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 炎剣に貫かれたファンガスが消滅していく。

 泥仕合めいた殴り合いは身体に相応の負担を掛けた。疲労と負傷によるふらつき。口中に満ちる毒と血の味。

 だが敵を倒したならばそれらは勲章だ。疲労はあるが、全ては勝利と混ざり合い、心地よい疲れに変わっていく。

 憤怒はあるが、こうして原因を倒したなら、あとは彼らの魂に救いがあることを祈るしかできない。

 全ては終わったのだ。さぁ、毒沼から出ようと足を動かし、少しの揺れをその場に感じる。

「ファンガスは倒したが、まだ何かあるのか?」

 不審からその場に留まっていると、ずずずと毒沼が引いていく。警戒する俺の目の前で、沼の水がファンガスがいた場所へと流れていく。

 腰まである沼の水。その水位が徐々に下がっていく。

「あれは、穴か? おいおい、かなりでかいぞ」

 それに近い。俺はファンガスの目と鼻の先にいたのだ。流されないように慌ててその場から逃げ出す。

 どうにもあの巨体のデーモンが栓となり、ここに水を貯めこむ原因となっていたらしい。

「む、ギュリシアが……」

 毒沼のギュリシアなど別に拾うつもりもなかったが、沼の水と一緒に、倒した大量の小キノコが落としたギュリシアも一緒に流されていく。

 キノコ退治に使い、沼に落ちた矢も流されていく。矢については毒沼に長時間浸かってしまったことで篦が腐っており回収はできても再利用は不可能だから気にする必要はないのだが、貧乏性だ。流れていくと気にはなる。

「あの穴もどこかに通じているのか?」

 答えはない。流石に水と一緒に穴へと落ちる勇気はない。

 穴から大きく距離を取った俺は、ようやく口の中が気持ち悪いことに気づく。

 戦いで出た血や毒もあるが、噛み砕きすぎた解毒薬がこびりついているのだ。

 飲料水は貴重な為あまり使いたくないが、不快さはどうしようもない。

「うへ、口の中が解毒薬の味だな」

 俺は水の瓶を取り出すと口中をゆすぎ、薬も含めた汚れを一度全て吐き出す。

 念のため、新しい解毒薬を取り出し飲んでおく。

 この毒に塗れた空気のせいでしばらくすれば体内に毒は溜まるが、戦いの後は緊張の糸が切れやすくなる。戦士の常として、少しでも身体は万全にしておくべきだろう。

「……何かあるといいんだが」

 そうこうしている内に大半の水が流れきり、沼地の底が顕になる。

 激情でファンガスは倒したが、何か欲しいというのは切実な願いだった。このままでは矢の料金すら回収できない。

 沼地に落ちたギュリシアは大半が穴に流れてしまったため、あれだけキノコどもを倒しても結局戦利品は得られていないのだ。拾えるのは、小道まで誘い出したデカキノコ分だけだ。

「む……なんだあれは?」

 汚らしい沼が流れきり全景が見えるようになった此処。周囲を見渡して俺は首を傾げた。ファンガスがいた場所にはそれなりに巨大な穴がぽっかりと開いているのだが、その縁に緑色の小さな光が見えるのだ。

 俺は周囲を警戒しつつも、じりじりと小さな光に近づき、ほう、珍しいものを見たという気分になる。

「妖精か」

 聞くには聞いたがこれも初めて見るものだった。

「しかし、こいつはファンガスに捕らわれていた、のか?」

 妖精の肉体は物理的な面以外にも魔力的な面で構成されていると聞く。そういうこともあるかもしれない。デーモンという瘴気で作られた存在が、そういったものを取り込み力の源とするのは稀に聞く話だ。

 ふわふわとした緑の光。魔力を正確に捉えられる魔術師などならこの妖精の真実の姿も見えようが、俺にはただの光にしか見えない。

 それでもいる(・・)のだが。いるということはわかってもその存在は俺にははっきりとはわからなかった。

 ただ、俺が近づくとその妖精はふわふわと俺の周囲を漂い。何かをしたのか、指先がちり、と熱くなる。

「――ッ」

 驚く俺の前で妖精は小さくなり消えていく。あるべき世界に還ったのか。力を失い消滅したのか。深淵なる魔道には触れていない俺には、どうにもその区別が付かなかった。



 動揺を静めるには少しの時間が必要だった。

 妖精が何かをしたらしき右手の人差し指。その爪の先にはよくわからない文字が刻まれている。恐らくは妖精の文字だろう。それは神聖文字とは別の形をしていた。

「で、これか?」

 指先に魔力を流す。オーラでは意味がなく、魔力を流すとそれは反応をする。魔力に反応し、指先に小さく光が灯るのだ。その上、その光を地面に向けて放出すると光の当たった地面でケラケラと虫が鳴くような音が響く。

「すまん。これに何の意味があるんだ?」

 去った妖精に向けて言うも当然ながら反応はない。

 理解ができない。妖精は無邪気で無慈悲で悪とは言えないが善とも言い難い幻想に属する生物なので、奴らのすることに意味を求めてはならないとは聞くが、これはどうにもよくわからなかった。

「まぁいい。お前らも無事だったならどうか安らかであれ」

 いずれ意味もわかるかもしれない。諦めた俺は、去っていった妖精たちに向けて奴らの無事を祈り、改めて周囲を見渡した。

 水の抜けきった沼の底。あちらこちらに不気味な毒虫らしきものなどが這っていたり、ヘドロ染みたものが地面に溜まっていたりするが、ここはただの沼の底だ。

 水がちょろちょろとファンガスのいた底の見えない穴に向かって流れていっている。

「こんなものか……」

 所詮寄り道なのかもしれない。

 本当にこれ以上は何もない。

 俺は周囲に散らばっている、穴へは落ちなかったギュリシアを拾い集め、沼の隅に沈んでいたらしき長櫃から誓言の刻まれた工具といくつかの水薬を回収すると元の道を戻っていくのだった。



「リリー! リリーじゃないか!!」

 沼の近くは瘴気が濃く、肋骨を使うにももう少し環境が良い方が良いかと道を戻っていき結局広場まで歩いてしまったところ、広場の片隅に見覚えある鎧姿を発見した俺は大きく声を上げた。

「……ぅ……ぁ……」

 返答はない。

 倒木に腰掛けた鎧姿の女騎士。彼女は火の着いた薪の前で、手のつけられていない食事の前で小さく唸っている。

 相も変わらず顔すら見えない鎧姿の彼女。

 いつもの明快な声は帰ってこない。近づき反応を見てみるが唸るだけで俺に気づいているのかも怪しい。

(眠っているのか? ……それとも……)

 もう、終わって(・・・・)いるのか? そんな可能性に心が寒くなりながら鎧に手を触れようとし、その鎧から微かにデーモンの気配を感じ、俺は手を開き、閉じ、迷う。

 辺境人の俺では、デーモンの気配を感じる彼女を反射的に殺しかねない。

 俺の意識の問題ではない。デーモンは殺す。辺境人の常識だった。肉体にそれが染み付いている俺は、反射的に拳を放たないように気をつけるのが精一杯だ。

 今のリリーに俺が直に接しては危険に過ぎる。

 仕方なく、少しの距離を取り声だけを掛ける。

「リリー。起きているか? 俺だ。キースだ」

「……ぁ……ぅ……」

 ゆらゆらと鎧は揺れている。まだ死んではいない。まだ人の心を保っている。まだ。まだ。全てはまだ(・・)だ。


 ――本当は、猶予などないのかもしれない。


 間に合っている内にリリーを終わらせてやるべきか迷いつつ、彼女の傍らの鎧櫃を開き、減っている道具を補充してやる。

 信じると決めたなら、信じ切りたいが……。

「……父様……会いたい……父様……」

「リリー?」

 意味のあるリリーの声に振り返る。起きたのかとも思ったが違うようだ。曖昧な意識から生じた寝言のようなものだろう。

「……地上に……帰って……妹に……」

 未だ彼女が人であることに喜びを感じながらも、何もしてやれない俺に、ずきずきと心が痛む。

 命の恩人が苦しんでいる。どうにもできない無力感。

 聞かなかったことにしたかった。それでも聞いてしまったなら考えずにはいられない。

(どうにかしてやれればいいんだが……)

 猫から新しく探索道具を勧められ、思わず買ってしまったものを俺は地面に置いた。

 それなりに高価で、他に探索道具を買えなくとも、リリーには必要だろうと買ったものだ。

 会えたら渡そうと思っていたそれ。地面に置き、中身を入れて火を灯す。

 それはデーモン化の進行を抑える香炉だ。

 奇妙な匂いが辺りに満ちた。

「……もう一度太陽を……あの、眩しい……暖かい……光を……」

 リリーのうわ言は続く。

 今の俺にはどうにもしてやれない。リリーから逃げるように、俺は聖女様の肋骨を握り、地上へと戻るのだった。


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