087
きぃん、と何百枚目かわからない偽物の硬貨を斬り捨てる。
(もうちっと頼むぜ。英霊さんたちよぉ)
振るう炎剣の柄の握りながら剣に宿る戦士達に願う。
現在の炎剣の増大はリスクのある状態だ。もちろん俺が異常に疲れることも問題ではあるのだが、オーラの過剰出力は炎剣といえど、刀身に相応の負荷がかかる。炎剣は元々造りがしっかりとしており、素材がきちんとしたドワーフ鋼であるから目立たないが、もしショーテルのような薄い剣であれば今頃刀身がへたれていても不思議ではなかった。
(最も、ショーテルでこんな無茶はしないがな。ったく、この戦い以前から酷使してきたことを考えたら、炎剣は今すぐにでもドワーフの爺さんのところで整備してやりたいぐらいだが。――すまんな)
戦いが終わっても、更に戦いは続く。これが終わっても次の戦いがある。
思考をしながら次々と襲来する偽硬貨を叩き斬る。飛来する硬貨という珍事には慣れてきたものの、やはり量が多く捌き切れない。音を立てて偽硬貨が鎧にぶち当たることに閉口しながら意識を切り替えていく。
(集中が緩んでたか。少し喰らいすぎている。今の戦いを軽視して、未来の戦いを思い描くのは不純、ってんなら頼むぜ炎剣。まずはこの戦いを乗り切る!!)
俺の想いに応えるように刃を覆う炎が鼓動するように燃え盛る。
英霊達の助力に感謝の念を抱きながら、商業神の奇跡にて加速と追尾を与えられた偽物の硬貨を叩き斬る。息を小さく吐きながら斬り裂いた偽硬貨の数を思い出そうとして首を振った。
(どれだけ斬ったのか。どれだけ斬れば良いのか)
全くわからん! わからん、わからんが、続けていればいずれ終わるのだと信じるのみだ。始めたならやりきることが肝要。
「ふぅぅぅぅッ。はぁッ!!」
マスクの中で小さく息を吸い、一気に吐く。両手に握った炎剣は揺るぎない。良い道具はどんなときでも良い道具だ。間断なく迫る偽硬貨を斬れるだけ斬りながらこれだけの物を与えてくれた爺さんへの感謝を深くする。
それでも全てを弾くことはできない。
斬り損なった偽硬貨がガツンガツンと鎧に衝突し、俺の肉体に鎧越しに衝撃を与えてくる。それは一撃一撃は耐えられるほどであっても、積み重なっていけばいずれ俺を歩けないほどに疲弊させる一撃だ。
(まだ大丈夫だが……いつまで保つ? いつまで戦える?)
壁を背にしたことで背後への危機を忘れることができたが、奇襲がなくなっただけに、正面から来る偽硬貨はそれだけ増している。それに背後からの攻撃がなくなったとはいえ、左右上方からは相変わらず攻撃はやってくる。
等価交換による重圧。それも問題だ。偽硬貨を捌き切れない要因の多くは疲労よりもそちらの方が大きい。
(今の俺の体力の残りは4、5割ってところか?)
こんなことなら体力増強の水薬を飲んでおけばよかったと後悔しつつ、ここまで来たなら今できることを全力でやるしかない。上方で泳ぎながら偽硬貨の追加を行っている商人の石像を見上げれば、ちょうど追加の偽硬貨を生み出しているところであった。
(あれも殺しきれない俺に苛立ってるのか? それとも石像らしく何も考えてないのか?)
ほっほー、と嗤うデーモン。邪悪の思考を読み取ることは善を根本として作られた人類には困難なことだが、人工物のデーモンの思考を推察することは、その中でも最も難しい。
石像の考えを理解できるのは石像ぐらいだからな。それが狂った石像ともなれば最早理外の理だ。
最も、奴の思考が俺の理解の外であろうとも、それがデーモンであることに変わりはない。ならば傾向から奴の状態を類推することはできる。
悠々と泳ぎながら俺を見下ろす奴に張り付いた表情は喜悦。そこに疲労の気配は微塵も伺えないが、消費している瘴気の量を考えれば、その余裕は見せかけだけ、の筈だ。
(俺が苦しいということは、奴もまた苦しい筈)
筈。筈。筈。未来の見えぬ現状。その筈を信じるしかない。
俺は……。俺も……。未熟であることは変わらないが、俺はその程度には強くなった、筈。
苦笑。
自分ぐらい騙しきれずに何が戦士か。それに『騙す』ではない。戦っている俺が俺に断言する。そうである、と。
(戦士であるなら自らの判断を最良とせよ。選んだならその選択に全力を尽くせ。嘘でもなんでもいい、信じたなら、それがその場の真実だ)
故に、俺は必ず奴を殺せると自らに誓いながら迫る偽の硬貨を叩き斬る。
(おう! 目の前に獲物が大量にある!! 全部斬ってきゃそれで勝てる!! それだけの話だ!! それだけの話だろう? なぁ! 俺!!)
何を俺は難しく考えようとしているのか。
辺境の戦士の理を思い出せ。戦士とは単純であるべきだと。
敵を斬れ、斬れなければ死ね。敵を倒せ、倒せなければ死ね。死ぬなら前のめりに死ね。やれるだけやって死ね。後悔なきように死ね。
故に、死ぬように、今を全力で生きろ。
「は、ははッ!!」
マスクの中で小さく笑いが漏れる。重々しい瘴気に包まれながら、心に爽やかな気風が吹き始める。
炎剣に力を注ぎながら無心になって迫る偽硬貨を叩き斬る。身体に重さはある。それでも俺はここに至って一種の境地へと達していた。心中の疑問やリリーへの心配がどこかへいっていた。どこにいったのかは知らない。今俺の目の前にあるのは敵だけで、頭の中もそれだけになっていた。
――単純であることはそれだけで強い。
そうして、全く揺るがない俺に苛立ったのか。何回目かもわからない偽硬貨の波を破壊しきった後にやってきた終焉。
今までのがまるで小手調べに見える。商人石像の渾身が放つ、大量の偽硬貨の津波だ。
危機感に背筋が泡立つ。泡立ち、それでも俺はマスクの中で不敵に嗤う。
(ははッ、奴も全力か)
しかし俺が剣しか使ってないから忘れてやいないだろうな? 俺には剣以外にも手があることを。
(『赤壁』ッッ!!)
俺を飲み込むように襲いかかる偽硬貨に炎の魔術を叩き込む。炎の魔術は水中であるなら威力は下がるが、偽物の硬貨から硬貨としての役割を削ぎ落とす程度には威力もある。
(……一息だけつける、か? いや、この感覚は――)
常ならば、赤壁が減らした偽硬貨を少しの休息を挟みながら潰していた。奴の最大の攻撃を破ったなら奴も相応に消耗する。そうしていつになるかわからない戦いをまだまだ続けようと心中を休めていた筈だ。
だが、俺は何者かに命じられるようにして剣に力を込めていた。いや、そうではない。命じていたのは俺だ。
俺の身体が、俺の意思に命じていた。奴を倒すなら今だと。
――戦士なら『進め』と。『追い打て』と。
そして俺はそのまま炎の壁に向かって突き進む。
俺が放った魔術とはいえ、俺に対して牙を剥かないわけではない。むしろ逆だ。魔術に対する耐性のない俺の身体を、俺を飲み込んだヤマの炎は容赦なく焼き尽くそうとする。
それでも。
それでもこの窮地を突破するにはそれしかないのだと。俺の身体が感覚として俺に教えてくれる。
大量の偽硬貨を溶かし尽くす赤壁。身体を燃やされながらもぐっと、足を進めていく。そして壁を超えた先、そこには抱えた金貨袋より追撃の偽硬貨を生み出そうとする商人の石像が見える。
(『赤壁』の先に俺がいると、油断してやがる、なぁッ!!)
デーモンとはいえ、まさか敵が自らを焼きながら突き進んでくるとは思うまい。
そしてデーモンの身体は隙だらけであった。奴にも余分な瘴気はないのだ。俺の身体が赤壁で隠れたことにより逃げる為の噴出を止め、ただ偽硬貨を生み出すことに集中していた。
『ここだ』と俺の身体は好機を教えてくれる。
『ここだ』と俺の意思が身体に奴への攻撃を命じ始める。
奴からの攻撃を警戒する必要はない。未だ身を焼く炎。焼き切れない俺に牙を剥く大量の偽硬貨。そして赤壁より俺が打って出る筈がない、という油断が俺の身体を隠してくれていた。
そして――
――俺は『龍眼』の発動と共に、炎剣の投擲を行っていた。
『……アぁ?……』
自らの腹から生えた炎剣を不思議そうに見る商人の石像。しかし一撃は一撃だ。致命の一撃により奴の集中が途切れた為に、宙に浮いていた偽硬貨が水底へと沈んでいく中、俺は、等価交換の呪いで重い体を引きずりながら踏み込みと共に追撃のメイスをぶん投げていた。
ほっほー、と嘲りを止めないデーモン。メイスの投擲を回避するも商人の石像は弱所への攻撃でふらついている。
(その弱々しい動き! やはり、消耗していたか!!)
当然のように避けられたメイスだが、あれは囮である。本命は別にあった。
突き立った炎剣、投げられたメイス。石像はそれらに意識を奪われていた。奴は隙だらけであった。そんな『好機』を俺の身体は逃さない。
(だから、攻めるのは、俺だ!!)
――奴の弱所には、今、黒き矢が深く深くと突き立っている。
『ギッ!?』
石像の驚愕が俺に向けられる。大量の偽硬貨をぶつけられていたが為にボロボロの鉄鎧に身を包んだ俺が構えているのは、この窮地においてなお温存していた黒の狩人の弓。
(ただ撃ちこむだけなら黒弓でもクロスボウの二の舞いだがなぁ! 瘴気を吐き出させるだけ吐き出させ、『龍眼』で弱所が見えてる今なら!!)
一撃は突き立った。しかし俺は油断をしないし、このような好機に指を咥えて見ているだけなど有り得ない。
既に二の矢は番えている。
黒弓は相当な強弓である。故に、弓が発するには少しばかり大仰な音を立てて矢の追撃が商人を追い打つ。疲労による消耗は隠し切れないほどに俺を蝕んでいるが、それでもここが正念場だった。
重い腕を全力で動かし、次の矢を番え、放つ。
(おぉおおお! おぉおおおおおおお!!)
全力で矢を放っていく。俺の気迫に商人の石像は偽金貨の発動すらできずに逃げ惑う。
だが俺は逃さない。一度でも辺境の戦士を攻勢に回してしまったなら、それはデーモンの終わりを意味するのだと奴の魂に刻み込んでやる!
一撃一撃に必殺の気迫を込めて、奴を針鼠にしてやる!!
『……ほっほー……ほっほっほー……』
(はぁッ、はぁッ、はぁッッッ)
マスクの中で荒い呼吸を繰り返す俺の前で、ゆるゆると弱所に矢を叩きこまれ続けていた商人の石像がゆっくりと水底にいる俺へと沈んでいく。
その身体を構成する瘴気がぼろぼろと組成を崩れさせていき、泡のように石像が壊れていく。
それでも、俺を苦戦させたデーモンの大物は、まるで予言するかのように不吉な文言を残そうとする。
『ほっほー。戦士よ。唄うように君は絶望するだろう。果たして、魂蝕む毒花は――』
「黙れ」
オーラを込めた矢によって構成の崩れきっていた頭部を完全に破砕する。
デーモンの言葉など、まともに聞くに値しない。あれらの放つ言葉に意味などない。人を苛み、惑わすのが奴らの本質である。
それでも、何を言おうとしていたのか。
あの言葉の続きは……。
(惑わされるな。デーモンの言葉に意味など無い)
首を振る。疲労が俺の精神を弱らせている。こんなことでは――
――そして記憶が俺へと流れこむ。




