第10話 井戸を掘るのも簡単なお仕事
「そんなに臭うかのぉ?」
長老さんが自分の匂いを嗅いで首をかしげるが、きっと本人じゃ分からないだろうな。
なんていうか、こうさ、臭気が漂ってくるんだよね。
「……がう、おいらも臭いか?確かめてみるか?」
「……知らんが、確かめてみる気は無い」
いい匂いはするかもしれないけど、単なる変態だ。
「人の汚れは病の元になる。そう言うの伝わってませんか?」
彼らこの世界の人類――安条メイは先駆者と呼んでいた――は、この世界に産み落とされた時に神のお告げとして様々な知識を与えられているはずだ。
いくつかのレシピや自然法則、食や病、衛生に関する知識、それに文字。
それらを軸として、古代都市国家レベルの文明は一度発生した……らしい。じゃなきゃ詐欺だ。
残念なことに、この集落は石器時代まで退行してしまっているが……その中には、入浴の必要性も説かれていたはずだ。
「ええ、もちろん伝わっているとも。汚れは病の元となると。ですので、便なとは村から離れた場所に捨てるようにしておりますし、病にかかりやすい子供たちには水浴びをさせているが……足らぬかのう?」
「まあ……足りませんね。大人から子供に病がうつる場合もありますからね」
この人たちのご先祖は安条メイたちによって作られた存在だ。思いっきりSFの範疇だけど、遺伝子組み換え人類と思えばいい。
身体は丈夫で病に強く、身体的にも頭脳的にも鍛えた場合の伸びしろが大きい。
文明が発症していない世界で生きるために能力を高めた種族ではあるけれど、当然ながら不死ではないので怪我もするし病気にもなる。
そして普通の人の俺はもっと病気になる。
ナノマシンでその辺強化されるっぽいのだが、そのうち熱病にうなされるとかは余裕で起こるだろう。
病気で死んでリスポーンはさすがに嫌だな。つーか、この人たちに死にざまを見せるのはさすがにNGだ。
「まあ、そんなわけで忙しいですが今日のうちに穴掘り……じゃなかった、井戸掘りだけ試してみようと思います」
そう言ってやってきたのは村の広場だ。
エフィに聞いたところ、村には井戸が無く片道2時間かかる平原を突っ切って川まで水を汲みに行っているらしい。
これは子供の仕事らしく、当然ながらそんなに大量の水は確保できない。桶も組み上げられなければアイテム化できないからだ。
そのため水浴びを頻繁にする子供はともかく、大人には風呂に入るような文化は無いらしい。
「もっと乾季に川に近い所に住んで良いと思うんですけどね」
ぱっと見では分からないが、この村は高台になって居るらしい。
この村の西側は雨季になると沈んで湿原になるという話で、だからこそこれ以上近づけないとか。
アイテム化があるので土壌改良はたやすく出来そうなんだが……まあ、それは雨季が来たら考えるか。
「この辺ですか?」
「うむ。聞かれた通り村の周りにある、汚水の廃棄場所から一番遠いのはこの辺りじゃな」
人が暮らせば汚物はどうしても発生する。
残念ながら肥溜めが発明されていなかったが、集落で発生した汚水は村の周囲、ある程度離れた場所に廃棄しているらしい。
そう言うのは疫病の原因になるからな。
その辺の知識はあらかじめ人類に与えてあるらしい。伝承が途絶えてなくてよかったよ。
「んじゃ、掘りますよ。落ちたら危ない高さになると思うので、少し離れていてください」
村ではすでに宴が始まって居るけど、長老やエフィ、それに副団長のハルクをはじめとしてそれなりの人数が集まっている。
臭いと言った時には揃って嫌な顔をしたが、臭いものは仕方ない。
死に戻りするとその辺綺麗になるらしいので、5日目でも俺は綺麗なままだしね。
「よっと」
まずは1メートル四方の穴を掘り、その中に降りる。
とりあえずは穴を3×3に広げるか。
「やはり早いな。瞬く間にこれだけの大穴が出来るか」
「掘るだけなら、もう結構な人数出来るでしょう?」
既に木刀でぶん殴られた痛みは引いたらしい。
ハルクは感心しているが、こんなのは物理法則をそのまま利用しているだけだ。
「んで、これを後は階段状に掘っていけばいいはず」
突然井戸を掘りだしたのには理由がある。そもそも水が足らんのでもう一回死に戻る羽目になったら祠の周辺で掘ろうかと思っていたけど。
「こんな所を掘って水が出るのかのう?」
「ここに着く前、大地の裂け目を見てきましたけど側壁から水が湧き出している箇所がありました。しかも、そう深くない場所です。地層が同じかは不明ですけど、掘ってみる価値はありますよ」
この世界の地面がどうできているかは不明だけど、裂け目の南北でも同じような地層なら掘れば水がわく可能性はある。
そもそもここは川の近くだ。地面にしみ込んだ水が溜まっていてもおかしくは無い。
「ちそう……ってなんだ?ごちそうか?」
「ごちそうじゃあ無いなぁ」
エフィはハテナマークを頭の上に浮かべているが、たぶん顔に出さないだけで長老も副団長も同じだろう。
「ん~……3×3でも結構アイテム枠を使うな」
3段目になったところで地面はしっかり湿気を帯びてきた。やはり砂漠ではなく草原なんだな。
目論見通りなのは良いが、収納空間には結構な量の土がすでに入っているので、それなりに圧迫している。
10メートルとか20メートルとか掘るとなると入らないな。
「まぁ、とりあえずはぎりぎりまで掘るか」
すっかり独り言が癖になってしまったなぁ。
さらに3段分、全体で6メートルほど掘ったころには地層が明らかに変わっていた。
全体的に砂利の量が多い。
「ん~……地下水脈ってどうやって形成されるんだっけ?」
さっきからずっと通信をつなぎっぱなしの地球に問いかける。
ここなら普通に話しても変に思われない。
『基本的にはしみ込んだ水が岩盤の上を流れているだけのはずよ。そこの地層だと、いきなり空洞にぶち当たるとかないとかそうそう思うわ』
「フラグじゃ無きゃいいけど」
砂利が増えたって事は、川べりかその位までは掘ってるって事かな。
3×3マスを時計回りに掘り進んで、現在6段目。
井戸は中心にしたいところだから後2段掘って岩盤に当たらないようなら側壁を掘るか。
壁や天井が崩れてこない――崩れてもアイテム化するので生き埋めにならない――のは非常にありがたい。
それでも滑落が怖いから直下彫りとかしないけどさ。
「……お、これはきたか」
幸いなことに側壁を掘る必要は無さそうだ。
ちょうど9メートル分掘ったところで壁の部分から水がしみだしてくる。
突然空間ができたことで、水脈にかかっていた圧力が変わったのだろう。結構な量と勢いだ。
「ん~……お手ごろだな」
井戸掘りを始めてからまだ30分は経っていない。
地面は砂利から石や岩に変わって居て、これ以上は鋤で掘り進められそうにないからありがたい。
どれ、水質はどうだろう。
既に飲み終えてしまったペットボトルに水をくむ。
「これ、知識補助で鑑定できる?」
『ざっくりは出来ると思うわよ。詳細は飲んでもらえれば、こっちでバイタルモニタリングしてるから解析できるわ』
「毒見かよ」
『工業汚染は発生してないし、直ちに影響ないんじゃない?』
「……冗談にしても面白くねぇぞ」
まぁ、死んだらリスポーンだし俺が飲むのが一番リスクは低いんだよなぁ。
……これも仕事のうちか。
思い切ってペットボトルに口をつける。
「……うっま。なにこれうっま!」
水はキンキンに冷えていて、口当たりは軽い。
自覚している以上に喉が渇いていたのもあるのだろう、ペットボトルにほぼ一杯に汲んだ水は、あっという間にのどの奥に流れて行った。
鑑定でも“美味しい水”になって居る。どうやら多少飲んでも問題なさそうだ。
『飲んだ?飲んだわね?受信良好。解析結果が出るまで、あと3分くらい』
「了解。先に水が出たことだけ伝えておきます」
そう言って上を見上げると、段差1メートルの階段があった。うん、こりゃ上るの一苦労だな。
………………
…………
……
「予想通り、水がわきました」
穴から這い出してきた俺の言葉に、村人たちが沸き上がる。
「とりあえず、何本か取ってきました。とりあえず飲んでも大丈夫っぽいです」
ペットボトルに入った水を渡すと、冷たい!きれいだ!と大騒ぎだ。
「なんと!この乾いた地に水が眠って居ようとは……それに、それをこの短時間で見つけてしまうとは……お前さんを迎えたのは誤りではなかったようじゃな」
「まあ、知識を売って旅をしてるって事になってるんで」
ダメ元で良かったし、穴掘りが力仕事でないから手伝いを借りる必要もない。
全部自分で出来るなら楽なもんだわな。
「それよりっと、ああこらそこの子、穴に近づくんじゃない!」
落ちたら無事じゃすまない高さだからな。
「落ちたら危ないのと、水質汚染を避けたいので暫定で囲いを作ります。見ての通り水が冷たいですし、水浴びは出来ません。大きい桶か甕をアイテム化してもらえますか?水汲みは私がするので、湯を沸かしてください。身体を濡らして、湯につけた麻の布で身体を丁寧にこすって洗ってください。来ている服も、麻の物は水洗いをしてください。一通り終わった人だけ水汲みを出来るって事で」
「……桶は準備させよう。ほれ、頼むぞ。しかし、湯はなかなか難儀だな。沸かせる甕に数が無い」
「…………?どういうことです?」
「そのままの意味じゃ。だいぶ割れてしまって、もう残りがのう。木桶なら作れるのじゃが」
「……もしかして、土器や陶器……焼き物が作れない?」
「お主、それも出来るのか!?……かつては出来るものも居たが、わしが子供の頃にレシピを伝える前に魔物に襲われてしまって、それ以来作れるものが居なくなってしまったのじゃ。もしレシピを知っているなら教えて欲しい」
ぉぉぅ……そう来たか。
創作の所為で中途半端に道具を作れるから何とかなって居るが、こりゃ根本的な技術は石器時代以下かもな。
……はぁ。昔はもう少しましだったらしいし、こりゃほんとにテコ入れが必要だ。
「湯を沸かすにも困るレベルって……水ってどうしてるんです?川から組んだ生水、なんてことはないでしょう?」
地質から言って、日本の渓流のような水が流れているとは思えない。
いくら人的汚染が起こって無くたって、生水をそのまま飲むのはリスキーだし、その辺の知識はこの世界を作った時に伝えていると聞いている。
「水なら創作できれいにしてから飲むんだぞ」
1ボックスの魔法陣の中に水の入った桶を放り込んで創作ですると、きれいな飲み水が手に入るらしい。なるほど。
「湯を沸かす時も、昔は土器を火にかけておりましたが、今は焼けた石を木桶に入れて温めておりますのじゃ」
あまり量が準備できないし、沸騰による浄化も望めない。
その上焼けた石を集めるのに鋤を使うと壊れるので、湯はあまり使わないのだと。
ちなみに煮込み料理というものは存在しないようだ。
「んじゃ、木桶で良いです。どうせ温めないと浴びるには辛いですし、お湯の方が汚れ落ちも良いですからね」
何にせよもうちょっと小ぎれいにして貰わないと、辛くてかなわん。
既に宴会は始まっていたが、集落に迎え入れて貰った恩を返すと言って、村人たちに風呂を作ると宣言した。まぁ、宣言したのは長老だけど。
『やっぱ日本人ね』
「風呂が無い生活はやってられないでしょう」
ここの人たちはなんか体毛薄いし、容姿整ってるし、ほんとに石器時代よりはかなりましなのだろうけどさ。
それでも臭いはかなりきついし、俺なんか普通の人だからね。すぐにボロボロの浮浪者見たくなるわ。
嫌だろ?そんな主人公。
とりあえず井戸の周りに転落防止の壁を作って、そのあとは水汲みに励みますかね
穴掘り回です。結構な頻度で穴を掘ってますね。
明日も0時前後に投稿予定です。