第15話 新たなレシピと中間素材
エフィが帰ってきたのは昼も遅い時間になったころだった。
「がぅ~、さすがにちょっと疲れたぞ」
そういう彼女の表情はとてもにこやかだ。うん、これはだいぶいい反響があったな。
「いい反応があったみたいだね」
「がう!みんな似合ってる、かわいいって言ってくれたぞ。自分もほしいって言ってた子もいたぞ。もっと明るい色がほしいって要望もあったけどな!」
「素焼きだしねぇ。色は釉薬が作れるようになるまではそのままかな」
粘土の色によっては差が出るけど、茶褐色だからどうしてもその色になる。
焦げも煤も着かずに焼けるから、ほんとにき れいな茶褐色だけど、それでも地味は地味かな。エフィは紫がかった髪色だから、それでも結構映えるんだけど。
そーいや、この世界の人類って目の色、髪の色はランダムらしい。外見による人種差別うんたらの名残だとか弊害だとかで、安条メイいわく、悪乗りの結果だとか。
肌の色は機能的な問題だからみんな同じような感じだけど、髪はマーブル模様とかも見かけるしな。
「しかし、自分で髪留めにしておいてなんだけど重くはない?」
粘土の量が少なかったとはいえ、ぐい飲みとか醤油皿くらいの重さはあるはずなんだけど。
「特に気にならないな!」
うん、まあそれならそれでいいか。
「それにしても……いろいろできてるな」
「ん?ああ、すでに有る物の別レシピだったり、ちょこっとしたものだったり、まだ使えない部品だったりが多いけどね。いくつか新たなレシピは見つかったよ」
背もたれのないスツールのレシピから派生させて、背もたれの有る椅子、ダイニングチェア、ひじ掛けのあるデスクチェアにロッキングチェア。
椅子ばっかりだけど、この辺りは元の形状を知っていると簡単にヒットした。
個々のパーツが木の板だったり、棒だったり、角材だったりしたから、スツールのレシピが無く一から見つけるなら大変だっただろうな。
後は木桶から派生して、麻縄を組み合わせただけの木製バケツ。形が変わりすぎだけど、チェストを重ね合わせて3段タンスなど。
すでにある素材にプラスα系が結構発見されていなかった。これは集落の生活であまり必要なかったというのもありそうだな。
「すごいな!新しいレシピを見つけるのは大変だってじっ様も先生も言ってるぞ」
「もともと完成品の知識があるからね」
配置があっていればどこにおいても創作される。
レシピは完成品に近いレイアウトに配置するだけだから、そういう意味では発見はたやすい。
……しかしこの機能、使いこなすには完成品を知っている必要があるな。
未知のアイテムを作り出す機能じゃなくて、1度作られたことのある品を、素早く安定的な品質で量産するためのものだ。
多分、通常の技術発展が行われた後にレシピが見つかって量産が進む、といった流れで発展するはずの世界が、完成形が分からないままレシピを探す、が主流になったせいで結果的に発展しなくなったのだろう。難儀だな。
「ところで、先生はどうしたんだ?」
「シドさんならあんまり簡単にレシピが見つかるんでさっきまで打ちひしがれてた。今はお弟子さんとアンドレさんの所に行ってるよ」
家具作りなんかはアンドレさんたちも関係あるらしいから、今後どうするかを相談するそうだ。
今回見つかったレシピだけでも、集落に普及させると材木の消費が結構ヤバイらしい。
「そっか、大変だな……。この机の上に出ているのは何だ?」
「それも創作で出来た中間素材。使い道が分からなくて死蔵されていた物もあるけど」
木の歯車、木の円盤、木の索輪とシャフト、木の車輪、木のハンドル、手回しクランクなどなど。
某ゲームだと、工業MODを導入した際に追加されるアイテム群だな。木枠とかは嫌な予感しかしない。
材料に石材を用いていないのであまりレパートリーは無い。布があれば風車の帆くらいは作れるだろうか。石臼や粉砕機がまだないので使い道がないな。
「触っても大丈夫か?」
「特に壊れやすいものはないし大丈夫だよ」
なんに使うかわからない道具たちに興味深々らしい。
「……ダメだな。反応ないか」
こっちはさっきから滑車を作ろうとしているが、今一レシピが分からない。
“木の索輪とシャフト”があるからこれを材木で挟むようなレシピになると思うんだけど、うまくいかない。
ひっかけるための縄やなんかを追加してもうまくいかない。フックが無きゃダメかな?必須パーツじゃないと思うし、木製でも準備されていそうなんだけど。
「ところでエフィさんや」
「がう?どうした?突然」
「お腹がすいたんだけど、ここって1日2食なんですかね?」
朝食が6時ぐらいで、すでにお昼は回っている。そんなに食べる方じゃないけど、現代人はさすがに腹が減ってきた。
「がう……そうだけど、ミグラは違うのか?」
「俺のいたところは俺が生まれた時から1日3食は食べられたね」
「そうなのか!豊かなんだな。おやつに何か食べることはあるけど、ここだと食事は2回だな。……でも、お腹が空いたなら何か捕ってくるぞ?」
「……いや、獲っては来なくていいかなぁ。甲虫の幼虫とか食わないよ?」
言い回しのニュアンス的にそういう話よね。
「……がう。そうなのか……結構おいしいのにな」
やっぱりそっち系か。
食事関係も改善したいなあ。採取狩猟に頼り続けるのはコストが高いし、定着しているなら農耕を拡充したい。
地球から育てやすい作物とか持ってきちゃダメかな? 安条メイに頼めば行ける気がする。
「それなら、じっ様に聞いてくるぞ。朝の芋の残りがあれば、塩焼き芋くらは作れるはずだ」
「ん、わがまま言ってすまないね」
「レシピ一つ見つければお祭りだ!少し待っててろ、すぐに聞いてくるぞ」
そういうとエフィはあっという間に飛び出だしていった。ん~、元気だな。
「さて、こっちはこの先をどうするか、かなぁ」
すでに癖になっている独り言をわざと口に出して気持ちを切り替える。
井戸用に滑車はぜひとも欲しいのだ。創作で無くても作れるのだろうが、金属製の工具が全くない現状では、かかる工数が大きすぎる。
まともな木工職人もいないし、やはり創作で作りたい。
「“木の索輪とシャフト”を材料で挟む……たぶんこれは良い。軸受けが必要な気もするけど、たぶん金属が必要だからこの段階でそれが必須素材だとは思えない」
軸受けだと基本的には油のしみ込まない硬度の高い素材が必要なはずだ。
石材を軸受けに加工することはないだろう。陶器で出来なくはないかもしれんが、たぶん強度が足らない。荷重がかかった時に割れそうだ。
いわゆるTier1、もしくは0に当たるような品だ。もっと使い勝手がいい物がある可能性もあるが、原始的なものが作れないとは思えない。
“木の索輪とシャフト”と、植物から作くられる“粗悪なロープ”は溝と太さがほぼ一致する。“粗悪なロープ”を“木の索輪とシャフト”と組み合わせて使うことは想定されているとみてよいはずだ。
「ゲーム的発想だけど、ユーザーフレンドリーなインターフェイスなら、そう突飛な構造にはしていないはず。……とはいえヒントは欲しいな」
何か手掛かりはないかと、借りているレシピのコピーを見返す。
中間材料が必要だとすると、原木から材木、そこからさらにハーフブロックや木の棒、木の板なんかもか。
板は椅子の座面に使われていたな。
「そもそも組み木だけで作られているか分からんか」
創作で作られた椅子などは木材の組み合わせで出来ていたが、テーブルなどの大きな天板を使うものにはニカワが使われていた。湯で溶いたニカワは天然の接着剤だからな。板を張り合わせるとかには必要な素材だ。
パーツのサイズから推測するとそう大きなサイズにはならないだろう。細かい組み木では耐久度が落ちるから、別に接着剤が必要な可能性は十分に考えられた。
「とりあえず、もう少し試してみるかな」
シャフトを抑える側壁をハーフブロックや木の板に取り換えてみる。材料の質量的にはこの辺でも大丈夫なはず。
材木で反応しないから望み薄すではあるけど……やはり起動しないか。
しばらく試行錯誤してみるが、結局レシピはヒットしない。意図しないものもできないので進捗はなしだ。
そうこうしている間にシドさんとエフィが戻ってきたので、休憩がてら食卓を囲む。
「すでにレシピの最適化は弟子たちにやらせておるが、あまりすることもなさそうじゃったな」
「創作で一度中間素材化してますからね。……芋美味いですね」
串にさしてあぶっただけの芋だが、触感が残っているせいか朝に食べた炒め物もどきよりおいしく感じる。ちょっとポソつくけど、そこはまあ、水で良い。……冷たいビールが飲みたいなぁ。
「ミグラはこっちのほうが好きか?でも、緑の野菜も食べなきゃダメなんだぞ」
「ああ、そういうのあるのね」
壊血病だっけ?ビタミン不足でなるの。
確かに芋ばっかりだと体には悪そうだ。
「果物とかもあるの?」
「雨期に入ったころにとれる野イチゴやブドウを乾燥させて保存してあるぞ。週に1度、みんなで少しづつ食べるんだ!うまいぞ!」
ブドウもあるのか。そっちは宇宙野菜じゃないのかな?
そういえば、酒も作られているようだったけど飲んでいるのは葡萄酒って雰囲気じゃなかった。多分、量が取れないのだろうな。集落の敷地をあまり広げられないせいだ。
現状、集落の壁の中は夜間は松明で沸きつぶしをしている。創作で作った松明は継続時間は長いけど、照らされる範囲を考えると素材に使われる木炭は馬鹿にならない。
結局は燃え尽きるから、集落のエリアが広がれば消費は延々と増え続けることになる。
「俺の住んでたところだともう少し食生活もよかったから、その辺も改善したいね」
とりあえずはこのあたりに生えている食べられる野草の栽培から始めたい。
鑑定と検索があれば、栽培方法はそれなりにわかるはずだ。もちろん、地球と同じとは限らないけどね。
「それで、滑車ってツールを作りたいんですけど、どうもレシピが見つからないんですよ」
食べるだけ食べて一息ついた後、今度はシドさんにさっきまでの試行錯誤を説明する。
「なるほど。井戸を下まで降りなくて済むようにするためのツールなのですな。……無理やり加工することもできそうですが、創作で作るほど良いものはできますまい」
「ええ。それで、ニカワをレシピに加えてみたいんですけど」
「多少在庫がありますので、持ってきましょう」
「その間に別のレシピを試してます」
「……まだレパートリーがあるのですか」
「……まぁ、今のところ必要ないものですけど」
木の棒と材木の組み合わせで作れるレシピを試してみる。
この世界、名前がバニラボックスだしね。スタンダートなレシピは試しておこう。
「それじゃあ、おいらがメモするぞ」
「記録するほどじゃないけど」
素材のサイズを少し変えながら、作業台を起動する。
何回かの試行錯誤の後、“フェンス”と“はしご”の作成に成功した。少し長い木の棒が必要だったけど、ほぼほぼ調べたとおりのレシピだ。
……まあ、今のところどっちも必要ないものなんだけどなぁ。
フェンスのほうは横幅1メートルで、地面に突き刺すために杭の先は鋭くとがっている。梯子のほうも高さが1メートルで、端が組み木のようになっていて、その先をはめ込んで伸ばせるようだ。ストッパーが無くてちょっと不安だけど、重力がまともに仕事しないこの世界なら大丈夫か?
シドさんが戻ってきたら、今度はニカワ、ロープ、石材なども含めて組み合わせを試していく。
あるかどうかわからないレシピをこうして探し続けるのは心が折れそうだな。工具があれば直接作ったほうがましだろう。
そうしてくずレシピのメモが数十枚積み重なったところで……。
「……できた」
“木製の滑車”がようやく完成したのだった。
次回更新も一週間後の11/12の0時前後を予定しています。
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