『万屋』と書いてヨロズヤと読む
「ふぅーっ、少し疲れたな・・・」
長時間同じ姿勢でいたために凝ってしまった肩を、ぐるぐると回すことでほぐす。まぁ、ここはゲームの中だから本当に凝っているわけではないのだが、気分的な問題だ。
王都の一角に先日開店させた『万屋』、その二階で俺は生産活動に勤しんでいた。店の商品の中でも、ポーションなどの消耗品を大量に作成することでスキルレベルを上げていたのだ。
生産のスキルレベルを上げたといっても、生産職一筋でやっているプレイヤー達に比べれば微々たる物だろう。それでも上げておいて損はないはずだ、と自分に言い聞かせることで、なんとか長時間の単純作業を乗り切ったわけだが。
グランドクエスト第二章『月下の異形』、その個人的には非常に納得がいっていない決着がついたのは昨晩の話だ。未だ気持ちの整理は、完全にはできないでいる。
敗北したことはまだいい。いや、本当はよくない。全然よくないしめちゃくちゃ悔しいのだが、まぁ今回はよしとする。
問題は、何故敗北したのかわからないということだ。何をされたのかもよくわからなかった上に、そもそも誰に殺されたのかもわからない。
わかっているのは、謎の光の剣のようなものが降ってきたという事だけだ。たったそれだけで、俺の体力はあっけなく消し飛ばされてしまったのだろう。
後にクロムに聞いた話だが、アンデッド・キマイラやジルコ、そしてクロムも同様の攻撃であっさりと殺されてしまったらしい。
「・・・プレイヤーの攻撃・・・では無いだろうな。」
トップギルドである『ユグドラシル』のサブリーダーのノルン、そして同じく実力者であろうヘレネ。あの二人の、恐らくは切り札であろうスキルを受けても俺の体力は3割しか減少しなかった。厳密に言えばノルンの『聖なる十字架』は当たっておらず、ヘレネの『七条の流星』が当たっただけなのだが。
あの『七条の流星』も非常に強力なスキルだった。七本の矢のうち二本に当たってしまっただけで、体力が3割も削られてしまった。あれを七本全て受けていたら、俺の体力は全て削られていたのだろうか?
そう考えれば、あの光の剣もプレイヤーのスキルかもしれない、という考えが俺の中で芽生えそうになるが俺の本能がそれを否定する。あれは違うと。あれはもっと理不尽ななにかだと。
思考の坩堝へと嵌り掛けていると、階下で鈴が鳴る音が聞こえてきた。来客の合図だ。店を開く以上、しっかりと経営はしないとな。
俺はしっかりと仮面をつけていることを確認してから、店舗部分へと繋がる階段を下りて行った。
「―――で、なにしに来たんだ?」
「なによ、来て欲しくないような言い方ね?」
「そんなわけないだろ?来てくれて嬉しいよ、イラッシャイマセオキャクサマー」
「よし、表出なさい。叩きのめしてあげるわ」
来客はノルンだった。俺の軽い煽りに対して実に気持ちの良い反応をしてくれる。うむうむ、煽りがいがあるなぁ。
「それで?今日は何の用だ?」
「この間買ったような装備がまた入荷してないか見に来たのよ、あとは案内ってとこね」
「装備はまだ入荷してないぜ。それより案内って?」
「彼女のよ。」
そう言ってノルンが指差すほうへと視線を向けると,開けっ放しにされた店のドアの外に誰かが立っているのが見えた。
「そんなところに立ってないで入ってきなさいよ」
「・・・・・・外観を見てた」
そう言いながら店内へと入ってきたのは、ショートボブぐらいの長さの銀髪の少女だ。どこかで見たことがある顔だった。というか昨日見た顔だったし、なんなら殺し合った相手でもあった。
「彼女はヘレネよ。私のフレンドなの。ここで買った装備について聞かれたから約束どおり教えたのよ」
「・・・・・・よろしく」
「お、おう。よろしく」
ヘレネが差し出してくる手をぎこちなく握り返す。本当に仮面があってよかった。仮面が無ければポーカーフェイスできずに顔が引き攣っているのがばれてたかもしれん。
「・・・あなたは?」
「え?」
ヘレネが無表情で問いかけてくるが、なんのことだ?
「・・・あなたの名前は?」
「あぁ、名前。名前ね」
「そういえば、私も名前知らなかったわ。なんて名前なのよ」
ノルンも思い出したように聞いてくる。名前、名前か。2日前ならいざ知らず、今はその問題は解決している。
「名前か。ケインにも言ったが『万屋』でいいぞ」
「それは店の名前でしょ?あんたの名前を聞いてんのよ。あ・ん・た・の」
「だから『万屋』でいいって」
「あんたも頑なね・・・。まぁいいわ、こうすれば早いでしょ」
ノルンがそう言って空中で指を動かした直後、俺の画面にポップアップが現れた。どうやらノルンがフレンド申請をしてきたらしい。
このゲームでは相手が目の前にいればフレンド申請を送ることが出来るのだ。フレンドの利点は、チャットを送ることが出来るくらいだろうか?
確かにフレンド登録すれば相手の名前はわかる。ノルンは俺とフレンドになることで俺の名前を知ろうというのだろう。このままフレンドになってしまえば、ノルンのフレンドリストには『ノブナガ』の名前が燦燦と輝くことになるだろう。うん、ゲームオーバー待ったなしだな!
だが、対策はしている。既に俺は魔王の指輪の効果を発動している。
しかし使うのは初めてだから些か不安ではある。果たしてきちんと発動しているのか・・・?
俺は心中の不安が表に出ないようにしながら、ノルンからのフレンド申請を承認した。
「どれどれ・・・?――ぶふっ!?」
「・・・・・・?」
恐らくは、フレンドリストで俺の名前を確認したノルンがいきなり噴き出し笑い始めた。それをヘレネが不思議そうに見ている。よかった、どうやら魔王の指輪の効果は正常に発動しているようだ。
「・・・・・・ん」
ノルンの様子がおかしい理由を知りたいのか、ヘレネもフレンド申請をしてくる。魔王の指輪の効果が正常に発動している以上、断る理由も無いので承認しておく。
「・・・ふっ、ふふ・・・」
フレンドリストを確認したヘレネが、噴き出しはしなかったが静かに肩を震わせながら笑い始めた。
しばらく経って、ようやく笑いが収まったらしいノルンが叫ぶように言った。
「あ、あんた名前『ヨロズヤ』って・・・。そのまんまじゃない!」
「だから言ったろ?『万屋』でいいって。シンプルイズベストだ」
「顔見えないけどドヤ顔してるのがなんとなくわかるのがむかつくわね」
「いいセンスしてる」
お褒めに預かり光栄至極ってな。今の会話からわかるように、彼女達のフレンドリストには俺の名前は『ノブナガ』ではなく『ヨロズヤ』として表示されている。
手品のタネは、俺の指に装備されている魔王の指輪だ。この指輪、通話機能だけかと思っていたのだが、なんとステータス偽装効果もついていたのだ。ただし、この指輪で偽装できるのは名前とアバターの顔だけのようだ。
それも一旦設定した擬装用のステータスは変更できないらしい。つまり、俺は擬装用の名前を『ヨロズヤ』と設定したためもう変更は効かないということだ。
俺は顔を隠しているため、顔の偽装は使用していない。しかし、アインやブロムは使用するつもりだと言っていたな。あいつらは、昨日のグランドクエストで俺と同じく顔を晒して戦ったらしいからな。
「ノルンは『ユグドラシル』のサブリーダーだろ?なら、ヘレネも『ユグドラシル』のメンバーなのか?」
せっかくだからこの際、ヘレネの情報も集めておこう。トッププレイヤーの情報は多くて困ることは無いからな。
「違う。私は『黄昏の森』のメンバー」
「『黄昏の森』、か。大きいギルドなのか?」
『黄昏の森』がトップギルドの一つだというのは既に知っているが、ここは知らない振りをしておいた方がいいだろう。
「『黄昏の森』は私達『ユグドラシル』と同じでトップギルドの一つよ。まぁ、人数は私達のほうが多いけど」
ヘレネの代わりにノルンが説明をしてくれる。それを聞いてヘレネも小さく頷いている。というか、この間説明したはずだけど、とノルンがジト目を向けてくる。
「トップギルドだっていうのは聞いたが、人数なんかの話はきいてなかっただろ?」
「そうだったかしら、まぁいいわ」
その後、他愛ない会話をしばらく続けた。その中でいくらかは聞いたことが無い情報も含まれていたため、多少は有益な会話だったと言えるだろう。
「それじゃ、そろそろ帰るわ。」
「私も、帰る」
「ああ、じゃあな」
数十分ほど会話を続けた後、ノルンが席を立った。ヘレネもそれに続き席を立つ。もう帰るらしい。二人との会話はなかなか楽しかったため、もう少し喋っていたかったが仕方あるまい。
二人を見送るために、店の扉のほうまで後ろをついていく。
扉を開けるためにドアノブに手を掛けたノルンが、しかしドアを開けることなくこちらを振り向いた。なにか言いたげに口元をもにもにさせている。
「なんだ、どうした?」
「・・・・・・またっ!」
「また?」
「また、来ても、いいかしら?その、用事が無くても」
恥ずかしかったのか少し頬を赤らめ、こちらを軽く睨みながら聞いてくる。
普段は勝気な癖に、どうしてこういうときだけ遠慮がちになるんだか。まったく、仮面を付けていて本当によかったぜ。でなきゃ、このニヤけた顔を見られてしまっていただろう。
「ここは『万屋』だ。お喋りするための喫茶店じゃあないんだぜ」
「・・・そう」
「だからまぁ、なんだ。次はきちんと何か買っていけよ。それなら俺からは文句はねぇよ」
「そ、そう!なら、また来るわね!」
ぱぁっと音がしそうなほどの笑顔を浮かべてノルンが店を出て行く。常連になってくれるのはうれしいんだが、なんだってこんな店を気に入ったんだか。
俺が微かに首をかしげていると、ふと袖を何かに引っ張られている感触がした。
そちらに視線を向けると、ヘレネが俺の袖を掴んで立っていた。
「・・・私も、また来る」
「おう、ヘレネも次は何か買ってけよ」
「まかせて」
そう言うと、ヘレネはほんの微かに笑って店を出て行った。
どうやらノルンもヘレネもまた来る気まんまんのようだ。仕方が無い、次までに料理スキルを上げておこう。
次は茶の一つでも出してやろうじゃないか。そのほうが、会話も弾むってものだろう。
恐らくこれが年内最後の更新となります。
本年も拙作を読んでいただきありがとうございました。
来年からはもう少し更新ペースを上げられたらなと思います。
また、頂いた感想にも時間があれば返信していきたいと思います。
感想など大変励みになっております。本当にありがとうございます。
来年も拙作をよろしくお願いいたします。それでは、良いお年を。




