漆黒の狼~死闘Ⅰ~
「お、ノブからメールきてるな。なになに、『エリアボスを倒しに行くからついて来い。いつもの森でモンスター狩って待ってる』か。あいつらしいな」
第一門の先にある街、イステリアにいた俺はノブからのメールを読み、思わず笑いがこぼれる。
「ついて来い」という命令のような文言も、ノブからだと不思議と不愉快にはならない。それほど自分はあの破天荒な親友を気に入っているのだろう。
「あー、そういえば『国落とし』のときもこんな感じでついてこいっていきなり言われたんだっけか」
以前ノブとプレイしていたゲームでの出来事を思い出す。あのときはもっとひどかった。
いきなり「ついてこい」と言われ、ついて行ってみればそこは戦場だった。それまでノブの突飛な行動には慣れていたつもりだったが、アレはさすがに度肝を抜かれた。
だが、同時にとてつもなく楽しかったのも覚えている。
ノブといれば退屈などと言う言葉の出る幕はないだろう。これまでも、そしてこれからも。
「さてさて、このゲームでは一体全体どんなとんでもないことをやらかしてくれるのやら。楽しみだなぁ」
そうひとりごちながら、俺はノブが待っているであろう森へと歩み始めた。
正直に言おう、俺はこの漆黒の狼を舐めていた。
こいつが恐らく、ワイルドウルフの突然変異種のようなものだというのはわかっていた。ある程度は強いのだろうとも考えていた。
しかし、その考えは全くもって甘い考えだった。
ディアボリックウルフは衝撃波でも発しそうな勢いで咆哮しながら、その屈強な前脚を振り下ろしてくる。それをバックステップで避け、いざ反撃しようとすると次の瞬間には別の攻撃がきている。
「チッ……!」
その一撃をギリギリで回避する。
これだ。反撃の隙が無いのだ。
こいつはマジの化け物だ。おそらくエリアボスなんかよりよっぽど強いだろう。
先ほどから回避に徹しているせいでほとんどHPを削れていない。このままでは進展がない。
「なら、やることは一つだよなぁ――!」
俺は刀を構え、ディアボリックウルフ目掛けて突っ込む。そんな隙をやつが見逃すはずも無く、その前脚を殺意を込めて振り下ろしてくる。
当たれば、俺の体力は消し飛ぶだろう。そう、当たれば。
「『流水』」
スキルを発動させる文言と共に、俺の身体が薄い水色のオーラに包まれる。
もはや目前まで迫っているディアボリックウルフの前足に、正確に刀を振るい当てる。
すると、ディアボリックウルフの前脚はまるで水の流れに流されるように当初の狙いからずれた場所に振り下ろされる。
その隙を見逃さず俺はディアボリックウルフを切りつけ、浅くはない傷を与える。
スキル『流水』。その効果は、「1分間流れる水のオーラを纏い敵の攻撃を受け流す」。こう書けばかなり強いスキルだと思うが、実際にはかなり高度なPSが求められる。
『流水』で攻撃を受け流すには、敵の攻撃にこちらの刀を正確に当てなければならない。逆に言えば、刀を当てさえすれば後は勝手に受け流してくれるのだ。
今回の戦いにおいて、このスキルは非常に有用だ。回避して攻撃する隙が無いのなら、受け流して攻撃する。
この1分間、いやあのスキルに繋げることを考えると55秒か。その間にどれだけ攻撃を受け流し反撃できるか。それに俺の命はかかっているだろう。
「ゴアアアアァァァァ!!」
傷をつけられたことが気に入らなかったのか、ディアボリックウルフが吼え、更に攻撃を加速させる。今回に限っては都合が良い。
「おおおおおおぉぉぉ!!」
ディアボリックウルフから放たれる、一撃一撃が致命の漆黒の嵐。それに的確に刀を当て受け流し、一撃を当て、また受け流す。
極度の集中状態が引き起こす、まるで時間が引き延ばされるような感覚。
加速した思考のなかで、どこからか笑い声が聞こえてくる。
「は、はは、はははははははははは!!」
どうやら笑い声は俺の口から漏れていたようだった。だが、それも仕方ないだろう?
だって、こんなにも楽しいんだから。
強者との闘い、命で命を削るような死闘。これだ、俺が求めていたのはこういう闘いだ!
漆黒の嵐の中、死と隣り合わせの剣舞の時間に終わりが訪れる。
(55秒経過……!)
ディアボリックウルフの攻撃を受け流し、少し後退しながら刀を鞘に戻す。
ディアボリックウルフは俺を逃がすまいと、飛び掛ってくる。対する俺は、腰を低く落とし刀の柄に手をかける。
もし今俺が相対しているのがモンスターではなくプレイヤーなら、俺の構えが意味するところに気がついただろう。
俺のとる、居合いの構えに。
「散れ、『落花流水』!」
瞬間、無数の斬撃がディアボリックウルフを襲った。




