(前編)
10月のある日、千葉県茂原市にある九十九里学院小学校のある教室。
「…文化祭?」
鶴田信幸が森沢涼子に聞いた。
「うん。今度の土曜日と日曜日に高校で文化祭があるんだって。それで唯のお兄さんが遊びに来ないか、って言ってるんだって」
「…本当なの、唯ちゃん?」
佐々木圭亮が早乙女唯に聞いた。
「うん。ウチのお兄ちゃん、今年高校に入って初めての文化祭なんだけど、どうせ学校も休みなんだし見に来ないか、って言ってるの。それであたしが友達も誘っていいか、って聞いたらお兄ちゃんもいい、って」
「ふーん…」
「その、早乙女さんのお兄さん、って文化祭の実行委員か何かやってるんですか?」
原和美が聞いた。
「いや、別に何もやっていないんだけど、当日はどこでも案内してやる、って言ってたわ」
「私と涼子さんはもう唯さんと一緒に行くことを決めていますけれど、信幸さんたちも一緒に行きませんか?」
藤堂みこだった。
「そうよ、みこの言う通りよ。きっと楽しいわよ。ね、唯?」
「そ、あたしも高校の文化祭、って初めてだからどんなところか楽しみにしてるんだ」
「そうですね。私も楽しみです」
唯、涼子、みこの3人の少女は早くも盛り上がっているようだ。
そんな様子を横目で見ながら、
「…どうします、圭亮くん?」
和美が圭亮に聞いた。
「こりゃ断れないムードだろ。な、ノブ」
圭亮が信幸に言う。
「…まあな。でも、こういう時ってホント女の子は強いな…」
信幸がつぶやく。
「まあ、いいじゃないか。将来オレたちが入ることになる高校を見ておくのも悪くないだろ?」
「…圭亮、お前高校入れるほど頭よかったっけ?」
「大きなお世話だ!」
*
千葉県茂原市にある九十九里学院は私立、ということもあってか幼稚園から大学までそろっている学校で、九十九里学院小学校に通っている児童たちは殆どが九十九里学院中学校に進学し、さらに大多数の生徒がそのまま九十九里学院高校に入学することになる。
勿論中学校を卒業して他の学校に通う生徒もいるし、他の中学校から九十九里学院高校に入ってくる生徒もいるのだが、九十九里学院高校に通っている生徒は「小学校からの顔なじみ」というのが多いのである。
そして信幸、圭亮、唯、涼子、みこの5人は幼稚園のときから7年間同じクラスで「5人組」として学校内でも結構知られていたのだった。
そういったこともあってか、この5人の連帯感と言うのはかなりのものを持っているようで、その連帯感は今年の春、パリの日本人学校から転入してきた和美が加わり「6人組」となった今でも変わっていないようだ。
*
さて、その週の土曜日。
「私立九十九里学院高等学校」と看板がかかっている正門の上には「九十九里学院高等学校文化祭」とアーチがかかっている。
快晴の秋晴れ、ということもあってか次々と学校に来客が入っていく。
「…いやあ、こう改めてみると、すげえ学校だなあ…」
圭亮が言う。
「正門はしょっちゅう見てたけど、中には入ったことがなかったからな」
信幸が言う。
「とにかく中に入ろう」
唯に促されて6人は次々と正門をくぐって行った。
「…ねえ、唯。お兄さん、どこらあたりで待ってるの?」
涼子が唯に聞いた。
「うーん、このあたりで待っている、って聞いたんだけど」
そう言いながら辺りを見回す唯。
と、校舎の前で九十九里学院高校の制服であるブレザーを着た16、7歳の少年が腕を組んで立っていたのを見つけた。
「…あ、いたいた。お兄ちゃーん!」
そう言って手を振りながら、唯がその少年に駆け寄り、なにやら会話を交わしながら歩いてくる。
そして信幸たちの前に立ち止まる二人。
「おっ、お前たちか。唯が言ってた友達、ってのは」
「わあ…」
その少年の端正な顔つきを見て涼子とみこが思わず声を上げる。
「…早乙女一人だ、よろしく。唯がいつも世話になってるな」
「あ、は、はじめまして。森沢涼子です」
「藤堂みこです」
「…君たちは?」
そういうと一人は信幸たちのほうを見る。
「あ、鶴田信幸です」
「佐々木圭亮です」
「原和美です」
「そうか。早速だが、案内してやるから来いよ」
そう言うと一人は唯と並んで歩き出した。
その後ろをついていく信幸たち5人。
*
「…やっぱり高校はスケールが違いますね」
あちこちを見ながら和美が言う。
「スケールが違う、ってどういうことですか?」
みこが和美に聞く。
「ああ、それですか。ボクのいたパリの日本人学校でも現地の人たちに日本の文化をしてもらおうということで、年に一回似たような催しをやってたんですよ。まあ、学校の規模もありますけど、これほどのものじゃありませんでしたけどね」
「…ってことはお前か? 唯が言ってたフランスからの帰国子女、って」
一人が和美の方に向いて聞いた。
「え? ええ」
「どうだ、日本の生活には慣れたか?」
「ええ、皆さん優しいですから」
「そうか」
それだけ言うと一人はまた前を向く。
「…唯、お前も和美とか言うヤツの面倒をちゃんと見ているんだろうな?」
「ちゃんとしてるわよ。…ところでお兄ちゃん」
「何だ?」
「…ほら、美術室で何かやってるの?」
見ると「美術室」と表示がされた教室の中に次々と客が入っていく。
「…なんだろう?」
涼子が言うと、
「ああ、あれさ。いや、この間の市の展覧会で入選したこの絵が展示してるんだ」
「…そう言えば、九十九里学院高校の生徒さんが入選した、って話聞いたことがありますよ」
みこが言う。
「ねえ、お兄ちゃん。見てもいいかな?」
唯が聞く。
「お前も結構そういうのが好きなんだな。見てきていいぜ」
「涼子、みこ。行こう」
そして3人の少女は中に入っていく。
「…どうする、ノブ?」
圭亮が聞く。
「しょうがない。付き合ってやりますか」
そしてその後ろから信幸たち3人と一人が入っていく。
その絵は額に入れられ、美術室の一番目立つところに飾られていた。
「これがその入選した絵ね…」
唯がつぶやく。
その絵はよくある人物画なのだが、確かに見ているものをひきつける魅力のようなものがあった。
「ふーん、この絵、椎名が描いたのか…」
「椎名?」
唯が隣で見ていた一人に聞く。
「オレと同じクラスの女子だよ」
確かにその絵の下には「画・1年 椎名早苗」と言う名前が書かれた紙が貼られている。
さすがに感心したか、彼らがしばらくその絵を見ていると、
「あら、早乙女君。珍しいわね、こんなところに来るなんて」
髪の長い、一人と同じ九十九里学院高校の制服を着た女生徒が話しかけてきた。
「おいおい、オレだって芸術を愛する心くらい持っているぜ」
「…芸術、って早乙女君に合わない言葉ね」
眼鏡をかけた女生徒が言う。
「合わない、って…。オレのクラスのヤツから入選が出た絵なんだから、気になるじゃないかよ、やっぱり」
「…しかしまあ、早苗の絵が入選するなんて思わなかったけど」
今度はショートカットの少女が言う。
「お前らもしかしたら、自分たちを差し置いて椎名が入選したのを僻んでるのか?」
「そ、そんなこと思ってないわよ! 九十九里学院から入選が出た、ってみんな喜んでるんだから」
「ホントかなあ?」
「…まったく、どうして、こう早乙女君、って疑り深いのかしら」
眼鏡の女生徒だった。
「…そういえばその、椎名はどうしたんだ?」
一人がショートカットの少女に聞いた。
「ああ、早苗は今日は午前中抜けられない用事がある、って言ってたから午後からやってくるんじゃないの?」
「そうか。じゃ、また後で来るわ」
「折角だから早乙女君に手伝ってもらおうかな、と思ってたことがあったのに」
「わりぃ。オレ、今デート中なんでね。それじゃ」
そう言いながら一人は6人を連れて教室を出て行った。
*
「…何なの、お兄ちゃん。あの3人?」
唯が一人に聞いた。
「ああ、松竹梅トリオか」
「松竹梅?」
「ああ、美術部の中でも特に実力がある3人でさ。髪の長いのが松野、眼鏡かけてたのが竹原、ショートカットが梅沢って苗字なんだ」
「…だから松竹梅か…」
信幸が呟く。
「ああ。中学のときから美術部にいたとかで、その実力は先輩たちですら舌を巻いているくらいだからな。オレもあいつらのことは中学から知ってたけど、まあ、絵に関しては素人のオレでもあの3人の絵はよく出来ていると思うよ。ただ…」
「…ただ?」
唯が一人に聞いた。
「…あの入選した絵の作者、いるだろ?」
「うん、確か椎名早苗、だったっけ?」
「ああ。その椎名、ってのは、別の中学から九十九里学院高校に来た子なんだけどさ。最近凄く実力が上がってきてな。例の展覧会にあの松竹梅も椎名と一緒に絵を出展したんだ。で、オレたちの間でも3人のうちの誰かが入選するだろうな、と思っていたんだけど、3人を差し置いて椎名が入選してな。あの3人、口では椎名の入選を歓迎しているんだけど、最近それほど悪くなかった椎名と松竹梅の仲が悪くなってきている、って話なんだ」
「…つまり、彼女の入選に3人が嫉妬している、と」
「…そういうことになるな」
*
そしてあらかた回った後、一人は左手にしている時計を見る。
それを見て反射的に和美もポケットから携帯電話を取り出すと信幸たちがそこに集まる。11時40分を回ったところだった。
「…なんだ、もう昼近いのか」
そういうと一人はブレザーの内ポケットから財布を取り出した。
「…そこのコンビニで何か買ってくるから、正門で待ってろ。唯、一緒に来い」
「うん」
そういうと早乙女兄妹は近くのコンビニに向かっていった。
*
そして二人がコンビニで買ってきたおにぎりやパンで7人は開いているところを見つけて昼食と相成った。
「…ところで、唯から聞いたんだけど、君たちの学校の先生、Jリーグにいた須崎選手なんだって?」
「あ、はい」
「お兄さんもサッカーをやられているんですか?」
みこが聞く。
「…いや、オレはラグビー部だけどね。須崎選手のことはサッカー部の連中の間でも話題になっているんだよ。それでさ、唯から聞いたんだけど、お前たち探偵ごっこやってて、その須崎選手が追い前たちの監督者なんだって?」
「まあ、その…、先生が監督になる条件で許してもらってるんで」
「ふーん…」
そういいながら一人がおにぎりにかぶりついたそのときだった。
なにやらわいわい騒ぎながら大勢の客が学校の中に入っていった。
「…? どうしたんだ?」
「…何かあったのかしら?」
そのときだった。
「あ、いた。早乙女くん!」
ひとりの女生徒が一人たちの所に駆け寄ってきた。
「…? どうしたんだ?」
一人が聞いた。
「美術室で大変なことが起こったのよ!」
「美術室で?」
「…とにかく行ってみよう!」
信幸の声に5人が頷いた。
美術室の前には既に人だかりがしていた。
「あ、早乙女くん…」
ひとりの少女が一人に話しかけた。
「…どうしたんだ、椎名?」
どうやら、この女生徒が一人の言っていた椎名早苗のようだ。
「絵が…、あたしの描いた絵が…」
「絵がどうしたって?」
「お兄ちゃん、見て!」
唯の声にその場にいた全員が絵のほうを向く。
「これは…」
そう、正面にかけられていた椎名早苗の描いた絵のカンバスが何者かによって左上から右下にかけて大きく切り裂かれていたのだった。
(後編に続く)
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