第17話 浮遊と落下と二日目の夜
先日の更新で1000PVを超えました。読んでくださっている方、ありがとうございます!
「それじゃあ、井戸を使うのは成人している方、できれば力のある男性でお願いしますね。落ちないようにはしてありますけど、身は乗り出さないように。子供が使ったり、登ったりしないように注意してください」
キャンプファイアーの薪のように組み上げられた井戸の前で、使い方の説明を一通り終えた。
転落防止の策はとれるだけ取ったけど、バケツと重石が出入りするから、どうしても穴が開く。こればかりは注意してもらうしかないだろう。
「がう!お疲れ様だぞ!これでみんな、いつでも冷たい水が飲めるな!」
「ああ、そうだね」
水圧の関係か上のほうまで上がってくることは無かったけど、組んだらその分補充される感じ。
乾季の真っただ中らしいこの時期にあの水量なら、人の手で吸い上げてるくらいですぐに枯れることもないだろう。
「がう?どうした?眉間にしわが寄ってるぞ?」
「いやぁ、ちょっとねぇ。大した話じゃないんだけど、腑に落ちない事があって」
……重石に働いてる重力、どうなってんだろ?
この世界の地面とか、木とか、ゲームでいうところの設置物って、重力の影響を受けてなくて浮くはずなんだ。
正確には『浮く』とはちょっと違って、空間に固定されているイメージなんだけどさ。
重石の動きは明らかに重力の影響を受けて下に落下してる。
俺にとっては常識的な動きなんだけど、この世界的にはアレはどういう理論で有りな動きなんだろう?
「実験、実験かぁ。実験してみるしかないよなぁ」
安条メイに聞きたいところだけれど、何でもかんでも答えを知ってしまうのもよくないってわかったし。
「がう?おいらの顔に何かついてるか?」
「ん~、かわいらしい目と鼻と口がついてる」
「……がぅ?なんか唐突に褒められたぞ」
実際のところ、滑車のレシピ探しは得るものが大きかった。
この世界の人たちが経験的に得たレシピの法則などの知識は俺になかったものだ。
そして、“完成系”を考えて創作を行う。これはシドさんをはじめとしたこの集落の創作者にはなかった概念だ。
特に後者は、俺がレシピを教えるだけでは生まれなかったもの。
技術はニーズがあって初めて発達する。
たとえすべてのレシピが分かっていてそれを書き残したとしても、こうしたい、これが欲しい、そういった要求が無ければ、出来たアイテムはすべて物珍しい飾りにしかならない。
レシピを探すのは、この世界において必要なものを探すと同義なんだ。
ただただ知識を伝えるだけじゃだめだなぁ。
「さて、この後どうしようか?」
もう16時を回っていて、だいぶ日も傾きだしてきた。
早いところでは、そろそろ夕食の準備もし始めているところのようだ。粘土の探索状況も気になるけど、すぐに結果が出るものでもないだろう。
「あいさつ回りも終わってるし、晩御飯の準備か、あとは草刈りだな!」
「草刈り?」
「すぐ伸びるんだ!今の季節でも3日も放っておくと大変になるぞ!いつも、壁の中と外を交互にやってるんだ。」
「そうなのか?」
それなら、ちょうど植物系の材料が欲しかったし実験がてら草刈りを行いますかねぇ。
………………
…………
……
「みんな~、手伝いに来たぞ~」
「あら、エフィ、長老たちへのあいさつ回りは終わったの?」
「がう!新しいレシピも見つかって一挙両得だぞ」
「それはそれは、じゃあ、もう少しだけど手伝ってもらえるかしら?」
「がう!ミグラと一緒に手伝うぞ」
「よろしくお願いするわね。旅人さんも」
エフィに話しかけたのは20代半ばくらいの、栗色の髪をした女性だった。長い髪を背中辺りで結っていて、柔らかい雰囲気の美人だ。
……さすが新人類。若い人は大体美男美女にといえる顔つき体つきなんだよなぁ。
「ええ……それで、どうすればいいんだ?」
「がう!見ての通り、背の高くなっている草を刈り取るか、引っこ抜くかして、束ねて1つにまとめるんだ。集めた草は干してベッドの下にひいたり、紙やロープに加工したり、種類によっては服にもなるぞ」
なるほど。……しかし数日前に刈ったにしては結構な量がたまっているな。
刈り取っている範囲は集落の壁から10メートルと結構広いけど、それでも積まれた草は腰を超えている。日本の夏では数日でここまで育つことはないと思うんだけど……。
……まあいいか。異世界だし、宇宙野菜みたいに変な育ち方するんだろう。
「それで……みんなナイフでアイテム化させてるのは?」
草刈りをしている人たちは、皆しゃがみこんで草の束をアイテム化させていっている。
「がう?なんかへんか?」
「いや、まぁそりゃそうだよね」
草刈るのに地面ごと掘り返すとか、常人の発想じゃないよな。思いつくのはゲーマーだけだ。
そもそも、みんな1メートルの掘削なんて昨日まで思いもしなかっただろうしね。
「もうこれでいいんじゃない?」
収納空間から取り出した鋤で地面を1平方メートルの範囲を20センチくらい掘り返す。
地面に生えていた雑草は重力にひかれて地面に落ちた。
「……がう」
「いや、そんな驚きを通り越してしょんぼりした鳴き声をあげられても困るけど」
この方法なら取りこぼしも無い。
草を集めるのに熊手みたいな道具は欲しいけど……今度作るか。レシピにあるかはわからないけど、形はわかってるから作れなくはないだろう。
「それじゃあ、あそこと、あっちと、こっち。みんなで手分けしてやるぞ。実際見せたほうが早いと思うから、そこを一つ、鋤できれいにするところを見てもらうぞ」
「ん、了解。説明すりゃいいんだね」
「がう!……みんな~、ちょっと来てくれだぞ~」
エフィが声をかけるとすぐにみんな集まってきて、鋤を使った草刈りの説明を行う。
大体反応は「その手があったか!」という雰囲気だった。しゃがんだまま作業しなくていいので、労力はだいぶ楽になるだろう。
「ほい、ほい、ほい……こんなもんか」
ものの10分ほどで残っていた草むらがきれいになくなった。アイテム化している土は放置でいいから、あとは大きな草を集めて作業完了だ。
「がう。このやり方だと低木を引っぺがさずに雑草だけ刈れるな。植林場の草刈りも楽にできそうだぞ」
「ああ、深く掘りすぎなけりゃそうだね」
某ゲームだと確実に1メートル掘り返すけど、こっちはそんなことは無いから調整効くな。
もっと広い範囲を掘り返すツールとかあるんだろうか?……ありそうな気はする。
「あっという間に終わっちゃったけど、どうする?もう戻って晩御飯にするか?」
「ああ、ちょっと実験をしてみたいからこの場を借りるよ。……そうだね、手伝ってもらっていい?」
「まかせろ!どんなことをするんだ?」
「うん、ちょっと滑車の動きについてなんだけど……」
さて……どんな検証から始めるべきかな?
とりあえず、手持ちの土ブロックを3段並べてみる。鋤で真ん中をアイテム化すると、最上段の土ブロックが宙に浮いた。
「これがどうかしたか?」
「ん~……これが浮くのに、なんで重石は下に落ちるんだろうなと」
宙に浮いている土ブロックの上に、さっきもらってきた木の板を乗せてみる。当然のように宙に浮いた。
もう一枚、アイテム化していない状態で手を離すとそっちは地面に落ちる。
「……何が違うのか」
「がう!設置の法則だな!」
「設置の法則?」
「おじきのところで教えている法則の1つだぞ。すべての物は設置されるまで地面に落ちる。でも設置された後は、その状態を保つ……だったかな?それで、その状態は力が加わるまでは変わらないんだぞ」
おじきってのは建築者のアンドレさんのことかな。
「力が?」
「そうだ!例えば、こうしてこの土の塊を押すと」
エフィが力を込めて土ブロックを押すと、それはアイテム化せずに地面に落ちた。
「力が加わると移動して、移動状態だと地面に落ちるぞ。風とか雨とか、弱い力でも落ちるぞ」
「落ちることで地面に再設置されてる?」
「そういう認識だぞ」
なるほど?静止摩擦と動摩擦みたいなものか?
「アイテム化するかは状況によって変わるぞ。例えば……」
同じように設置した土を宙に浮かせ、下の空間に持っていた松明を設置する。
その状態で浮いた土ブロックに力を込めると、松明の上に落下してアイテム化した。
……なんか某ゲームで見慣れた光景だけど、実際は不可解な動きだ。
「設置する場合、先に設置されていたものの状態が変わらないならそのまま設置されるし、変わってしまうような場合はアイテム化するらしいぞ」
「この場合、そのまま土が設置されると松明が壊れるからアイテム化した?」
「そうだ!生き物の上に落ちてくる場合なんかたいていアイテム化するぞ」
「……以前、土ブロックを上から落として獲物を狩ろうとしたことがあるんだけど」
「がぅ……それだと、触れところからアイテム化しちゃいそうだから、足止めにはなるかもしれないけど多分効果は薄いぞ」
「……なるほど」
あのライオン野郎が易々と出てきたのはそういうことか。
落下でダメージが入る範囲はアイテム化してしまう。大してダメージにならない量ならそのままだけど効果もない。
「ちなみに、この宙に浮いたブロックの上って無限に積み上げられるのか知ってる?」
「……たしか、ある程度積むと一斉に崩れるぞ。重いものを置いたほうが崩れるのは早かったはずだぞ」
……そういうものなのか。
以前、鑑定……知識補助を使って調べた結果は『アイテムと生物以外に重力が働いていない』だったけど、かなり意訳されている?
……わからんな。何か見落としている法則がありそう。
「重石がちゃんと重石の役割を果たしたのは『再設置されている』からか」
わかるような、わからないような理論だな。
しかし……エフィって結構頭いい?
「……それだけ覚えているのにテストの点悪かったの?」
「がぅ……聞いただけのことを覚えるのはニガテだぞ……。魔物の特徴とか言われても見たことないからよくわからないし、創作理論もいまいちピンとこないから忘れちゃうんだ」
「なるほど。実践派なのね」
さっきの設置の説明も、きっといろいろ遊んだり実験したりして学んだ知識なのだろう。
日本なら暗記より実験が好きなタイプだな。
魔物がいるこの世界だと、初見で知っていなければ危険な相手、ってのもいるだろうから、ただただ覚えるだけの知識でも必要になることはあるだろし、そこは頑張れとしか言えないけど。
「……エフィはすごいなぁ」
素直で発想力もあって、身につけた知識は説明もできる。
かわいらしい鳴き声のせいでちょっとアレな印象だったけど、この子かなり優秀だわ。
……新人類がみんなこのレベルだったらやばいな。俺の出る幕はほとんどないんじゃないか?
「がぅ?なんかよくわからないけど褒められたぞ!」
ずいぶんと嬉しそうに笑う。
……ぐぅ……改めてだけどかなりの美少女だな。
周りに美人が多いから気にしてなかったけど、イケナイ嗜好が生まれそうだ。気を付けよう。
「それじゃ、そろそろ戻ろうか」
「がう!それじゃあ、次は夕飯の準備だな!」
「今日の晩御飯は?」
「イモと野菜の炒め物だぞ!」
「……朝と同じじゃないですかー」
「がう!お肉が食べたかったら、ミグラが早くたくさん獲物を捕まえる道具を作れば、きっと晩御飯も豪華になるぞ」
「……そっすねぇ」
二人で軽口を交わしながら、その日は帰路へと着いたのだった。
………………。
…………。
……。
……ってところで2日目が終わっていれば、この先頭を悩ませることもなかったんだろうけどさ。
夕食を食べ、簡単な湯あみを済ませて、1日の疲れを癒すべく8時過ぎには布団に潜り込んでうとうととし始めた時だった。
「…………ねぇ……」
「……おき………ねぇ、さすがに早くない?」
「ほら、起きてよ。まだ日が暮れたばかりじゃない?」
うっすら目を開けると、栗毛色の美女が腰の上にまたがっていた。
「……え?」
「あ、ようやく起きた。もう、さすがに寝るのが早すぎよ~」
松明で照らされた薄明りの中、そういってほほ笑んだのは……。
……草刈りの時にあった美人のお姉さんだ、この人。
人里到着2日目の夜は、まだ始まったばかりだった。
いろいろと怪しい雰囲気を出しつつ?次回も1週間後の11/25の24時ごろ更新予定です。
皆様の応援が力になります。
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