第13話 粘土とカマドと試行錯誤
「なんと!そんなに容易く失われたレシピを復活できるというのか!?」
「いや、そんな驚愕しないでくださいよ」
そもそも、驚かれるような話じゃない。祠でうだうだやって一回死んだかいがあったって事だ。
「まず、この粘土という素材ですが、仰る通り土の一種です。ちょっと外に出ましょうか」
工房の前に出ると、収納空間に入れてあった土を一つ取り出して設置する。
1立方メートルの土の塊。こいつを規定外レシピで創作して一回死んだんだ。
「粘土は粘性……水にぬれるとべっとりとまとわりつく特性を持った土の総称です」
土の塊に水をかけ、アイテム化しない様に一部を摘まみ取る。
「普通の土にもある程度の粘性は有りますが、粘土質より礫……砂とか小石とかが多いので、粘性は低くなります」
濡れた土を指ですくって左手の甲に擦り付けると、水に溶けて泥となった粘土質がこびりつく。
「泥が粘土だという事かね?」
「そうなんですけど、これだとたぶんレシピには使えないんでしょうね。必要なのは粘土として創作出来る土なので」
昨日の穴掘りでわかったが、ここの地面は堆積層が少ない。
雨季に川べりになる地形が関係している可能性が高いが、小石などの礫が多くて水はけが良い。
「雨季に川底になる辺りならそれなりに粘土質の土が採取できると思いますけど、たぶんそれでも足らないんでしょうね。それで作れるなら、たぶんレシピがロストすることも無かったはずです」
実際には創作が優秀すぎて素材に気づかなかった可能性もあるけど。
だだ、先々代が製法を書き残さなかったのには理由があるはずだった。
まだ貨幣経済が発生していないこのレベル集落で、知識を伝承せずため込むことで得られえる富はほぼ無い。書き残さなかったのは、大っぴらに残すと問題があるからだ。
「こいつをちょこっとだけアイテム化して、2口の魔法陣で創作します」
実行した瞬間、少し体力を持っていかれた感じがした。20センチ四方の量でも規定外は結構クルな。やっぱり伝えなかった理由はこれだろう。
出来上がったのは、以前と同じく“土壌”と“砂利”。割合も依然試した時と同じくらいだ。
「片方は砂利、砂よりは大きな礫の集まりです。こっちは純粋な土壌……Soilですね。2口魔法陣の分離はどの程度使われます?」
「基本的にはやっちゃいけないレシピだぞ」
「ですよね。まあ、体力を持っていかれます。っと、話を続けますね。この土壌になるとさっきより粘性は上がっています。でも、まだこれじゃ足りない。色や触った感じからラテライト寄りの土壌だと思いますけど、粘土質的には壌土よりは砂壌土寄りですかね」
まあ、名前を挙げても分かんないんだろうけど。
俺も創作のさいにネットで調べてざっくり分類を把握しているだけだし。
「つまり、これより柔らかい土が必要、という事か?」
「ええ、そうです。そして、たぶんですけど、それは採取できないので……こうするしかないのでしょう」
アイテム化したままの土壌をもう一度二口魔法陣に放り込んで、すぐさま創作を実行する。
がっつり体力が抜かれた感じがして、2つのアイテムが出来上がる。
予想通り“砂”と……“堆積物”?
「まじか……いや、ごめんなさい。もう一回必要っぽいです」
堆積物のほうは粘土と有機物の混合物っぽいな。土壌の中には分解され切っていない植物の繊維などが混ざっているし、それが砂と分割された感じだ。
「がう……大丈夫か?」
「たぶん大丈夫だと。まあ、やってみるしかないね。リスクは俺がしょった方がよさっそうだし」
再度二口魔法陣に“堆積物”を突っ込んで起動。
「……できた。これがレシピにあった“粘土”です」
鑑定でもできたアイテムは“沈泥”と“粘土”に分かれていた。
ネットワークにつないで調べると、沈泥と粘土の違いは粒子の大きさと出ていた。2口は混合と分離だっけ?
植物片なんかは一部沈泥の法に混ざっているっっぽい。分離というよりは抽出という気がする。粒子が大きいほうを抽出するわけではないようだし、どういう法則なのだろう?
それに分類もよくわからんな。粘土をさらに分離したらどうなるんだろう?個人用魔方陣で分子分解あたりまで行くのか……怖いからやらないけどさ。
「これが粘土ですか。なるほど……規定外を3度。先々代が簡単に教えなかったのもうなづけますな」
「粘っこいな。それに手につくと落ちない」
部屋に戻ってテーブルの上に抽出した粘土を設置すると、二人はわずかしか採取できなかったそれを興味深げに調べ始めた。
「川があるので、粘土自体が採取できるところもあると思いますよ。もしかしたら、もっと昔はこのあたりでも取れたか、採取場所まで安全に行けたのかもしれませんね。でも、枯渇したり、魔物の出現で遠方への移動が制限された。だから採取ではなく創作での素材作成が必要になり、それが素材の秘匿へつながった。とかですかね」
前よりずっと少ない量の創作だったにも関わらず、体はじんわりした疲労を感じている。量を誤って作れば簡単に昏倒する羽目になるだろう。下手をすればこの間の俺のように死ぬ。
採取できるところがあればいいんだけどな。
某ゲームでは粘土は川の中に生成されるんだっけ? 湿っていなければ単なる固い土だから知らないと判断は難しいだろうけど、鑑定があるならいけるかな?
むしろ物が分かっていればこっちの人でも見つけられるか。
「しかし……必要な分量を考えると、厳しいものじゃな」
「創作で量を確保しようとすると厳しいかもしれませんね。1単位は……ぉぅ、小さな皿でも1キロくらいは使うのか」
レシピを確認すると、小皿のレシピは粘土3つを下向きの『く』の字のように配置するレイアウトだった。1つ当たりの量は300グラムを超えるくらい。
作成されるものと材料の量が一致していない感じがする。そういえば、石斧や槍を作った時も、材料が組み合わさるというよりは規定された別の製品が出てくる感じだったな。
簡単に作れるけど、投入材料にロスが発生するとかありそうな話だ。
いろいろと試行錯誤が必要だな。土器や陶器なら普通に焼いてみる?
それならロスは減るだろうけど、そもそもこの村にちゃんとした炉はあるのかな?
「レシピの中に、”カマド”を使った木炭の作成というものがありましたが、木炭はすべて“カマド”を使って作っているのですか?」
「いや、燃料で使うものは土窯を使って作っている。“カマド”で生成するのは松明用のものだけだな」
……そこに違いがあるのか?
「差があるんですか?」
「“カマド”で作った木炭は松明の創作素材になる。土窯で作ったものは創作しても品質の問題か松明が作れない。材料効率は悪いが、“カマド”を使うしかないな」
「創作した松明は長い間光り続けるんだ!夜の間に濃い影ができないように集落をまんべんなく照らすのに必要なんだ」
「それは知っているだろうて」
いや、知りませんでしたよ。エフィ、ナイスフォロー。
確かに祠のたいまつはずっと燃えていたな。気づかなかった。
人が手で作れる道具に対して、創作で作れるアイテムにはちょっと違いがありそうだな。その辺も調査してみないとダメか。
さしあたっては土器の再現だけど……どうせなら陶器くらいまでは作りたい。これは温度だけの問題のはずだ。
木炭を別に作ることになった理由はいまいち不明だけど、土窯があるならそれで焼くのが早いかもしれない。
「とりあえず、粘土の確保方法は置いておいて、何か作ってみましょうか」
「作ってとは?」
「そうですね……エフィ、なにか簡単な……そうだな、皿でも人形でもいいから、こねて形を作ってもらえるかな?泥団子よりずっと好き勝手形を作れるからいろいろ試してみるといい」
「なんでもいいのか?」
「複雑な形じゃないほうがいいけど、基本的にはなんでもいいよ。うまくすれば、家にあった甕みたく、その形のまま固くなるから、どういう形で固まってほしいか、考えながら作ってみるといいよ」
「わかったゾ!」
エフィは目を輝かせて、十分に湿った粘土をテーブルの上でこねくり回し始める。
何ができるかはわからないけど、そっちは楽しみにしておくとして、こっちはこっちのことをやろう。
「“カマド”と炭焼き用の土窯を見せてもらっていいですか?」
「構わんよ。外にあるから案内しよう」
「エフィ、出来たら教えてくれ」
「わかった~」
“カマド”も土窯も、場所はシドさんの工房の裏手に置かれていた。“カマド”は石で作られていて、上下2段に分かれた口が小さく開いている以外は四角い箱だ。ちゃんと見ていなかったが、創作で作るレシピがあるらしい。
「ご存知の通り、下に燃料、上に加熱したいものをそれぞれアイテム化して入れると動作する。焼き上がりは数秒なので早いのじゃが、燃費が悪い。また材料のロスも大きい。ただ、品質は安定してよい」
「創作と同じく、一定品質のものができるのですね。使っているのは木炭だけですか?」
「昔は土器を焼くのに使っていたそうじゃよ。シマイモからベイクドポテトが作れるが、量のロスが大きくて使えん。とても美味いので残念な話じゃな。ああ、もちろん肉も焼けるぞ」
「規定外のものを入れるとどうなります?」
「特に何も起こらないな。燃料側は一度反応すると燃え尽きるまで止められないのじゃが、規定外の場合反応も始まらん」
「なるほど。この辺の仕様は知ってる通りですね」
某ゲームと大差ない。
試してみたいレシピはあるけど、とりあえずは保留かな。やるなら失敗レシピの一覧も確認してからにしないと。
「こっちが土窯ですか?」
大きさは5メートル四方といったところだろうか。
盛られた土の山の中に、それなりの広さの空洞が見える。背面に穴がないから、空気を遮断するタイプの原始的な窯だ。
窯の中にたいまつが置かれているのは沸きつぶしだろうな。
結構持つって言っていたし、こういうとこと、ほんとにあのゲームだよなぁ。
まあ、たいまつで沸きつぶしする羽目になったのは偶然の状況なんだろうけど。
「そうじゃ。これ一つで一度に集落の数十日分の木炭が焼ける。この間焼いたばかりなので、次は少し先になるな。焼く薪はそこにあるものと、あとは新しく切り出してくる」
「残りの量が少ないですが、乾燥はさせないんですか?」
「創作で一瞬で終わるのに、わざわざ天日干しする必要があるかのう?」
そりゃそうか。
「基本的には室内で使う燃料。細かいものなど一部は、細かく砕いてニカワと混ぜて墨にする。使いみちはそんなところかの」
「レシピは墨で書いていたんですね」
「昔は石板や木版だったらしいが……そもそも墨がカマドで作った木炭からしか作れなかったらしいのでな。だが手をかけることで創作の材料となるまで純度を高めることに成功した。先々代の偉業の一つじゃな。これでレシピの保存も、文字を使った勉強もとてもやりやすくなった。これまではニカワを戻す水が問題じゃったが、それもお前さんのおかげで解決しそうじゃよ」
「ニカワの製造は創作ですか?」
「そうじゃ。狩った動物の肉や骨、毛皮の一部と湯を使って創作できる。そちらはレシピに記述されていた通りじゃな」
見てなかったな。レシピは要チェックだ。
「エフィに何か作らせておるが、どうするのじゃ?」
「焼きますよ。粘土がなくなってから“カマド”を試していないっぽいので、まずはそれで。反応しないようなら土窯で焼こうと思ったんですが、ちょっとでかすぎますね。小さなものを即興でその辺に建てますよ。いいですよね?」
簡単な土カマドの構造くらいならわかる。
基本的に建築は楽な世界だし、おおざっぱな知識でも作れるだろう。
実際作業するときにはググればいいしね。
「カマドを使わなくても、土器に変わるということか?」
「ええ、そもそも創作のほとんどのレシピは、作りる手間を削減するだけで、それじゃなききゃ作れないものを作るわけじゃありませんから」
もっとも、組み合わせによって魔法アイテムみたいな物が出来上がらない保証はないけど。
「……そうか。墨の材料の一部が、創作以外で作れたのもそういうことなのじゃな。……創作レシピを見つけるのにこだわりすぎたか」
「そっちはそっちで間違ってないですよ。それに、うまくいくかはこれからです」
何か思うところがあるのだろう。
シドさんは少し思いつめたような表情で考えこんな後、重い溜息を吐くと肩をすくめた。
「ミグラ~、出来たぞ~」
エフィがアイテム化したソレをもってやってきたのは、そのすぐあとのことだった。