決着
「我らは私欲でここに居るのではない! 全ては人間の悪意によるものだ!」
「でもそうそそのかしているのも貴方がたでしょ? 変わりありませんよ」
「透流コイツはどうするのだ?」
「どうとは……何だ?」
俺の問いを耳ざとく捉え、エキドナが怪訝に顔を歪めた。
「無論祓います」
それに対する透流の返事は簡単なものだった。
「させぬぞ! 私を呼び出したこやつだけでも道連れにっ」
長瀬の方を睨みつけると腰を抜かした奴が居た。
自分がエキドナを呼び出したとは理解出来ていないのだろう。
ただただ驚いた様子で眼を見張っていた。
「ききき、君! コイツは何なんだ? 君が呼び出したのか? こんな悪魔のようなものを!」
それにムッ、とした表情で透流が答える。
「さっきまで貴方が集めていた闇……悪意ですよ。そこから生まれたんです。僕が呼び出しただなんて言いがかりもよしてください。まあ、幸い完全体ではありませんが……また面倒なものを呼び出してくれたもんです」
「私はああすれば世界を救えると……」
「はいはい、洗脳されていたんですね。分かっています。ですがこの反動はいつか近い内に貴方に訪れるでしょう。貴方の身近なところに」
「それは脅しか!?」
「いいえ。確定事項です」
そう断言され、長瀬はますます覇気を無くし、その場にうなだれるだけになった。
エキドナの周辺にジワリと闇がにじみ出していた。
そろそろエキドナの処遇を決めねば新宿の一角など狂乱の渦に叩き落されるだろう。
「透流」
「ええ、やりましょう。さっちゃん、取り敢えず羽根もいで」
「了承した」
軽く言ってくれる。
その言葉に俺も軽く返す。
我々にとってこの程度のことなのだ。透流に言われた内容は。
俺は三対六枚の翼で空を打ち、瞬きの間にエキドナの背後に回る。
「なっ」
目前から居なくなった俺の気配が、突如背後に現れたことが信じられないようだ。
エキドナは目を見開いて、俺の方を振り返ろうとするが、遅い。
そうだ、透流はコイツの羽根を『もげ』と言ったな。
主の願いは叶えねばなるまい。
エキドナの細い首を片手で押さえ、もう片方の手で羽根に手をかける。
「やめっ……!!」
静止の声が掛かるが知ったことか。
俺は残虐な笑みを浮かべながら、思い切り羽根を握った手を後ろへ引いた。
ぶちぶちと生々しい音を立てながら、羽根が背から引きちぎられる。
「ぎゃあああああああああああああああっ!!」
エキドナの悲鳴が都庁屋上に響いた。
うるさい女だ。
耳障りの悪い悲鳴を二度も聞きたくはないが仕方ない、と俺はもう一度同じことをエキドナにした。
もいだ羽根はその辺に捨てた。こうなってしまっては何の役にも立たないからな。
俺がエキドナの羽根をもいでる数十秒の間に透流は例のアプリを起動したようだ。
周囲が光に包まれ、弾けるとそこには二頭の巨大な犬が居た。
本日二度目の召喚となったケルベロスと、三度目の邂逅となったオルトロスの兄弟だ。
巨犬の兄弟は、各々複雑そうな顔をしていた。
「母君……」
「母上……」
もっともな言葉だ。何と言ってもエキドナは彼らの生みの親なのだから。
呼び出されるのは主である透流が闇の眷属を祓う時。
ならば今回彼らが呼ばれたのも、そういうことだろう。
透流も人が悪いな。
思わず喉の奥からくつくつと笑いがこみ上げる。
「主ヨ、我ラ兄弟ニ母殺シヲシロト言ウノカ?」
きょとんと、悪びれもせず透流はケルベロスの問いに答えた。
「やだなあ、僕だって悪魔じゃありませんよう! ちょっと、お手伝いしてほしいだけです」
「シカシ母ハ羽根ヲモガレ最早……」
「まだあるでしょ? 攻撃してきそうな場所」
「腕ト尾ヲ封ジレバ良イカ?」
「理解が早くて有難いです。貴方達には魔力を十分に注ぎ込みました、これだけの力量差があれば万に一つも負けるということも無いでしょう」
「ソウダナ……」
気乗りのしないケルベロスにオルトロスが心配そうな鳴き声を上げる。
その声にケルベロスは決意を固めたようで、三つの頭を振った。
「イヤ、イイヤ。ヤレル。行クゾ、弟ヨ」
「応トモ。兄弟」
そのやり取りを聞いていた透流が、様子を見て命令を下す。
「もういいみたいですね。では、お行きなさい」
二頭の疾駆は速かった。ひび割れた屋上を駆け抜け、陥没した地面を跳躍する。
エキドナの目の前に到着したのは一瞬のことだった。
俺が首を掴んでいた手を離すとエキドナはべしゃりと地面に落ち、憎悪の目を向けてきた。
だがそこに我が子たる兄弟犬が立ちふさがる。
「母君ヨ、我ガ主ガスグニ楽ニシテ下サル」
「オイタワシヤ母上。ドウカ心穏ヤカニ……」
「何をする! 母に歯向かうか!」
のたうつエキドナの動きを、前脚と口を使い封じる二匹。
母親だろうと主従関係は絶対だ。
透流の命令には二匹が逆らうことはない。
あとは終いと行くか。
「透流、命令を」
「そうですね」
「では、首を絶ちましょう」
「了解した」
二頭が抑えるエキドナの傍らに立ち、剣を大上段に構えた。
「貴様、貴様は何なのだ? 魔導書も生贄も魔法陣すら無しにサタンを使役するなど……貴様は何者なのだ?」
問いかけられた透流が寸時考えた素振りを見せ、満面の笑顔で言ってのけた。
「んー……どこにでもいる、天才?」
エキドナはその笑顔を目に焼き付けながら、俺に首を刎ねられるのだった。




