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水晶の紫、幻視の蝶

作者: 漸遠

 世界は終わる。


 それがどんな形になるかは、人々の行動にかかっている。

 例えば、ある魔王がその伴侶と出会ったとき、世界を光が焼き尽くすという結末は消えた。

 例えば、ある聖女が服毒し自殺したとき、食糧の奪い合いで起こる最終戦争は幻となった。


 しかし、いつか終わりが来ることに変わりはない。

 それは世界に定められたルールだから。どれだけ必死に遠ざけても、世界は終わるものだと決まっている。


 ならば、中途半端に延命しようとすることこそ、苦痛を重ねる行為ではないのか。

 その結論に至った魔導師は新たな魔王となり、己の命を炉心とし、一つの術式群を組み上げた。

 いずれ世界の終わりとなるその魔法。人類の歴史を安楽死させる毒の名は、



―――――


 

 今日も、蝶が飛んでいる。

 紫に光るそれは生物ではない。触れれば光の欠片と砕ける、脆い幻想だ。


 そして触れる度に、その者の正気を奪う。


「おーい、飯だ。起きろお前ら」

「……うん」


 寝ぼけまなこを擦りつつ起き上がる「司祭」に濡れタオルを投げ渡す。それで顔を拭いた彼女は、自分の隣で安らかに眠る「魔女」にデコピンを食らわせた。


「ふぇ?」

「朝」

「飯だぞ」

「わかった。おはよー」


 返事を確認して、俺は部屋の戸を閉めた。

 着替えを覗いて集中砲火を喰らいたくはない。


「おーい、「勇者」。バターかチーズか、どっちがいい?」


 炉に向かい、こちらに背を向けたまま「狩人」が聞いてくる。いつもの通り「バターで」と返すと、これまたいつもの通り「了解」と言う。旅をしていた頃から変わらないやり取りは、俺達がまだ変わっていない証拠だ。




 紫の蝶は、人に触れると、その相手に幸福感を与える。そしてその効果が薄れることはない。何匹にも触れていれば、いつかは幸福しか感じなくなり、あらゆる能動を起こすことなくやがて死に至る。

 それが「魔王」の造り上げた魔法であるということはすぐにわかった。しかし、勇者を選定し、その仲間達を集めている間に、各国の機能は麻痺していった。

 俺達が旅を終える頃には、もう手遅れ。人類が次代まで文明を維持するには大きな幸運が必要であろうと、その考察を最後に王国との連絡も途絶えた。




「ほんと、「狩人」って料理上手いわよね」

「まあな。「司祭」、一枚でいいのか?」

「今日はこれでいい。……「賢者」は?」


 ハムを乗せた柔パンを両手で保持したまま「司祭」が問う。


「まだ引き籠ってる」

「もう三日目。流石に日の光に当たるべき」

「あー、気にしなくていいと思うわよ、「司祭」。研究者っていうのは体に無理させることに慣れてるし、そこから回復する方法も知ってるから」


 「魔女」が遠い目で語る。

 その横から、「狩人」が彼女の皿にチーズとハムを追加した。


「「魔女」から見てどうなんだ? 「賢者」の奴はアレを解析できると思うか?」

「さっぱり。私は使う側であって創る側じゃないから何とも言えないわね」


 紫の蝶。世界を滅ぼしかけている、いや、そろそろ滅びたころか。そんな状況を作り出した元凶。

 「魔王」が「自らを使って」組み上げた、恐らく世界で最も難解な魔法式。

 俺達が旅の果てに辿り着いたこの廃城に遺されていたのは、その構築式と、「魔王」の真意を記した遺書だけであった。


「わかるのは、あれを安全に解体できる人間なんてこの世にはいないってことだけ。……ほんと、嫌になるわ」


 構築式を目の当たりにして、一番最初に心が折れた「魔女」は、自ら数匹の蝶に触れた。

 事あるごとに俺や「剣士」に突っかかっていた彼女は随分とおとなしくなってしまったが……今すぐに命を断つことはなさそうだ。


「「魔王」が書き残した通りなら、どうせ人類はおしまい。悲観的に余生を過ごすのはもったいない」

「それ、俺がお前に言ったことだろ」

「ん。「勇者」に著作権料あげる」


 近くで採れる木の実を渡された。


「……ほんと、なんで二人はくっつかなかったのよ」

「うんうん。今更立場がどうとか気にする必要もないだろうに」


 二人に言われるが、「司祭」とはそういう関係ではない。

 異性として見たことが無いと言えば嘘になる。外見も内面も魅力的な女性だし、旅をしている間にそういう雰囲気になったことも無くはない。

 ただ、俺達の視界の先には世界の終わりが広がっていた。

 望まぬ終わりが来るのなら、始めない方がいいだろう……どちらも、そんなことを考えたのだ。大切なもの、失いたくないものを、増やしたくないと。臆病だと言われれば、頷くしかない。

 だから最後まで、居心地のいい仲間として。


「そういうお前らはどうなんだ」

「そういうのは魔女になったときに卒業したから」

「俺は「射手」と約束したからなー」

「まあ、そう答えるのは予想できたけどさ」


 五人だけになってから、変人の「賢者」を除いた俺達は、ほとんど二組に別れて作業を分担していた。かといって安直にそのパートナーと結ばれるなんてことはなかったわけだ。


「さて、それじゃ薪探しかな」

「うん。行こう、「勇者」」

「いってらっしゃい。「狩人」、おかわり」

「はいはい」



―――――



 吐き気がする。

 食べ過ぎとかそういうのではない。他人が構築した魔法式を用途も分からぬままに無理矢理展開した代償だ。


「ははは、まさか我が弟が、怪物だったとはねぇ。自称天才の姉なんて、うざったいだけだったろうに……最後までそんな素振りは見せなかったねぇ、君は」


 同門の魔導師であったというのに、当初は全く理解できなかった構築式。

 当代一と言われる私の能力をもってしても解読に三日を要する、そんな魔法。

 どうしても分からない部分は己が身を削って実験し……心地よい幸福感に包まれながら、私はその構成をようやく把握した。


「聞こえてはいないだろうけどね。やるじゃないか、「魔王」。姉として誇りに思うよ」




 弟について、私はそんなに知らない。

 年少の頃から希代の天才ともてはやされた私は人生の大部分を学院で過ごした。弟も非凡な才能を持っているとは学士達の噂で聞いていたが、会う機会は互いの誕生日か聖日くらいのものだった。それでも両親よりは多かったのだが、一般に言う肉親という関係とは大きく異なっていただろう。

 私が最年少で学位を贈られ、法位へ挑戦し始める頃には、彼との面会も途絶えた。次に彼の名を聞いたのは、「魔王」討伐のために招集されたときだった。


 魔王とは、世界を破滅へ導く魔導師に贈られる称号だ。その目的が何であれ、それだけの力を持つに至ったことは事実。故に学院は、魔王を貶めることなく、その名と魔法式を保管してきた。少なくとも学院の白い壁の中では聖者と並ぶその称号に、私は羨望を抱いていた。

まさか、弟がそれになっているとは思いもよらなかった。




「魔界の悪魔と無差別に契約し、その霊体を燃やす十一階層の「顕現殻炉」。炉内で喜怒哀楽のないまぜになった「感情の火」を仮定、擬似証明により存在確定させる七階層の「炎杯」。その光を偏光させ、物質界に投影する六階層の「高次線集積水晶」。像の確立と術式化を行う四階層の「使徒」。占めて二十八階層に加え、各部を補助あるいは代替しうる冗長部百三十一階層。計百五十九階層の大魔術を構築しながらも、未知の手段によって各部が軽量化され、一人の手によって発動可能なラインにまで落とし込まれている。発動さえしてしまえば各部は「顕現殻炉」から供給される魔力が切れるまで自律稼働を続け、下手に破壊しようものなら損傷した機構に応じた災厄が撒き散らされる」

「結論は?」

「解体は不可能。人類の歴史はどうあがこうと終了する。最も苦痛の少ない方法は現状維持。いやはや、我が弟ながら大したものだよ「魔王」は。完全にお手上げ。発動された時点でゲームセット、完封負けだねぇ」


 告げた言葉に、「勇者」は一つ頷いた。

 彼が絶望することはない。「魔王」の遺書を読んだときから、私が彼の予想を超えて魔法式の弱点を見つける以外に方法は無いと宣言していたから、覚悟はできていたはずだ。

 それに、私達は皆、そこそこの数の蝶に触れてしまっている。絶望するという心理防御は、もはや機能不全を起こしているのだ。


「「魔王」はこの魔法に名前をつけなかったからねぇ。姉であり、恐らく唯一あれを理解できる私が命名したよ」


 今もどこからか湧き出し、人の心を幸福で塗り潰しているであろう、紫の蝶。

 世界を安楽死させる、残酷で優しい毒。


「 「第九魔王・自壊楽園」 」


 ナインスロード・アタラクシア。


「世界を滅ぼす魔法。そしてその炉心となり、いつか魔界を焼き尽くすまで存在し続ける魔王の名前さ。「勇者」、魔王に相対する役目を持った君だけは、その名を忘れないでほしい」


 さて、言いたいことは言い終えた。


「それじゃ、これから私は構築式の組み上げに入るよ。間に合うかどうかは分の悪い賭けだけどねぇ」

「まだ足掻く方法があるんだな、「賢者」」

「それこそ悪足掻きさ。私にしかできない、無謀な賭け。成功したところで人類の歴史は毒殺される、「魔王」の目論見は完遂されるけど」


 私は彼ほど人間を大切に思わないし、

 彼ほど人間を嫌ってもいないから。


「まあやってみるさ。それじゃあね、「勇者」。君達は頭はよくなかったけど……まあ、実は結構気に入ってたんだ」



―――――



「まさか、こうも完膚無きまでに世界を終わらせるとはな。第九の魔王め、やってくれる」


 世界の一部でありながら、どこでもないどこか。光に満ちていたはずのそこは、明らかにこの世のものではない鎖によって空間が繋ぎ止められ、ようやく成立している状態だ。

 星の心象。神の座と呼ばれたそこには、一つの眼球と、それよりさらに高次元の事象が存在していた。


「お前もお前だ、「表象」。不干渉を貫いた結果、人界と魔界のほとんどを失い、自らの構成すらできなくなるとは。……最後に目を残すあたり、傍観者としての覚悟は確かだがな」


 溜息と共に、「ソレ」は眼球を摘まんだ。

 摘まんで初めて、「ソレ」に手指があることが確定された。高次元の神とは本来こういうものだ。一つの動作ごとに新たな存在が誕生し、不要となれば消滅する。星から産まれた神である「表象」など、所詮管理者に過ぎない。

 「ソレ」は眼球を「匣」に格納すると、もう一つの手を払うように振る。それで空間を固定していた鎖が消滅し、星の心象は砕け散った。


「この星は終わりだ。やはり、ルールに縛られていては運命は回避できないか……それとも、運命を回避した先にはまた別の災厄が起きるのか」


 最後の光の粒子が存在崩壊する前に、高次の神は次の戦場へと赴く。

 管理者のいなくなった星は、その概念を崩壊させようとしていた。



―――――



「行くのか?」

「ええ。今動かないと、終末までに間に合わないかもしれませんから」

「……君の仲間達は、やはり滅びを停められなかったか」

「まだわかりませんよ。まあ、今停めたところで人類はもう終わりですけど」


 病み上がりに登山はキツいが、仕方ない。これも「狩人」に逢うためだ。

 どうせ世界が終わるのだ。例え寿命を削ることになろうとも、死ぬことに変わりはない。

 持っていく荷物は既に絞ってある。「射手」の矜恃として弓と矢を背負い、食糧と替えの包帯に軟膏。後は「剣士」の形見の護身短刀を腰に提げる。それで終わりだ。


「さて、後は野生動物や魔物になるだけ出くわさず、たどり着ければいいんですけど」


 矢が尽きるまでには、逢えるだろうか。




 私は「射手」として「勇者」のパーティーに加えられた。

 自分の才能が戦士団の中で突出していることは知っていたが、世界レベルであるとまでは思っていなかっただけに、招集されたときは非常に焦った。団長の奥様に慣れないドレスを着せられ、かちこちになりながら集合してみれば、他の面々は戦闘服ばかりで非常に恥ずかしい思いをした。嫌な思い出だ。

 仲間達も皆素晴らしい実力を持っていた。嫌味も多いが冷静に勝ち筋を見出す「賢者」。何を考えているのか分かりにくいが献身的に治療や体調管理を行ってくれる「司祭」。喧嘩ばかりしているがここぞという場面で頼りになる「剣士」と「魔女」。正直そんなに強くないけれど、私達を一つに纏めてくれた「勇者」。

 そして、「狩人」。

 魔物に奇襲されたときに庇われたり、成り行きでキスしたり、料理を教えてもらったり。今から思えば結構イチャイチャしていた気がするが、正直足りない。旅の途中で負傷して足留めを食らったことは人生最大の失敗だ。

 「魔女」に取られてたり……は、約束もあるし大丈夫だろう。


「しかし遠いですね……」


 想定していたよりも魔物は少ない。目下の問題は、時間切れまでに彼に逢えるかどうかだ。

 出発してからここまで、数えているだけで8匹の蝶に触れてしまっている。そろそろ嫌なことが考えられなくなってきた。

 幸福感は視野を狭める。今までの経験が体に染み着いているおかげでかなりの危険を回避できているが、いつ事故が起きてもおかしくない。


「まあ、幸せに死ねるなら、それはそれでいいと思うんですけどね」


 ただ、与えられた幸せでは満足できないだけ。

 彼に逢って、その後なら。緩やかに朽ちていくのも悪くない。

 そう思ってしまうほどには、私も魔王の毒に冒されてしまっているのかもしれない。



―――――



「それじゃ、俺は行くわ」


 話を聞くなり「狩人」はそう言った。


「どうしようもないんなら仕方ない。最期は「射手」と一緒がいいしな」


 他のメンバーもそれに首肯く。


「私はどうしよっかな。「勇者」と「司祭」はどうすんの?」

「……「勇者」についていく」

「そっか。じゃあ死に場所でも探すかな」

「はぁ。くっつかないとか言っときながら、結局はそういう感じじゃない」


 「魔女」は少し考えてから、ここに残ると言った。


「ここで勇者一行解散、だな。思ってたより短かったぜ」

「そうね。もし別の世界にでも生まれ変わるなら、またこのメンツで旅してもいいかも」

「次は「剣士」がミスらないように見張っとかなきゃな」

「何で私に向かって言うのよ」

「他は皆見張る相手がいるから?」

「えぇ……。そうだ、「賢者」にやらせよう」

「真理を見詰めてる系に何を……」

「そういう感じだよな、「賢者」」

「わかる」

「じゃあ私が手綱とらなきゃ駄目か……」


 別れの会話に寂寥感はない。

 もし蝶に触れて居なければ、どうだっただろうか。四人はそれぞれにそんなことを考え、


「んじゃ、また来世でな」


 「狩人」は笑った。


「おう。じゃあな」

「……さよなら、みんな」


 「勇者」は笑い返し、「司祭」は手を振った。


「うん。また来世で、縁があったら会いましょう」


 「魔女」は微笑み、背を向けた。



―――――



「何だ、すぐそこまで来てたんだな」

「運が良かったみたいです。……正直幸せが限界突破してこのまま死にそうなんですけど」


 「射手」は大樹に凭れて座っていた。最後の不安が解けて力が抜けた「狩人」も、その隣に腰を下ろす。


「もうここでいいか」

「本当はもうちょっといちゃいちゃするつもりだったんですけどね」

「俺も。でもなんか、会えただけで満足しちまったわ」


 幸せが息を停めるまで、もう数刻もない。

 二人は言葉を交わそうとして、もう言葉が必要ないことに気づいた。今、二人は全く同じなのだから。


 だから、最期に一つだけ。


「また逢おう。次のどこかで」

「はい。いつか、きっと」



―――――



 蝶が舞う。

 丘に寝転んだ私は、それをただただ見上げていた。

 体は既に衰弱を始めている。「勇者」と別れの言葉を交わしてからは、舌も上手く動かせない。呼吸が停まる苦痛も、死への不安も、既に幸福に塗り潰されてしまった。

 正常だった頃の自分から見れば、どうだろうか。自らの死を、最後の尊厳を剥奪されて……ああ、そんな難しいこと、もう考えられなくなってしまった。


 紫色の多幸感の中、最期の思考を振り絞る。

 願わくは、そう。


 次があるなら、貴方と共に。



―――――



「……ああ、「魔女」か。生きてたんだねぇ」

「死にかけね、「賢者」。なんか食べる?」

「遠慮しとく……いや、やっぱり貰うよ」


 咀嚼しやすいように汁気の多い果物を渡す。すると彼女は目を細め、微かに笑みを強めた。


「どしたの?」

「いや、なんだろうね。これ、弟が好きだったんだよねぇ」


 クツクツと笑い、かぶりつく。


「それで、できたの?」

「ああ。できたよ。私の最後の悪足掻き。「魔王」の発明した圧縮技術を利用した、五十八階層と百八十三階層の二つからなる、全二百四十階層の「魂魄保護術式」だ」

「魂魄保護って、できるの?」

「人間の世界が終わりかけてる今なら可能だねぇ。人類の救済なんて考えずに、たった六人程の魂を「次」へ飛ばす。そのためだけに世界を騙す術式さ」

「六人って、あんたねぇ。端から自分除外するつもりだったわけ?」

「いや、そこは設計上の限界でねぇ。術者は内側と外側の両方に居ないと、結界が定義できないのさ。というわけで、内側での詠唱には協力してもらうよ」


 ……なんだろう。


「元より協力するつもりで帰ってきたんだけど、なんか戻ってくるの見透かされてたようで癪ね」

「はは、多いに結構。それで他の皆が揃うまでは幸福を抑え込んでいてくれ」


 相変わらずの物言いで、「賢者」は笑う。

 あんたの方が先に逝きそうだ、とは、流石に言えなかった。


「今、何人来たの?」

「回収できたのは「射手」と「狩人」、「勇者」と「司祭」。あの突撃馬鹿はいったいどこをほっつき歩いてるんだろうねぇ」

「こんなときまで遅刻してんのあの男!?」

「死んでから時間が経ってるし、仕方ないところはあるにせよ、こうも待たされると、ねぇ? 「剣士」だけこっちに残してくかい?」

「……まあ、私達全員あいつに救われたと言えなくもないし。最大の功労者を仲間外れっていうのは、よくないでしょ」

「皆、そういうと思うよ」


 上手く「次」へ飛べたら、ちゃんとお礼を言ってから、一発殴ろう。

 モチベーションを新たにして、私は彼を待ち始めた。



―――――



「じゃあ、始めようか」


 魔力炉を稼働させる。

 ようやく「剣士」が来た頃には、待ち始めてから五日が経過していた。水しか受け付けなくなった私と対照的にパンや果物を食べまくっていた「魔女」も、流石にギリギリといった感じだ。


「何か伝言はある?」

「そうだねぇ。無事新しい世界に転生したら……」

「何よ。言うだけならタダよ?」

「……じゃあ、こんな皮肉家のことも、たまには思い出してくれるかい。それが私への報酬だ」

「案外人並みの願いね、「賢者」のくせに」

「そうとも。私は才能以外は凡人だからね」

「よく言うわね、ほんと」


 それじゃあ、と彼女は言った。

 返す言葉に詰まった私は、ただ頷いた。


 この世界においておそらく最後になる詠唱は、一度のミスもなく、呆気ないほど簡単に、終わった。




 とりあえず、草原に寝転がってみる。

 世界にはまだ、人間が残っているだろうか。まあ残っていたとして次代はないだろうが。

 人間のための世界は終わる。魔界だって、全ての悪魔が燃え尽きれば終わるのだろう。残された草木がどうなるのかは知らないが……きっと、それも終わるのだろう。

 そういう風にできているのだと、弟は書き残した。

 神の定めたルール。人類を生み出し、滅ぼすだけのための箱庭。……さて、私は神に一矢報いることができただろうか。


 手を伸ばした先で、紫の蝶は儚く砕け。

 私は、幸福に思考の全てを明け渡した。



―――――



 最後の悪魔が炉に消え、数時間。

 出力低下に伴い「炎杯」、「高次線集積水晶」、「使徒」の術式は順に停止し、「顕現殻炉」はその役割を終えた。

 世界の安楽死という偉業を成し遂げ、魔王の骸は徐々に冷えていく。

 それを看取る者はもうどこにもいない。



 そして、世界は終わった。



―――――



「そうさ、世界は終わる。人類は種としての衰退を迎える前に、その先へ踏み出すことなく潰える」


 砕け散っていく滅びた世界と、新たに始まる世界へと渡る愚かな神を眺め、「※※※」は呟く。


「そう在れと創ったんだ。創世種にも至れない君には、何も変えられないさ」


 最上位階の一柱。世界を創るまでの権能を持つに至った神は、嗤う。




 そして、次の世界が始まる。

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