三十三月日 大戦開戦
護熾と別れたユキナは家に着くなり―――
ただただ涙を流した。
静かに、枕が元の重量を超えるくらい、ただただ静かに泣いていた。
心の中は護熾のことでいっぱいだった。これから先、二度と会えないかもしれないと何度も何度も心に刻んだではないか。それなのに、この心にぽっかりと空いた穴のような喪失感は何なんであろうか。
もっと欲しかった。もっと護熾の存在を感じていたかった。もっと側にいたかった。
だが、それは叶わないのだ。 そう覚悟して来たのだから。
そして日記のことを思い出し、クシャクシャになった顔を枕から持ち上げると明かりを付け、そして日記の最初の日までページを捲って見る。
そこには、面白く、時には悲しい出来事を綴った一ヶ月分くらいにしかならない量のページ数。ユキナはそれを思い返すように見始める。
『最終章後編 ユキナDiary』
見えた。
それが中央のレーダーを見た研究員、及び監視員の最初の第一声だった。
そこへ急いで呼ばれたトーマは研究員に案内されてそのレーダーを見やると、今までで一番じゃないかという数の怪物達が液晶画面上に蠢いていた。
ありとあらゆる方法でレーダーは怪物の反応で埋もれ、もはや意味が無くなっていた。
そして急いで他の町とのコンタクトを取ると他の町にも怪物達が囲むように出現したという。おそらくは空間を裂いて作った繋世門からあふれ出たのであろう。
他の主要都市にも怪物が出現、しかし本当に怪物だけで周りを取り囲んでまるで時間稼ぎをしているかのようであるという報告も相次いでワイトに送信されており、情報処理はオペレーターにとりあえず任せておく。
ワイト兵達は各指定、指令された場所へと移動して戦闘、及び防衛として兵器を装備、装着して襲撃に備え始める。しかし敵の数が多すぎるという情報が各大門を守備している兵士から震えきった声で通信が入る。
敵はワイトを潰す。他の町が少なく、ワイトに集中させているならその理由が分かる。
13年前の悪夢がそれぞれ兵士達に過ぎっているであろう。だからこそ、この大戦は乗り越えなければならない。
敵の狙いは何なのか、まったく不明。ワイトに酷く執着心があることから何かしらの関係があると読み取れるが相手は、その者は一切そんなことは話さない。
しかし今は、A班からZまで区切られた兵達のサポートに専念することである。
敵は特別な作戦や攻撃などはしてこない。あくまで完全な肉弾戦で挑んでくる。そこを銃などの火器兵器で迎え撃てばさほど苦労しないで倒せる。だが敵の数は尋常ではない。
しかも肉弾戦でバカの一つ覚えみたいなことをしてくるのはただの怪物達である。
そして、各門の向こう側には深紅反応がそれぞれ一つずつ待機してるかのようにその場に留まっていた。
「……何が目的なんだ、これは戦争じゃない。」
奥歯を噛みしめた表情でトーマは前方のモニターに目を移し
「これは、単なる余興なのか?」
13年前は積極的に向こうが攻めてきていたが今回は何故か待機している向こうの主戦力達。これはどう考えても眼の使い手を迎え撃とうしている姿勢であり、それならばと無線で現在の戦況を眼の使い手に伝え始める。
モニターに映っているのは―――東大門に設置されたカメラから映し出された、遠くの景色に映るその者の姿。
「みんな!! 全員いるか!?」
中央の庭で緊急召集が掛けられていたシバは身体に黒光りするスーツ状の強化服を身に纏い、アタッシュケースを持って姿を現した。これはトーマとストラスが作った眼の使い手専用の強化服である。
しかしこの服はあえて防御を重視した作りになっているため、従来の武装強化服のように重くはなく、寧ろ機動力を重視した作りとなっていた。
今の戦況はまず兵士達が銃を携えて二人一組で行動させ、一人が弾切れなら一人が援護するという戦術がとられ、体力が劣りそうな兵は城壁の上からの狙撃、援護手順は城壁の向こうにある仮設療養施設には軽傷の兵士を、重傷の場合は現場に来ている装甲車などで中央の病院にすぐ搬送されるというシステムになっており、その病院にてミルナが治療に当たるようになっている。
一般住民達は13年前の大戦から得た経験でさらに強化され、空調設備もさらに充実させ、閉塞感を和らげる作りになった各地に設けられたシェルターに非難しており、水道設備も配給も隅々まで行き通っている。
このほかにも脱出道路や地下室なども避難場所に使われている。
そして各地から他の町の住民も入れて七十%の避難シェルター到着の連絡が相次いで報告されており、これは長い間避難訓練や中央の対策計画のおかげでもある。
しかし問題はやはりこの世界にいる人達の心情の不安であることは誰もが承知していた。
「先生! 今の戦況は!?」
「おおっ、ガシュナか」
シバはこちらに向かって走りながら声を掛けてきたガシュナを見るなりアタッシュケースを開いて中身を露わにするとそこにはシバと同じ黒い防御専門の強化服が何枚か収められており、そこから一着を取り出すと
「今、町全体を囲って包囲してきている。数は甘く見積もって10万。そして各門にて虚名持達が待ち伏せているかのように待機しているとのこと。おそらく俺たち眼の使い手と直接対決していきたいんだろう。」
戦況の概要を簡単に伝えながら強化服一枚をガシュナに投げ渡した。ガシュナが受け取るとガサッと音がしてある程度の重みがあり、それを見下ろすように見つめた後、『援軍や援助はどうなっているんですか?』と聞くと『他も手一杯一杯さ。今のところはこちらである物で耐えるしかない』と返事が返ってきて、そしてガシュナは強化服を着始めた。
強化服はまるでゴムのような素材でできており、着ると身体のラインが浮き出るほど柔軟なもので本当にこれでいいのかと思うほどの防御力はあるのかと逆に疑うがこれを作ったのはトーマなので今は信じるしかない。
すると駆け足でこちらに近づいていく人物が見え、目をやったガシュナが少し驚いたように目を大きくし
「ミルナ………」
「よかった、まだ行ってなかったのね。」
「そっちには怪我人は?」
「今のところまだ。だからせめて最後には……」
語調を落とし、視線を下に向けて俯いたミルナは両拳をギュッと作ってこの先の言葉を考えないように堪える。この言葉の先に彼はいないかもしれないからだ。
そんな小刻みに震えるミルナの頭に温もりが重ねられ、見上げてみると強化服を纏ったガシュナが小さく笑みを浮かべており、撫でながら
「大丈夫だ。俺は死なない。お前がいるかぎり俺は絶対に死にしない。約束しただろ? お前はただ俺を信じて待っててくれ。」
「ガシュナ……」
おそらくこの時間が最後の見合いになるかもしれない。それは分かっている。13年前、家族という大切な犠牲の上で今日生きてきた自分にとってその家族がまた、今度は戦場という生と死の現場に身体を滑り込ませていくのだ。
しかしガシュナに今更行かないでと言うわけには行かない。それは他のみんなだってそうであるからだ。自分の都合の良いように世界はできてはいない。それだからこそみんなは自分の世界を護るために戦場へ赴く。幸せに過ごせる未来を、笑って行ける世界を、手に入れるために。
ガシュナは無言で片手を伸ばしてミルナを引き寄せ、そして屈んで抱き寄せる。ウェーブの掛かった髪がガシュナの頬に触れ、花に似た匂いが鼻に届く。ミルナはそっとガシュナの首に両手を延ばしそしてギュッと頭を抱き締める。
目を閉じた小さなミルナの頭が、ガシュナの頭に寄せられた。
薄茶色の頭と黒い頭が並ぶ。
「……遅れました」
「おっ アルティが来たか。これを着てくれ。せめてもの贈り物だ。」
二人が抱き合っている脇を何か用事があったのか少し遅れて来たアルティが通り、シバの前に着く。シバは強化服を手渡し、アルティはそれをしげしげと見た後に、自分にとっては必要ないかも知れないがもしもの時を考えて装着を決断し、着用し始める。
ガシュナはミルナに回していた腕を解放し、立ち上がり、他に来ていないかどうか辺りを見渡すと
「おお〜〜〜い! かっけえなそれ!」
と今の状況をまるで呼んでいないかのような声が耳に届き、こんな明るい声をしているのは一人しかいないのでしょうがなくそちらに顔を向けるとラルモが手を振りながら走り寄ってきていた。到着したラルモはシバから強化服を受け取り、ガシュナと同じように『今の戦況は?』と聞くと同じ答えを返した。それを聞いたラルモは少し顔を曇らせながらも支給された防具を着終え、
「ちっと遅れた。俺とアルティはF・Gのみんなと別れをしていたからな」
F・Gでの戦闘に直接参加する生徒はラルモとアルティの二人が確定しているので二人ともF・Gを避難シェルターとして使う友人達の見送りを受け、色々な応援を受け、覚悟してこの場に来た。その際に御守りとして、と小物を渡されそうになったが『いいよ。それを持ってると逆に専念できなる』と断って後ろめたさを捨てて来たのだ。
「みんな!! ごめん! 遅れた!」
そしてここに最後に、黒い髪を携えた少女、ユキナが走ってみんなの許へ駆けつける。
そして膝に手を置いて はあはあ と息切れして呼吸を整えてから凛とした顔立ちを見せつける。
「ユキナ、どこ行ってたんだ?」
「お母さんを、中央のトーマ博士のところへ…」
「! ユリアさんが臨んだことなのか?」
「……うん。自分も、せめて見ておきたいって…」
避難シェルターでただ震えて待つよりは、トーマ達のいるオペレーター室から映像を通してユキナ達を見ていた方がいいとユリアは珍しくそう願望をユキナに訴えかけてきた。
しかしユキナは下手したらショッキングな映像が流れるかも知れないから全てが終わるまで避難して欲しいと、中央だって決して安全じゃないんだよと反論を持ちかけたがユリアは激しくかぶりを振って言うことを受け入れなかった。
愛娘がしようとしていることが分かっていたから。だからこそ最後まで見ていたいとユリアはユキナが決意するまでそう言ったという。
それを聞いたシバは一度瞼を閉じ、今頃娘の心配を案じているユリアのことを思ってから目を開け、
「…………そうか……ユキナ、これを」
悪い言い方だが、娘の最後を知るのは終わってからではなく見届ける方が懸命かも知れないな。シバは暗い表情ながらも笑みを浮かべ、ユキナに最後の一着を渡す。
ユキナはそれを両手で受け取り、そしてギュッと抱き締めてから装着を開始する。
強化服はユキナサイズに考えられているので一寸の狂いもなく見事フィットし、ユキナの最大の武器である機動力を一切害することなく作成されていた。ユキナはそのことを思いながら全員を一瞥する。
ここに来たのはみんなと会うためではない。戦うためである。
自分達が何をするべきかは分かっている。シバは、残念ながら虚名持と戦うレベルの強さではないので必然的にこの四人にこの町の命運が託される。
ガシュナは西へ、アルティは南へ、ラルモは北へ、そしてユキナとシバは東へ。
「東へ………! ユキナ、貴様分かっているのか? そこには――」
「うん分かってる。だから行かせて。シバさんもいるし、それに私、確かめたいことがあって……」
「だからってわざわざ大将の懐に行くか!? 東は怪物が確かに少ないけどそれは奴がいるからであってこの中じゃ一番危ないんだぞ!? シバさんが付いてても危険すぎるぞ!」
「ユキナ、何か考えがあるの?」
「みんな、ユキナはそう簡単にはやられはしないさ。それに大将がみんなと戦っているときに手出しを一切しないという保証はない。だからこの引きつけ役を買って出てくれたんだ。そのことはもう三日前に決まっている。中央からも任命され済みだ。」
それにユキナは何かを知っているらしい、そう言おうかと思ったがあえて混乱を招かないように口を噤み、ちらとユキナを見る。
せめて、せめてアスタのようなことには絶対させないように、そう祈りながら全員に顔を戻す。
「あのモズクとユキナはどうもきつい仕事が回されるらしいな」
ガシュナが茶化すような笑みでユキナに言うとユキナも微笑んで そうだね と一言言った。
前に全員で一緒に動いた方がいいのではないかと意見もあるがそれでは残りの相手が何時動くかも分からないし、戦場での命の気遣いは戦士にとって侮辱なのだ。
それに、全員本気で挑もうとしているので巻き添えを喰わせないようにするためにシバとユキナの二組以外は単独で行動することとなる。
そしてもう一つ、理由がある。
それは、同時刻で既に最強の虚名持とたった一人で戦っている少年の存在である。
「ここに護熾がいたら、何か言えたのかな?」
「案ずるなラルモ。確かにモズクがいれば多少は、もしかしたら戦局は有利になるかもしれないが向こうは向こう。こっちはこっちで自分が守るべき世界を護るだけだ。」
ガシュナは自分の守る世界を一瞥した後、こっちに来るように促し、そして隣に並ばせると全員に集まるよう目で合図し、それに気が付いたシバもラルモもアルティもそして、ユキナが集まり円陣を組むような形になる。
全員、神妙な面持ちでいるが恐怖で腰が引ける物や震える者は誰一人としていなかった。見栄っ張り、というわけではなく全員には少なからず恐怖は宿っている。しかしそれを上回る決意がそれ以上に宿っているだけである。
これで最後にしよう、と。
「よし、じゃあ大きな戦いに向けて全員で手を重ねて俺がまじないを言うからみんな手を貸せ」
「………………」
「あの〜、お前本当にガシュナ?」
「変わったねガシュナくん」
自分のプライドは崩さない、そんな風に思われていたガシュナが自ら呼びかけて誓いを立てようと提案してきたことに全員が驚愕して口々に素直な感想を述べる。
ガシュナは額にピクッと血管を浮かべてギラギラと目で『さっさとやれ』と無理矢理牽制するような眼差しで促してきたのでラルモとユキナは互いに顔を見合わせてから喜んで手を差し出す。そしてシバ、アルティ、ミルナの手が重ねられて最後に一番上にガシュナの手が重ねられる。
「ちょっと緊張してきたな。でもまぁ、覚悟ってのはこんなもんなのか」
「ラルモ、アルティ、ガシュナ、ユキナ。お前達がこの戦いの勝敗を担っていることを忘れないでくれ。そしてミルナ。君は怪我をした人達をどうか頼むよ」
「シバさんこそ、あまり無理しないで下さいよ。」
「…………どうか、また会えることを」
「おおっ、アルティから言われちったぜやっほう! って何その冷めた目!?」
「言うぞ、一人いないが、そいつの分も含めて全員気持ちを一緒にしてくれ」
その一人というのは、孤軍奮闘でこの中の誰よりも強い異世界の眼の使い手。
きっと相当戦っているはず。ならばそいつの分も。
そして全員が互いの顔を見合わせ、遠くから銃撃が聞こえた後の一瞬の静寂の後、
『我ら! 再びこの場所へ!!』
ガシュナが重ね合わせたみんなの手に向かって叫ぶ。銃声や爆音が遠くから風が運んできて耳に届く。それでも続ける。
『例え! 歩みが違い、迷いそうになっても!!』
全員の表情が真剣になり、心を一つにする。必ず勝って生きると。
『信じろ!! 我らの矛は折れても心は折れないと!!』
ガシュナが護るのはミルナ。ミルナが護るのは負傷者達。ラルモが護るのはこの町の人達。アルティが護るのは平和な日々。シバが護るのは、無き妻に誓った約束。
そしてユキナは――― 一人で別の場所で戦っている少年を頭に浮かべ、その少年との約束を護るため。
『誓え!! 再び生きてこの場所へ!!!』
そして最初にガシュナが振り向いて一瞬ミルナを見てから手を重ねるのを止め、地面を蹴って西の大門へ。
次にラルモが離れ、一切後ろを振り向くことなく同じように掛けだして北の大門へ。
アルティはパズル上に裂けた空間を手で触って作ると一歩みんなから退いてその中に入り、南の大門へ。
そしてシバ、ユキナは東の大門へ――――その者が待機している戦場に向かって走り出した。そして最後に、取り残されたミルナが手を祈るような形にし、どうか全員が無事でいられることを祈った。ただ祈ることしかできなかった。
それぞれ散開し、中央の庭から世界の命運を背負った少年少女らは己の生命を懸けた戦いに趣き始める。生きるか、それとも死か。
それは、終わってからでないと分からない。
きっとみんなもそうであろう。心の中で全員に別れを告げ、各々の戦場へ走っていく。
しゅんと視線を落としてみんなの無事を思っているなか、ふと肩が温かくなった。シバが右肩に手を乗せてくれたのだ。その温みが心を励ましてくれた。
「シバさん、いざとなったら逃げてね?」
「誰が逃げるって? お前こそ相手は未知の敵だ。やばいと思ったらすぐに撤退してくれよ。」
「…………たぶん、私は最後まで戦うよ」
自分が今から行くとこは生存率未知数の東の戦場。
きっと多くの敵が待ちかまえているであろうが引く気は一切無い。そう決意したかのように―――燃える火の意志のように髪と眼がオレンジ色に染まっていった。
ガガガガガガガッガガギャンギャンギンガガガ!!!!!
同刻、七つ橋町上空。
何度も硬い物が擦れ合い、凄まじい音を立てて五階建ての大手のデパートのビルの3階辺りに二つの人らしき物体が周りに瓦礫とコンクリートの破片を撒き散らしながら突っ込む。
そして反対側に突き抜け、二つの影が飛び出るとビルは鈍い音を立て、そして突っ込んできた方向に大きく軋みを立てて派手に倒壊していった。ここに人がいれば、何百人も犠牲になっているがその心配はない。
一つは後ろ向きに飛びながら片手黒い刀身の小刀を携え、一つは獰猛な笑みを浮かべてそれを追いかける。
「ちっとは腕を上げたらしいな! いいぜ!! これを待ってたんだ!! てめえを全力で潰す機会をな!!」
ゼロアスは笑いながら狂喜を秘めた眼差しで睨み、護熾は一瞬だけ眼を細めると急ブレーキを掛け、向きを変えて真横に飛び出す。
それを逃さまいとゼロアスも急旋回して追いかけ、見事な動体視力でまたも追いかける側の地位に立つ。そして追いつく際、護熾の瞳に またあれか と映り込む。
「ほら!! さっさと本気をみせやがれ!!」
突然手の甲に沿って青い結晶状の爪が形成され、それを護熾の胴体に叩きつけるように振り下ろすと護熾は右手に持った小刀を振り下ろされた掌に刀身を当てて止め、何とか空中に留まるよう、耐え抜く。すると衝撃のみが身体を突き抜け、ガガガッガシャン! と後ろにあった住宅街がその衝撃波で欠ける。
護熾は小刀を払ってゼロアスの右手を退け、そして距離を取るためにその一瞬で後ろに大きく下がる。
ゼロアスは打ち払われた右手を一度見てから護熾の方に顔を向け、それから面白くも何ともなさそうな表情を向けると
「………………なんだその面は? てめえ俺に殺意がねえのか?」
「………………」
「情けねえ奴だな!! おい!!」
「!!」
護熾は首を素早く動かしてゼロアスの手刀状に形成された青い結晶を紙一重で避ける。だが避けきれなかったのか、数本髪の毛が切られ、みるみるうちに元の黒髪に切られた毛が戻る。
続けて上段に向かって放たれる蹴りが護熾の頬を掠め、一瞬だけ怯む。
それを逃さずゼロアスは引っ掻く形にした掌底を護熾の腹に押し当てる。すると赤い光が作り出され、護熾のすぐそばの空気が赤く色づく。
だが、即座に反応して膝蹴りでゼロアスの腕を上に弾き飛ばし、その直後に青い空に赤い閃光が奔り、遙か彼方に姿を消していくと護熾はすぐ後方に飛び退いて対峙する。
「良い反応だ。だが俺が戦いたいのはそのてめえじゃねえ。てめえの持つ真理にもたらされた人間を超えた存在、“死纏”のお前と殺り合いたいんだよ!!」
「…………あれは……ただの化け物だ。」
「……よく分かってんじゃねえか」
「だからこそ、見せたくない」
「?」
護熾は顔をゼロアスから外し、下に向けて高台の方に顔をやる。
「……………………」
その様子を息を呑んで見守る千鶴は手すりに手を掛けて上空を仰いで見守っていた。そんな千鶴の行動に近藤や木村、沢木は視線を追って先を見るがあるのはゆったりと流れる小さな白い雲と乾ききった空気を運ぶ蒼天しか見えない。
「千鶴…………あんた一体……何が見えてるの?」
この子は人を騙したり冗談を嚼ましたりすることはない、そのことを一番知っている近藤はまるで上空に誰かが飛び回っているかのような眼差しを送りつけている千鶴に訊くが、千鶴は耳に入っていないのか、ずっと心配そうな眼差しを空に向け続ける。
「お、おい斉藤。さっき海洞が掻き消えたけど……あれって」
「一体何がどうなってるんだ?」
沢木も木村も、自分達が知らない何かを知っている千鶴に寄って集って話を聞こうとするが千鶴はその前にシートの外に置かれている靴を手に取ると浴衣姿ながらも素早く履き、立ち上がり、三人に振り返ると
「ごめん……! 海洞のおじさんにはトイレって言っといて」
「ちょっ! ちょっと千鶴どこへ!?」
近藤の質問に答えず、千鶴は器用に走ってもっと町の上空が見える高台へと走り始める。たった一人で戦っている少年をひとりぼっちで終わらせるわけにはいかない。
この町を護るためにたった一人で……
それだけで胸が痛くなるような、灼けるような感覚が襲い、千鶴は胸を押さえ、泣きそうな顔で走る。
「な……何なのよ……私…ワケが分からない。海洞は突然消えて……その上何かを知っている千鶴までもが……何なのよ。」
何かを知ってあげたいのに、何も教えてくれない。それはまるで巻き込まないようにしているかのような、そんな気遣いをされているような気がした。両手に拳をギュッと握りしめ、悔しさに震えていた。
すると沢木が側まで寄って肩に手を置き、
「一緒に行こうぜ。何か斉藤が海洞のこと知ってんなら行こうぜ!」
「おやおや? 二人足りないけどどこ行ったのかな?」
三人に向かって声が掛けられ、振り向くと両手に季節外れのかき氷や綿飴、ジュースを入れた紙パック。お昼で足りない分を補完するイカ焼きやら唐揚げ棒やらを持った武が一樹と絵里をと宮崎を連れ、丁度帰ってきたところであった。
すると三人とも靴をはき始め、全員履き終えると一斉に頭を下げて
「すいません海洞のお父さん! ちょっと席を外させて頂きます!」
「宮崎! お前ちょっと来い!!」
「え!? ちょっ、まだ俺飯が……」
「いいから来やがれ!」
ドタドタと四人はシートから離れ、武がポカンとするなか、千鶴の向かった此処より高い高台へ三人は状況が分かっていない一人を連れ、走り去っていってしまった。
「…………一体何事だろうね? お父さん。」
「…………さあ、その内帰ってくるだろうよ護熾もみんなも」
それからパクッと唐揚げ棒にかぶりつき、できたてのホカホカ感と溢れる肉汁を堪能しながら心配そうな表情で不安げな声で絵里と一樹の頭を撫でながら言った。
「でも護熾が何も言わずどっか行ったのは気になるな。何か大事に巻き込まれてなければいいけどな」
ワイト 南大門エリア。
城壁では各兵士達が持ったスコープ付きライフルを持って怪物の胴体に照準を合わせ、パン! と乾いた音を響かせて当てる。しかし敵の怪物は波のように押し寄せてくるので特に狙いを付けず、撃ってしまえば当たるのでその辺は楽であった。
だが数も数、やはり押され気味であり、城壁の下でアサルトライフルを撃ち続けていた兵士が周りに空薬莢を撒き散らしながらも徐々に撤退を余儀なくされている事態に入りつつあった。それを見かねた兵長は全員城壁で守備に当たるよう指示を変え、素早く兵士達は城門に急いで走り、怪物が来ないうちに撤退を開始する。
「くっ…………! 敵が多すぎます! いくら何でもこちらの火力が持つかどうか分かりません!」
「しかし相手が人間じゃないのがせめてもの救いだな。」
もし相手が人間だったら。それでは今のような戦術は通用せず、ただの突っ込んでくるようなことはせず、作戦や隊列を組んで攻めてきているところであろう。
なのでその点では肉弾戦を得意とする怪物達よりはこちらの方が武器の利がある。ついで地の利もあるのでやや有利状態で保っていくことができる。
しかしここで一つ気になることがある。
何故相手の主戦力となりえる虚名持は攻めてこないのであろうか? そして名前持などの強力な怪物も目撃情報は一切報告には入っていなかった。
それだけが、兵長の疑問として頭に過ぎったがすぐに別の物が注意を引いた。
怪我をしたのか、一人に肩を組まれて足を引きずっている兵士が逃げ遅れてきており、怪物がその後を追って疾走してきているのが眼に映ったからである。
「……! 誰か! あの二人に援護射撃を送れ!!」
「…………ダメです。このままでは逆に被弾させてしまう恐れが!」
城壁からスコープで覗いても丁度怪物と二人の兵が重なってしまい、撃とうにも撃てず、しかも怪物がもうすぐ追いついてしまうためこのままでは二人の無惨な姿が露わにされるだけである。
「くそっ! なんて事だ!!」
自分の配慮が甘かった。
その悔しさに拳を作って城壁の手すりにぶつけ、ワナワナと震わせて自責の念を唱えていたところであった。
来たぞー、と誰かが叫んだ。
そしてバシュンと何かが弾ける音がし、紫色の電光が辺りを一瞬照らすと兵長は信じられない目で真横を見つめた。
先程の負傷した兵士と手を貸していた兵士がいつの間にか自分達と同じ城壁の上に来ており、負傷した兵は血を流している足を押さえて いてて と呻いている。
これはいったい誰が、その答えはその二人のすぐ側にいた。
細身で、紫色の艶のある短めの髪で、同じくアメジストのような瞳の少女。
その少女を兵長と周りの兵士達は知っていたのでどよめきの波がそこで生まれる。
「き、君が二人を……助けてくれたのか?」
「…………ええ、一人、怪我をしているから早く」
ゆっくりと、落ち着いた口調でそう答えたアルティの言葉を鵜呑みにし、兵長はすぐに『救護班を呼べ!』と兵に命令を下し、すぐに少女に顔を戻し、一礼を済ませる。
アルティは視線をゆっくりと怪物達、その奥のさらに向こうを見て僅かに表情を動かし、そして何か覚悟をしたのか、ヒュンと一瞬で掻き消えてまた兵達にどよめきを生み出させた。
それから暫しの沈黙の後、凄まじいほどの歓声が上がった。
仲間を救ってありがとう、やった、頑張れ、頼みます。
多くの激励の言葉が囁かれる中、その聴き手はもういなかったが兵達はまた自分達の仕事を続けるためにスコープを覗き込んで怪物に十字線を合わせる。
「ああ〜〜暇〜暇〜暇だぁあああ! あの方の命令だとはいえ、下っ端どもがあの門を落とすまでの時間が暇すぎなのよねぇ〜〜」
南門から一キロ先、地上から20メートルの地点で空中でゴロゴロと怠けに怠けた態度で嗚咽を延ばし、緊張感も何もない口調で喋る両眼の下に線を引き、茜色のコートを羽織った女性のような人物が暇で暇でしょうがないというのを顔面に表しており、一体待つことに何の意味があるのか、攻めるのが目的なら自分が手を貸せば済むのにと思い、よっこらしょと立ち上がってう〜んと背伸びをしたときだった。
背筋に誰かに見られているような感覚が襲い、ふえ? と気の抜けた声で振り向くとその目が少し嬉しそうに輝いた。
黒い防御強化服を纏い、短めの紫色の髪と瞳をした少女が突き放すような冷たい視線で見据えており、互いにこれが敵対する人物だと一瞬で認識をした。
それから見覚えがあると思い、ユニスは身体をアルティに向けて指を突き出すと
「あなたが私の相手〜? あなた名前は?」
「………………アルティ。」
「アルティ、か。あたしはユニス。そして本当の名は戦ってある程度実力を見せてくれたら教えるね」
そこで初めて、ユニスはアルティに対して臨戦態勢に入る。ゆらりと仰け反らした身体から火のような陽炎が空間を歪ませてそして両眼の下の線が紅蓮に輝きを放ち始める。
それはアルティにとって異質で、強大で、不気味なものであったがそのポーカーフェイスからは何も表現されず、ゆっくりと手を持ち上げて掌をユニスに向けてアルティ自身も臨戦態勢に入り始める。
まだ本気を見せてはいけない。だが決して油断せずに、相手をよく見る。
そう心に刻んだアルティは今も別のところで戦っている仲間を思い描いた後、どうかみんな無事で、そしてどうかみんなに会えるようにと祈りを捧げ、それから掌に電撃を作り出し、それを放つ態勢に入る。
南大門一キロ地点、アルティ ユニスと接触。
とうとう最終章後編。
来るとこまで来ちゃった、それが正直な感想です。ですがやっぱり大戦といってもその雰囲気が中々出せない。やはり相手が怪物だからでしょうか?(←単なる言い訳)
でも最後まで好き勝手書かせて頂きます。例え戦争描写が上手くなくても、個人の戦闘描写で大戦が終わるかも知れなくても、最後まで書きます。
どうか皆さん、あと残り少ないですが、本当に少ないですが護熾とユキナの物語のクライマックス、最後までお付き合い下さい。
それでは。 ではでは〜〜