と称号『天眼のリーディア』」
「ありがとトーマ、でもわざわざ称号名で言うのは止してくれ」
「そうか? お前ら二人は戦闘後にって話だから合ってると思うけどな」
「まあその話は置いといて、お二人さんは新婚旅行はどうするんですか?」
結婚のあとは当然新婚旅行であろうと目を輝かせて訊くユリアにアスタはドキンとなって聞き耳を立て、シバはハッとなって『う〜ん』と唸ったあと、リーディアに顔を少し向けて どうしたい? と訪ねるようにすると
「見たことがない場所に行けるなら私は構わない。世界にはまだ見たことがない物が溢れてるからな」
「何でどっかの小説の台詞みたいなカッコイイこと言ってんだ。そんなテキトーでいいのかお前は?」
「だって私は………………………」
全員がリーディアに注目を向ける中、リーディアはシバの方に顔を向けて、それから柔らかく微笑んでから何気ない口調で一言。
「シバっちが一緒にいるならどこでも構わないんだぞ」
「「「!!!!」」」
「え!? いや、あ、その……」
「おいおいシバぁ〜〜、よっ! 初心満載青春男!!」
「あぁ!? アスタは黙ってろ!! てかっお前に言われる筋合いはねえ!!!」
ガタンッと行儀悪く茶化したアスタに指を差しながら足をテーブルの上に乗せて上から文句を言うシバにアスタは『あ、ごめん☆ ヤっちゃった』と舌をちょろんと出して親指を上に上げてのグッドポーズ。
『ヤっちゃったじゃねえだろ!? 成り行きじゃん二人とも!?』
とおよそ食堂で話していいのかどうか分からない話を思いっきり叫ぶシバにトーマはやれやれと呆れた表情で今は心も体も若い四人を見てポツリと呟いた。
「眼の使い手ってどうも一筋縄じゃない性格してるんだよな〜」
…………なあ、リーディア。やっぱ俺は弱いのか? 俺たちの子にあたる世代が何時しかみんな強くなってるし。それで俺はお前が北東エリアで人々を助けている間に誰かを庇って、それが致命傷となって最後に俺の腕の中で死んだよな? それで最後に俺に言ったよな?
『“泣かないで前へ進め”』ってさ。
ようやく気付いてきた気がする。
お前は素直じゃないけど、俺はしっかりと何が言いたいか分かってたよ……
それとアスタ、ようやく、俺にも機転がきたらしい。
お前達二人が俺たちの今の時代にどんなものを残していったか、見届けさせて貰うぞ。
そうシバが心に誓ったとき、最後に斬り終えた怪物が灰となって地面に落ちるのと同時だった。怪物達がとうとうしびれを切らし、一斉にシバに飛び掛かる。
三百六十°数十体の怪物達が自分に襲ってくる姿はシバから見れば自分を包み込む闇そのモノであった。だがシバは決して引かない。何のためにここに来たのか、何のために戦っているのか、そしてリーディアの言葉をようやく理解した。
ただの泣くじゃくる大人でいるのではなく、前を真っ直ぐ見ること。
…………もし、俺に子がいたらきっと護熾みたいな子が……
約束された未来に訪れた悲劇。
それでもめげず、立ち止まらないで行け。少し気付くのに遅れてしまったが、行こう!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!
突然、数十体も居た怪物達が時を止めたかのようにピタッと止まってしまった。
怪物達はどの個体も例外なく、シバから五メートルの地点で空中にいるモノも含めて動きが止まっていた。
よく見ると、半径五メートル以内の怪物達の胴体や顔などに黒い針状の何かがシバを中心に突き刺さっている。
そしてその針がビュンと怪物達の体から引き下がり、ドササッと大量の灰が地面に落下し、中には地面に落ちず風に吹かれて舞うモノもある中でその中心にシバは立っていた。
長い、逆手持ちようの鍔無し日本刀を右手に、そしてシバの影が本来有り得ない動きをしながら。
「よお、久々だな俺の“影”。どうやら健在のようで。」
下に視線を向け、不機嫌そうに蠢く自分の影に声を掛けながら自分の髪にふと手をやる。
何も変わらずいつもの髪の色でシバはちょっと不満げな表情を浮かべると
「昔よくアスタとトーマに言われたもんだ。『開眼しても変わんない!!』ってな。だからお前達―――」
ギロっと怪物達に向けた目は燃えるような射すような黒い瞳。こちらもまったく変わっていないのだが先程と気迫が比べものにならないほど強くなっていた。
それを敏感に感じ取った怪物達は思わず後ずさりをし、シバに喋るチャンスを与える。
「いつ、開眼したか分からなかったろ?」
そして、シバはもう一度駆け抜ける。二人が臨んだ未来のために、
そして次を担う若い世代の子供達のために、もう一度矛を握った。