夜宵
まさかここに最初に到着するのがケインとはな。少し驚きだ。てっきりトップギルドの連中が最初に来るのかと思っていた。と言っても、ノルンくらいしか知らないわけだが。
だがまぁ、来てしまったものは仕方が無い。こちらも仕事だ。家具を買ってくれた恩を仇で返すようで悪いが、とりあえず死んでくれ。
突如として宙に舞ったパーティーメンバーの首を、ケインはぽかんとした表情で見ている。このゲームでは、首を撥ねれば即死するのだ。なんとも嫌なリアリティである。まぁ、首を撥ねられているのに生きているのもそれはそれで気持ちが悪いが。
つまり、今首を撥ねられた二人は即死。残りの敵の数は4人である。しかし、まだ止まらない。次の瞬間、首を撥ねられた二人の最も近くに立っていた男の胸から二本の剣が生えた。
「あ・・・え・・・?」
そのまま二本の剣は左右それぞれに降り抜かれ、男は胸から上と胸から下がさようならする形になった。ちなみに、あれはまだ即死判定にはならないらしく生きてはいるようだ。もっとも、かなりの勢いでHPが減っているため直に死ぬだろう。
そして、真っ二つになった男の陰からもう一人の黒いローブ姿が姿を現す。
さて、もうお分かりだと思うが、首を撥ねたのも男を二分割したのもクロムの仕業である。クロムには、こちらが会話で気を引いている間に後ろから奇襲を仕掛けてもらった。一人か二人仕留められれば上出来だと考えていたが、まさか三人も仕留めるとは驚きだ。
「くそっ!お前たちPKか!?」
ケインが武器を構えこちらに向かってくる。ようやくこちらが敵だと認識したようだ。残りの2人はクロムの方に向かったようだ。
「うーん、当たらずとも遠からずってとこだな。プレイヤーを殺すのは否定しないが、それが仕事なんでね。」
こちらも応戦のため、黒狼刀を取り出す。黒い刃が、月の光を受けて鈍く輝く。
「フッ!」
ケインが鋭い気合とともに右手に持った剣を突き出してくる。ケインの装備は見たところ、片手剣と盾というオーソドックスな装備だ。この攻撃を避けて反撃しても、盾で受け止められるだろう。堅実なプレイスタイルだ。
だが、それは相手が普通のモンスターやプレイヤーが相手だった場合だ。
突き出してきた剣を刀で弾き、返す刀でケインの首を獲りに行く。予想通り、ケインは盾で受け止める構えだ。
「ぐぅっ・・・!?」
盾に叩きつけられた刀は、その勢いを緩めることなく盾ごとケインを大きく後ろに弾き飛ばした。普通であればこんなことは出来ない。刀という武器はこんな力押しのプレイが出来るような武器ではないのだ。
しかし、『魔王』によって大幅に強化されたステータスが、それを可能にしている。
「クソッ、なんだこの力・・・ッ!」
「弱音を吐いてる暇はないぞ。」
今度はこちらから攻める。と言っても、いきなり距離を詰めることはしない。ゆっくりと、ケインへ向けて歩を進める。俺のステータスがどれほど強化されていて、どれほど戦えるのか。少し試させてもらおう。
悠然と歩を進める俺を見て、ケインは盾を構え防御の姿勢に入った。
「『フォートレス』!」
ケインがスキルを使用し、盾が仄かに青く輝く。ふむ、名前と盾が光るところを見るに防御力が上がるスキルか?正直刀以外の武器のスキルはほとんど知らないんだよな。ある程度は調べておかないとまずいかもな。
「おもしろい!ならば止めて見ろ!」
俺は再度ケインが構えている盾へ刀を、今度は全力で振りぬく。
刀と盾が鋭い音を立てて衝突する。俺の一撃は『フォートレス』の青き輝きを正面から打ち砕き、ケインを先ほどよりも大きく吹き飛ばした。なるほど、これがステータス4倍の力か・・・。
はっきりと言って圧倒的だな。一対一なら負けることは無いだろう。ケインのHPを見てみれば、3割ほど減っている。盾で受けても、大きすぎるダメージは受け止めきれずHPが減るのか。
「そらそら、休んでいる場合か?」
「ぐっ、畜生!」
休む暇を与えず攻撃を続ける。ケインはなんとか盾で防ぎ続けているが、そのHPはじわりじわりと減っていく。このまま続ければ、そう遠くないうちにケインのHPは無くなるだろう。
ケインもそれは理解しているのか、反撃に出てきた。
「『カウンターパリィ』!」
「おっ!?」
俺が刀を盾に振り下ろそうとしたその時、ケインがスキルを発動し盾が淡い赤色の輝きに包まれた。そして刀が盾に触れた瞬間、赤い火花が派手に散り、刀を持っていた右腕が刀ごと大きく跳ね返された。
(『カウンターパリィ』・・・名前からするにパリィ系のスキルか。だが、今の一撃でケインのHPは減っていない・・・)
とすると、相手の攻撃力に関係なく相手の攻撃をパリィできるスキルなのか?だとしたらかなり強いな。
そんなことを一瞬のうちに考えていたが、今の俺は刀を大きく弾かれ無防備な状態だ。そうなれば当然、次は攻撃が来るに決まっている。
「今だ!『アストラルブレード』!」
いつかクロムも使った、黒い闇を凝縮したような一撃が俺の身体を袈裟懸けに切り裂いた。衝撃と微かな痛みが俺の身体を襲う中、俺は自らのHPゲージを確認していた。HPゲージは9割以上残っていた。つまり、今の一撃でも俺のHPを1割も減らせなかったと言うことだ。
だが、無防備に一撃もらってしまったのはよろしくない。どうやら俺は油断していたようだ。今ので首を撥ねられていたら、もしかしたら即死していたかもしれない。
「今の一撃は、首を撥ねるべきだったな!」
「クソッ!どんな防御力してるんだよ!」
ケインが悪態をつきながら、追撃しようとしてくる。だが、もう油断はしない。悪いがお前に二撃目は無いぞ。右手に握る刀を、鞘に戻す。
「うおおおおっ!『スラッシュ』!」
ケインが咆哮を上げながら斬り下ろしてくる。頭部への直撃コース、当たれば即死か。はたまた大ダメージか。だが、恐れることは無い。
振り下ろす前に、殺す。
「『夜宵』」
瞬間、一筋の線が走る。その線は剣を振り下ろす最中のケインの腕、そして首に走っていた。
「な・・・え・・・?」
ケインの首が、腕が、徐々にずれていく。そしてぼとり、と地面に落ちた。首を切断されたケインはもちろん即死しているため、光の粒子となって消えていった。
光速の居合い切りを放つ、それが『夜宵』だ。発動する前に刀を鞘に戻す必要があるが、それを差し引いてもかなり強力なスキルだと思う。
「少し油断しすぎたな・・・。次からは気をつけるとしよう。」
さて、クロムのほうはどうなったかなと。周囲を見渡してみると、丁度クロムがこちらに歩いてくる所だった。どうやら、あちらも終わったらしい。
なんともなしに魔方陣に目をやると、今まで紫色に輝いていたのが赤色に輝いていた。ふむ、これがアイの言っていたことだろうか。
魔方陣を見ながら、減ったHPを回復するためにポーションを飲んでいると、いきなり足元に矢が突き刺さった。
「うおっ!?敵か?」
「い、いえ、見てくださいこれ。」
クロムが地面に刺さった矢を抜いて、こちらに見せてくる。矢にはなにやら紙のようなものが括り付けてあった。
「矢文か、これ。ってことはジルコからか?」
紙を広げて読んでみる。なになに?
『敵 約4パーティー 接近中』
急いで書いたのか、単語だけが羅列されている。つまり、約4パーティー程の人数の敵が接近してきていると。
「四パーティーって、これまた多いな。」
「だ、大丈夫ですかね?」
クロムが心配そうにこちらを見てくる。4パーティーっていったら約24人か。少し多いな・・・。囲まれるときついかもしれない。
「でもまぁ、なんとかなるだろう。」
赤く変色した魔方陣を見ながら、俺はそう呟いた。




