第11話 豆腐でも立派な建築
井戸の周りを土壁で覆った後、集めてもらった水桶に水を汲んで地上と往復をする。
アイテム化しているので水桶の重さは無いし、収納空間が広いから一気に持ち運びができるとは言え、1メートルの段差を上り下りするのは結構しんどい。
さっさと水汲みも誰かに任せてしまおうと思いつつ、2度目の輸送を終えると、目の前に全裸の爺さんが居た。
「おお、ミグラ殿。そろそろ湯が沸きますぞ」
「何でここで脱いでんですか!」
脱いでいたのは長老だった。
「がう!準備万端だぞ!ミグラも入るか?」
「君もか!」
程よく焼けてはいるが、シミの無い肌がまぶしい。
「服を着ろ!服を!」
「がぅ?せっかく脱いだのにまた着るのか?」
「水浴びが必要だというから脱いだのですぞ?」
「不思議そうな顔すんな!とりあえず着ろ」
見ると他にも何人か全裸になって居る人が居た。体躯のいい兄ちゃんや、妙齢の女性も混ざっている。
男も女も構わず……ここは裸族の村か!
詳しく話を聞くと、どうやらこの村では男女問わず肌をさらすのが恥ずかしい、と言った風習が無いらしい。
服を着ているのは、あくまで寒さ対策や怪我の防止のためで会って、水浴びの時など男女問わず全裸だとか。
ん~……良いんだか悪いんだか分からんが、とりあえず服は着てもらった。
そろそろ大丈夫そうだからと、さっき安条メイが通話を落としてしまったのが辛いな。この分だと文化の違いはまだまだありそうだ。
「とりあえず、簡易の湯浴み場を作りますよ」
「なかなか宴が始められませんのう」
「歓迎してくれるのはうれしいですけどね。とりあえず文化的齟齬と埋めましょう」
臭いもきついが全裸もきつい。
………………
…………
……
そんなわけで、村のはずれにある畑の方までやってきた。
「垂れ流しは微妙ですし、勿体無いですからね」
石鹸があるわけでもないんだし、排水も利用できるなら利用しよう。最悪は創作で浄化できる。
「このへんからこっちに場所を貰っていいですかね?」
「構わぬが……今から作るのかね?明日でも良いと思うが」
「俺のこういう事をして代わりに糧を得る旅人です。お世話になる前に一仕事しておきますよ」
「そうかのう。まあ、言われた木材は準備してあるぞ」
「ありがとうございます」
さて、やるのは湯浴み場の建設だ。浴槽も作りたいけど、今の設備だと難しいからパス。
「おいらも手伝うゾ♪」
「ああ、お願いするよ」
まずは辺りに生えている草を刈り、地面を平たんにならす。
そしたら30センチほど盛り土をして5メートル×7メートルくらいの区画に区切る。
「こんな感じでいいか?」
「がう!結構簡単だぞ」
手伝ってくれているのは、エフィと副団長のハルクだ。
決行綺麗に木刀が入ったはずなのだが、傷は良いのかと聞いたら『特に問題ない』と返ってきた。タフだな。
「んじゃ、今度は外周を残して盛った分を掘り下げていきます。この時に、真ん中に向かって傾斜が着くようにしてください」
外周を30センチくらい残して、盛った分を掘り下げると建設物の縁が出来た。
掘り下げた部分は中央に向かって緩やかな傾斜になって居る。
「ここに、用意してもらった材木で作った板をはります。こう、傾斜に沿ってぴったりなるように」
創作で加工した材木は規格が決まっているから扱いやすいな。
この辺で取れる材木はアカシア、クロマツ、バブバオ、それにユーフォルビア属の何からしい。安条メイにざっくり聞いたが、種類や特性はよくわからない。
ただ、加工すると長さ1メートル、幅30センチ、厚さ5センチの板が複数できる。
創作の仕方によって変わるだろうが、とりあえずはこれで十分だ。
「できたぞ~」
石焼き場になる場所以外を、傾斜のついた板で覆う。
結構な量になったが、どうも木材とか燃料とかは潤沢に確保できているらしいので良いらしい。
板同士はずれないように人差し指ほどのナイフを鋲のように打ち込んで固定してある。1枚板とは言えないが、この世界の物理法則的にもそうそう動かないだろう。
区画の中心に溝を掘り、建物の外に排水されるように溝を進める。その先にため池を創れば、排水は全部そこに溜まるはずだ。
敷いた板がずれないように、溝のところどころにストパーとなる杭を打ち込んで固定する。
杭として使うのも1枚板だけど、これも板を修める穴を先に掘ってしまえば埋めるのがたやすい。
「この上に砂利と石を引きます」
さっき井戸掘りで集まった砂利と石を敷きつめて地面を水平にならす。
石焼き場は、大きめサイズの石で囲ってその中に砂利。この石を設置するのが一番時間がかかった。設置は手作業だからなぁ。
「砂利の上に再度スノコを引いて、とりあえず土台は完成ですね」
時間的には1時間もかかっていない。
一番めんどくさかったのはスノコ作りかな。板どうしを組み合わせる術がクラフトしかないけど、スノコなんてレシピは無い。分かっていないだけかもしれないけど。
棒と板を手作業でひもで縛らなければならなかった。所々石ナイフの鋲も使ったし、創作に頼らない制作物第一号だな。
「中央の溝の上に同じように板を通して、外周と中央に土を盛って壁を創ればとりあえず完成です」
壁を張る作業はあっという間だった。
「なぜ部屋を2つに分けたのだ?」
「男湯と女湯です」
「……なおの事わからんが、分ける必要があるのか?」
「俺が落ち着かないから分けました。別に混浴が文化だっていうならいいですけど、洗い場まで一緒にするのはちょっと」
なんか落ち着かないじゃん。
「木の板、砂利、また木の板と重ねたのはなんでだ?」
「下の木の板は隙間なく敷きつめたので、水を通さず中央の溝に流し込めます。上のスノコは、板に隙間があるでしょう。あの隙間から上で流した水が下に流れていきます。砂利は高さ調節の為ですね。スノコに細かい加工をするのがすぐには難しいので」
1時間で作ろうと思ったらこのくらいの事しかできない。
その大半をスノコ作成に使ってるから、床が斜めで良いならもっと早く完成したな。
「なるほど、上で使った水をそこで流しても、溝を使って外に溜まるから再利用できるというわけだな」
「ええまあ」
砂利の隙間に髪の毛とか詰まりそうだし、ため池は地面そのままなのでどんどん吸われてしまいそうだけどね。まあ、その辺は明日以降にでも治そう。
しかしハルクは熱心だな。
「ついでにちょちょいと脱衣所を作りますか」
湯浴み場の入口に脱衣所兼荷置き場を作成する。こっちも簡単に土壁で覆って、同じく土で壁に棚を作って板を通しただけのシンプルな空間だ。
25センチほどの厚さがあれば地面は崩れなくなるから、2段くらいの棚なら難なく作れる。
青天井だけど、これで一通りの設備は完成だ。外観は見事な豆腐建築だけど、まあそれは仕方ない。
「洗濯も湯浴みも中でしてください。外を全裸でうろつかない様に。身支度をきれいにした人には、井戸の方も説明します」
これで何とかスタートラインに立てるかな。
………………
…………
……
□長老の家
一息つく頃には日が落ちていた。
あれから、ひたすら水を汲みをして着ている衣類や体を洗わせるだけだが、これが中々に疲れた。
みんな興味を持ってくれるのは良いのだが、使い方が結構雑なのだ。
とりあえず臭いのだけは何とかしようと大洗濯会も行った。
着ていた麻の衣服を湯で洗うと多量の汚れが落ちる事に、奥様方は興味津々だった。
風呂場と洗濯場を一緒にしてしまったが、幼児用の服など汚物が付着したものもあるし、あれば別にすべきだったな。
「ふむ。湯浴みとと言うのですかな?中々に良いものですのう。それにこうも水が使えるとは。井戸ですかな?水が地面から湧くとは」
「そう言ってもらえると助かりますが……すっかり遅くなってしまいましたね」
長老はご満悦の様子なのでまあ良いか。
今は長老宅の座敷――動物の毛皮が敷いてあり、中央に囲炉裏のある広間だ――で、遅めの食事の真っ最中。
内容は干した肉と芋をそれぞれ直火で焼いたものと、塩漬けの根菜。肉と芋は塩と潰した木の実で多少味付けがされている。
……まあ、地球の料理に比べると当然劣るけれど、カロリーバーよりはましだな。
肉は野性味たっぷりだがいい味だし、村からは離れているが岩塩の取れる地域があるらしく、塩が潤沢に使えるのは良いね。
「そう言えば、魔物は村の中は平気なのですか?」
魔物は夜の間、光の無い所に発生するという話だけど。
「広い影が出来ぬよう、村の周囲は松明を絶やさぬようにしておりますからな。今回作った洗い場も、室内の火は消さぬように見回りをするので問題ないはずですじゃ」
「……夜中ですか」
燃料は潤沢にあるって聞いていたけど、どれだけあるんだろう?
建材に使った木材も、乾燥が創作で出来ると言っても、そもそも材木は植林した森から切り出さなきゃいけない。
遠くから見ても確かに結構な広さの森が形成されてたけど、育つ期間を考えると無駄使いは出来ないように思えるんだけどなあ。
「ここでの生活について簡単に教えてもらっていいですか?」
ざっくりはエフィから話を聞いているけど、細かいところは分かっていない。
「そうですな。ミグラ殿は旅人との事。各地を回り、知識を深め、それを伝える事で糧を得ているのでしたな」
「ええ、まあ」
そう言うことにしてある。
「であれば、客人でもありますし、ここの仕事にそのままついてもらう必要も無いと思いますが……まあ、簡単に説明させていただきましょうか」
村での仕事は成人と子供で大きく分かれる。
子供たちの仕事は水汲みや洗濯、収穫、さらに小さな子供の面倒を見る事、それに勉強だ。
原始的な生活をしているが、この世界には紙を容易に作れる手段があり、神々から与えられた文字がある。
文化的にはOJT、ようは現任訓練が基本となりそうなんだけど、確実に覚えなければならないレシピって教科があるおかげで、時間を割いて勉強をするという風習がまだ廃れてない様子。
レシピ自体は適当な材料の組み合わせで出来るが、素材の必要分量が決まっている物も多い。創作では足りなければ加工がされないが、過剰分はロスになる。多様なレシピを感覚で覚えるより、計量技術をちゃんと学んだ方が効率が良い。だから座学という文化が消えなかったのだろう。
知識伝承のベースがあるのはありがたいな。仕事がしやすい。
大人の仕事は狩り、耕作、仕掛けた罠の見回り、日用品や素材の創作、樵と植樹など。一週間がかりでの岩塩の切り出し遠征などもある。
これらは何グループかが持ち回りで担当しており、今は西の方に青年団長のグループが狩りに出ていらしい。明日か、明後日くらいには戻って来るだろうとの話。
「これとは別に、魔物対策や建築などは専任の物もおります。魔物対策は青年団副団長のハルクがやっておりますな。また、“作業台”や“カマド”のレシピ発掘は長老の一人であるシドが行っておりますよ」
「長老は複数人いるんですか?」
「ええ、創作者シド,建築者アンドレ,薬師エル,それに儂が調停者のオベロンじゃ。既に隠居の身じゃが、最年長は先代薬師のババ様じゃ。……本名が思い出せんの。あの人はいくつじゃったか……」
そんなところで首を傾げられてもなぁ。
「まあよい。ミグラ殿はシドの奴か、エル嬢ちゃんのところでその知識を振るってもらうのが良かろう。アンドレは既に穴掘りに忙しいようじゃしな」
「それはそれで問題があるのですけど……」
勝手に井戸掘りとかされちゃかなわん。地下水脈は繋がってるし、変に汚染すると今日掘った井戸の方もつぶれてしまう。一応、明日あいさつ回りがてら注意をしておこう。
村の仕事のうちほかに先任者は、魔物対策をしている副団長や、樵など各職代表が1名。若者の中で半専任が2~3名、あとは持ち回りで様々な仕事をこなすらしい。
「何となく雰囲気はわかりました。後は、明日、集落を案内してもらいたいんですが」
「それならエフィをつけましょう。それでよいな?」
「がう~!任されたゾ!」
……出会った時から気になってたんだけど、あの可愛い雄たけびは何なんだろうな。
それも後で聞いてみるか。
「そうそう、今日からお休みは外を回ったところにある離れを使ってくだされ。一通り必要なものはそろっているはずですじゃ」
「ありがとうございます。お世話になります」
それからさらにしばらくの間、この地での生活や村のしきたりの話を聞いた。
長老宅を出たのは20時過ぎ。周りは静まり返っているが、地面や壁には松明が焚かれ、ドア代わりののれんの隙間からも、明りが漏れている。
……日本の夜の田畑よりはずっと明るいな。ほんとに燃料がどうなってるのか気になるわ。
説明された離れ――路地1つ分挟んだ反対側にある小さな小屋――に入ると、寝具やトイレ、それに水桶など一通りの物が揃っていた。部屋の広さは2~3畳ほどだろうか。まぁ、ぜいたくは言えない。
「成形した木のフローリングに、麻のカーペット、毛皮の敷布団に、多重にした麻の薄がけか」
祠の石の上で寝るよりはだいぶましだなぁ。ようやくぐっすり休めそうだ。
こっちの人には見せられないリュックの中身で身だしなみを整えると、布団の中に潜り込む。
睡魔はあっという間にやって来て、なにを思う間もなく夢の中へ落ちて行った。
………………
…………
……
建築回でした。明日も0時ごろに更新できる予定です。