妄想家のオークからカズトへ
「では、坊ちゃん。こんな血の匂いがひどい場所は早く出てしまいましょう」
「あ、そうだな……いや、ちょっと待ってくれ」
「? どうかなさいましたか?」
「いや、ちょっと気配察知に引っかかったやつがいるんだよな」
そう言って、俺は気配のあった場所に向かう。向かっているのは捕まった人々がいた部屋があった通路のさらに奥。洞窟の中だけあって奥に行くほど緊張感が高まるな。
ハクは特に何も言わずに俺についてきてくれている。本当によくできた執事だ。
ハクに感謝しながら通路の奥に行くと、突き当たりに扉があった。
特に鍵がついているということは無かったので開けると、中にあったのは様々な宝石や豪華な装備品の数々。いわゆる宝物庫と呼ばれる場所だろうか。
そんな煌びやかな宝たちの奥、檻の中に、その存在はいた。
「「!?」」
――そこにいたのは、小さな純白の飛竜。
大きさは九歳の俺の頭くらいと全く大きくないが、俺とハクは。その存在を、その竜の翡翠色の瞳を目視した瞬間に畏怖してしまう。
『ふむ、お主が私を買おうなどと思った愚か者か?』
脳内にやや高く、しかしどこか安心させるような、それでいて相手に自らが上位であると感じさせる声が聞こえる。凄いな、声の質だけでどちらが上か感じさせるなんて。俺の脳内で話しかけてくるやつは完全に幼女の声だからな、迫力が皆無である。
俺は脳内で『そんなことないですの!』と響くのをスルーして、答えを返す。
「いえ、私はここにいる盗賊たちを倒したものでして、たまたま奥にあなたの気配を感じましたのだ。立ち寄った次第であります。あなた様は何故こちらに?」
なんか勝手に敬語になってしまっているな。でも、これくらいは普通だと俺自身が納得しているので、やはりこの小さな竜はすごい存在だ。
『ふむ。何故かと聞かれれば、捕まってしまったと言う他ないのだがな。私を縛るこの檻のせいで逃げれんし、困っていたのだ。それにしても……』
「?」
『……ふむ、お前はどうやら大丈夫そうだな』
「何がですか?」
俺が尋ねると、小さな竜はコロコロと笑う。
『いや、私の声は悪を振りまく者が聞くと発狂してしまうものなのだ』
なにそれ危ねぇ!
『まあ、お前はそう言った輩ではないから安心しろ。して、頼みがあるのだがこの檻から出してくれんか?』
「は、はい!」
俺は《鑑定》スキルで調べてみると、中にあるものの魔力を封じる類のマジックアイテムで、檻の構造自体は鍵で開くタイプだった。
「どこかに鍵があるはずなんだけど……」
「これです坊ちゃん」
「……もう見つけたんだ」
「執事ですから」
俺が鍵という言葉を言った瞬間にはハクが鍵を渡してくれたので、ジト目でハクを見ると、ニコリと笑いながら、テンプレワードを放つ。
これは俺がハクに教えたもので、これを言えば大抵のことは解決してしまう、と冗談で言ったらそのまま受け入れられてしまったものだ。さすがにこれを何度も言われたときは自分の迂闊な発言を公開したものだ。
「……そうか、ありがとう」
「はい」
俺はすでにこれに対してツッコミを入れるのも疲れているので、特に何も言わずに受け取って檻の鍵を開ける。
開いたのを確認すると、純白の竜は檻の中からゆっくりと出てくる。それだけでも十分に威厳を感じさせるな。
俺がボーっと翼竜が檻から出てくるのを見つめていると、最後に尻尾の端まで出てきた瞬間に、翼竜が純白の光に包まれる。
「なっなんだ!?」
俺が驚愕しながら腕で顔を隠すが、光はどんどん強くなったいき、視界がまさしく純白に埋め尽くされる。
「うむ。感謝するぞ、お前たち」
しばらくして、光が収まると、そんな声が聞こえてきた。
「い、いえ、自分はただの通りすがりですか――ら?」
声の主はもちろん翼竜のものだったのだが、そこにいたのは年齢十三歳くらいの少女だった。
純白の髪に翡翠色の瞳をした、純白のワンピース姿の少女は、それはもう男の目を引くであろう美しさだった。
しかも、あれだ……胸が大きい。だってワンピースを仕上げちゃってるもん。ロリ巨乳というやつだろうか?
これだけ見れば阿呆な奴らはとっつかまえて性奴隷にしてしまいかねない感じがあるが、彼女から放たれる威厳はいまだ健在で、正直に言うと手を付けてはいけない神様のような雰囲気すら感じさせる。
「さて、助けてくれたお前たちに何かお礼をせねばならんのだが…………」
「あの、差し支えなければあなたのお名前を聞いてもよろしいでしょうか」
「む? おお、そうか、私はまだ名乗ってもいなかったのか、これは私としたことが申し訳ない。――しかし、普通名前を尋ねるときは自分から名乗るものではないのか?」
「む、そうでしたね、失礼しました。私の名前はオ――」
俺はオーランドと言おうとして固まる。それはあるものを発見したからだ。
そのあるものとは――鏡。
この世界では鏡は高級品で、クラウド侯爵家の家には一つもなかった。まあ、それは当主であるグランド様が無駄だと言って買わなかっただけなのだが……
ともかく、そんな鏡を見てなぜ固まったかと言えば俺の顔が、白髪に、右が青と左が紫のオッドアイのイケメンさんになっていたからだ。自分でイケメンとか言うのもどうかと思うけどそうなっていたのだからしょうがないと思ってほしい。
そんな、もはや別人であろうとも思える顔を見てしまったら、俺としてはもう自分の名前を使っていいのか戸惑ってしまう。
俺が固まっているのを、不思議そうに見ていたロリ巨乳なドラゴンっ娘は、
「ふむ、ちょっとこい」
「ほえ?」
いきなり俺のことを抱きしめてきた。思わず変な声が出てしまった。
俺の頭はその少女の柔らかな果実の間に挟まれて、尚且つ頭を撫でられる。
頭が幸福と困惑と幸福で埋め尽くされて体を硬直させていると、「ふむふむ。なるほど」と少女が言って、俺を開放する。
思わず、「あ」と名残惜しいよ~と宣言するような声を出してしまうが、次の瞬間には声を出せなくなってしまった。何かに口を塞がれてしまったからだ。まあ、言うまでもなく目の前の唇で塞がれたのだが。
「ん! んんっ! んむぅっ!」
それからしばらくそれが続き、二人の間に銀の橋を架けながら離れると、俺は何が起こったのかと思って少女を見る。
少女は頬を紅潮させながら、鏡を指さす。
そこには先ほどと同じ、進化した(正確には現在も進化の途中だが)俺の顔。
しかし一点、青と紫のオッドアイだったのが、青い方の目がコバルトグリーンに変化している。
これは何だ? と思い尋ねようとすると、
「これでお前は私、神竜ユイの婚約者である……そうだな……カズトという少年になった」
と、もっとよくわからないことを言われた。
「え、えっと?」
「む。説明が足りんかったか」
そう言うと、目の前の少女は一から説明してくれた。
少女の名前はユイで、神竜という竜の中で、唯一無二の最上位の存在である。
ユイには記憶や感情をうっすらと探る能力があり、その能力で俺の過去や感情をある程度把握した。
この時、これだけひどい仕打ちを受けたにもかかわらず純粋な心を維持し続けていて、尚且つ肉体も強い、すなわち心と体が強いことに胸がキュンとなってしまったらしい。
また、俺が自分の名前について悩んでいたので、神竜である自分の婚約者の少年カズトという存在になれば、自分もこの少年と子供が産めるし、俺の名前についても解決するし一石二鳥だと思った。
「というわけなのだがダメか?」
「いや、ダメって言われても……」
俺は自分の右目、コバルトグリーンの瞳を鏡で見ながら、ため息をつく。
なんと神竜は結婚する相手としかキスしてはいけないらしく、キスしてから一年はそういうことをしてはいけないらしい。どんだけピュアな種族なんだ。
つまり、この少女は俺とキスしてしまったから、他の人と結婚できないし、子供も産めない。
しかもこの緑の瞳は神竜との婚約者の証なのでそもそも逃げられない。
もう、いろいろとツッコミどころが満載だし、展開が急すぎてついていけないが、俺は諦めて受け入れることにした。
さすがにここまでしてくれた少女に答えないのは男として恥ずかしい。
俺はどこか不安げな表情をしているユイを見て、若干のあきれを含ませつつ、しかし大半は優しさと嬉しさで出来た笑顔で答えた。
「わかった。俺はこれからユイの婚約者のカズトだ」
こうして俺は、妄想家のオークから神竜の婚約者カズトになったのだった。