月下の因縁
戦闘シーンは書くのが楽しいので、少し筆が乗ってしまいました。
いつもより少し長いかもしれません。
「『七条の流星』」
「『聖なる十字架』!」
ヘレネの弓から放たれた黄金の矢は空中で一際大きく輝き、破裂した。破裂した矢は七つの光に分かれ、それぞれが異なる軌道を描きながら飛翔する。しかし、その到達地点は全て同じ。すなわち、俺だ。
七つの黄金の矢が、全く違う軌道で同時に俺の前方から襲い掛からんとする。
ノルンの片手剣が黄金に輝き、その輝きが二度、十字を描くように振り抜かれる。その黄金の十字の斬撃は剣が降り抜かれた後も消えることなくこちらへ直進してくる。むしろ、こちらへ近づくに連れて段々と大きくなっている。
前方からは同時に迫り来る七本の矢、後方からは徐々に巨大化する十字の斬撃。完全に挟まれる形となってしまった。
ならば、横に避けるしかない。そう考え少し横に動いた瞬間、七つの矢全てが反応し、全ての矢の先端がこちらを向いた。
「くそっ、追尾かよ!」
なんと、七つの矢は全て追尾性能を有していた。俺が動けば、そちらへ自動で軌道を修正している。まさか、追尾性能がある矢を七本同時に放つことが出来るとは。となれば、対処法は弾き落とすくらいしかなさそうだ。障害物に隠れた場合どうなるのか気になるが、試している暇は無い。
対処しなければいけないのは、目前の『七条の流星』だけではない。背後の『聖なる十字架』もどうにかしなければならない。もはや考えている時間は無い、感じるままに身体を動かせ。
「『流水』」
身体が薄い水色のオーラで包まれる。漆黒狼の連撃すら凌ぎ切ったこのスキル、今使わずしていつ使うと言うのだ。俺は迫り来る『七条の流星』に背を向け、『聖なる十字架』の方へと地を蹴り駆け出す。
俺と『聖なる十字架』の距離がぐんぐんと縮まっていく。背後からは、『七条の流星』が迫り来るのを感じる。そして遂に、俺と『聖なる十字架』の距離がゼロになった。
「うっ、おぉ!」
『聖なる十字架』へ斜め下からカチ上げるように、迷わず刀を振る。接触の瞬間、骨に響くような衝撃が手を、そして腕を駆け抜ける。だが、これで発動条件は満たした。刀を当てさえすれば、後はスキルが自動で受け流してくれる。
しかし、今はそれでは困る。今回は、受け流す方向をこちらが決める必要がある。
「おぉ・・・っらぁ!」
裂帛の気合とともに、狙った方向へ刀を振り抜く。普段の『流水』とは違い、かなりの抵抗が刀に伝わったがなんとか受け流すことが出来た。
そして受け流された『聖なる十字架』は、俺が狙った通り俺の背後へと飛んでいく。そう、『七条の流星』が迫る俺の背後へとだ。受け流されたまま空中を直進していた『聖なる十字架』は、迫り来る『七条の流星』そのうちの二つと接触し、そして―――爆ぜた。
大規模な、とはいかないまでも、中規模な爆発によって爆風が起きる。その風圧は容赦なく俺の全身に叩きつけられた。
まずい、まさか爆発するタイプだったとは。一番厄介なのは、『聖なる十字架』と『七条の流星』を接触させて発生した爆発であるため、どちらが爆発の原因なのかわからないということだ。どっちだ?どっちが被弾すると爆発するんだ?
最悪のパターンとして、どちらも爆発するというのがある。こうなったら、そのパターンを予想し、発生するであろう爆発に気をつけるしかない。しかないのだが・・・
(矢を凌ぐだけで精一杯でそんな余裕無いっての!)
未だ迫り来る五つの矢。その数を減らしてはいるものの、脅威であることには変わりは無い。いや、でも待てよ?よく考えたら俺は『魔王』でステータス強化されてるし、もしかしたら当たっても大丈夫なんじゃないか?いや、当たらないに越したことは無いはずだ。
意識を切り替え、目前まで迫る矢に集中する。今度は『流水』によって受け流す方向は考える必要は無い。ただ、刀を当てさえすればいい。
だが、さすがに五つの矢に同時に刀を当てるのは困難だ。先に数を減らしておく。
「『風刃』!」
振り抜かれた刀から生み出された風の刃が、空気を切り裂き飛んでゆく。今回は距離が近いため、精度に問題は無い。風の刃は寸分違わず、五つの矢のうちの一つに命中する。それと同時に、再び爆発が発生した。
「チッ!こっちが爆発するのかよ!」
想定していたとはいえ、やはり厄介だな。しかし、泣き言を言っている余裕は無い。もはや、残る四つの矢は目前まで迫っている。俺は浅く息を吸い、更に意識を研ぎ澄ます。
タイミングを合わせ、横薙ぎに刀を振るう。極度の集中により、俺の中で時間が引き延ばされていく。その引き延ばされた時間の中で、俺は刀が矢に触れる瞬間をはっきりと捕らえた。
その瞬間全身の筋肉に命令を送り、無理やり身体の動きを変更する。横薙ぎに振るっていた刀を、全身の動きを利用して無理やりにも逆方向へ振るう。そうして振り出された逆方向への一撃は、確かにもう一つの矢を捕らえることは出来た。
刹那の一瞬で、俺は二つの矢を受け流すことに成功した。しかし、それが限界だった。
無理やり動かした身体は、これ以上言うことを聞かない。そして、矢は全て同時に飛来していた。残った二つの矢をどうにかすることは、今、この瞬間の俺には不可能だった。
「ぐぅっ!」
鋭い衝撃とともに、二つの矢が身体に突き刺さる。どうやら、右肩と左足に被弾したようだ。しかし、これで終わりではない。俺は咄嗟に右肩の矢を掴み、引き抜こうと試みたが間に合わなかった。突き刺さった黄金の矢は、さらに一際明るく輝くとそのまま爆発した。
「―――っ!」
爆発によって、俺の視界が白一色に染め上げられる。それに加え、爆発のせいか耳まで聞こえなくなった。視覚と聴覚を潰された俺が感じ取ることが出来るのは、俺の身体に伝わる爆発の鈍い衝撃だけだった。
数秒経ち、ようやく視界が元に戻り始める。戻りはじめた視界に映ったのは、周囲に立ち込める土煙だった。しかし、聴覚のほうはまだ戻りきらない。超至近距離で爆発を喰らったせいか、きーんという耳鳴りのような音がずっとしている。やけにリアルなことだ。
そうして、ようやく戻った視界で現在の状況を把握しようとした俺は、咄嗟に後ろを振り向いた。
それを感じ取れたのは、本当に偶然だった。視覚は戻ったが、聴覚は戻っていないこの状況でそれを感じ取れたのは、信じたくは無いが『殺気』というものを感じ取ったからではないかと思う。ゲームの中で『殺気』なんてあるのかとも思うが、それぐらいしか思いつかないのだ。
とにかく俺は、背筋を駆け抜けた寒気に抗うことなく、考えずに体を動かし背後へ振り向いた。
そこにいたのは、土煙を突き抜け今まさにこちらへ向けスキルを発動したノルンだった。その金色の瞳は、勝利を確信したかのように輝いている。
聴覚がやられているため、ノルンが何のスキルを使ったのか正確には判別できない。だが、この動きは見た事がある。まるで弓を引き絞るかのように構えられた剣が、唐突に爆発的な加速をする。そのまま、流星のよう突きが俺の頭を貫かんとする。この技は、つい先日クロムが使っていたあのスキルに酷似している。『メテオアヴァランチ』。恐らくこれは、サイクロプスに膝を付かせたあのスキルで間違いないだろう。
ならば、対処は可能だ。
このままいけば俺の頭を貫くであろう剣の切先から、決して目を離さない。先ほどの集中状態がまだ続いてくれているのか、爆発的な加速で突き出されているはずの剣がひどくゆっくりに見える。
その切先から目を逸らさず、最低限の動きでその剣をかわす。剣は俺の頬を浅く切り裂きながら、突き抜けていった。ノルンの顔が、驚きに満ちる。
必殺であったはずの一撃をかわされた彼女は、酷く無防備であった。その隙を逃すような俺では無い。
すっ、と刀を振り上げる。それだけの動作で、突きを放ったまま無防備だったノルンの右腕が宙高くに舞う。剣を持っていた右腕を切断された彼女に、もはや抗う術は無い。しかし、ノルンは諦めてはいなかった。その金色の瞳は、まだ己の敗北を認めてはいなかった。
ノルンの残った左腕、その何も持っていない拳が握られこちらに振るわれる。右腕を失った状態で、徒手空拳でまだ抗おうと言うのか。
ならば、徹底的に叩き潰そう。
ノルンが振るった拳は、お世辞にも鋭い一撃とは言い難い。苦し紛れ、という言葉がしっくりくるだろう。そのような攻撃に、脅威は感じない。
ならば、と再び刀を一閃させ、その左腕すら切り落とす。 そして、そのまま刀を持っていない左手でノルンの首を鷲掴む。左足をノルンの足に掛け、左腕を押し込み彼女を地面に押し倒す。そのとき、近くに彼女が持っていた片手剣が落ちていることに気がついた。これでいいか。
俺はさっと片手剣を拾うと、それを逆手に持つ。そのまま、ノルンの胸のど真ん中へと剣を突き刺した。それと同時に、俺の背中を衝撃が襲う。
どうやら、ヘレネが放った矢が背中に当たったらしい。ふと周りを見てみると、先ほどまで立ち込めていた土煙が薄くなっていた。土煙が薄くなったおかげで俺の姿が見えたというわけか。
だが、もはやノルンは無力化した。両腕を切り落とした上で、剣で地面に串刺しにしたのだ。抜け出すのは不可能だろう。これでゆっくりとヘレネの相手が出来る。
ヘレネは地面に磔にされたノルンを見て、何事かを口にしている。しかし、こちらはまだ聴覚が戻りきっていないので何を言っているのかよくわからない。
「何を言ってるのかよくわからんな。お喋りはいいからさっさと掛かって来い。」
そう言うと、ヘレネは怒涛の勢いで矢を放ってきた。現実では不可能な連射速度だな。
だが、所詮は普通の矢だ。ましてや、一対一のこの状況では何の脅威にもなり得ない。俺は飛んでくる矢を全て弾き、かわしながら進んでいく。
ようやく聴覚が戻り始め、矢が空気を裂く音や刀が矢を弾く際の金属音が聞こえ始めた。段々と、俺とヘレネの距離が縮んでいく。ヘレネの顔を見れば、わかりにくいが焦りが浮かんでいるような気がした。ヘレネもわかっているのだ、俺の距離である近距離に近づかれた時点で敗北すると。
そもそもが、弓使いが近距離タイプと一対一をするというのが無謀なのだ。確かに彼女の技量は高い。その辺の近距離タイプのプレイヤーとやってもうまく戦うだろう。
だが、残念ながら今回は相手は俺だ。『魔王』でステータスを強化されている上に、普通の矢に当たることはほぼ無い。もはや勝敗は見えていた。
そしてついにヘレネの真正面、約5メートルの位置まで近づいた。俺はそれまで振るっていた刀を鞘にしまう。少し聞きたいことがあったからだ。
「一つ聞きたいことがある。」
「・・・・・なに?」
こちらへ敵意に満ちた視線を送りながらも、一応聞いてはくれるらしい。
「さっきの『七条の流星』だったか?あれはなんだ?」
そう聞きながら、俺は自分のHPバーを見る。俺のHPバーは、約3割が削れていた。俺がこの戦闘でダメージを負ったのは、『七条の流星』のみ。それも、七つのうち二つの矢が当たっただけだ。それだけで3割もHPを持っていかれるのは、なにか秘密があるとしか思えなかった。
「・・・・・・それを私が教えると思う?」
「いや、思わねぇな。けど、そう答えるってことはなにかしらあるってことだな。」
それだけわかれば十分だ。恐らくは、ノルンの『聖なる十字架』も同様の攻撃だったのだろう。喰らっていたらやばかったかもしれない。
「もうお前に用はない。このまま、散れ。」
「それはこっちの台詞――!」
そう言うとヘレネは、弓を手放した。そして弓を持っていた手を腰の後ろに回すと、その手には黒い短剣が握られていた。どうやら、緊急時のサブアームとして短剣を持っていたらしい。
「『スネークバイト』!」
黒い短剣が紫色の光に包まれ、鋭い一撃が繰り出される。
しかし、もう遅い。先ほど言ったように、この距離まで近づかれた時点で彼女の負けなのだ。俺はそっと鞘に入れた刀の柄に手を添える。
「『夜宵』」
一閃。放った俺すら知覚するのが難しい速度で放たれた剣閃を、彼女が防げる道理も無かった。ヘレネの首と俺、その二つの間にあるもの全てが両断された。そして、ヘレネの首が徐々にずれていく。彼女は驚きに目を見開きながら、光の粒子となって闇夜に消えた。
その光の粒子が消えるまでしばらく見送り、俺は踵を返した。そして、磔にしたままだったノルンの元へと歩み寄る。胸に剣が刺さっているため、継続ダメージが発生しているが、ノルンのHPは残り1割ほど残っていた。彼女は、こちらを射殺さんとばかりの視線をぶつけてきていた。だが、もはや彼女にはどうすることも出来ない。このまま放置してもそのうちHPがなくなるだろう。
「・・・結局、あんたは一体何なのよ!」
唐突にノルンが問いかけてくる。何なのか、とはまた曖昧な質問だな。
「どういう意味だ?」
「だから!あんたは結局プレイヤーとNPCどっちなのよ!」
「あぁ、そういう意味か。確かにこのゲームのNPCは喋ってるだけじゃプレイヤーと見分けが付かないもんな。」
そう、このゲームはAIのレベルが途轍もなく高く普通に話しているだけではNPCかどうか区別が付かないのだ。それに、このゲームでは珍しいことにプレイヤーを調べても、名前すら表示されないのだ。ただ唯一表示されるのはHPバーのみ。即ち、このゲームではプレイヤーとNPCを見分けるのが非常に難しいのだ。
「俺はプレイヤーさ。歴としたな。」
「なら、なんであの魔方陣を守ってるわけ?ただのPKってわけじゃないんでしょ?」
なんで、か。まぁ王都に居場所も作ったことだし答えてもいいか。
「なぜかって?それは、俺が『魔王』だからさ。」
「ま、おう?」
「そう、『魔王』だ。俺は『六翼の魔王』が一翼、魔王ノブナガだ。以後よろしく。」
そう宣言して、俺は刀を振り上げる。お話はそろそろ終わりだ。
「ノブナガ・・・ノブナガね、覚えたわ。あんたも一つ覚えておきなさい!」
「なんだ?そろそろ殺すから手短にな。」
もはやノルンのHPゲージは風前の灯だ。このまま継続ダメージで死んでしまうのはおもしろくない。せっかくの死闘を繰り広げた相手だ。最後は、この手で止めを刺してやりたい。
「ノブナガ・・・!あんたは絶対に私が倒すわ・・・!覚えておきなさい!」
「フッ、アハハハハ!あぁ、覚えておくよ。ノルン。」
俺はそのまま刀を振り下ろし、そしてまた、光の粒子が闇夜に溶けて消えていった。
ノルンとヘレネ。二人の強敵と繰り広げた死闘に充足感が広がっていくのを感じながら、俺はクロムが戦っているであろう方向へ歩み始めた。この月下の森に、一つの因縁を残して。




