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 ヴァンとエリエリーズの二人は善神大神殿(ダンジョン)の調査に向かった。

 もう少し相談しておきたいこともあったが、エリエリーズの語る亜人種から見たエリザの真実に俺とヴァンが良い顔をしなかったのが効いたのだ。

 いや、はっきり言おう。俺たちはあまり冷静な状態ではなかった。

 だから、時間を置かない限り、これ以上エリエリーズの話を素直に聞けないと判断したのだ。

 辺境人は勇猛を誇るが、感情的になりやすいという欠点がある。今回はそこが問題になった。

 俺は彼らが去っていった神殿の入り口を見て、首を振る。

「……過ぎたことだな。さて、猫。道具の鑑定を頼むぞ」

 俺たちの話し合いの中、にゃんにゃんごろごろと岩の上に寝転がっていた猫の目の前にダンジョンで手に入れた取得品を見せる。

 弓、槍、クロスボウ、防具、あとは工具と指輪だ。薬の類は全て使ってしまったし、チェス駒などは今更見せても、というところでもあった。

 俺が差し出した物品を、猫はじーっと見て、てふてふと手で叩き、何かを確かめてはにゃんと鳴く。

 暫くそうしているのを待てば、全ての鑑定が終わったのか、俺へ各物品の説明をし始めた。

「にゃー。防具に変にゃ呪いはかかってないにゃ。そのまま使えるにゃよ」

「おう。そうか、助かる」

 防具は基本的に破損を前提とした使用だ。だから多くの予備があるのとないのとでは事にあたる時の余裕も変わる。

 それに、どの防具も場面を選べば十分以上に役に立つ。呪いがないのを確認でき、俺はほっと息をついた。

 とにかく瘴毒持ちの相手が多いし、そんな奴らにさほど強度の期待できない衣服で挑むのは正気ではない。これから激しくなる戦いを思えば、戦いに際しては必ずなんらかの防具を身につけるべきだろう。

 欲を言えば鎖帷子などが欲しいが。あれは高いからな。今の俺ではどうにもならない。

「兵士鎧は呪いもにゃいけど、加護もないにゃね。こっちの狩人服は珍しいにゃ。『退魔』の聖言と『隠密』の悪言が共存してるにゃ。これはすごいことにゃよ」

「悪言ってーと、悪神の加護か」

「嫌そうにゃ顔するにゃし。呪われるわけでもにゃいから素直に使っておくといいにゃ。キースは選り(ごにょ)みできる立場じゃないにゃ」

 至極最もだが、心理的には少し忌避感もある。聖衣がない現状、これにもきっと世話になるのだろうが……。渋い顔をしている自覚はあった。

「わかってるが、なんだかな……」

 異端狩りは異端の使う手段を取り込み、自らのものにすることもあるという。

 だから黒の森の狩人が使った狩人服に悪言が刻まれているのは、きっと多くの魔を狩る過程で自然と使うようになったものなのだろう。

「しょの狩人服は闇蚕にょ糸で織られてるにゃ。にゃから魔術とかに強い耐性があるにゃ。反面、刃とか打撃に関してにゃ防具としては期待できにゃいにゃ」

 にゃんにゃかにゃんにゃか喋る猫。

 確かにしっとりとした質感の狩人服は、光を吸い込む黒の装備だ。闇の中に紛れ込むならこれ以上の防具はない。

 しかし猫の言うとおりでもある。軽いが脆い。獣の牙、デーモンの剣、槍、そういったものから身を防ぐには心許ない軽さだ。

 この薄さは、直接的な戦闘に向かないだろうと思われた。

「頭を守るものがフードじゃなくて帽子だしな。これ」

 狩人服自体、一見すればちょっと洒落た服にしか見えない。一応、各所にいろいろな工夫がなされていて、たぶん見た感じより戦闘に使えるのだろうが。どうにも戦士の防具とは言い難かった。

「とにかくこいつの性能はわかった。ありがとな」

 狩人服は丁寧に畳んで袋に入れておく。兵士鎧の方は猫に預けることにした。流石に袋の容量が心許ない。

 ついでなので兵士デーモンが落とした槍やクロスボウも猫に説明して貰い、呪いがないことを確認すると、クロスボウは全て、槍は一本残して猫に預けてしまう。

「にゃんにゃん。次は指輪はにゃよ。そいつは斬撃強化の指輪にゃ。身に付ければ刃のついた武具の切れ味があがるにゃ」

 ふむ、と猫に示された指輪を見た。斬撃強化。斬撃強化か。どの程度かわからないが、現状優先してつけるようなものではない。

 切れ味を求めるならショーテルを使えばいい。そして主に使いたいメイスに刃はついていない。

「わかった。こいつは仕舞っておこう」

 猫に礼を言うと『斬撃強化』の付与されている『蟷螂』の装飾の施された指輪は装飾箱に納めてしまう。

(現状よく使う指輪はヤマと病毒耐性か)

 猫は指輪関連も取り扱っているらしいが、至急手に入れなければと思うものはない。

 いや、ほしいものもあるが、それはそれなり以上にギュリシアが必要で、今の手持ちの銅貨や金貨では買えない品だった。

(肉体再生の指輪か。つけているだけで治癒力が上昇し、失われた肉体すらも徐々に再生していくらしいが……高すぎて手が出ないからな……)

 一応、俺が買えそうなものも中にはある。単純に筋力や所持魔力の上限を上げるものなどだ。そういうものはあれば有用で、持っていて損はないのだろうが、手持ちのギュリシアに余裕がない現状どうしても買いたいものではない。

 他にも欲しい道具が多くある現状、ダンジョン探索の過程で金銀財宝でも手に入れないかぎり、たぶん永遠に買うことはないだろう。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか猫は淡々と説明を進めていく。

「にゃにゃ。次はこれにゃね」

 てしてしと猫が叩くのは3つの工具だ。拾ったはいいが、使い道のなかったそれ。

 猫が示したそれを見たからか。俺の視線は俺たちのことなど関係なく鎚の音が響く小屋に吸い寄せられる。

「キースが嬉しそうだにゃ」

 まぁな、と緩んだ頬を軽く叩く。否定はしない。

 やっと鍛冶屋の世話になれると思えば嬉しいという気持ちで心が満たされる。

 そして昂ぶりのままに、あの小屋にいるだろうドワーフに駆け寄って平身低頭いろいろな事を頼んでいただろう。

 しかし現状把握の方が先だ。スクロールの補給もしなければならない。

 ああ、と思いつく。猫がこてんと首を傾げた。

「どうかしたかにゃ?」

「ドワーフとの取引。お前に仲介して欲しいんだが」

 なんでそんにゃことしにゃきゃならないにゃ? なんて顔をしている猫に言ってやる。

「ギュリシアを数えるのは面倒だ」

 数字の計算とか。今更……その、なんだ、困るぞ。

 銅貨を数えるのも戦士としてやりたくはない。そういうのは商人の役目だろう?

 この猫ならギュリシアの入った袋を見るだけで中身を即座に見抜く事が可能だ。

 楽をしようとする俺に、嫌そうな顔をする猫。

「自分でやれにゃ。ミィのはミィの取引にゃからやってにゃるけど。自分の取引は本来自分でやるものにゃ」

「ひどい奴だな。それぐらいやってくれてもいいのに――ってうわ」

 今すごい顔したぞこいつ。

「キース……説明するにゃよ」

 おう、と若干腰が引けながら俺は猫の説明を受けるのだった。

 少し気安すぎたかもしれん。地上に戻ってきて少し気が大きくなっているのかもしれない。

 反省だ。



 ぷんぷんと少し怒っている猫から、拾った工具の説明を受ける。

 龍の魂を受けた厨房や庭園の長櫃の中に入っていたそれはやはり俺が考えていた通りの道具で正解らしい。

 鍛冶師が使うもの。武具に聖言を刻むための工具。

 ただし酷く脆い素材でできており、一度刻んでしまえば二度とは使えない道具なのだという。

 硬いもので刻めばいいのでは? という俺の問いに猫は。

「この素材じゃにゃいと駄目にゃのにゃ。他の素材じゃ無理にゃのにゃ」

 正確には文字を刻むというより、この素材で聖言を書くのだと言う。

 それは俺が聖女様に施された聖血による聖言付与と同じものだ。聖なる触媒を用いて武具に印を刻みこむのだ。

 なるほどな、と思いながら猫より返された工具を手の中で弄ぶ。

 刻める聖言は工具ごとに違っていた。俺にはわからないが、素材も微妙に違うらしい。

 それぞれ『炎』『刃』『結界』の聖言を刻むことができる工具たち。

 炎はそのまま炎を扱うためのもの。武器に炎の力を秘めさせたり、防具に炎への耐性をつけることができるもの。

 刃は、刃のある武器の切れ味を高めたり、刃のない武器に刃の力を秘めさせるためのもの。防具に刻めば刃に対する強い耐性を得られるだろう。

 結界はそのままだ。道具に刻めば、それを消費することで場に結界を作れるようになる。防具に刻みこむことで守護の加護が常に働き、多くの種類の攻撃に対する耐性となって身を守ってくれるだろう。

 ただ、結界は守りの力なので武器には使えない。守りの力を武器につけても効果が減じられるからだ。

 工具は、どれもこれも有用な聖言を与えてくれる。付与する道具は慎重に選ばなければならないだろう。

 ふむと思いながら猫を見る。

「んじゃ、最後の奴を説明するにゃよ」

 おう、と頷く。ぺしぺしと猫が叩くのは、狩人の弓だ。

 一番重要そうだから、後に回したのだ。

 名のある武具は戦士の誉れでもある。その俺の気持ちがわかったのか、猫も普段は説明しないことまで説明してくれた。

 狩人のボスデーモンより手に入れた黒の弓は、他の武具と違って大層なものらしい。素材がなんであるかとか、どういう謂れがあるのかとか、そういうことを猫はにゃんにゃん言ってくれる。

 曰く、それは黒の森の狩人たちが用いた弓で、銘を『新月弓』。

 更にいえば、その『新月弓』の中でもこいつは更に特別なものであると猫は言う。

「これは守り人の長の用いたものらしいにゃね。にゃからか月の女神の強い加護がかかってるにゃよ」

 黒の森の狩人は、月と精神の女神アルトロを奉じたという。彼の女神は神の中でも弓の名手として有名だ。その関係だろうか?

 猫曰く弓自体に聖言は刻まれていないが、月の神の加護によって聖言に似た加護が施されているらしい。

 神に祝福された武器、『神器』か。聖具よりもとてつもなく貴重なものだ。

 少しの恐れの多さと共に猫から加護の内容を聞く。

 鏃の効果を高める『鋭さ』。矢を放つ時に出る音を消す『消音』。遠距離からの矢の威力を高める『遠隔強化』。

 また、神器は多少壊れても時間が経てば弓自体が自らを修復するのだという。しかし、これらは込められている力を少しずつ使っていくらしいので月の女神に祈りを捧げ、力の回復を適宜行っていけばいいとのことだ。

 聖具ならともかく神器の手入れの仕方など教わったことがないので猫が知っていてほっとする。

(弦は消耗品だからな。張り替えなくていいのは助かるな)

「にゃけど神の加護がかかっている分、使用には相応の力量が求められるにゃ。力ある武器ほど使い手を選ぶ典型にゃね」

「なるほど。わかった。ありがとう」

「どういたしましてにゃ」

 いろいろと有用なことがわかったが、呪いがかかっていないことを確認できてほっとする。強敵たる狩人の残した武具だ。上手く使えるなら使ってやりたかった。

 そんなことを考えながら弓と工具を袋に仕舞うと、俺はさて、と猫に向き直る。

 差し出すのはギュリシアの入った袋だ。

「消耗した道具の補充を頼む。あとは何か役に立ちそうなものがあったら売ってくれ」

 商売の気配がしたからだろう。俺に向かって、にゃん、と猫は嬉しそうに鳴いた。

 やれやれ、毟り取られないようにしなくてはな。



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