二十九月日 恋のヒントその二
「それでご用は何ですか?」
水やりを一旦中止し、ユリアは寒いからと家の中で護熾の話を聞くことにした。ユリアは温かい紅茶を注ぎ、それを取っ手の付いたカップに注ぎ、湯気を立たせながらイスに座った護熾の前に差し出し、自分も座ってから改めて要件を聞いた。
護熾は『ありがとうございます』と礼儀正しく礼を言い、カップを持って縁を口に持っていき、少し含んで喉を通り越させてから、ゆっくり、あることを聞いた。
「―――私が知っている限りでは、ここまでですね。ちょっと親として恥ずかしいです…」
「いえいえ、十分為になりましたよ。まだ寄るところがあるのでお時間取らせていただきありがとうございました。」
護熾は飲み干したカップを置き、軽く頭を下げてすぐに素っ気なく家から出て行ってしまった。この様子だと今日は結構時間を費やすつもりでいるのであろう。
ユリアは自分のカップと護熾のカップを手に持ち、流し台に優しく入れると先程、護熾が聞いてきたことを思い出し、それを思うと自然と表情が綻ぶ。
「護熾さん、頑張ってください」
それから蛇口を捻って水を出すと、冷たい水が溢れ出してきた。
十五分のことである。
「お、おおおおおおおおおお!!! カイドウはん!! 会いたかったもんよ!!」
「わあ〜〜〜カイドウさんだぁ〜〜!!」
「おおっ、よぉ、元気してたか? ギバリ、リル」
次に護熾が立ち寄ったのは水色の光沢を放つ球状の建物、F・G。
今日は登校日らしく中に入って廊下を歩くと生徒達が歩いており、今が休み時間だということが解る。そしてしばらく歩いていると二階から声を掛けられたので上を向くと今まさにこのような状況になっていた。
護熾を見つけたギバリとリルは相変わらずの黒の制服に緑のラインが引かれたガーディアン専用の服を羽織っており、コケそうになりながらも階段を降りて急いで走って護熾の許へ向かい、数歩手前で止まるとギバリが友情の抱擁をしてきたので護熾は顎を掴んでそれを止めさせる。
「うごごご! ところでカイドウはんはここに何しに?」
「そういえばそうだね、一人で。ここに何かご用ですか?」
「あぁ、そういえばお前らもだったな、ちょいと聞きたいことがあるから場所変えようぜ」
少し悪を含んだ口調でギバリとリルの肩に手を置き、質問のしやすい廊下へ向かい、それからあることを聞く。
ギバリとリルは最初はその質問に怪訝な顔を向けるしかなかったが、一応、知っていることは知っていたのでそれを洗いざらい、教える。
護熾は何度も相づちを打ってから なるほどな、と短く呟き『じゃ、ありがとな時間取らせて』と互いの近況報告を交えることなくタタッと走って行ってしまったので二人はその場に取り残され
「カイドウはんは、何で聞いてきたんだもんよ?」
「ギバリ鈍いよ! だからこれってもしかしたら―――」
リルはギバリに顔を近づけるように促すと耳を両手で覆い、ごにょごにょと耳打ちをするとギバリは突然、手をポンと拳で叩いて何か納得したような口をポカンと開けて
「なるほど〜〜 そういうとこに早く気が付くなんてさすがリルだもんよ!」
「えっへん、でしょ? ってギバリの携帯、さっきからブルブル言ってない?」
「ん? あ、ホントだ。…………イアルからだ……もんよ」
そこには確かに、登録先が示された画面の内イアルの欄が点滅しており、きっと業務をちゃんとやっているかどうかの確認だろうと思い、耳に当てて電話のよう使うとちゃんと仕事はやってるよと第一に言うとそれから
「え? さっきこっちに来てたもんよ? …………ああ元気そうだもんよ。 ん? じゃあ相談したいことがあるからリルとも話せるようにして?」
「……珍しいね、イアルから相談なんて……」
二人は一度顔を見合わせて不思議顔でもう一度携帯を覗き込むとそこからイアルの声がした。それは少し、悩みに悩んで疲れたような声でゆっくりと相談の内容を話し始めた。
「さて、と。あとは……ミルナか? でもガシュナがいるかもしれないからできればあまり会いたくない。ラルモは覚えてなさそうだしアルティは喋ってくんないだろうな……」
顎に拳を当て、トコトコと中央に戻った護熾は中庭を歩きながら独り言を言い、とりあえずしょうがないからトーマとストラスのところへ向かってみようと考え、今度は道に迷わないようにちゃんと見覚えのある建物から中に入り、研究所へ向かっていく。
相変わらずの綺麗な廊下で、これも相変わらずだが、やはり自分達の世界より技術が進んでいるなと感心してしまう。
そして廊下を曲がり、やっと研究所の鉄扉の前にたどり着くと中がやけに騒がしい。
『もうちょっと調整が必要か?』
『そうッスね。でもだいぶ完成に近づけました。』
『よし、じゃあ動いてみて』
鉄扉越しからこんなやり取りが聞こえたので護熾はそ〜と門を開け、体を滑り込ませて静かに扉を閉じ、部屋の中に入るとまず最初に白衣の人達が眼に映る。
「どうだ? 動きやすいか?」
『ええ、何だか体が雲みたいに動かし易いです』
白衣の人達は全員、分厚いガラスから見下ろせる無音響室を覗き込んでおり、トーマがマイクで話すと天井に取り付けられているスピーカーから返事が返ってくる。
護熾は何事かと思い、こっそり白衣の大衆に紛れて無音響室を眼下に置くと何か鎧見たいのを纏った一人の男がダンッ!と地面を蹴って軽々と壁に向かって飛ぶとそのままさらに壁に踏み留まって力を溜め、さらに高さを得るために四十五°の角度で天井まで向かい、天井を蹴って地面に向かって急落下すると見事な着地を決め、本人はケロッとした顔で研究員達の顔を順番に仰いだ。
「もういいぞ、ご苦労さん。このデータを元にまた調節をするから今日はここまでな」
『ハイ、ありがとうございました』
パワードスーツの試用に携わってくれたワイト兵にトーマは感謝の言葉を添え、兵士は受け取ると部屋の隅にあるドアに向かって歩き始めた。
「やれやれ、あともう一段階か?」
「そうッスね。あとは兵器の搭載でどれだけ機動力と強度が保たれるかですね。……そこが一番難しいところです」
「へぇ〜 スーツ完成に近づいているんだ?」
「ハイッス……って護熾さん!?」
「おおっ、来ていたのか?」
つい返事をしてしまい、すぐ横にいた護熾に気が付かなかったストラスは腰を抜かしそうになり、入ってきたときから気が付いていたトーマは何気ない口調で久し振りとだけ答えた。
このあと護熾はトーマにあることを聞き、僅かながら情報を得た。
ストラスは知らないのでパス。だがここで護熾は実はある要件でストラスを尋ねてきていた。それを言うと、一瞬キョトンとなるがすぐに快く承諾して『解りました。すぐに手配します』と準備に早速取りかかり、『迎えに来てくれる人』を呼んだ。
「うゥう、いない……どこ行ったのごおき〜」
七つ橋町を走ってかれこれ三時間経過していた。お昼はとっくに過ぎておやつの時間である。
探しても探しても、気を探っても探っても存在の片鱗すら感じられない。護熾が忽然と何も言わずにどこかに行ったことなど一度もない。それ故に何も言わない=何かがあったとしか思えず、もしかしたらまたどこかの町に攫われたのでは? 大戦が近いからその可能性は十分に高い。
しかし先程千鶴に会い、イアルもいたことから護熾が動けずに相手のいいなりになる弱点はないはずである。しかもバルムディアの太鼓判付きなのでわざわざ攫って自らの株を下げるような真似はしないだろうと結論づけ、ふひィ〜と言いながらすっかり温まった体を冷えたコンクリートの壁に凭れかかせる。
しかしいないのは事実。そう思うと無性に寂しくなり、またトボトボと歩き出す。
ユキナが今いる場所は人通りの多い町中の道。
そんな中、たった一人で制服を着てマフラーをしている少女がいて、いかにもフリーだと思わせる雰囲気を漂わせていると当然、犯罪じみた若者の集団が来たりするわけである。
「おっ、あの子可愛くね? 制服からしてこの近くの高校生じゃん」
「うわっ、ちっちゃくてロリ顔じゃん! ああいうのって力は見た目通りだからどっか連れこんじゃえば……」
「たまんねえなそれ! 行こうぜ!」
そんなあまり聞きたくないような内容。
若者の集団で合計五人は向こうからトボトボと肩を落として歩いているユキナにすれ違い様に声を掛けて止め、もし抵抗してもすぐに誰にも見られずに丁度店の間にある裏路地へと引き込もうと考え、早速実行する。
ユキナが歩き、若者達も歩く。その距離が段々と近づいてきて互いの距離二メートルのところで緊張が若干生まれる。しかし袋のうさぎを手に入れるためには一瞬たりとも逃さない。
そしてとうとうすれ違う。
「ねえねえ君! 俺らと温かいもの飲まない?」
「…………」
ユキナ無視。
これには若者達は予想外だったようで普通声を掛けられたら立ち止まって返事をするのが主流である。しかし今のユキナは護熾のことしか頭になく、それ故に音など耳に入らなかったのである。そのまま通りすぎ、互いの距離が今度は離れていくと若者の一人が慌てて声を掛ける。
「……ちょっ、ちょっと君だよ君!」
まったく無視され、存在感すらないのか俺らは!? と少し泣き声を含んだ声で肩に手を置くとようやくユキナは気が付き、目をパチクリしながら自分に声を掛けた若者を見る。
……うっ、可愛い……
若者は思わずその無垢で純粋な瞳に見とれ、一瞬言葉を見失うがすぐにブンブンと首を振って気を取り直すとこの子を口説くか連れて行くかの二択でまずは口説く作戦から出る。
「えっとね、君、もし暇だったらさあ―――」
「あ、そうだ。人を知りませんか? こんな顔した高校生の男子なんですけど…」
若者に言い終わらせる前にユキナが割って出て眉間にシワを寄せてどこか無愛想な顔になる。しかし、それは護熾だけの話であってユキナがやっても単なる愛嬌溢れる仕種。
しかも人を探しているのだからこれを使わないわけにはいかない。
「え、……とっ、ああ知ってる! 知ってるよ! さっきそこのデパートで見たよ!」
「ホントですか!? どこどこ?」
「こっちだよ」
そう言ってさり気なく手を肩に回してそして徐に抱き寄せる。
ユキナはビクンとなって目を丸くして見上げるが若者はいたって澄まし顔。ユキナは本能的にこれはナンパだと感づき、急いで抜け出ようとするが何分、今の状態では見た目通りの力しか出せないので気を使った肉体強化で蹴散らそうと、若者が残り四人の若者と嫌らしい笑みを向け合って裏路地に連れ込もうとしたとき、ユキナの蹴りが―――ではなくてイアルの蹴りが飛んできた。
「なあああごきゃぼきょべっ!!!!」
派手に吹き飛んだ若者Aを蹴り飛ばしたイアルはどこまでも冷たい眼差しで残りの四人を見据える。若者達は突然の事態に混乱する。
イアルは凛とまるでキャベツ畑でも見ているような視線で言う。
「その子を離しなさい。でないと正当防衛であなたたちにお仕置きします。」
「な、何だ!? でもあの子も可愛い、むしろあっち好みかも」
「正義の味方のつもりか? じゃあその正義の皮、剥ぎ取って全部さらけ出させてやるよ」
あとから護熾探しに貢献していたイアルはユキナにあることを伝えるべく一度合流した方がいいと考えてここに来ていた。
助けに来たのが強そうな男じゃなくてむしろスタイル抜群で可愛がりがいありそうな少女の乱入で一同は志半ばで倒れた友人の介抱より、むしろとっておきのプレゼントを残そうとじりじりとイアルに近寄って捕まえようとする。
しかしここでイアルの余裕の笑み。それに気が付いたときには既に遅く、イアルが体を横にして誰かの邪魔にならないようにするとその奥には―――。
「悪い悪いユキナ、ちょっと色んなとこ駆けめぐってたからさ。」
「あ、護熾!!」
手を振りながら走ってきた少年。五時間ぶりに見る少年。
ユキナは若者に捕まっているのにも関わらず楽しそうな笑顔で少年の名前を呼び、同じく手を振って応える。
「何だあいつ? まさかあいつ一人で俺ら四人と張り合うってか?」
「でも見た目強そうだぜ? 眉間にシワ寄せて怖い顔してるし」
「ああうっせ! あいつをボコボコにして二人連れ込んでヤッちまえばいいんだよ! 行くぞ」
この時点で三人に死亡フラグが立ったのは言うまでもない。
護熾は血管を浮かべた額をピクピクとさせ、そしてイアルもその横に並ぶ。
ここから先、三人の若者が見たのは般若か、龍か、それとも地獄か――、若者達が殴りかかってきたところでドカバカドラガガギギゲシゲシゲシゲシ!!
ものの二秒で鼻血を噴いている三人の屍がいっちょできあがりである。
そして最後に残った若者に護熾がずりっと近寄ると若者はひっ、とユキナを抱擁から解放し、離すとトコトコとユキナは護熾の元へ戻る。
護熾はユキナが無事なトコを目で確認し、それから顔を生き残った若者に向けると
「正直じゃねえか、でもあんた運がいいぜ」
「え?……え?」
「こいつ俺よりも強いから下手したら病院行きだったぜ?」
そう言い終え、振り返って自宅へと戻り始める。イアルもそれに続き、息切れ一つしていない涼しい顔を一瞬見せてからあとから追いかける。
そして護熾に『ケンカなら俺より強い』と言われた少女は最後に何故だか若者にぺこんとお辞儀をしてさらに混乱を引き起こさせると
「ホントに向こうのデパートから来たね。じゃあね〜〜〜」
そんなさっきまで何事もなかったような笑顔でそう言い、急いで護熾を追いかけていった。
若者は暫しの間口を開けて唖然として突っ立ち、世の中は広いんだな、そんなことを思いながら志半ばで倒れた四人の無惨な負け姿に溜息をついた。
「まったく! どこ行ってたの護熾!?」
「ああそうだ、これ返すわ」
そう言ってポンと渡されたのがユキナ専用の瞬間移動装置。
ユキナは無言で受け取り、そしてハッとなって気が付くと護熾の顔を見て
「ってことはワイト行ってたの!? 行くなら行くって言ってくれればいいのに〜」
「そういえば海洞はギバリとリルにも会っていたわね。通信で聞いてたよ」
「何だ、イアルは知ってたのか?」
「何? わたしだけ知らずに三時間ぶっ通しで走って探していたのに何なのよもう〜〜〜」
ぷくっと頬を膨らませてプイッとそっぽを向く。
ああこいつ不機嫌になったな、護熾はポリポリと後ろ頭を掻いてどうせ帰ったら怒るだろうなと先に手を打っておいたあるものをポッケからガサゴソと取り出し、それをユキナに見せつける。
するとユキナの表情が一変する。
「ほら、走り続けたんならこれ喰えば? あとイアルにも」
「どうも、海洞」
そこにはビニール袋に入った大きめのあんパン。
丁度さっきいた町でのデパートでしか売っていない『デカあんパン』という商品で大きさは普通サイズの二倍、お値段は普通の1.5倍のお得商品である。
それをユキナは自分のあんパンが美味しい店リストに入れてある。
ユキナはそれを少し取り上げるようにして受け取り、ビリッと破きながら
「こ、こんなんで買収されるユキナさんじゃないからね!?」
と自分の欲のままに空っぽになったビニールを護熾に渡し、そして両手で持ったあんパンに目を輝かせながらぱくっと一口。
その瞬間、天使が舞い降りてパアアアアアア! 至福の笑みを浮かべるともう、護熾に怒る気もなくなり夢中で空腹を満たすためにドンドンかぶりついていく。
『あっさり買収されてんじゃねえかよ』と護熾はそうボソッと呟いておいしそうに食べるユキナを見る。
本当に、楽しそうで、俺のこと心配して走り回って……
そんな憂いを帯びた表情にイアルは気付く。
どこか、また寂しそうな表情。
「どした!? 元気ないぞ海洞!」
イアルがスコーーーーン!と背中を叩いて元気を付けるために行い、護熾は突然のサドンアタックによろけて前のめりに倒れそうになり、地面に手をついて服が汚れるのを回避すると『何すんだこらぁ!?』といつも通りの護熾に戻り、イアルのあまり反省していない ごめんごめんの返事が返ってくる。
「力加減っつうものを考えろ! たくっ!」
「私達を心配させた罪はあんパン一個じゃ足りないわよ。行くとこがワイトなら言えばいいのに」
「…………だから用事があったんだよ、おまえらにゃ関係ねえ」
そしてそれ以上、護熾は何も言わなかった。
何も言わず、ただただ二人が無事家に戻れるまで見張り、それからやっと家に着いた。
家に着くと、昼食時にいなかった兄に一樹と絵里が心配して駆け寄ってきて、やはり少しばかり怒って護熾も困った苦笑いで二人の頭をポンポン叩いて何とか宥める。
そして、お詫びに夕食を腕に寄りをかけて作るという約束で何とか全員で許した。
その夜、ユキナがお風呂に入っている間のこと。護熾はイアルから異世界で動きがあったことを聞いた。
護熾は終始、黙ってそれを聞き、『そうか』と短く呟いて床に就いた。
怪物達の蠢く感覚がこの世界から消えているのは確かなのだ。そしていつかこの二人も同じように消えていく。そして、その大戦が始まればもう、二度と会えなくなるかも知れない。
そう思って、口に出さず、護熾は珍しく早く寝てしまった。
あれから、ユキナはミルナにも聞いてみた。するとミルナは電話越しでも解るくらいびっくりし、何かティッシュ箱でも落ちたかのような軽い音がした。
『でもやっぱりユキナは護熾さんのこと好きだったんだね! 逆に安心したです〜』と返事が返り、自分がどういう成り行きでガシュナと付き合い、結婚に至ったかを楽しそうに順を追って話し、ユキナはふむふむと聞く。
『でもガシュナから告白してきたからさ、もしガシュナが何も言わなかったら今の私はないのよね。ごめん、あまり参考にならなくて……』
そう悲しそうに謝ってきたのでユキナは いいよいいよ、十分為になったよ♪ と伝え、それから明日ミルナは休暇を取ってガシュナと二泊三日の旅行に行くとこれまた嬉しそうに話してくれた。
「……多分、思い出作りかな? ガシュナって私が忙しい所為で家族サービスをするチャンスが中々なかったからさぁ……」
「? どうしたのミルナ? 声が震えているよ?」
急に語尾を落とし、嗚咽を引いたミルナに心配そうな声でユキナが尋ねると鼻水をすする音が聞こえ、目をゴシゴシと擦って えへへ、ごめん と謝ってから
「大戦でガシュナがもし死んじゃって私が生き残って、私が死んでガシュナが生き残ったら……どうしようもなく悲しいってふと思っちゃって………ごめんダメだよねこんな後ろ向きな考えは…………でもユキナ、伝えるなら早めの方が絶対いいよ? もし怖くても絶対に言うことだよ?」
「……うん、ありがと。ごめんね時間取らせて……早く寝て休んで明日ガシュナと楽しんできて」
「うん、ありがとユキナ。ファイト!」
そしてプツンと切れ、一定のリズムで刻まれる電子音が耳に残るように響き、電源を切るとそれをポッケにしまい、膝を抱えて壁に背中を付け、顔を俯かせる。
横には既に寝てしまった護熾がスースーと静かな寝息を立てて寝ており、ユキナは垂れる髪の隙間から護熾を盗み見て、クスッとそのだらしない寝顔を見る。
告白なんて今すぐに起こしてでもできる。
でもそうすることができない。それは勇気が足りないから、それとも怖いから。
どっちもでもあるがやはり自分は遠慮しているとしか思えない。
護熾にはイアルや千鶴、そして過ごした期間は短いけれどもティアラに好意を持たれている。どれだけあなたはモテるのよっ そんな密かな反抗を口に出すが当の本人は聞き流すように寝息を立てる。
ミルナは言った。
残り二週間強後に行われる第二次大戦でどちらかが死ぬかも知れない。戦争というのは必ず大切な何かを失うのである。ミルナは、ガシュナが欠けたら痛い。そしておそらくガシュナも、ミルナが欠けたら痛いのだ。親友だからこそ、そんな自分の弱い部分をさらけ出してくれたのだ。
そんな痛い一部など、脆弱な部分など、もしかしたら抱えて行けば無情な戦闘で命取りになるかもしれない。それが解ってて、ガシュナは動いたのだ。
変わらない明日が来るなんて、もう世界は約束してくれないのを知っているから。
ユキナは自分も護熾が欠けたらすごく痛いのは知ってる。
マールシャ戦で自分の身代わりに死んで、二度と帰ってこないと思っていたから、あのときの痛みは想像を絶する。
でも護熾は帰ってきた。理解者として、この世の道理を背負って、同年代とは思えない使命を抱えて世界に安定と秩序をもたらすために。
護熾ははたして、自分が欠けたときに悲しんでくれるのだろうか?
決して現実世界で涙を見せないこの少年が、他人のために泣いてくれるのだろうか?
イアルは下で寝ることにしていたので今は二人っきりである。
ユキナはそっと体を起こし、ベットで寝ている護熾に歩み寄り、それから誰もいないのにキョロキョロと辺りを見渡してからソーッと布団を持ち上げ、ソーッと体を滑り込ませ、モフッと布団の柔らかさが肌に伝わった瞬間、温もりが一気に少し冷えた心と体を温める。
それから顔を護熾の方に向け、手をそっと持ち上げて人差し指で護熾の頬をなぞるように突く。
『まったく、ホント…………あなたは』
「う……うう……」
すると呻くように護熾が声を漏らし、寝返りを打って仰向けの状態から体をユキナの方に向ける横寝に入るとバッチリと互いに正面を向く形になる。
これでもし起きたらどうしよう、と嫌な予感がしたが幸い今日のことで疲れたのか、深いに眠りに本当に入っているらしく寝返りを打ったことすら気が付いていない様子である。
『そういえばわたし……護熾のことが好きになってから結構大胆なことをしようとしてきたよ、ね?』
護熾が生き返ってからの抱きつき、夢の中での寸前のファーストキス、などなどこれほど妄想力や行動面で好意を丸出しにするなど過去五年間ではありえなかったこと。
そう思うと、今やっていることも十分すぎるほど大胆である。
でも、もう抜け出せない。今ここから出ることは包丁から石ナイフへと切り替わるのと同じくらいのものでせっかく手に入れた温々を捨てるのは勿体ないからである。
ここで護熾が抱きしめてくれたら最高なのに……
でもきっと、自分は結局このまま寝てしまい、朝早く起きた護熾が大慌てで自分を起こし、自分は寒かったからと無実な笑みでそう答えるだろう。
護熾はそれが自分の好意から来ているものだと気が付かず、また海洞家の主婦として明日も動くであろう。特別なことは何もなく、そうして大戦の日まで迎えていく。
ふと、はらはらと涙をこぼして頬が濡れていたことに気が付く。その時に大きく狼狽えたがきっちりと泣き止み、涙が数滴落ちてしまったシーツは明日までには乾くだろうと安心し、何故自分が泣いたかについて考える。
そういえば、護熾のことが好きになってからもよく自分は泣くようになったと思う。それがどういう意味なのかはいまいちよく解らないがすべてこの少年からくるものだということは分かった。
『うぎゅっ、わたしが泣くようになったのはあなたの所為だかんね?』
キッと可愛く頬を膨らませ、むゥ~と怒ってみせるがすぐに微笑み顔に戻り、それから力なくだれている護熾の腕を手に取り、ギュッと抱き枕のように抱きしめると瞼が突然重くなる。ここで寝たらきっと、変わらない朝が来る。
その変わらない日々で、残された時間で、護熾は一体どんな答えを出すのか? どんな結末が待っているのか?
自分がツバサから教えられた事にそれは含まれていない。
それでも、それでもいい、護熾は幸せに過ごせるなら、私がいなくて幸せになれるならそれでもいい。
でも―――
(ごおき…………)
ユキナは顔をグッと護熾の顔に近づけ、その寝顔を間近で見る。
残りあと数センチで、唇が届く距離。互いに熱い吐息がかかる。
このまますれば、よほどのことがない限り相手に届く。
だが、このままでは単なる自己満足だし、第一、ほかの三人に悪い。
そこで諦めたのか、ユキナは眠りにつく。予想しきった朝の光景を瞼の裏に焼き付けながら。
そして二週間が過ぎ、大戦まで一週間の日まで駆け上っていく。