第16話 滑車と井戸と創作探し
「よーし、そのままだ、そのまま!高さ合わせろ!あと15ミリ!……よし、水平!」
アンドレさんの指示で、井戸の真上に簡易なやぐらが出来上がっていく。
作っているのは滑車を取り付ける梁と、井戸に雨水が直接入りこまないようにするための屋根。基礎なんか作っていないから、テントにも使われる3本組の支柱に物干しざおのような梁を通して、それに屋根をかぶせる簡素なものだ。
どうせこれも後で作り直すし、今は使えればいい。
「よし、先にバケツを入れちまおう!ミグラの旦那、調整と確認頼んだぜ」
「了解です」
太い丸太を並べただけの足場を頼りに、ロープの位置を調整する。少しずれていたが、微調整で済む範疇だった。これなら問題ないだろう。
「重石を落とします」
ロープの先に括りつけられた重石をゆっくりと井戸の側面に這わせるように落としていく。下まで着いて約9メートル。紐にはまだ余裕がある。
今度はバケツのほうを井戸に落として、重石を引っ張り上げる。うん、とりあえず動く。まだ重石を上げるのに重石と同じ力が必要だけど、そこも後で修正だな。
しばらくするとバケツが水の中へと落ちる。
滑車を横2つに並べて、重石は淵に敷いた木の板の上に、バケツは水の中に落ちるように調整した。水質汚染のリスクは減らしたいから、とりあえず水中に落とすのはバケツだけだ。
今度はバケツを引っ張り上げると、重石の力でするする上がってくる。水の入ったバケツより重石のほうが軽いから多少力は必要だけど、まあいいだろう。揺れもそこまでひどくない。
滑車を2つ、木の板で挟み込んでロープでくくって止めただけの構造にしてはうまく動く。
そのままだとバケツと重石が干渉するから苦肉の策なんだけど、とりあえずは動けばいい。
「来ました。うん、うまくいってます」
バケツの中には7割以上水が残っている。これでもう10メートル下まで水くみに降りなくていい。
「よし、それじゃあ仕上げるぜ」
「お願いします」
建材はアイテム化によって容易に運搬できる。これで井戸はもう少し使いやすくなるだろう。
………………
…………
……
滑車づくりで手こずった原因は、結局のところ中間素材だった。
「ふむ。つまりこの“策倫とシャフト”が回転することで、ロープの先のものを安定的に吊り上げる、という構造なのですな?」
「ええ。アイテム化させないで重いものを吊り上げる場合に使う道具だと思ってください」
滑車のレシピが見つからないので、作ろうとしているものの説明をしてアイデアを出し合う作戦に変更した。
「基本的な構造は紙に書いた通りです」
図に起こしたのはシンプルな一輪タイプの滑車だ。
筆で描いたからくそへたくそな絵みたいになっているけれど、シドさんもエフィも特に気にはならないようでありがたい。
「軸ごと回るので引っかからない。ロープに体重を乗せれば重力も使えるうえ、足で踏んで固定することもできる。理にかなっておりますな」
シドさんは使い方と利点をすぐに理解してくれた。
二重滑車とかならさらに必要な力の削減もできる。アイテム化は便利だけど、こういう道具はそれとは別に必要なはずだ。
「じゃが……そうすると気になるのは、この“シャフト”を受ける部分か。ふむ……これは弓錐のように焦げたり破損したりしないのですかな?」
弓錐……ああ、あの紐で火をおこす道具のことか。
「しますね。一番壊れやすい部分だと思います。普通は固い材料を用いて“軸受け”と呼ばれるパーツを作りますが……ここではまだ材料がありません」
「ふむ、その材料も気になるが……エフィの髪留めにした陶器ではだめなのか?ずいぶんと硬いように見えたが」
「加重……かなり強い力がかかるので、陶器だと割れてしまうと思います」
「がう、そんなにか?」
「ん~……真ん中に棒を通して、それを君が全力で踏みつけても割れないくらいの強度は必要かな。ちょっと今の焼き物には厳しいよ」
「あんまりやりたくないな。それなら、石とか石材はどうだ?」
「軸受けとして使うなら、軸がピッタリ収まる腕輪や指輪みたいな円形か、コの字……せめてこんな感じの加工が必要になるね。こういう形のものを作って、そこに油を塗って滑りをよくして使うんだけど、石材でこういう加工ができると思えないんだよね」
粘土じゃないんだから、自在に形状を変えられたりしない。木の歯車と同じように石材を四つひし形に並べるレシピは反応がなかった。
石のナイフで木の皮を剥いだように、何かツールがあればできるかもしれないけど、現状だと無理そうだ。
「実際、石材でそれっぽい配置を試しても作業台は反応しないし。それに軸受けがないと耐久度は下がるけど、動かないわけじゃない。だから必要のないレシピが存在すると考えているんだけど……」
「がう……難しいな……」
いびつな加工になるけど、自分で作ったほうが早いかなぁ。
レシピ自体は組み合わせ数が多すぎて、今ある素材だけでもすべての組み合わせを試すのは不可能に近い。
予想が間違っている可能性もある。
構造的には複雑な作りだし、金属の加工道具が必要な可能性もなくはないんだよなぁ。
ただ、創作もお手軽さや目的を考えると……。
「ふむ……しばし待たれよ。たしか、その辺にしまってあったはず……」
「探し物ですか?」
「渡した作業台のレシピのほかに、不定形レシピがあったと思っての」
「不定形?」
「個人用創作魔方陣で作られるものを作業台で作る場合のレシピですじゃ。レシピが見つかっていないものもあるが、それなりの数があったはず……このチェストじゃな」
だいぶ使われていなかったのだろう。くずれしぴの束の山の中から、木製のチェストを発掘した。
「創作魔方陣はオベロンのやつの管理管轄じゃて、見返すこともなかったのじゃが……むぅ、だいぶ虫に食われている」
「木箱に入れてこの環境に放置じゃそうなりますね」
「まあよい。一部は読める。ほれ、これを見るといい」
渡されたのは、先ほど話に出た弓錐のパーツを作るためのレシピだ。
「創作では道具を使って加工の方向性を決める場合がある。石のナイフや、その弓錐のパーツのようにのう。作業台では使った道具が消滅してしまうことがあって、あまり使われておらん。しかし、そのレシピを見てみるといい」
レシピは弓錐の火切り板を作るためのものだ。木の板と錐を合わせて創作するというシンプルなもの。錐が消費されて、火切り板ができる。
……うん?
「……これ、弓と錐と火切り板を合わせて1つのツールなのに、火切り板を作るのに錐が必要なんですね」
「そうじゃな。錐は石のナイフで加工できる簡単なものじゃ。じゃが、火切り板は石ナイフではきれいに作るのが難しい。しかし、木版を錐と合わせて創作することで作ることができる。こういう現象を、道具による方向性の指定、と呼んでおる」
「特定の道具を一緒に創作することで、目的にあった加工をするってことですね?」
「うむ。今ここに並んでいるのは中間素材になるのじゃろう?これらで同じことができぬかの?」
なるほど。完成系を作るのじゃなく、今あるパーツを使って、さらに不足している中間素材を作れないか、ということか。
……そういえば、気になるレシピがあったな。
「……石材を使いますね」
石材はある程度の大きさの石を作業台で単独創作するとできる素材だ。
昨日のこの原野だとそれなりに貴重ではあるが、昨日の井戸掘りで、素材となるサイズの石がそれなりの数確保出来ている。
石材を4つひし形に配置しする。これでは創作はできなかった。
その中心に木の歯車を放り込んで、再度起動すると……できた。
「石の歯車」
どういう理論か知らないけど、木の歯車がロストして、石の歯車が出来上がった。
なめらかで均一、接着した雰囲気は全くなく、真ん中に穴あき加工がされている。
「……新しいレシピですな」
「がう……あっさり見つかるんだな」
「いやぁ……あまりにありえない現象なんで試すの忘れてました」
初めに木の棒同士を接着するとかできなかったから、すっかりできないものだと思っていたけどさ。
……レシピがあっていて、作業台があれば無茶な合成もできるのか。
本題はこっからだな。
「同じ形で“策倫とシャフト”を使いますね」
石材を同じように並べ、“策倫とシャフト”を真ん中に放り込んで起動すると。
「でき……うん、ちがう」
出来たのは“石の策輪”。シャフトはどこ行った。木の“策輪とシャフト”は4つの材木の真ん中に木の棒を置くレシピでシャフトまでできたんだけどな。これは策倫だけだ。
「とりあえず進めますね」
“石の策輪”と木の棒を作業台において起動。案の定、“石の策輪と木製シャフト”となった。……石材から石の棒って作れないよなぁ。
「……そういやこれ、軸受けに使える?」
石の歯車も石の策倫も中心は円だし、使えないこともないだろうけど……。
「4つで囲う必要はあるかの?」
「どういうことです?」
「用途を考えれば、その軸受けとやらは2つあれば良いのじゃろう?方向性の指定を“策輪とシャフト”でしているなら、石材で囲うのは過剰な気がするの」
「なるほど」
4つで囲うのが歯車のように素材の置換なのだとしたら、“方向性の指定”としては過剰だ。
「じゃあ、今度は2つでやってみます」
材木から“策輪とシャフト”を作成して、それを中央に、左右に石材を配置して起動する。
反応は……あった!
「……できた」
鑑定結果は石の軸受けとなっている。それが2つ、スタックされた状態で作成物欄にアイテムとして排出されている。
案の定、ベースとした“策輪とシャフト”は消えているが……とりあえずはいい。
アイテム化を解いてみると、親指と人差し指で作る輪と同じ程度のリングが出てきた。
中心部分が磨かれた大理石や御影石のようにツルツルだ。ここに油を塗れば、摩擦はかなり小さくなるだろう。
「うん、思っていた通りのものです。中間素材、ありましたね」
「うむ。記録を取るので少し待たれよ。エフィ、歯車の記録を作成しておいてもらえるかの?」
「がう!作っておくぞ!」
二人でレシピの作成に取り掛かる。
基本的には材料の種類と量、配置を記載するだけなのだが、発見者とか発見日、出来上がるのがどんなもので、使うレシピがあるのか、発見の経緯など結構書く項目が多い。
そのレシピ自身では説明されていない記号とかも使われているので、こういうのは慣れている人に任せたほうがいい。
この辺の記録の取り方は、偶然レシピを見つけちゃった場合に必要になるので子供のころから叩き込まれるのだそうだ。
新たなレシピをメモすることはそう無いが、毎年レシピの写本は作るらしいので、ほとんどの住人は書けるらしい。
この文明発達度合いでみんな読み書きができるってのは創作の一番の恩恵かもなぁ。
少しの時間を挟んだ後、レシピ探しを再開する。
“索輪とシャフト”を2つの軸受けで挟む。ここまでは固定しよう。この状態では作業台は起動しない。
材木をさらに左右に足す。これもダメ。これで完成形が作れるとも思えないからしかたないな。
索輪の上にも材木を。これもダメ、構造的にはこんな感じなんだろうけど……ただ、つなげる材木が離れすぎている気がするな。
軸受けの上に2つニカワを置いて起動。ダメ。まあ、数を試すしかないか。
現状のレイアウトは「①索輪とシャフト」「②軸受け」「③材木」「④ニカワ」で、
□④③④□
③②①②③
とこんな感じ。作業台が3×3じゃないからバリエーション増えすぎ得てやばいな。
ん~……素材が悪い?量的には足りていると思うんだけどな。
「がう!材木で挟み込むのが必要なのか?」
「どういうこと?」
「モケイ通りだぞ!下から支えるんじゃないのか?」
エフィは机の上に置いてある、予備パーツを並べた完成予想の模型をくるくると回しながら「横から押さえても回らないぞ」とお指摘した。
なるほど、そりゃそうだな。
「目的のサイズからすると、ニカワも2つは必要ないのでは?大きなテーブルの天板でも、一つで十分じゃよ。それに、経験から言えばニカワは隣接するどこにおいても構わないはずじゃ」
「そうなると……こうか?」
□③□
②①②
③④③
上から順に材木、軸受けと索輪とシャフト、材木とニカワ。残念ながら反応名は無い。
「あと、この軸受け?は木の板と厚さが同じだぞ」
「ああ、確かに気にしてなかったね。……適切な材料を選ばないとだめだとしたら……」
最下段の材木の代わりに「⑤木の板」を設置。
□③□
②①②
⑤④⑤
反応はしない。ヒントが欲しいなぁ。あっているかどうかわからん。
安条メイに問い合わせたら教えてくれないだろうか。……ダメだな。レシピは自分で見つけろって言われてるしな。
「んん~……完成形が見えませんな。下に配置した木の板には穴あけ加工が必要になる。先にそのようなものを作るべきでは?」
「用途が微妙な中間素材があるとは思えないんですけど」
開発者の思考からすれば、穴の開いた木の板なんて抽象的な物をレシピにするとは思えない。それをやるなら歯車の中間素材にするだろうし。
「でも、完成系が見えないのは同意ですね」
石槍にひもを要求してくるような製作者だしな。
⑤③⑤
②①②
⑤④⑤
挟み込むなら削るだけだからいける。……と思ったけどこれもダメか。
……ん~……いや、材木いらねぇな。つるす部分を作るだけだろ?「⑥木の棒」で十分な気がする。
⑤⑥⑤
②①②
⑤④⑤
材木を木の棒と入れ替えて起動すると、作業台が淡い光を放つ。動いた!
「おお!」
「できたのか!?」
「はい、できました」
作業台の排出口ではアイテム状態の“木の滑車”がくるくると回っていた。
滑車はオリジナルレシピです。
某ゲームだと滑車は必要なさそうなアイテムなので、作れるMODも見たことないですねぇ。
次回も次週11/18の24時ごろ湖心予定です。
ブクマ、評価、感想よろしくお願いします。