漆黒の狼~死闘Ⅱ~
「散れ、『落花流水』!」
発動した瞬間、俺の右手が視認できない速度で振るわれ、無数の斬撃がディアボリックウルフを襲った。
『落花流水』、その効果は少々特殊である。このスキルは『流水』から繋がる連携スキルであり、『流水』の効果時間中に発動する必要がある。
その効果は、「『流水』で受け流した攻撃の数だけ斬撃を放つ」というもの。
今回俺が受け流した攻撃の数は、ゆうに100を越える。つまり、今一瞬で100を越える斬撃がディアボリックウルフを襲ったのだ。
これにはさすがのディアボリックウルフも悲痛の混ざる咆哮を上げ、後ずさる。
「これで倒れるほど甘くはないか……」
ディアボリックウルフのHPゲージを赤く染める――すなわち25%まで減らすことは出来た。
しかしそれでもまだ、漆黒の狼はその脚で大地を踏みしめこちらを睨み付けており、その形相は憤怒に染まっている。
今の『落花流水』からこちらを警戒しているのか、攻撃してこようとはしない。
正直に言えば、今の一連の攻防でもう少し体力を削っておきたかった。『流水』も『落花流水』もクールタイムがあるため、しばらくは使用できない。
こちらの攻め手は振り出しに戻ってしまった。おそらく回避して反撃する隙はないだろう。
だとすれば一か八か、攻撃に徹するしかないが……
「この方法はかなりリスクが高いが、勝つにはやるしかねぇか……」
虎穴に入らずんば虎子を得ず、というやつである。
そこまで考えて、ディアボリックウルフの様子が変わったことに気づく。
大きく息を吸い込み、胸元を膨らませている。この動作をしているのがドラゴンならば、この後来るのは定番のブレスだろうがこいつは狼だ。
だとすれば来るのはなんだ……?
取り敢えず距離をとろうと考え、動こうとしたその瞬間、
大気が、爆ぜた。
「――っが……あああぁ!?」
そう表現せざるを得ないような衝撃が俺の身体を襲った。
それが、ディアボリックウルフの放った咆哮が衝撃波となって自らに叩きつけられたのだと理解するまでに数秒を要した。
「くそっ……!全範囲攻撃か!?」
急いで自らのHPを確認するが、HPはほとんど減っていない。全範囲攻撃ではないのか?ただ吼えただけ?
いや、あの化物に限ってそれは無い。奴がそんなぬるいことをしてくるはずがないのだ。
なにかあるはずだが……
とにかく、このまま止まっていてはいい的だ。取り敢えず動きながら考えるとしよう。
そこまで考え、体のどこも動かせないことに気がついた。
(なっ――!?まさか――)
何とか動く視線だけでディアボリックウルフを見ると、すでにこちらへ向けて突進を始めている。
(くそっ!!動け、動け動け動け動けっ――!!)
漆黒の狼が、目前に迫る。もはや勝利を確信しているのか、右の前脚を大降りで振り下ろしてくる。あれに当たれば俺のHPはあっけなく消し飛ぶことだろう。
「お、おおおおおおおお!?」
前脚が振り下ろされる寸前、ようやく身体の自由が戻ってくる。なりふり構わず身体を投げ出し、どうにか振り下ろしを回避しようと試みる。
足にかすかな衝撃を感じたと同時に、背後で轟音と土煙が舞い起こる。
「くそっ……!かすっちまったか」
自らの体力ゲージを見やれば、5割を切っている。ここまで1回も攻撃は食らわなかった。
つまり、今攻撃が掠めただけで体力を5割持っていかれたのだ。
(俺の装備だとやっぱり1発もらった時点でアウトか……。それは最初から覚悟はしていたが、今のはマジで焦ったぜ……)
インベントリから出した体力ポーションを一気に飲み干し、容器を投げ捨てながらひとりごちる。
先ほどの大咆哮。ダメージはほとんど無かったが、そのかわり状態異常であるスタンを付与された。
あの化物スペックのモンスターにスタンまで与えるとかどうやらこのゲームの運営には鬼畜なやつがいるらしい。
先ほど俺がなんとか避けられたのは、偶然ディアボリックウルフとの距離が開いていたからだ。恐らく、スタンは3秒ほど。もしスタンを近くで食らえば、間違いなくお陀仏だ。
だが、大咆哮の前の予備動作にはかなり隙があった。そこで強烈な攻撃を当てれば、キャンセルさせられるかもしれない。
「失敗すれば終わりか、おもしれぇ。こいよクソ狼、そろそろ決着をつけようぜ……!」
ディアボリックウルフを睨み付けながら、そう挑発する。相手が理解しているかは謎だが、それでも構わない。自らを鼓舞するものでもあるのだ。
未だ静けさが広がる森の中で、漆黒の狼と俺は再び交錯した。
「ノブのやつ、一体どこにいるんだ……?」
ノブからメールを受け取った俺は集合場所である森へと足を運んだのだが、一向にノブが見つからない。もう20分ほど森を歩き続けている。
「ギィッ!ギギギッ!」
「あぁもう、鬱陶しい!」
道中湧き続けるゴブリンやワイルドウルフを殴り殺しながら森を進む。この森はモンスターの数が多く、狩場としてはなかなか優秀なのだが今はそれが鬱陶しい。
「まさかノブのやつ、王都に帰ったとか無いよな……?いや、あいつならありそうだな……。とりあえず、あと10分くらい探していなかったら王都に行ってみるか」
俺はそう呟き、また沸いて出てきたゴブリンを殴り飛ばしながら森の奥へと進んでいった。
止まることなく足を動かし、動き続ける。この敵を相手にして、足を止め立ち止まるのは一番の悪手だ。常に動き、奴の攻撃をかわし続ける。
これが体力や肉体の疲労がある現実ならこうはいかないが、ここはゲームの中だ。
ディアボリックウルフはなかなか俺を仕留められないことに腹を立てたのか、唸り声を上げながら立ち止まる。そして――
(遂にきたっ――!)
胸元を膨らませながら、息を吸い込む動作。大咆哮の予備動作である。
「それを、待ってたぜ……!」
その動作を確認した瞬間、地を蹴りディアボリックウルフへと肉薄する。
どの程度の威力の攻撃でキャンセルできるか分からない以上、俺の今持てる最高火力を叩き込むしかない。
刀を大上段に構え、叫ぶ。
「『天断』――!!」
瞬間、大上段に構えた刀が、伸びる。
刀を擬似的に伸ばすことで射程を拡大し、大上段から強烈な一撃を見舞う。それが『天断』である。
伸びた刀の長さは、ゆうにディアボリックウルフの全長を越えている。それを全力で振り下ろす。
轟音と共にディアボリックウルフの咆哮が聞こえてくる。だがそれは大咆哮のような力強いものではなく、悲鳴にも似た咆哮だった。
『天断』によってディアボリックウルフの身体は文字通り一刀両断……とはいかなかったが、かなり深い傷を残した。さらに大咆哮のキャンセルにも成功した。
「ガアアアァァァァ!!」
ディアボリックウルフがその大きな口を開きながら突進してくる。これは噛み付き攻撃の動作だ。
「『風刃』」
刀を振るい、風の斬撃をディアボリックウルフの顔面目掛けて飛ばす。
恐らくダメージはあまり与えられないが、それでいい。今の『風刃』の目的は目くらましだ。
『風刃』を顔面に受けたディアボリックウルフは一瞬俺を見失う。その隙に真上に大きく跳躍する。
視界が回復したディアボリックウルフが俺を探すために周囲を見渡している。その無防備な背中目掛けてスキルを発動する。
「『武突』!」
ズドンッ、という衝撃音とともに刀がディアボリックウルフの背中に突き刺さる。そのままディアボリックウルフの背中に着地し、刺さったままの刀を更にえぐるように押し込む。
ディアボリックウルフが咆哮をあげ、俺をふるい落とすように暴れる。だが、俺は刀とディアボリックウルフの身体にしがみつき落とされないように踏ん張る。
「そろそろ沈めっ……!『雷陣』!」
刀を地面に突き立て、自らの周囲の地面を帯電させそのエリアにいる敵に継続ダメージを与える。まさに雷の陣地。それが『雷陣』である。
ちなみに雷の発生源は突き立てた刀であるが、なぜ雷が発生するかは謎だ。
本来、地面に突き立てて発動するそれをディアボリックウルフの背中に突き立てて発動すればどうなるか。
ディアボリックウルフを紫電が包み込み、絶えずダメージを与え続けている。どういうわけか、地面に突き立てるよりも敵に直接突き立てたほうがダメージが多いようだ。
「ガッ、ガアアアァァァァァ!!」
明滅する紫電の中、ディアボリックウルフはその巨体を捩り逃れようとする。だが、紫電の発生源は己の背中だ。もちろん逃れることなどできない。
ディアボリックウルフは一際大きな咆哮を上げた後、ついに地面に崩れ落ちそのまま青い光となって爆散した。




