妄想家のオークと夢想の神霊
「俺たちと一緒に盗賊やらないか?」
どうしてこうなった?
俺は今、洞窟の中にいる。
理由は簡単だ。盗賊に捕まったのである。こう、パッと囲まれてパパッとやられてしまった。
まあ、それはいい。いや、良くないけど、俺の実力が足りずに捕まってしまったわけだしな。盗賊相手に抵抗したけどダメだった。やはり俺は弱いな。
盗賊に襲われる時って、ラノベだと自分が理不尽な力を持ってるか、理不尽な力を持った人に助けてもらうのが定番なんだけどな。もし俺が……
…………
ふう……妄想のおかげでだいぶ落ち着いてきたな。これで目の前にいるやつの言葉が聞き間違いじゃないかわかるぞ。
「あの、もう一度行ってもらえますか?」
「おう、坊主。俺たちと一緒に盗賊をやらないか?」
ふむ、やはりよくわからん!
目の前で、実に爽やかな笑顔で「盗賊やろうぜ」と勧誘してくる、首に赤いスカーフ巻いたハゲの大男を見ながら、俺は自分の思考を落ち着かせるのに必死だった。あ、言い忘れたがここは独房のような場所だ。と言っても、牢屋に近い感じではなく、どちらかといえば安い宿の部屋みたいな感じだな。
「えと……理由は?」
「そんなのお前が強くて、なおかつ奴隷としても売れないだろうから言っている」
「奴隷として売れないんですか?」
「ああ……いや、その……あの……」
「なるほど、俺の顔が残念な感じなので売れないと」
「………………そうだ、すまん」
「謝らないで!余計虚しくなるから!」
「そ、そうだな、すまん」
謝られるのはツライよ……
「それでだ。力のある俺たちとしてはお前を殺すのは惜しいんだよ。幸い頭も良さそうだしな」
「盗賊は力と知恵の両方が必要ですからね」
「そういうことだ、わかってるじゃねえか」
盗賊のおっさんが笑顔で俺の肩をバシバシ叩く。まあ、力と知恵はどんな世界でも必要だけどね。
「今、俺たち『赤の他人』盗賊団に入れば金も女も自由に手に入るようになるぜ。お前の実力ならすぐ幹部にしてやれるからな」
盗賊団の名前がなんか随分とチームワーク悪そうだが、それはどうでもいいこととして、確かに条件は良さそうな雰囲気がある。しかしなぁ……
俺がうーんと唸っていると、ハゲがニコニコと爽やかな笑顔を保ちながら立ち上がった。
「ま、いきなり決断するのも難しいよな。普通のやつらは大抵こうなるんだし、今日はもう日も暮れる。明日の朝まで待ってやるから決断したら出てこいよな」
そう言って後ろに控えていた、同じく赤のスカーフの軍団を引き連れて部屋から出て行った。
……旅に出たと思ったら盗賊に捕まり、あまつさえ勧誘される。
ほんと、なんでこんなことになってるんだか。
==========
それからしばらくの間、俺はこの後どうすべきか考えていた。
ああ、盗賊はやらないぞ。俺は嘘をつくのが苦手だしな。それに……っとこんなことはどうでもいいから、さっさとここを抜け出すための作戦を練らないとな。
とはいえ、盗賊に襲われた時は三十人くらいに囲まれて、俺の剣技と魔法だけでは対応できなかったんだよな。俺以外にも戦える人が二人ほどいたようだけど結局ダメだったみたいだし。
しかもこの盗賊のアジトには軽く百人はいるようだし、さっきのハゲ頭は多分俺よりも強い、そもそも武器もないし、まさに絶体絶命だ。どうしたもんかなぁ。もし俺がここで進化したりできたら、一網打尽になるのに……
…………ハッ! 妄想に耽ってしまった。いかんいかんどうするか考えないと。でも……
『ふふふ、君は本当に興味深いね』
「!?」
俺が脳内で作戦を練る――もとい妄想を爆発させていると、突然目の前に一人の女性が現れた。
その女性は全身が虹色に輝いていて、目に入れても痛くないのではないかと思うほど美しく、人間とは思えなかった。
そして何より
「……浮いてる」
そう、宙に浮いているのだ。これはもうどう考えても人ではないだろうと分かる。幽霊みたいなものか?
『お、惜しいね、僕は神霊さ』
「神霊?」
『元々は今世界で崇められている九人の女神と同等の存在だったものの、意思の塊みたいなものだね』
「ふうん……じゃあ、元は何の神様だったんだ?」
俺がそう質問すると、神霊とやらがキョトンとする。ん? なんかまずったか?
『ああ、いや、なんだかあっさり信用してくれたから不思議でね』
なんだそのことか。そんなの別に大したことじゃない。だって、
「そんなのあんたが嘘ついてないってわかるからな」
『どうしてだい?』
「そりゃあ、俺の周りは嘘と建前でいっぱいだったからな」
何より俺自身もそうだったわけだし。
『そうかい? 君自身は嘘を付いているのを見たことはないような気がするけどね』
「……そうでもないさ。というか、あっさり俺の心を読んでいるやつが普通の奴なんてあり得ないでしょ。それよりもあんたは何の神様だったのさ? そっちの質問に答えたんだから、こっちの質問も答えろよ」
『ああ、そうだね。僕は夢想を司る神だったんだ。今はさしずめ夢想の神霊と言ったところかな』
「夢想……」
『そ! 夢想には様々な意味があって、そのどれもが素晴らしいんだ。単純に想像することだったり、夢や目標を定めたり、あるいは非現実的なものを想像したり……』
「そうだな」
『そして、妄想もまた、夢想の一つと言えるね』
神霊がクスクスと笑いながら俺の鼻をつつく。
ふーん……なんか俺にぴったりな神様が出てきたな。まるでマンガやラノベ、ネット小説の序盤から出てきて実は黒幕の邪神に似ているぞ。というか今あっさり俺に触れてたよな? 神霊は幽霊とかと違うのか? あ、邪神ならなんでもありかいや、邪神かどうかはわからんのだが。
『あはは!なんでもできるわけじゃないけど、確かに邪な心は抱いているかもしれないね』
「おい、何さらっと危ないこと言ってるんだよ。っていうかじゃあお前の目的はなんなのさ、何があるんだろ?」
『おや、話を聞くのかい?』
「だってこう言うのって無視できないのが普通じゃないか」
『なるほど、確かにそうだね』
神霊がまたクスクスと笑う。無視できないのは否定しないのな……
「それで、質問の答えは?」
『何をしに来たのか、だったかな? その質問の答えは簡単だよ。君に力を授けに来た』
「はあ」
『……反応薄いね』
「いや、なんでそんなことになってるのかな~と思って」
『ああ、それについて君は関係ないよ』
「む、怪しいなぁ」
『まあ、強いて君に言うことがあるとすれば、進化の系譜になってくれることを、妄想回数百万回突破の君に期待してるよってことくらいかな。――あ、あと、もう力は授けてあるから好きに使っていいよ。じゃあ、頑張って生きてね~』
「あ、おい! どういうことだよ!」
夢想の神霊とやらはそのまま消えてしまった。
力はもう授けたってどういうことだよ。
と、思った瞬間に、
――――《妄想》スキルが最大になりました。ボーナスとして妄想ポイント1000000pt獲得しました。すぐに使いますか?
脳内にこのような音声が響くのだった。
こうして、今この時、俺の妄想が現実とつながり始めるのだった。
あ、妄想回数百万回突破は、回数が多すぎてさすがに恥ずかしいのでスルーの方向でお願いします。天職の【妄想家】を否定できないな、ホント……