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「貴殿どうしたんだ? 随分とボロボロだが」

 あの青い塔から逃げ出した後、大神殿前の広場で傷の治療を行っていると、神殿から出てきたエリエリーズと遭遇した。

 別行動なのかヴァンはいない。

 調査の内容でも書いているのか、エリエリーズは手元の手記に何か書き記しながら俺の傍に腰を下ろした。

「そのような傷を負う相手がいたのか? デーモンのボスとでも戦ったか?」

「いや、階層の雑魚相手だ」

 雑魚である。魚だけに。

 そんな冗句は俺だけしか意味がわからないのでエリエリーズは首を傾げるだけだ。

 少しの間、無言で治療をする。

 あの横合いからの攻撃。俺の体に刺さった死魚は多かった。多くは鎧で攻撃を抑えられたが、それでも革鎧だ。貫通した傷が多い。

 抉られた部分は未だ血が出ていた為、血止めと消毒液を振り掛け、包帯でしっかりと縛っておく。死魚は俺の肉を抉りながら食っていたのか、だいぶ歪に肉が削られている。

 内臓じゃなくて助かったな。肉を抉られただけなら肉でも食っておけばそのうち治る。

 炎のロングソードの刃の上に置き、炙っていた分厚い干し肉を少し齧りながら薬箱を漁る。うむ、美味い。

 鎮痛剤はいらないか。造血剤の丸薬だけを鷲掴むとワインで腹に流し込み、手記を書きながら俺の治療を見ていたエリエリーズに先の階層であったことを伝えてみる。

 ここは長寿のエルフの知恵に頼ってみるのもいいだろう。死魚の領域で死魚と戦う方法など俺には皆目見当もつかないからな。

「――というわけなんだが。それで、どうすればいいと思う? 正直、俺にはどうにもわからん」

 踏みとどまれない足場。上下の感覚のおかしさ。現れるデーモンへの対処速度。問題は多い。

 領域に関しては、慣れればもう少し上手く戦えるかもしれないが、あそこは多少戦えるようになったからといってどうにかなるようなものにも思えない。

 決定的な何かが必要なのだろう。それが何かはわからないが。

 そんな俺の悩みにエリエリーズはふむと頷いた。

「水のような瘴気と死魚の群れか。私ならばどうにもできようが、貴殿は魔力がそれほど高くないからな」

 自慢か? 言うじゃないか。少々気分を害しながら睨みつけると、すまないと手を振られる。

「嫌味ではない。歴然とした事実だ。我が炎は自由自在に空間を焼く。それは踏ん張りが効かぬ瘴気の中であろうと、突然現れるデーモン相手だろうと変わらぬ。その術を貴殿に伝えることは容易いだろうが、魔術師ではない貴殿にはそれを扱いきれまい」

 言われればその通りである。俺が一度に使えるのはヤマの炎が3発程度か? いや、狩人との戦いで成長はしている。もう少し魔力の容量も増えているだろう。

 しかしそれは多少でしかないのだ。魔力の高いエルフの、更に攻撃的な魔術に特化したエリエリーズの戦い方は俺にはできない。

「ふーむ。ううむ」

「なんだよ」

「そうだな。一つ魔術を伝授してやろう。ヤマの指輪を出すがいい」

 おう、と頷いて指輪を渡せばエリエリーズは「刻印を刻むのに少し時が必要になる。終わるまでダンジョン探索でもしていたまえ。指輪は加工が終わったらミー=ア=キャットに預けておく」といい、何やら工具を取り出して作業を行いだした。

 ミー=ア=キャット。糞猫さんのことか。

 作業を行い始めたエリエリーズからは視線を反らし、手持ち無沙汰になった俺はロングソードで炙っていた干し肉を手早く腹に収めた。

 傷の治療は終わったが、今できることは他にあるだろうか? 全てが全てエリエリーズ頼みというのも情けない。

(装備の更新は……いや無理か)

 革鎧で限界なら、鉄鎧でも買おうとも思ったが手持ちのギュリシアは心許ない。

 死魚からギュリシアを少しばかり手に入れはしたが、滞在できた時間が短くそこまで稼げてもいないのだ。

「ううむ。少し稼いでみるか。気になる場所もあったしな」

 やれることはまだある。ここは聖域で行きたい場所も聖域だ。俺は懐より聖女様の骨を取り出すと、その場所を思い描いた。

 呪文を唱えることはない。俺は骨から伝わる暖かさに導かれるままに転移を行った。



「おおう。べ、便利だな」

 この聖女様の肋骨。聖域限定だが思い描いた好きな場所に転移できるというのは凄まじい道具だと思う。

 狩人を倒した広場に転移した俺は炎のロングソードと結界のナイトシールドを手に持ち、そこから歩き出す。鎧はハードレザーアーマーだ。

 病耐性の指輪はつけているが、毒に対する装備はない。月狼の装備は修復中だしな。

 最も森の中を歩くだけなら然程困難ではないということはわかっているし、解毒薬も補充してある。毒に対しては蓄積した毒が発露した時に丸薬を飲めばいいだろう。

「さて、こちらの道を進めばよかったはずだが」

 広場から封印されている都市の方角に向けて歩きはじめる。目的地はもう少し先だ。

 道なりに進んでいけば、俺が地上に戻っている間に復活していたのか、兵士姿のデーモンが襲ってくるのでそいつらを出会った端から次々と炎の刃で切り伏せていく。

 聖言による浄化の炎はオーラを込めずともデーモンを屠っていく。その分、肉体を動かす方にオーラを回せるから体力的に非常に助かる。武具の優劣はこういった部分にも関わるのかと思うとなるほどなと思う。

 辺境人は拳でもデーモンを殺せるが、やはり多くを殺したいなら高位の武具が必要なのだろう。

「つーか地に足が着くというのは楽でいいなぁおい」

 ゲシゲシと地面の感触を確かめるように蹴りつつ出会ったデーモンを倒し、銅貨や槍クロスボウ鎧などの品も回収しながら進んでいく。装備は余ったら猫に売ればいいから集めておいて損はない。

「で、と。ここだったな」

 以前見た分岐までたどり着く。封印された都市に続く道と、森の奥に向かって作られた道だ。

 俺は緊張の息を吐く。

 塔の事もあり、未知の領域に少しの緊張があった。

(いや、何かあれば逆にいいのか。少しでも戦闘があれば俺は強くなれるし。何も発見がなくとも、長櫃ぐらいはあるだろうから、それならそれで良い)

 問題は地上の時間だが、この期に及んで考えるのも馬鹿らしく。気にしなくていいのかもしれないが……。いや、それでも時が経ちすぎて地上との繋がりが消えてしまうのは流石の俺でも嫌だった。神々が見ていてくれていて、辺境も支援してくれていても、それでも無駄な探索はしたくないという気持ちがある。焦りが心を焼いている。

 どうしようもないことだった。諦めの息を吐く。

「うーむ。考えてもな……行くか……」

 全ては俺の力不足なのだから仕方がないが、考えても仕方のないことでも後ろ髪は引かれる。

 そんな俺を後押ししてくれるのは、聖女様の骨から伝わる暖かさだ。

 あの暖かさを思い出しながら進む。あれは、あれこそは、俺と地上の繋がりだ。あの人の欠片がここにあるなら、あの人だけでも俺を覚えていてくれるなら。俺はまだまだ進める。

「女々しいか? 女々しいかもな。……戦士らしくないかもしれんが……それでもな……」

 いや、むしろ愛を求める辺境の戦士らしさはあるかもしれない。聖女様に関しては、俺が勝手に想うだけの関係だが。そもそも愛をどうこうする関係になりたいとは思っていない。あの方が俺の事を少しでも覚えていてくれるのなら、俺はそれで救われるだけだ。

 農民風情が不敬なことを考えているのを自覚しつつも、木々に左右を囲まれた細い道を進んでいく。

 相も変わらず食肉植物や不気味な蔦で彩られ、時たま未だ生きている誰かを吊るした森の道。これは俺のどうにもできぬ地獄。


「ふッ!!」

『遊ぼうよォオオオオオ!!』

 道中襲い掛かってくる小キノコ(デーモン)を撃退し――。


『オォォォオオオォ……』

「おらぁッ!!」

 唸るように殴りかかってくる巨大人型キノコ(デーモン)を斬り裂き――。

「って、楽だなおい。龍眼使わなくてもでかいキノコが死ぬのか。これは」

 ――炎のロングソードの力を思い知る。同時に、炎の剣を突き刺しても全く動揺すらしなかったあのサメの耐久力も。


「あれをどうやって攻略すべきか――って、うわッ!?」

 目の前の地面。

 そこを見たこともない何か(デーモン)が高速で横切ろうとしていたので、俺は思わず(・・・)、反射的に、地面に向けて剣を振るっていた。

(な、んだ? なんか通ったか? 咄嗟に何かを斬った筈だが、何を斬ったんだ俺はッ……!?)

 俺は目でそいつを捉えることはできなかった。

 それを斬ることができたのは、巨大キノコと戦った直後で神経が高ぶっていたからだ。反射でデーモンを斬っただけで何を斬ったのかもわかっていない。

「で、なんだこいつは……?」

 森の影から現れ、俺の前を横切り、反対側の木々の影に抜けようとしていたそれは、銀色のスライムのようなデーモンだった。

 銀色の、ぷるぷるとした丸っこい一抱えほどのあるゲル状生物は、俺の反射行動によってばっさりと肉体を真っ二つに切り裂かれている。

「デーモン、なのか?」

 なんとも言えない沈黙が漂う。この銀色からは攻撃的な空気は感じないのだが、しかし反射的に俺が斬る程度には瘴気も濃い。

「なんだ。なにか反応はないのか?」

 盾を構えながら警戒する俺。銀色スライム(そいつ)は死にかけだというのに反撃の気配を全く見せない。本当にデーモンなのかと首をかしげつつ様子を見るのだが。

「おいおい……これで終わりか? なんだったんだこいつは……」

 根性のないデーモンだと呆れ果てる俺の目の前でグズグズと銀色のスライムは溶けていき、その場に多量の金貨と蝋材(・・)を残す。

「は?」

 なん、で、蝋材? 見間違いではない。蝋材だ。ドワーフの爺さんに見せてもらったから、この銀色が残したそれが何かは理解できる。

 なんでデーモンが蝋材を落とすのか、俺が全く信じられないだけだ。

 しかし、銀のスライムが消滅し、森の湿った土の上に転がったのは確かに蝋材だ。

(しかも質が良い(・・・・)ぞこれ……)

 銀色が落としたそれから感じる神秘の強さ。それはドワーフの爺さんに見せて貰ったものより強いものだ。

 これが、話に聞いた+5より先の強化を行う為の蝋材かもしれないと思うと手が震える。

「……なんで、こんな」

 もしかして、ヴァンの言っている、俺が取りこぼしている道具というのは、こういうものなのか?

 異常に通貨を溜め込んでいるデーモンが他にもいるというのか?

 それともこういうデーモンがここに生息していただけなのか?

「わからん! わからんぞ!!」

 とにかく得をしたのは確かなので喜ぶべきなのだが。猫に早急に話を聞いてみたかった。

 デーモンが人間に得をさせるというのが不気味でならない。苦戦もせずに倒したデーモンからこれだけの品が手に入るというのが解せない。

 高価な蝋材がタダ同然で手に入ったことは嬉しくも、俺はこれが何かしら反動を齎すかもしれないと思うと気が気でならなかった。



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