第0話 プロローグ
「……どーすりゃいいんだ、これ」
目の前に広がるのは地平線まで続く広大な草原で、俺は最初の一歩から途方に暮れていた。
目的はある。ここが何処かも分かっている。
けれど何処へ行けばいいかはわからなくて、しかも当分は帰ることもかなわないと来てる。
「まあ、そういう契約だから仕方ないか」
落ちている小石を拾うと、半透明の薄っすらと青い四角い箱に入ったようなビジュアルに変わる。
重さは感じない。
同じ様に、所々に生えている背の高い草をちぎってみると、やはり手のひらサイズの半透明の箱に入った状態に変わる
聞いていたとおり、これだアイテム化した状態なのだろう。
今も根強い人気のある某サンドボックスゲームにそっくりだ。
きっと、地面を掘ったら同じ様にアイテム化するんだろうな。
「分かっちゃいるが、ちょっと途方にくれるなぁ」
そもそも、俺がこんな所にいる事の発端は、数時間ほど前に遡る。
□都内某所の喫茶店□
『求む!異界の地で現地発展に貢献しながら、悠々自適なスローライフを送りませんか?』
そんな糞怪しい広告を見つけたのは、3年勤めた会社が助成金不正かなんかで事実上の倒産となった翌日の事だった。
魔が差したと言っていいだろう。普段なら絶対気にも止めないそんな求人を、話だけでも聞いてみようかと思ってしまったのは。
「いやー、募集してみるものよね」
怖いもの見たさ半分で面接会場の喫茶店に行った喫茶店に能われたのは、20代後半くらいのキャリアウーマン風のスーツ姿の女性だった。
真っ黒な髪を束ねて腰まで伸ばしているのが特徴的な、結構な美人。
彼女が現れた段階で、俺は怪しげな新興宗教かマルチ商法か、はたまた美人局かと思ったわけだが、そんな心の内は露知らず、彼女は真っ先に行ったのは特大サイズのイチゴパフェを頼む。
ここのパフェ美味しいのよ、っと少し照れたように笑う。
「えっと……一応面接のつもりで来たんですけど」
「ああ、そうね。えっと、ごめんなさい。確認するわ」
そう言うと彼女はタブレットを取り出して画面に視線を向ける。
たぶん、俺が登録している転職サイトに目を通しているのだろう。登録したのは1年ほど前、会社の業績がきな臭いという話が出ていた頃だったはずだ。プロフィールは変更した覚えがないので当時の物だろうが、今は実質転職ではなく再就職先を探し中。
別にこの面接に期待はしていないので、文句を言われたら変えればいいだけの話なのだが、ちょっとだけ嫌な気分になるのはやはり目の前の女性が美人だからか。
「あれ?……一般サイトから?」
僅かに聞こえる声でそうつぶやいたのは、たぶん意識しての事ではないのだろう。
「あ~……う~ん……そっか。いや、でも惜しいなぁ。引っ掛かったって事は適正有りって事よね。適当にリスタートさせるよりよっぽど……手続きはちょっとめんどくさいけど……」
タブレット画面を見ながらしばらく独り言を続けると、意を決したように顔をあげた。
「えっと……どう説明したものかしら。契約に齟齬があるとまずいし……とりあえず、手を出してもらえる?」
「手、ですか?」
彼女は鞄からペンケースサイズのポーチを取り出すと、どれだったかしら?と首をかしげながら中身を漁る。
しばらくして『これよこれ!』と――独り言の多い人だ――凝った装飾の銀の指輪を取り出すと、有無を言わさず俺の左手を手に取って、薬指にリングをはめる。
「ちょっとっ!」
「まぁまぁ、これで良しっと」
彼女がそう言ったその時、不思議なことが起こった。
いや、不思議なことが起こったで済ませる内容ではない。
「……音が?」
最初に気付いたのは音。店内の喧噪も、流れていたはずのBGMも耳には届かない。
その後すぐに、店内の人が動いていないことに気付く。トイレに席を立ったらしい男性。会計に向かう女性、コーヒーを運ぶウェイター。皆が皆、まるでマネキンのように止まって居た。
「契約を結ばないままその指輪を外せば、ここでの出来事は忘れるから気にしなくていいわ」
驚きを隠せない俺を前にして、彼女はそう告げた。
いやいや、おかしいだろ、なんだこれ?
「戸惑うのはわかるけど、落ち着いて聞いてね。そういう適性もあるはずだから」
「……どういう事ですか?」
しばらく時間を掛けてようやく発せた声はかすれ、そうひねり出すのが精いっぱいだった。
「あなた、ファンタジーは好き?……いや、この場合SFかしら?でもフィクションじゃないわよね……まあ、なんでもいいわ。転職したくてエントリーしたんでしょ?」
「そう……ですけど!これ一体なんなんですか!?」
既に5分近く経過している気がする。周りには全く動きが無い。
彼女の声以外、ここは耳が痛くなるほど静かな空間だった。
「ちょっと位相をずらしているだけだから、気にしなくていいわよ。改めて自己紹介するわね。私の名前は安条メイ。メイは明って書くけど、メイって呼んでね。その方が通りがいいから」
「……はぁ」
「職業は世界創造者。正確にはチームでやるからその社長かしら。とある世界の神様だと思ってもらえればいいわ」
事もあろうに、頭のおかしなことを言いだした。
「あ、なに言ってんだコイツ、とか思ってるわね?」
「いや別に」
「別にいいのよ。いきなりこんな状況で、ツッコミが頭をよぎるだけでも適正あるのよ?」
そう言うとテーブルの隅に置いてあったファイルから何枚かの書類を取り出して前に並べる。
箱庭世界再建計画書?
「どこから説明しようかしら……そうねぇ……私たちの仕事は、シム〇ティみたいな感じで世界を作る事って言う感じ、わかる?シ〇シティ」
「……わかりますけど」
「話が早くて助かるわ~。あなた、ゲームとかする?アニメとか漫画とか好き?この時代だとラノベが良いけど」
「どうでしょう。詳しくは無いですけど、それなりには」
「うん。おっけー♪ 私たちは、貴方からすると異世界人。この世界よりもうちょっと科学が発展した世界の人間だと思って」
「神様で異世界人ですか?宗教勧誘は間に合ってるんですけど」
「そういうんじゃないわよ。私たちの世界では、宇宙の外、いわゆる何にもない世界に、空間に人が住める惑星……惑星に限らないから、正確には大地を作れるくらいの技術があるの」
「大地を作る、ですか?」
「正確には、世界を作る、ね。物理法則とかもいじれるから。物理エンジンとか使って世界設定をいじくれる感じよ。自分の世界じゃなくて、あくまでまだ出来上がってない世界だけど」
既にいくつか疑問が沸き上がっているが、それを聞く前に彼女は言葉をつづけた。
「んで、私はその箱庭世界って世界を作る仕事をしてたんだけど、企画の甘さと人手不足が祟って、ちょっとうまくいってないわけ。具体的には、発展が滞った上に人類に害をなす敵性生物が発生しちゃった感じ」
「……はぁ」
「それでね、この世界に限らず人が住んでる世界の中には、そー言う世界の立て直しを引き受けてくれる人たちがいるの。フリーのエンジニアだと思えばいいわよ。あなたも前職はエンジニアでしょう?」
「一応は。うちは請負でしたけど……えっと、俺が見た求人は、そういうやつだったって事ですか」
「そう言いう事。もちろん、この状況を見て理解してくれるなら、変な人が来ないようなセーフティーはかかってる、くらいはイメージつくわよね。だから、貴方が私に連絡を取って、ここで話しているって事は、資格ありってことよ」
「……はぁ」
「未経験者歓迎で募集してたからね。この世界でそれなりの知識と知性があって、倫理観や宗教観が偏って無くて、努力することが出来る資質がある。この国は教育レベルはそれなりだから、知識に関してはだいたいみんなクリアできるけど、逆にそれ以外はなかなかね」
結構すごいのよ、というがあまり実感はない。
「つまり、あなたの世界を立て直す仕事、って事ですか?何をすればいいかさっぱりなんですけど」
再建計画ってなってたから、そういう事なんだろう。
「理解が早くて助かるわ。でも、一応ちゃんと説明しておくわね」
メイさんが言うには、この世界は多次元世界であるらしい。この世界の地球とは別に異世界というものが存在して、そこで人々が暮らしている。
そして、有限ではあるが無数に存在する世界の中には、過去においても未来においても人が存在しない世界もあるらしい。
そんな世界を開発して、人が住めるようにするのが彼女の仕事らしかった。
「なんでそんなめんどくさそうなことを?」
「そう言う世界が必要な人たちがいるからね」
詳しくは教えてもらえなかったが、世界が安定したのちには、他の世界から移民のような人々が来るらしい。その人たちのために、まずはベースとなる世界を作ってるのだとか。
箱庭世界もそういう世界の一つ。
物理法則に多少違いはある物の、この世界の人間が生きていく上では問題が無いらしい。
箱庭世界は地球の約8倍の表面積を持つ惑星?を中心に作られた世界で、既に人類を含めた生物の入植は完了しているらしい。
ただ、人の生活は良くて古代の都市国家レベルで、国というほどの概念は存在せず人口も少ない。
惑星を広くし過ぎた所為で街や村間での移動がほとんどなく、世界中に『100人の村』が点在しているような状態なのだとか。
発展を手早く進めるために生産技術を簡素化する魔法のようなものを導入したが、そのせいで逆に発展が停滞し、その上調整ミスで意図しない敵性生物が生まれる環境のまま安定してしまったらしい。
「そんなの一般求人出されても、どうにもできないと思いますけど」
「そんなこと無いわよ。やってもらうのはいわゆる異世界転移、ようは現地に行って町おこし、みたいな感じだからね」
必要なのは、事情を知ったうえでその世界で生きてくれる人材らしい。
それがカンフル剤となって、停滞していた世界に大きな変化が起きるのだと。
「貴方は世界を旅しながら、行く先々で出会った人を助ける。もちろん、無償じゃなくていいけど、出来るだけ手を貸してあげる。そうすることで、止まっていた世界に大きな波が起きるのよ。もちろん、悪い結果になる可能性もあるけど、それはその世界に住む人々が選んだ結果だから、貴方が気にする必要はないわよ。もっとも、貴方はそう言うのも気にするでしょうけどね」
だからこそ俺は選択肢に入るんだそうだ。
「基本的には終身雇用。この世界への帰還は出来るわ。定期的には希望すれば盆と正月の年2回。忌引き有り。スローライフ系だから、休日は残念だけどないわ。代わりに大きなノルマも無い。向こうに永住してもいいわ。こっちから誰かを連れて行くのはNGだけどね。向こうの人間を一時的にこっちに連れてくるのは要相談」
「後は……帰還時にはボーナス、現在の日本円で100万円ぷらす出来高。死亡保障は現在通貨価値で2億円相当。これは親でも指定した人に渡すでもオッケー」
「……死ぬの?」
「残念な事に、命の危険はあるわ。正確にはしばらく後でね。あなたが行ってすぐは大丈夫。リスポーンするから」
「リスポーン?」
「ん~……なんていうか、記憶を引き継いで初めから、みたいな感じ。もともと、世界に命をばらまいたときに横着して、人以外の生物は定着するまでそこいらに自然発生するようにしたのよ。ただ、それが敵性生物の発生原因になってるから修正予定。その修正アップデートが終るまで、貴方は死ぬようなダメージを受けた場合、あっちに行った時の状態で特定の場所からやり直し、になるの。ゲームみたいなものだと思って」
「それってどれくらいの期間です?」
「今の開発計画だと、向こうの時間で1年くらいかしら」
つまり、1年ぐらいはたぶん超リアルなゲームをするのと変わらないって事か。
「後、報酬としてはこっちの世界でも使える異能力が着くわ。目立たないやつだけど」
「異能力!?」
なんか俄然面白いワードが出てきた。俺はどっちかっていうと剣と魔法よりサイキック系の方が好きなんだ。
「なんか琴線に触れたみたいね。規定があるから、そんな大したのじゃ無いわよ。ただ、向こうで生きていくのにも必要だし、仕事の内容上向こうでの生活を保障するわけにも行かないからね。年200万、住所不定、3食食べられるか分からない自炊、じゃあブラックすぎるでしょ」
確かに労働条件としてはクソみたいなものなのだが……。
「……途中でやめる事ってできます?」
それを置いておいても、こんな状況はこの先二度とないであろう。
既には無し始めて30分以上。周りは窓の外を歩く人たちも含めて動く気配が無い。むしろ、片足をあげたあり得ない重心のまま立っていることに気付いてしまった。
前職は糞みたいなブラック職場だったし、潰れてさっさと逃げられたのは幸運だったのだろう。
そして次も似たような仕事をするなんて、そんな面白みのない選択肢はこの状況ではありえない。
尋常じゃ無く怪しいが、それでも目の前に転がってきたチャンス、掴んでみるは悪くないはずだ。
「退職の場合は異能力はそのままだけど、記憶は変わるわよ?期間が短ければ海外ボランティアに参加してたって事になるわ」
「最悪1年でやめても良いんですよね」
それ以降は命にかかわるのだ。
「問題ないわ。……もちろん、そこで向こうを投げ出せる決心がつくのなら、だけど」
この時、俺は彼女の言った言葉の意味を理解してはいなかった。
だけど深くは考えず、とりあえず1年間、旅行にでも行くつもりで乗っかってみようと思ったのだ。
「いろいろ疑問は尽きないですけど……やってみます」
「……ふふ、貴方ならそう言ってくれると思ってたわ」
こうして俺は、怪しくも魅力的な非日常へと足を踏み出したのだった。
………………
…………
……
□箱庭世界□
そうして話は冒頭に戻る。
あとの処理はやっておくからと言う安城メイの言葉を信じ、明らかにオーバーテクノロジーな健康診断や、基本的な説明と必要物資の支給を受けてこの地に降り立ったのが数分前。
背後にある石壁で出来た祠の中に転移し、扉を開けて一歩を踏み出した先には、見渡す限りの大草原が広がっていたのだった。
はじめましての方は初めまして。hearoと申します。
ノリと勢いで書き始めた新作を公開です。
(一時誤投稿した物から加筆修正してます)
全く方向性が定まって居ませんが、ある程度読者が着いたらぼちぼち進めようかと思っている作品です。
今日はこの後もう1話、その後しばらくは1日一話で掲載していきたいと思います。
感想・評価をくれれば執筆速度も上がると思いますので、応援よろしくお願いいたします。