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 記憶の流入が唐突であるなら、復帰もまた唐突であった。

 かつての誰かの記憶は衝撃的すぎた。心と意識は乱れかけ、身体が倒れかける。

 膝から崩れ落ちる身体を手をつくことで支え、頭が痛むのでマスク越しにだが手で抑える。

 呼吸を制御し、荒れていた息を整えていく。

 瘴気でできた水中という悪環境に加え、マスク越しの呼吸だが、身体が落ち着けば連動して心も収まる。逆も然りだが、辺境人にとって肉体の制御は心のソレよりも容易だ。荒れた精神を落ち着かせるならこちらの方が早い。

(――今のは、なんだったんだ一体?)

 それでも落ち着けないのは俺の心の限界だ。肉体に合わせて心を落ち着けようとも動揺が抑えきれない。マスクの奥でくぐもったような声が漏れる。

 記憶の流入、それはデーモンの元となった人物に関わるもの、であったはずだ。

 最も記憶そのものはその人物の視点ではなく、俯瞰したものであることが多かったが、全く関係がないということはない。

 しかし今回は商人の視点ではない。商人は存在したが、徹頭徹尾視点から外れていた。

 おかしい、と言えるほど俺はこのダンジョンのことを熟知しているわけではない。しかし何かが違う(・・)ということだけは理解できる。何が違うのかは上手く言えないが……。

 今までも姫や騎士が記憶に現れたことがあった。しかし今回の記憶は完全に姫と騎士の視点のものだった。

(これは、なんのための記憶なんだ? 何故俺に見せる? 俺に見せてどうしたい? それに、こいつは本当にあったことなのか? 改竄された記憶という可能性はないのか?)

 王の四騎士が姫を狙っていた? それに加えて農夫や市民が姫を狙い、商人ですら裏切っていた? だと。

 泣き虫姫の物語をガキの頃から聞かされて育った辺境人としちゃ、泣き虫姫が実際にいた姫の物語であり、その登場人物たちが実在の人物で、今じゃこの薄暗い穴蔵でデーモン化している、なんていう救いの無さにも匹敵する衝撃だった。

 それに……善神大神殿という、信仰の聖地と呼ばれていた場所で邪神が降臨していた非常事態。その裏でそんな薄暗いことを王たちがやっていたなど、とても信じられない気持ちだ。

 こうして成人した今ならば、世の中がすべて綺麗事で回っているなどという妄言を吐くつもりはない。

 それでも世の中の多くが綺麗事であって欲しいと思うのは間違いだろうか?

(――気持ちを、切り替えよう)

 苦悩は収まっていない。動揺もまた、だ。しかし今はそんな感傷に囚われている状況ではない。

(リリーのこともある。俺の感傷は捨てて先に進まないと。あの記憶については――貴重なものも見れた、ということにしよう。俺じゃどうしようもない)

 それでも真実への怒りと動揺は心の内を揺らしている。連戦の疲労と戦闘での負傷もあり、頭と気持ちの切り替えが上手くいかない。

 未だ揺れる心。王の命じたこととはいえ、姫への所業に対する怒り。自身の王国への忠誠心に呆れが出る。これは俺が骨の髄まで生粋の辺境人という証拠だろうか。

 喜ばしいが心が乱れ、このままでは探索に支障が出る。心を落ち着かせながら何か気を紛らわせるものはないかと考え、ああ、そうだと記憶の中で気になったことを思い起こす。

 商人デーモンの記憶。

 いや、姫と騎士にあったこと、というべきか。あの記憶の終盤にあった戦いについて考えを巡らせる。

(あれは、凄かったな……)

 注目すべきは姫と騎士の事実なのかもしれないが、今の俺にとって重要なのは古の騎士の技だ。

 俺の強さでは未だ到達できぬ領域。いや、凡才の俺では一生を戦いに費やしてすら辿り着けるかわからぬ位置。

 一握りの天才が環境と幸運を与えられて達する極。あれこそは神技。絶技。魔技。そういった呼称で呼ばれる技の応酬だった。

 とはいえ、羨んだり憧れるだけではいけない。俺では達することができなくても理論を持って奴らの術理を解体することはできるはずだ。

 今後を考えればそれをすべきだ。しなければならないのだと強く思う。

 今までのデーモンから考えれば、泣き虫姫の裏章の登場人物、四騎士もまたデーモン化していると考えなければならない。

(あの意思を持って飛ぶ剣。戦うとなれば厄介だろう)

 『聖刃大公(ザルカニウス)』と呼ばれた四騎士の戦い方。その攻撃は死魚や偽硬貨にも似ているが、その練度と脅威は桁違いに高い。

 今の俺ではソーマの使用を前提にしたベルセルクによる相討ち狙いでさえ通用しない。そういう類の相手だ。戦い方をここで知れたのは僥倖だった。

 初見であったなら驚愕の後に動くこともできず串刺しだっただろう。

(操剣技。ともいうべき技か……正直、今の俺ではどうやっても防げないが)

 直進するだけの死魚。柔らかく脆い偽金貨。ただ突っ込んでくるだけの死魚は防げたが意思持つように動いていた無数の偽金貨を完全に防ぐことはできていなかった。

 ならば、どうやれば俺にあの無数の業物を防ぐことができるというのか。

(理屈はわかる。マントから武器を無数に射出し、生きたように操る傀儡の術。俺にはできないが、どうやってやっているのかはわかる)

 マントに施されているのは、アザムトの盾や俺の袋と同じような収納の聖言だろう。

 剣を生きたように操るものに心当たりはないが、金貨限定とはいえ商業神の奇跡でも似たようなことができるのだ。魔術か、奇跡辺りにはそれを可能とする術が必ずあるのだと確信が持てる。

 いや、それとも剣一つ一つに聖言が施されているのだろうか? 最もあれだけの剣に聖言の付与を行うのは現実的ではない。ないが、あれはかつての大帝国の騎士たちの頂点、四騎士だ。その立ち位置なら可能かもしれなかった。

 こうして術理を紐解いてみれば、理屈は全く不明ではなかった。少しの安心を心に抱きながら、ならば破る術がある筈だと考える。格の違う強敵とはいえ、勝てない相手ではないと思わなければならない、が。

(なんてな。今の俺じゃどう考えても力不足、か……)

 あとはもう一人の騎士に関しても考えてみるが。

(あれは……どうにもならんな)

 ただ単純に強いというのがどれだけ厄介かわかるというものだ。

 それでもその強さについて先に情報を得られたのだ。少しは考えなければならない、のだが。

(つっても、あれだけ強いとな……。とりあえずなんらかの強力な加護は確実に持っているはずだ)

 あの必殺剣はそれを利用したものか? 剣自体の能力である可能性もあるが、古すぎる武装については俺もよくはわからない。単純にオーラを大量に込めて超絶的な剣技を放っただけかもしれないのだから。

(加護、加護か。持っているとは思うが、厄介だな……)

 俺が持っている龍眼、魂の同化によって使えるようになった異能だが、あれも加護の一つと言えば一つである。それと妖精の魔法。加護によるものだ。聖女様の祝福もまた加護であるし、王国に忠誠を誓うことで得ている呪いの完全無効化もまた加護といえば加護だった。

 また、あまり実際的な力を得ているわけではない加護なので省略するが神々を信仰することで得ている加護もある(ゼウレ信仰によるオーラの微増やデーモンに対する攻撃の威力上昇等。旅路に少しの幸運を与えるヘレオスの加護。他にも肉体を少し健康にするものや弱い病魔の退散など、そういうものも持っている)。

 俺でさえ4つ以上も持っているのだ。あの異常な強さの騎士が持っていないはずはないのだが。

(どうにもならんな……)

 そう、どうにもならない。加護を封じることは必要だろうが、封じたところで俺の強さがあの戦士に勝らない限り勝てることはない。

 俺に龍眼がなくとも大陸騎士の10人や20人を軽く倒せるのと同じことだ。あの無双の騎士は加護がなくとも俺の10人や20人軽く相手にできてしまう力を持っている。

 強敵を想えば少しの戦意が湧いてくる。先の動揺は完全とはいかないが払拭されていた。

(ああ、落ち着いた。――さて、デーモンが落とした品でも拾うか)

 そうしてデーモンが消えていった位置、水流に流されること無く浮いている品を手に取る。

 ソーマと黒のポーンの駒。それと馬の紋章、か?

(紋章か。特殊な効果があるんだろうが、武器ならなんとなくわかっても、指輪や特殊過ぎる道具に関しては本当にお手上げだな……)

 相変わらず鑑定ができない以上、何が起こるかわからない道具に関しては使うことは躊躇われた。

(道具に関しては後だ。それよりも。あった)

 道具を回収した後、周囲を見回し、目立たない位置で見つけた鍵を手に取る。

 これは、(えら)か? 魚の鰓の絵が書かれた鍵を見て、マスクの中で小さく唸る。とはいえデーモンどもの趣味については何も言うまい。

 とにかくこれで先に進めるのだ。

 ……本当に、進むべきか一瞬迷い、いや、もう進むと決めたのだと俺は来た道を戻っていくのだった。

 肉体の疲労が限界に達していることや、鎧の各所にひび割れたようなへこみがあることなど無視をして。

 その先に本当にリリーの欲する道具があるのかも確証も得ていないままに。


 そうして俺は塔の五階へと達する。




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