第12話 ツールと文字と失われたレシピ
翌日の目覚めは、身体の痛みと外からの喧噪によってだった。
普段、眠りは浅い方だが寝起きは良くない。それでも慣れない環境に緊張しているのだろう。
痛む体を伸ばすと、ボキボキと音が鳴る。石の床の上で寝たのは5日間だっけか。貰ったスキルの所為で気づかなかったが、だいぶ疲れていたらしい。
身体は痛いが、昨日疲れていたと認識できるほどには身体が軽い。
……身体操作も生命尽きるその瞬間までも寿命を縮めそうな能力だな。
「おはようございます。……何の騒ぎですか?」
部屋から外に出ると10人ほどの村人が集まっていた。
「がう!おはよう、ミグラ!みんな井戸を使いたくて集まってきたんだぞ」
対応をしてくれていたらしいエフィが説明してくれた。
正確には井戸というより洗い場を使いたいらしい。空を見るに、まだ日が昇って間もないであろう。朝風呂のの文化なんてないだろうけど……ああ、なるほど。
来ているのが男女同数だったのを確認して納得がいった。
「ミグラ殿、お願いしてもよいですか?」
「構いませんよ。……それより、お腹がすきました」
のどの渇きも強く感じる。やっぱ気づいてないだけで、結構なダメージが溜まっているんだろうな。
「そっちは任せろ!」
俺は一応、オベロンさんの所で厄介になって居る客人という位置付けだ。
ろくに食料を持って無いし、交換できるものも無い。村での生活が立ち上げられるまでは、二人にお世話になる事になって居た。
「それじゃあ、水を汲んできますので桶とか甕をください」
村人たちからアイテム化した道具を預かって水汲みを始める。
何せ階段彫りしただけの水源、段差も1メートルのままだ。
転落事故は怖いし、水質汚染も怖い。ここの地面は有機物の堆積層が少ないっぽいのと、自重崩壊しないって言う世界の特性のおかげでリスクは少ないけど、用心に越したことはない。
某ゲームみたいに石材で壁を作れたらいいのだけど……まだ加工が出来なんだよなぁ。レシピも分からんし、大きなサイズの石や岩を入手していない。
今日はあいさつ回りの予定だけど、午後は時間が取れたら井戸の整備だな。
水汲み自体は30分とかからずに終わる。アイテム化が便利だ。こりゃ輸送技術は発達しないな。
ついでに空になっているペットボトルにも水を補充。大丈夫だとは思うけど、一応創作できれいな水にしてから飲んでみる。
くぅ……たまらんな、冷たい水が飲めるのはありがたいね。
ここまで地中に来ると涼しいし、穴を掘って肉や野菜の保管庫を作るのもありかなぁ。
収納空間を圧迫する空のペットボトルは植物のヒモで括って5本ひとまとめにしてある。
1本づつだと空間3つ潰すことになるが、5本まとめてアイテム化すれば1つで済む。
スタックできるのは8個まで、アイテム化できるのは1メートル×1メートルのサイズが限界だが、このルールを守れば応用は効くらしい。収納箱の作成も急務だな。
「お疲れさまだゾ」
起きてきた人たちの追加分の水汲みもして戻ると、エフィが出迎えてくれえた。併せて汲んできた水を渡すと、室内用の水がめにうつしていく。
「さて、こちらもできましたぞ。食べましょう」
オベロンさんが木のプレートに乗せた食事を持ってくる。この世界の常識か、それとも村の常識かわからんけど、男女で家事の役割分担は無いらしい。
朝食は芋と根菜を香草で炒めたもの。味付けは塩。獣の油を使っているのか、少し肉っぽい味もするけど、さすがに微妙だな。食えなくはないけど。
「そういえば、この芋とか野菜はなんて名前なんです?」
野菜の方はカブっぽかったけど、芋の方は見たことが無い感じだった。ジャガイモっぽいけど、つるっとしていて縞模様がある。
「名前ですか?ここではシマイモと星カブと呼んでおりますが」
……宇宙野菜かな?ゲームが違くね?
「3日くらいで育ったりします?」
「種芋、種から食べられる最低サイズまではそれくらいで育ちますな。ここでは5日で収穫するようにしております。ただ、ご存じの通り1度育てるとしばらく土を休めなければなりませんので、ずっとは育てておりません。それでも十分な量を確保できておりますよ」
栄養価はともかく、食料自体はあまり困ってはいないらしい。品種が少なすぎて、料理にレパートリーが無いのは大問題だけどな。
□□□
簡単な食事を終えた後、エフィに案内されて集落の中を回る。
土壁作りの家々。屋根は木材のようだ。それなりの軒数があるが、人の数は少ない。基本的に一間だし、建築が簡単だから、成人するとすぐに家を持つらしい。
「よく来たねぇ。まぁ、ゆっくりしていくといいさ」
最初に顔を出したのは、薬師のエル長老の所。雰囲気は空の白のドーラを10歳若くして、少し細身にした感じ。薬師とは思えない豪胆っぷりが印象的だった。
薬師はその名前の通り、薬草の栽培と採取、薬品への加工と調合を行う職業?らしい。
鑑定もどきのある俺は横着をしているが、薬として使える草やキノコなどの膨大知識を持っているらしい。
残念ながら草花の知識は持ち合わせていないので、あまり力には成れそうにない。
調べれば新しい知識は得られるけど、この文明レベルだと制限が多すぎてちょっと調べたくらいじゃ役に立ちそうにないしな。
「おう、兄ちゃんか。よろしくな」
建築者のアンドレさんは30代中頃の筋骨隆々のおっちゃんだった。昨日、穴掘りの騒ぎの所にも居たらしい。
普段は集落の壁や家、草原に仕掛けた罠の改修などをしているらしい。昨日すのこ作りに協力してくれたのも建築者の人たちだ。
穴掘り技術を一番喜んでくれたのも彼らで、アンドレさんは既にほぼ1立方メートルの掘り出しが出来る様になっていた。
岩塩の採掘などでも活躍しているそうで、次の採掘ではこれまでよりずっと多量の塩を確保できるだろうと喜んでいた。
創作を使わない加工なんかも彼らの仕事らしいから、今後お世話になることも多いだろう。
まあ、今日のところは挨拶だけだ。
そして、最後に回したのが創作者のシドさんの工房。
「よく来たな。まあ、立ち話もなんだ。座りたまえ」
多種多様な道具、材料らしきものが置かれた部屋の中には、テーブルやイスも存在した。地べた生活じゃない人もいるのか。エフィと二人、背もたれのついた簡素な木の椅子に腰を下ろす。
シドさんは60代くらいで白い口髭とオールバックにした白髪が特徴的なひょろっとした顔の長い爺さんだ。
集落でもっとも創作に詳しく、日用品などの作成が主な仕事だと聞いている。
ここを最後にして回したのは、たぶん一番時間がかかると思ったからだ。
「この集落で使われているレシピについて教えてもらってもいいですか?」
簡単な挨拶を済ませた後、さっそく本題を切り出した。
「聞けば土器を作るレシピが失われてしまっているとのこと。私もレシピ自体は把握しておりませんが、力になれる事があればと」
「……堅苦しい挨拶はいらんよ。在るとわかっているレシピすら50年経っても再現できん無禄じじいだ」
そういうと彼は分厚い紙の束を差し出した。
「これが現在使われているレシピの写本、そっちに積まれているのは効果のないクズレシピの記録じゃよ」
狭い部屋の中には、茶色く変色した質の悪い紙の束がうず高く積み上げられている。
「……これは」
レシピ本に書かれていたのは、必要なアイテムとその量それに配置。明らかに個人用の創作魔法陣ではないレイアウトの物がほとんどだった。
……作業台があるのか。
「私の持っている知識と齟齬があるかもしれません。少し説明してもらっても良いですかね?」
「ふむ、まあ穴ほりのこともあるしそういうこともあるか。それならエフィ、説明してみるといい。この間の座学テストの復習はちゃんとしておるだろう?」
「が……がう……頑張る」
……そう言えばテストがどうこう言ってたな。
エフィが手をかざすと、蒼白く光る魔法陣が発生する。
「まずは創作魔法陣だな。簡単なレシピの創作ならこれでできるぞ。ボックスが1つのものから5つのものまで5種類あって、五つの意味を持つぞ」
「意味?」
「一つのものは時間の経過、2つの物は混合と分離、3つの物は形状や属性の変形、4つのものは……がう……」
「結合、組立じゃな」
「がう。これだけイメージと違うと思う」
「昔からそう言われているがの。そして5つの物が」
「創作だゾ」
……それもちょっとイメージが出来ないが。なるほど、少なくとも3つ目までは使ってみた感じと一致する。
「でも、この創作魔法陣だけじゃ複雑なものは作れない。だから、いろんな物の創作にはこの作業台を使うんだぞ」
エフィが指さしたのは部屋の隅に置かれた四角い木の箱だった。
一見すると単なる箱に見えるが、上面部の将棋盤のように溝で区切られている。矩形も一辺9個。9×9の81マスが刻まれた台だ。
「作業台は触れると空のボックスが出てくるぞ。これに材料を配置すると、魔法陣と同じように創作される。でも、魔法陣と違って、ちゃんとレシピ通りにしないと創作されないぞ」
「レシピ通り?」
「えっと……作業台だと、水とかは綺麗にできないんだぞ」
「……?魔法陣と違いがあるって事?」
「がう。そうだぞ」
「作業台には魔法陣にある『意味』が存在していないとかんがえられている。だから、材料と創作結果が紐づいている物しか創作出来ない。これも覚えなければいけない知識じゃよ」
「がぅ……先生の言う話は難しいぞ」
「私も完全に理解できているとは言えん。だが、丸暗記でも知識を持っておくことには意味がある。ほかの誰もが忘れても、一人が覚えていれば失われはしない」
「それはわかってるぞ」
「ならば頑張って説明したまえ」
「がう!……この作業台はこうして触れると空のボックスが浮かび上がるんだ」
エフィが作業台に触れると、台は蒼白い光を放ちながら81個のボックスを浮かび上がらせる。
「このボックスにアイテムを決まった通りに配置して念じると、材料が足りていれば別のアイテムが作られるんだ。足りてない場合は何も起こらないぞ。あと、たくさん入れても余った分は無くなっちゃうぞ」
「無くなる?」
「そうだ。ええっと……木の棒と木炭を縦に配置して創作すると、松明が出来るんだ。この時、木の棒はこれくらいのでも、もっと長い槍に使うやつでも、どっちでも良いんだぞ」
エフィが示した幅は50センチくらい。木の棒であれば、50センチから1メートル越えの物まで、なんでもいいらしい。
「でも、出来上がった松明の棒の長さはこれっくらいだ」
彼女が再度示した長さは50センチほど。つまり、短い棒の方の長さしか反映されないって事か。
「長い木の棒を使った時に、本来であれば余るはずのもう半分が残らない。それを無くなるって言っているわけだね」
「そうだぞ♪」
……創作では端材は発生せず、多量に材料を使っても消滅するのか。
「……そこに積まれているクズレシピって言っていたものは、上手くいかなかったものだけじゃなく……成立すけれどロスが発生するものも含まれています?」
「ああ、その通りだ。創作には必要な分量が規定されている。だからレシピがうまく動かなかった場合、間違っているのか、それとも量が違うのかが分からない」
結構難儀だな。……いや、とりあえず最大量で作って、そこから刻めばいいのか。ただ、この集落では土のアイテム化が制限されていたし、そういうのがあるとレイアウトが正しくてもアイテム1つの分量が足らない可能性はあるか。
「このボックス、アイテムはスタックできます?」
「出来るが、今のところ意味は無いと考えている。先ほどの松明を例に挙げれば、木炭と木の棒、それぞれ2組み置いて創作した場合、松明が1つできて、作業台の上には1組の木炭と木の棒が残る。逆に必要量より小さいものを2つ置いても、創作は成功しなかった」
「連続して作る時に少し楽、ってくらいだという認識ですね」
「そうだな」
某ゲームもスタックは意味が無いし、材料の一部がロストするのも同じか。この辺は何を考えてこの世界をデザインしたのか、安条メイに問いただしたいところだな。
「何か違いはあるかね?」
「いえ、今のところは。……こうやってレシピを記録で管理しているなら、土器の作成方法が失われたのはどうしてですか?」
「実際の所、最終的なレシピは分かっている。原因は……2代前の創作者が魔物に襲われて、必要な中間素材の作り方を伝える前に亡くなったからだよ」
「そうでしたか」
「理由は不明だが、聞いた事のない素材なのだが、どこでどうすれば手に入るのか、記録が残って居なかった。詳しくはレシピを見るといい」
レシピはかなりの量があった。
個人用の創作魔法陣で作れる石斧や鋤などのレシピもある。中間素材を作らなくても、石と木材から一気に加工する術もあるようだ。
机や椅子などの家具、木の桶や皿といった日用品、衣服や毛皮を使った寝具、農具や武器に至るまで様々な物のレシピが記述されている。中には作業台ではなく、カマドを使ったものもあるようだ。木炭などの熱を加えて編成するものがこれに当たる。
「……土器のレシピは……これか?」
かかれているのは見覚えのないアルファベットのような文字だが、ナノマシンの翻訳機能のおかげでスラスラと頭に入って来る。
サイズによって違いがあるようだが、材料は粘土のみ。作業台で成形した後にカマドで焼くとなって居る。アイテム化した状態で焼く様だし、カマドも作業台と同じくこの世界独特のツールなのだろう。
……しかし、これロストするようなレシピか?
「ええっと……中間素材ってのは、この粘土の事ですが?」
「そうだ。Clayが何を指すのか、どんなものなのかが不明なのだ。私の師匠は土に関係がある物だと考えていたようだが、再現できずじまいだった」
Clay……クレイ?……粘土……土に関係あるってそりゃ……。
「ああ、表意文字じゃないのか!」
そりゃそうだ。アルファベットをどうにかしたような文字体系だもんな。
でもそれだけで失われるかって言うと……いや、可能性はあるか。
ふと、ひらめくものがあった。
俺と違って鑑定が使えるわけでもないし、作るのは創作任せで、材料にはある程度は純度が必要、そこに規定外レシピの特徴や、例の穴掘り制限が加われば……。
「……わかりました。再発明、しましょう」
さて、本業最初のお仕事だ。
ようやくクラフト周りの話に戻ってこれました。
明日も0時前後に更新予定です。
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