第18話 先駆者の文化と保健体育
1日早く投稿できました。
どうしてこんなことになっているのだろう?
俺の上にまたがっているきれいなお姉さん――実年齢はほとんど変わらないだろうけど――は、うっすらと湿った髪を揺らしながら、妖艶な笑みを浮かべていた。
「……えっと……なんの御用でしょうか?」
思わずそう訊ねると、どこかツボにでも嵌ったのか、「ぷっ」と噴き出してケタケタと笑う。
「何の御用って……ふふ……やだもう。夜にベッドの上女と男がすることなんて決まってるじゃない」
「そうだとしても、貴女が俺にまたがっている理由の説明にはならないんですがそれは?」
「興味があるから、じゃダメかしら?」
「興味があったらとりあえず夜這いをかけるんですかね?」
「別にそういうわけじゃないわよ?」
じゃあ何だっていうのか。
後、そのやばい位置でなまめかしく腰を振るのはやめてほしいんですが……落ち着け、俺、異常事態なんだから不用意に元気になるな。
「ただ、貴方に興味がある人は多いし、オベロン老は慎重派みたいだけど……まあ、エフィのことを考えて時間をかけるつもりなんでしょう」
「どういう?」
「どっちにせよ貴方がどんな人かわからないんだもの。一番わかりやすいのは、肌を重ねてみることでしょう?」
その理論は魅力的だが、俺にはさっぱりわからん。
「俺が危ない奴だった場合、君は大変じゃないの?」
「あら?危ない人なの?」
「その自覚はないけどね。きっと毒にも薬にもなるよ?」
「それは貴方の持っている知識の話で、貴方自身じゃないでしょう?」
胸の上を柔らかな指先がゆっくりとなぞる。ストップストップ!ほんとにまずいから!
「こういうのは互いをよく知り合ってからにすべきだと思うんだけど?」
「ふふっ、面白いこと言うのね。千の言葉を交わしたって、この時間に比べたら塵と同じよ?」
「あまり否定したくない言葉ではあるけど、さすがにそれはどうかと思うよ?」
そもそも彼女の名前も知らないし。向こうは知ってるかもしれんけど、さすがにそれは無くないか?
「そう?貴方自身はやる気があるみたいだけど?」
だからその危険なところに手を這わせるのはやめて!
「いや、まぁ……貴女は魅力的だし、迫られて嬉しくないってことはない、けど」
「あら嬉しい。けど?」
「正直、子供ができるリスクを冒してまでそういうことをする気は無いかな」
この世界に避妊具なんてありはしない。持ってきてもいない。やればデキる。当たり前の話だ。
そして俺は旅人だ。俺がこの地に残すのは知識であって、子種じゃあない。むしろ子供なんてできたらおいて旅に出るなんてできなくなる。日本に帰ることだってだ。
あくまで帰るつもりで、仕事でこの世界に来ているんだから、自分から余計な心配事をしょい込むべきじゃない。
気にしなければいいって話もあるんだろうが……たぶん、気にするから選ばれた、のだろう。そういうことなのだ。仕方ない。
「……不思議なこと言うのね?……まあ、残念だけど私は夏に二人目を生んだばかりだから、しばらく子供はできないわよ?」
……………………???
「不思議なことを言うんですね。どういうこと?」
いや、マジで。
なんかすごい重要なことをサラッと言われた気がする。きっとそのパターン。
「どうって?言葉通りの意味だけど?」
「いや、そのままの意味だけど……やったらデキるでしょ?妊娠中じゃないんだし」
「できないわよ?むしろ妊娠中にはしないんだけど……」
……やっぱりおかしい。これ、なんか重大な齟齬が生まれてる。
今すぐ安条メイを呼び出したいところだが、WEBチャットがオフラインだ。電話番号は知らないし、知っててもかけるすべがない。
この場で腹を割って話を聞くべきだな。
「よっと!」
「きゃっ!もう!急に起き上がらないでよ!」
身体の上からずり落ちた彼女が抗議の声を上げるが、勝手にまたがっていたのだからそこは勘弁願いたいね。
「ちょいとまじめな話をしたいんだけどいいかな?」
「なに?急に改まってどうしたの?」
「保健体育の話について、多分重大な認識の齟齬があるから」
「ほけ?」
「そこは気にしなくていいよ」
自動翻訳で会話をしているから、こっちの概念にない言葉はそのままらしい。
「えっと……貴女……名前教えてもらっていいです?」
「ヨモギよ」
ずいぶんと和風な名前だった。
「ヨモギさん、二人目を生んだばかりだからデキないって言いました?」
「ええ、そうだけど?」
どうしよう……どっからツッコんだらいいんだろう?
そんなわけないだろとか、旦那さんはいいのかとか、いろいろといいたいことがあるんだけど……。
「やったらデキるでしょ?」
「そんなわけないじゃない。生んだの夏よ?」
この反応である。
どういうこと?……ほんとに子供ができない?そんなことあり得るのか?
「なんで子供ができないんだ?」
「なんでって……ホントおかしなこと訊くのね?当たり前じゃない」
「俺にとっては当たり前じゃないんだよ」
「……難しいこと言うのね。……もしかして……こういうの初めて?」
「そうじゃないけど」
「それじゃあ……子供はいない?」
「……当たり前だろ?」
そう答えると彼女はちょっと困ったような顔をして首を練ると、しばらく考え込んだ後……。
「貴方って、いつから旅人なの?」
そう聞いてきた。
「……昔から。もう独立して10年になるよ」
これはあらかじめ決めていた回答。親とか、どこの出身かとか聞かれたら、わからない振りをしてずっと旅を続けていると答えろ、安条メイに言われていた。
この回答にどんな意味があるのかわからないけど。
「……そっか、それだと知らない可能性もある?ん~……まあ、そうかなぁ。うん、それならそれでいいか」
彼女はしばらく考えてうなづくと、一通り納得したようだった。そして、
「じゃあ、オベロン老が困りそうだしお勉強をしましょうか」
そういってポンと手を合わせた。どうやらこの状況は続くらしい。
「経験はあるって言ってたわね。何をどうすれば子供ができるか知ってるってことよね?」
「そりゃまあ」
「でも、どうしてデキるのかと、デキないのかは知らないのね。……ん~……その年齢で子供がいないってことは機会に恵まれなかったより、風習が違うのかしら。まぁ、いいけど。生理って知ってる?」
「……いきなり生々しいこと聞きますね。知ってますけど」
「私たち女は月一の生理が来ている間は子供を妊娠するわ。これはいいわよね」
一応うなづく。なんで俺、夜中にベッドの上で保険の授業を受けているんだろう。
「妊娠すると生理は来なくなって、出産後もしばらくは来ない状態が続くの。4年から5年弱くらいかしら」
「ちょっとまて」
はい!新情報!
どういうこと?新人類の特徴?安条メイそんな話一言もしてないんですけど!
「マジでですか?」
「何か口調おかしくない?ほんとだけど」
……この新人類どーなっているんだろう。
いや、確かに病気に強いだとか遺伝的に安定していて容姿端麗だとか、いろいろ調整された人だとは聞いていたけど……。
「つまり、5年に1度くらいしか子供を産めないってこと?」
「そうよ。もちろん、生んだ後ならすることは出来るけど、生理が来るようになるまで赤ちゃんはデキないわ。だからこうして来てるんじゃない」
……いや、確かにそれだと妊娠のリスクはないだろうけどさ。
この世界の子供の死亡率とか、出産時の死亡率とかどうなってんだろう?病気に強いから成人の死亡率が低い?普通は5年に一人しか埋めなかったら、この原始的生活環境じゃあっという間に絶滅しそうだけど。
「それと純潔の穢れについては知ってる?」
「純潔の穢れ?」
「そう。古い古い伝承だけど……血の近しい相手、親、兄弟、子供……そういう相手と子供を作ると、その子は純潔の穢れによって病子となるって言い伝えがあるの」
……病子……近親相姦による遺伝的な脆弱性の回避?
「だから、即なくともここでは、子供を作る相手は本人の希望をもとに長女会と調停者のオベロン老が決めるの。血縁の管理はオベロン老の仕事よ。貴方は外から来た人間で近縁者がいないから、オベロン老は今頃誰とかけあわせるか、ウキウキしながら帳簿をつけてるはずよ」
「それ、結婚の自由がないってことですか?」
「……結婚って?」
「……?結婚ですけど?」
「うん。通じてるわよ。でも、その言葉の意味が分からないわ」
……ぉぅ。やばい、ここまで文化的に違うとは思ってなかった。
「俺の認識だと結婚……すごくシンプルに言えば、男女が互いに相手だけを愛することを誓って、その相手とだけ子供を作り育てる、っていう風習が一般的なんですけど」
「……へぇ。変わってるのね」
地球の文化変わってる扱いされたぞ。
「子供はどっちかが育てることが多いけど、基本的にはみんなで育てるものよ。最初の子は私が親として面倒見てるけど、夏に産んだ子は相手がパートナー作ったから、そっちで育てたいっていうんでそうしたわ」
結婚っていう社会システムがない。子供を作る相手と一緒に生活する相手は別ってこと?できた子供は集落全体で面倒を見ると。さっきの言い回しだと、一人目と二人目で相手が違うのか。
「貴方は外から来た人だから、純潔の穢れは気にしなくていいわ。この数十年で、私たちの血縁はだいぶつながっちゃってて、誰と誰の子を作るのかは結構問題なの。エフィが貴方を連れてきたとき、オベロン老がすぐに受け入れるつもりで話を進めたのも、多分それが頭にあったからよ」
「俺の血を何人かに加えるだけでも、取れる選択肢の幅が広がるってか?」
「そういうこと。……でもほら、こういうのって、相性も大切だし、互いに知識や経験がないと困るでしょ?」
「俺が下手くそだったら困るってこと」
「そうは言わないけど、女の扱い方も知らずに無茶されてもね。つくるんだったら、何度かこう、スルわけだし。男の子たちは適齢期になったら私みたいに、デキない時期の女が実践踏まえて一から教えるんだけど……貴方の場合はどうかわからなかったしね」
後半の……ナニソレエロイ。
ヨモギさん20代前半くらいで2人目、出産に4~5年間隔って事は女性の適齢期は十代前半から遅くて半ば?
男も精通が来るのが十代前半で同じだとすると、思春期真っただ中のころに、ちょっと年上のお姉さんから筆下ろしして、みっちりねっとり子供の作り方を教えられると?
……生まれる世界を間違えたか。
「つまりオベロンさんも含めて、俺に子供を作らせることは確定で、皆で育てるから別に俺が旅立っても問題ない。この場合子供は置いてけ、って話ですけど」
「ただ、さっき言ってた長女会この集落の女性の集まりとしては、俺がどんな男かわからないから、大事な子供を埋める女を簡単に宛がうわけにはいかないと、そういう話ですか?」
「そこの考えはオベロン老も同じだと思うけど」
「それで、二人目を生んで余裕のある貴女を宛がった?」
「ちょっと違うわね。私が希望して、最長老であるババ様が了解した。それだけよ。貴方にとってはたくさんいる住人の一人かもしれないけど、昨日のハルクとの一戦も、井戸掘りや湯あみ場を作った時も見ていたのよ?とても知性的で、立ち振る舞いも優美だと感じたわ。だから1回ぐらい試してみてもいいかなって思ったの」
『まあ、どうせならほかの子に手を出される前にってのもあるけどね』といってウィンクする。顔が近い、近いですって!
「はい、お勉強はここまででいいかしら?後で作ってもらわないと困るけど、とりあえずはデキちゃうのも気にしなくていい。あなたが言う夫婦って風習も気にはなるけど、ここではそうじゃないわ。経験があるってことは、別にその結婚をしていなくてもスルんでしょう?」
しまった!さっき口を滑らせたせいで否定する術がない。
「こういうのは互いの合意が大事だから、別に断ってもいいけど……怖いわよ?」
いや、マジで怖そうだ。長女会とか呼ばれてる女子会の間でどんな噂が立つかわかったもんじゃない。
「俺の価値観的に一番の杞憂が無いってのはその通りなんですけどね。でも、だからってそれでヤリましょうってのは、なんかおかしくないですかね?ぶっちゃけ貴女にも失礼だし」
「あら、それはお互い様でしょ?どっちにしろ、昨日湯あみ場を男女で分けた時点で価値観が違うのはわかっているもの」
ああ、みんないきなり裸になってたのは、こういう性におおらかな文化なせいか!
集落全員穴兄弟みたいな文化だったら、そら男女で分ける必要ないわ!
「重要なのは、私が貴方にとって、理性なんて振り払ってヤリたい魅力的な女であるか、それだけ。野暮な言い訳わなしよ?」
……むぅ……断る理由が見当たらん。
この文化レベルで美人局とかないだろうし、そもそもつく嘘が突飛すぎてありえない。そして……ここまで丁寧に説明させて誘われといて、やっぱり帰ってくださいとかね。口が引き裂かれるわ。
「あ~……うん、そうだね」
……よし、覚悟を決めよう。
ああだこうだ言ったところで、松明の光を反射して煌めく彼女の髪も、桜色に艶めく唇も、すべてが魅力的する過ぎる。
「ただ、それならそれで、俺のやり方でやらせてもらうけど?」
彼女の手は思いのほか小さくて、でも固く、外見からは想像できない、今の日本じゃお目にかからないであろう、働いている人の手だ。
その手に指を絡ませると、彼女はきゅっと柔らかく握りこんで。
「あら、それは楽しみね」
そう、妖艶な笑みを浮かべたのだった。
………………
…………
……
□□□
「このくそアマ!なんだよあの新人類の特性と風習!ああいう大事なことは伝えて置きやがれ!」
翌朝、オンラインになっていた安条メイに怒鳴り込むと。
「……うっさい」
けだるい雰囲気の返答が返ってきた。
「やることやっといて文句だけ言われてもね」
「なっなんでそれ……は!ブラフか!」
「バイタル。ナノマシンで体調観測してんのに何言ってんの」
しまった!そういえばそうだった!
「こっちはあんたの食べたものから出たウンコの量までわかるのよ?わからいでか」
「……俺にプライバシーはないのか」
「何らかナノマシン系の不適合が起こった場合に酷い死に方してもいいなら、モニタリングはやめられるけど?」
「……選択肢が無ぇ」
リスポーンするって言っても、巻き戻されるようなもんなんだ。無限に死に続けるのはごめんだ。
「先駆者の特性については意図的なものよ。出生頻度が低くなる代わりに、新生児や乳幼児、妊婦の死亡率が極端に低くなるように調整している。限界があるから発生しないわけじゃないけど、多分貴方の時代の日本で24時間最先端治療設備に入っているのよりマシよ?」
「それに、その世界にはその世界の役割がある。それを考えたら、彼らみたいな特性のほうが都合がいいわ」
「何だよその役割って」
「本気でこっち側の人間になるつもりなら教えてあげるわよ」
「……………………」
人を未開の草原に放り込むような奴らだからな。深入りして大丈夫か怪しい。
「まあ、結婚文化が起こらなかったのはこっちの意図した内容ではないけど、想定範囲内よ。むしろ、近親交配の忌諱がちゃんと生きてるのはありがたいわ。仕込んだ内容がちゃんと伝わってる」
「……それも、実質文化的なもんだろ」
地球における近親相姦の忌諱は、遺伝的な脆弱性の回避より文化宗教てきな意味合いのほうが強い。
高々1世代2世代そういうのが続いたからと言って、影響が顕現するほどの差異は生まれやしないだろう。
「そっちに関しては、遺伝子補完の機能のせいであんたと彼らじゃ違うわよ。バランスを取ってる分、遺伝子的に遊びが無いの。まあ、貴方が子供つくる分には気にしなくていい話だけどね」
「すべて神様の手の上で問題なしってか?」
「そうだったら貴方を送り込んだりしないわよ。まぁ、彼らは彼らなりに幸せを掴めるわ。ならいいじゃない。じゃ、あたしはまた落ちるから~じゃね!」
「あっ!まちっ!」
声を上げた時には、すでに通信は切れた状態だった。
あのアマ……いつか3食イモと菜っ葉の炒め物食う生活に引きずり込んでやる!
集落到着3日目の朝は、こうして開けたのだった。
チョメチョメなシーンはバッサリカット。つやっぽい話は書くのが苦手です。そして酷いタイトル。
当たり前ですがこの物語はフィクションなんでそこんところはどうぞよろしく。
後、この世界の役割とかいう話については、長く続いたら出て来る予定ですので応援お願いします。
次回は12/2の24時前後に投稿予定です。
貴方のブクマ、評価、感想が励みになります!たくさん集まれば書く速度も上がるかも!?
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