第9話 叩きのめすだけの簡単な説得
いや~……マジか~……。
ハルクと呼ばれた青年は2メートルほどの木の棒を振り回してやる気満々の様だ。
場所は村の中央にある広場。
何かしらのイベントや祭事の時にはここが使われるらしい。だいぶ日も傾き始めたというのに、村人たちは大盛り上がりで準備を進めている。
「ガンバレ!ハルクは副団長だけど、凄い強いわけじゃないから大丈夫だぞ!たぶん!おいらでも勝てるしな!」
「そう言っとるエフィは村の女集の中では一番腕が立つし、男でも団長以外で勝ち越せるのは数人じゃがの」
「何の気休めにもならない言葉をありがとうございます」
ブンブン音を立てて空を切るアレに当たったら、刃がついていないとは言えただじゃすまないな。
「せめて防具とか緩衝材とかつけてもらえないですかね」
「緩衝材とは?」
……当然のように知識が無い。うん、知ってた。
『諦めなさい。それより……見える?』
「……さぁ」
突き出される槍の動きは鋭く、あれの前に立ちたいとは思わないな。
『スキルを使いこなしなさい。そっちの人類も、使いこなせる肉体のスペックは貴方とそんな差は無いから』
「……簡単に言ってくれるなぁ」
収納空間から木刀を取り出す。
「そんな短い得物で良いのか?」
「こっちの方が慣れてるんで」
長い槍の方が良いのだろうけど、槍を上手く扱う姿はイメージできない。
剣の方だって体育の授業でやらされた剣道と、映画やアニメで見た動きくらいしかイメージ無いけど、それでもましだろう。
「有効打は1撃で勝敗を決める。こっちは剣です。これは木刀ですが、普通は側面にも刃をつける。そこも有効打で問題ないですよね」
「……なるほど。いいだろう」
木刀を正眼に構える。
……ふぅ。
イメージしろ。どうやってあれに勝つ?あるいは、被害を受けずに負ける?
力は相手の方が上、リーチも長い。こっちは思い通りに身体を動かせるとは言え、超人的な能力を持ち合わせてはいない。
飛天〇剣流とか使えればなぁ。九〇龍閃とか打てれば一発なのに。
相手は……左前、槍に見立てた棒の中盤と後ろ半分のところを両手で持っている。
そう言えば、投げ槍スタイルじゃないな。
狩猟民族なら、槍と言えば投げ槍な気がするけど、副団長の構えはどちらかと言えば人と戦うための構えだ。
「大盾を持たないのはサービスだ」
「……なるほど」
魔物と戦う時のスタイルなのだろう。
スケルトン・アーチャーの矢を防ぐには盾は必須なのだろうが、まぁ、相手が舐めてかかってくれているので甘えるとしよう。
「それでは、好きなタイミングではじめぃ」
長老が適当な合図を出して、革張りの太鼓がゴングのように叩かれる。
相手は槍を構えたまま動かない。
落ち着け、よく見ろ。距離は有る。左が前、突きなら右足での踏み込み。それ以外なら届かない。
「……来ないならこちらから行くぞ」
その瞬間、相手の身体が沈み込むのが見えた。
「っ!?」
即座に収納空間から残っていた土を取り出し目の前に設置する。
ライオンに土の塊をぶつけた時よりさらに素早く的確に。
この行為に動きはほとんど必要ない。普段のように手に取らなくても、どこに何が入っていて、どう設置したいかが明確であれ僅かな動作で実現できる。
こちらに向かって槍が繰り出される直前で目の前に土の壁が発生する。
「!?」
ガッ!っと槍が地面を削る音が聞こえた。
即座に両脇にも土壁を展開。
それと同時にバックステップで壁から距離を置くと、1メートルの土塊を設置してその上に飛び乗る。
2メートルの壁は越えられないが、1メートルならスキルで素早く登ることが出来る。
「くらえっ!」
半ば倒れこむように飛び乗った2段目から、横薙ぎの一撃を振るう。
当たれば勝ち。なら当て方はどうでもいい。
「っち!」
副団長それをバックステップであっさり避ける。
くそっ!結構いい感じの奇襲が決まったのに外した!
ぶっちゃけ正攻法で戦って勝てる相手ではないだろう。なら、出来る限りの奇策で戦うまで。実際は勝つ必要もないのだけれど、痛いのはたくさんだ。
「ふざけるな!」
踏み込みが来る。
集中して相手を見ると、足が、腰が、肩が、腕が、連なって動くのが見える。なんだこれ!気持ち悪い!
頭を狙って突き出された槍をのけぞって避け、そのまま壁の裏へと落ちる。
2段下へ。その間に収納空間に木刀をしまい、鋤と石槍用の長い棒を取り出す。
鋤で掘った1段目がアイテム化し、目の前には高さ2メートル、幅3メートルの壁。
その中央に鋤を突き立てると同時に、アイテム化して壁の中央に空いた穴から棒を投げつける。
こっちに来てもう5日目だ。
収納空間もアイテム化もさんざん試した。こんな面白い現象、試さないわけがない。
スキルのおかげか、それともそう言う才能に恵まれていたのかは知らないが、出し入れや設置なら既に息をするのと変わらぬほどたやすく出来る。
「器用なっ!」
完ぺきな奇襲だったと思ったのに、相手はそれをはじいてかわす。なんだそれ!チートじゃね!?
副団長が収納空間から同じように鋤を取り出すのが見えた。
「邪魔だっ!」
振り下ろすように振るわれた鋤で、正面の土壁が完全にアイテム化する。
まじかよ!ほとんど1メートル幅でアイテム化したんじゃね?先に教えるんじゃなかった!
バックステップと同時に鋤を地面に突き立てて足場を崩す。
姿勢が悪くて手から鋤が離れてしまう。身体操作の限界か。
収納空間から再度木刀を取り出すと、相手が踏み込むのが見えた。
ヤバイ!落とし穴バレてる!
相手が飛ぶ。
勢いに乗って突き出される棒を交わすだけの余裕はない。
すべての動きが一瞬スローに見えて。
突き出された棒の先端を左手で掴む。
少しだけ軸がずれ、相手の一撃はギリギリで外れるルートへ入る。
眼の前にはがら空きの胴。宙に浮いた足ではその身を翻す事はできない。
そこに横薙ぎの一撃を見舞う。
「げふっ!」
真横をすり抜けて、副団長が地面に転がった。
その瞬間、世界が急速に動き出す。
……何だこれ。気持ち悪い。
強烈なめまいを感じて、思わず膝をついた。
「そんな……馬鹿な!」
「そこまで!うむ、見事な立ち回りじゃ」
外野が何やら盛り上がっているけど、こっちはそれどころじゃない。
気持ち悪い。くらくらする。焦点がブレる。
「なんだよこれ。安条メイ、何がどうなってる……?」
『身体操作がより馴染んだんでしょうね。落ち着きなさい。少し気をそらせばすぐに収まるわ』
「がう!大丈夫か!?」
「……ああ、いや……ありがとう。体はなんともない」
カラカラに乾いた喉から、なんとか声を絞り出す。
ああ、水が飲みたい。
「ミグラはすごいな!特に最後はびっくりしたぞ!」
「それには俺もびっくりだよ」
いよいよ最後になったペットボトルの水で喉を潤すと、だいぶ落ち着いたように思えた。
……ふぅ。
「……落ち着いた。ちょっと説明しやがれ」
周りに気取られないよう、空に向けてつぶやく。
『身体操作は思い通りに体を動かす力よ。それもイメージっていう抽象的な情報をもとに肉体を操作するわ。でも、それは身体の動きに限った話じゃない。私は使ったことがないから詳しくはないけど、見えると思えば見えし、聞こえると思えば聞こえる。そういう能力よ』
『普段制限している筋力も、思い通りにコントロールできない感覚器官も、あなたの身体の一部で有ることに変わりないわ。もっと言ってしまえば、自己治癒、代謝や免疫力、思考速度なんかもね』
……身体能力を思い通りに使う力。
それも、普段の限界を取っ払って、できるギリギリまで引き出す?
『今ので馴染んだなら、すぐ思い通りにコントロールできるようになるわ。……ああ、でも気をつけてね。感覚強化系や思考強化系は脳への負荷が高いから。生命尽きるその瞬間までがあるから、ギリギリまで動いちゃって、脳がオーバーヒートしてぽっくり死ぬわよ』
「何その地雷」
『めまいや吐き気みたいな身体的不調に注意すれば大丈夫じゃないかしら。あとは慣れね。人間慣れればなんとかなるものよ』
さっきの不調はそれか。相変わらず無責任なことを言う。
「そういうのはちゃんと説明しておいてほしかった」
『知らないほうがあなたにとってメリットがあるの。そのうち分かる時が来るかもしれないから、まあ頑張って』
……なんなんだよ。なんかまだ隠し種があるんだろうか。
「どうした?空に向かってぶつぶつと!がう!頭でも打ったか?」
「……何でもないですよ」
何にしても、向こうと話すのは人のいない所の方がよさそうだ。
「皆の集!異邦人ミグラは見事その力を示した!長老の命において、これより彼を客人として迎え入れる。数十年ぶりの来訪者がこの地に根を張るか、また放浪に戻るか、それは神のみぞ知るところではあるが、今はこの出会いに良き未来があることを!」
大きな焚火が焚かれ、太鼓と弦楽器の音に乗せて村人たちが歌いだす。
原始的な、けれど魂に響く音楽。村中お祭り騒ぎだ。
「ようこそ旅の人。この地がお主の望みに足るかはわからぬが、約束通り集落の一員として迎えよう」
「しばらくはわが家に泊まると良い。自らの家を持つなら、それもよかろう。もし旅立つ日が来たら、その時は教えてくれ。簡単ではあるが、歓迎の宴を開こう」
「ありがとうございます。しばらくお世話になります」
既に村のあちこちで酒盛りが始まっている。
ふるまわれている料理は、焚火で肉を焼いたものや野菜と芋を焼くだか蒸すだかしたような原始的な料理ばかりだが、カロリーバーしか食べていない身にとっては魅惑の香りだ。
木刀の一撃を受けて昏倒していた青年--ハルクと呼ばれた彼も、今は介抱されて椀から酒をあおっている。おっと、目が合った。
戦闘の最中に見せた鋤でのアイテム化は凄かった。きっちり教えたはずのエフィよりしっかり土壁をアイテム化していたし、副団長という肩書は伊達じゃないようだ。
……団長はどこ行ったんだろう?
「ほれ、こっちに座れ。エフィ、料理を持ってきてくれ。蔵の干し肉もいくつか開けてよいぞ。お主、酒は飲めるな?」
「得意ではありませんが。……ですが、歓迎される前にやりたいことが有ります」
この村に来た瞬間から、真っ先にやらなきゃいけないと思ってることが有る。
今は身体操作で感覚をオフにしたからだいぶましだけど、さっきまで平静を保つのがなかなか辛かった。
「なんじゃ?どうした、長旅で疲れておるのじゃろう?」
「疲れてはいますが、それよりも……」
なんていうか、現代に例えるのはそっちに失礼な話なので止めとくけど……。
「この臭いの、何とかなりません?」
石器時代の村からは、なんとも言えない腐臭が漂っていたのだった。
この話、バトルシーンはいらない気がしてるんですがどうですかね?
昨日までの投稿で500PVを越えました。読んでくださってる方ありがとうございます。
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明日も同じころに投稿予定です。