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「おらァッ! こいつで! どうだッ!!」

『ウゴ――ゴォオオォォ――!!』

 自身に死貝をまとわりつかせた農夫の石像(デーモン)がメイスの一撃で、バラバラと砕け散っていく。

 石像に張り付いた死貝がこれ以上やらせるかと水の魔術で応戦するも、俺は床を蹴り、滑るようにして石像の内側に入り込むことで回避する。そしてオーラを込めたメイスで連打連打連打。

 石には斬撃よりも打撃が効く。俺が炎剣ではなくメイスを振るっている理由だ。

 更に言えば少ない魔力を使って『龍眼』を発動している。事前にいくらか打撃を与えていたこともあり、奴の弱所は丸見えだった。

「これで! 終わりだッ!!」

 弱所(ウィークポイント)に向かって振りぬかれるメイス。

 石が擦れるような断末魔の叫びを上げ、消滅していく石像(デーモン)。しかし農夫の石像と張り付いていた死貝は別々のデーモンである。

 死貝たちは石像が消滅してなお、未だ残っている。

「ちッ。面倒な」

 宙に散らばった死貝達。奴らは貝の隙間より、子供のラクガキにも似た人のような顔を俺に向けてくる。

 そこに含まれるのは生者に対する恨みの籠もった視線。なぜ貴様は生きているのだという呪詛。大陸人ならそれだけで死にかねない呪視。

 俺はデーモンの恨み言など恐れない。恐れるのは奴らの使う水の魔術である。

「最後までやってやるさッ!!」

 結界を展開している騎士盾は魔術に対する防御効果が高い。しかし相手は大量の死貝だ。奴らが群れで使う水の魔術を盾一枚で防ぎきることはできない。実際にこの石像のデーモンと戦いでは、死貝どもの魔術が俺に苦戦を強いたのだ。

 ドワーフ鋼は剣や打撃には強いものの、魔術に対する耐性は並だ。防ぎたいなら相応の神秘を付与しなければならない。

「とはいえ――」

 石像を倒すに辺り死貝には散々痛い目に合わされたせいで対処法は熟知していた。

 死貝が魔術の動作に入った瞬間、俺は懐より取り出した音響手榴弾を宙に投げる。

 奴らから距離を取るように床を蹴る。するりと、水に流されるように死貝から離れる。

 耳を塞ぎ口を開ける。

 ヴァンに教わった、音響手榴弾で自爆しない為の方法だ。

 音響手榴弾を投げた位置から、数秒もせずにキィィィィィン、と脳や骨に伝わる甲高い音が響く。

 水のような瘴気を手榴弾の発した音が波のように伝わっていく。同時に魔術の用意に入っていた死貝共の動きが停止した。至近距離で発生した凄まじい音で一時的に気絶したのだ。

()ッ――!!」

 無論デーモンである奴らの気絶はそう長く保たない。俺はすかさず接近するとメイスで全てを叩き殺していった。

「ふぅ、こんな、もんか」

 これだけ多量のデーモンを一度に相手をすれば俺といえど流石に疲労する。

 それに、と俺は視線を農夫の石像(デーモン)のいた位置に向けた。

 そこに転がるのは兵士(ポーン)の駒。今倒したのはボスデーモンだったのだ。

「それで、あとは恒例の、だな」

 近づき、拾い上げ――


 ――見知らぬ誰かの生前(きおく)が流入する。


 ――「分かりました。殿下」農夫が伏している。彼の頭の上には粗末な木の椅子に座った痩せた男がいる。痩せた彼は頼むというように農夫に頭を下げた。「全てはあの娘の為なのだ。兄上は繁栄に目が眩んでいる。人には手を出してはならぬ領域がある。如何な大賢者や聖者の助力があろうともこの試みは失敗する。……お主も事が終わったなら逃げよ」「いえ、このような事態ともなれば辺境の民として逃げられませぬ。それに、そもそもこれが成功したその時、私は生きてはいないでしょう」「……そうか。そうだな。すまないと思っている。だが最早頼れるのはそなたらしかおらぬのだ」「構いませぬ。殿下。その御心だけで我らには十分なのです」


 ――記憶は終わる。


「あれが、農夫……なのか?」

 エリザの物語での農夫の役割はエリザに辺境の食について教えることだ。

 今も昔もそうだが、民は裕福ではない。

 常に辺境はデーモンとの戦いに人、武具、食糧を取られ続けている。俺たち辺境人は苦境に慣れ親しみ、また丈夫なおかげで税が重くとも苛烈と感じる程ではないが。やはり苦しいことは苦しいのだ。

 そんな民の生活をエリザに教えるのがエリザの物語に出てくる農夫だ。

 農夫の言葉を聞いたエリザは、国は民あってこそのものだと。王族は民を慈しむものだと。神殿で教えられた統べるものの心得に実感を得る。

 同時に、民がどれだけの忠誠を王家に捧げているのかを知るのだ。

 俺は農夫だ。

 そして俺は辺境人だ。神や王家に仕えられる誇りは常に胸にある。

 農夫の物語は、そんな俺達農夫にとって大いに共感を与えてくれるものだった。

 その農夫の物語。いや、農夫(・・)という男が行っていたこと。

「……ここを探索すればわかるようになるのか?」

 一人一人の役割は小さくとも、辺境の食を支えているのは農夫だ。そんな農夫に殿下と呼ばれた王族が与えた使命。俺は同じ農夫の立場だからこそ知りたくなってしまった。

 幼い時から農夫の話を聞かされ、俺は、俺たちはその物語を誇りとしてきたのだ。その人の本当を知らなくとも、共感が俺にはある。

 故に、そこまで大きくなかった過去への興味。それが胸の内より湧き上がってくる。

「この場所で何があったんだろうな……わかるものなら、知ってみたいが」

 意識を切り替えるために少しだけ息を吐く。思いふけっている時間はあまりない。俺にはやるべきことがある。

 俺は石像のデーモンが残した短刀、ソーマ、チェスの駒、死貝の落としたギュリシアを拾い、一息吐く。

「聖域が作れる程度に場は浄化されているが、この場に聖域は作らなくてもいいだろう」

 探索は終え、ボスも倒した。この階に最早用はない。

 ここに到達する前に、いくつかの道具を長櫃から手に入れた。杖に薬、指輪だ。この先の探索に役に立つのかはわからないが猫の鑑定で効果はわかるだろう。

 それと……。

 石像がいた場所の傍。石壁にかかっていた鱗の装飾の成された鍵を手に取り、ほっと息を吐く。

 この階の探索目的はこれで達成できた。

「戻るか……どうするか……」

 聖女様の肋骨を使うべきか迷う。このまま三階に向かうか、一度猫の元に戻るか。

 体調は悪くない。ボスデーモンを倒すに当たって傷は負ったが、盾と鎧の効果もあり負傷は重くない。薬を使い、十分な休息をとれば癒せる程度のものだ。

 最善は、猫の元に戻り、道具を鑑定し、鎧などを修繕し、休息を取る。

(この戦いは急ぎではない。むしろ拙速が原因で俺が死んでしまっては元も子もない)

 休息も道具の鑑定も重要だ。当たり前に行わなければならないことだ。

 迷うことではない。

 しかし、俺は考える。

 戻るか。探索を続けるかを。

(戻るべきだな……指輪や短刀の効果が判明すればそれが俺の戦いにどの程度有利なものかわかるだろう。上手く使えれば俺の負傷も少なくなるかもしれない。それに、少し音響手榴弾を使いすぎた。補給が必要だ)

 袋より取り出した聖女様の肋骨を握りしめ、猫のいる聖域を思い描こうとして俺は、だが、と思い直す。

 悩んでいることは別のことだ。

(それでいいのか?)

 戻り、装備を直し、傷が治るまで休息し、そして次の階に向かうのと。

 このまま次の階に向かうこと。

 どちらが早いかといえば、このまま次の階に向かうことだ。

 思い出すのは、俺の恩人の姿だ。

(リリー。あいつはあとどれだけ保つ?)

 棚上げしていた無力感が今更俺の身体を縛る。堪え切れぬ焦燥感が湧いてくる。

(今俺が戻ったとして……)

 戻って、その一日や二日の差があの女騎士の命運を分けるのなら……。

(リリー……)

 俺は首を小さく振ると握りしめていた聖女様の肋骨に祈りを捧げる。

(聖女様。俺の戦いに幸運を……どうか……)

 どうか、リリーの望むものが俺の旅の先にありますようにと。

「戻るのはやめだ。このまま進むぞ」

 オーラは十全とはいかない。魔力も減っている。

 それでも、戦意だけは十分に漲っていた。



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