065
お二方を見送った俺は、頂いた肋骨を袋から取り出した綺麗な布に包み、袋に仕舞う。
そうして周囲を見る。
冒険者と鍛冶屋。鍛冶屋は恐らく小屋の中。冒険者は、どこにいるのか。
「猫は……?」
とりあえずここで何が起こったのか、話と、手に入れた道具の鑑定がしたかった。
「猫! おい、猫!!」
叫んでみれば、岩陰からにゃごにゃごと喉を鳴らしながら猫が出てくる。
「にゃふ。キース、戻ってたにょかにゃ」
「お前は、寝てたのか?」
てしてしと尻尾で地面を叩いている猫は聖域に入った俺の傍へと歩いてくるとにゃごにゃごと地面でごろごろする。
こいつは何が来ようと平和だなぁ。なんだか気が抜けてしまう。
「それで、いつからあの小屋はあったんだ?」
「ほんの数日前にゃよ。ミィに手土産くれた良いドワーフが作ったにゃ」
ふぅん、まぁいい人なら良いことだ。職人はたいてい気難しいから、変な性格だったら付き合いが面倒だ。なにしろここを攻略するまでの付き合いなのだ。楽観的に考えても、だいぶ長くなるだろう。
「それで、冒険者ってのが来てるらしいが? 来てるのか?」
「冒険者かにゃ。にゃー、たぶんダンピールとエルフのことだと思うにゃ。ふたりとも神殿に入ってるにゃよ」
半吸血鬼。……ダンピール!?
まさか神殿が斡旋する冒険者にダンピールが混じっているとは思わず、驚きの声が漏れる。
「ダンピールの冒険者!?」
「そうにゃ。冒険者って言ってたにゃ」
てしてしと地面を前足で叩いている猫。その目には嫌悪やそういうものは浮かんでいない。
商業神は善神だが場合によっては悪神とも取引をする神だ。その眷属であるなら、確かにダンピールなどには嫌悪が浮かばないだろう。
しかし、ううむと口をもごもごとさせる俺。
ダンピール。ダンピールかぁ。
「おぉい! 俺が何か問題かぁ?」
突然の叫びに、あ? と声の方向に目を向ければ、神殿の入り口から二人の男が出てくるところだった。
軽装の魔術具で身を固めた金髪碧眼の美形の男――エルフの魔術師。
黒のコートに銀の長剣を佩き、長銃を背に背負った灰色の美形の男――ダンピールの冒険者。
「やれやれ、神殿から報酬はもう貰ったのだ。あまり騒ぎは起こすなよ。ヴァン」
「いやいや、最初が重要だろうがよ。こいつ俺を舐めてやがるぜ?」
ダンピール。半吸血鬼と呼ばれる。人とも魔ともつかぬ者。
人喰い巨人、人語を話す動物、狂信者……辺境にはデーモン以外にも様々な人間の敵がいる。
その中に吸血鬼と呼ばれる種族がいる。
人ではない人に似たもの。しかしけして人には味方せず、人を害する、人の敵にして邪悪なる神々を奉じる化物ども。
暗黒神が作ったデーモンとは違う、しかし、デーモンと同じく闇の中より人を襲う恐ろしい怪物。
それが戯れに人を犯した時に奇跡的な確率で生まれるのが半吸血鬼。ダンピールと呼ばれる存在、らしい。ダンピールについては情報が少なく俺もよくは知らない。
聞いた知識によれば、それは吸血鬼と人の特性を備えた存在らしい。
しかし吸血鬼と違い、日の光に耐え、銀の武器に耐性を持ち、吸血鬼が持つ多くの弱点を克服している。
だが吸血鬼ほど力は強くない。吸血能力もあるが、吸血鬼ほど強い眷属を作ることもできず、変身能力もなく、強い再生能力も失われている。
半端故に、吸血鬼の社会にも入れず、人の社会にも入れず、両方の社会から迫害される存在。
それがダンピール。
(ダンピール。ダンピールかぁ)
俺は両手をあげ、謝意を示す。
「あー。すまない。驚いただけだ」
おや、とダンピールの青年が眉を顰めた。
だが、ずんずんとこちらに向かって歩いてくると、俺をじろりと睨みつけてくる。
「いやに物分かりがいいじゃねぇか。ええ?」
俺は苦笑する。気づかなかったとはいえ、悪いことをしてしまった。迫害される痛みを俺は知っている。それを俺がやっては、なんとも情のない話とも言えた。
「お前たちが神殿から派遣されてきた冒険者なら、俺が言うことは一つだ」
俺を睨む青年に向けて、俺は右手を差し出す。
むむ、とダンピールの青年が怪訝そうに俺の手を見た。
「これからよろしく頼む。俺はダベンポートのキース。先にこのダンジョンを攻略していたものだ」
「お、おう……」
ぐっと俺の差し出した手を握ってくるダンピールの青年は、おずおずと眉を顰めながら問いかけてくる。
「アンタ、本当にダベンポートの戦士か? ……俺は、ダンピールだぞ? ダベンポートの戦士なら、討滅の対象のはずだ。受け入れられるのかよ?」
「馬鹿な事を言うな。枢機卿と聖女様がお前をここに寄越したんだ。俺がお前を拒めば、聖女様と枢機卿の心遣いを駄目にすることになる。それはダベンポートの民として、駄目だ」
俺の言葉に、むむ、と青年が複雑そうな顔で唸る。
俺としては、まぁ、心中複雑というわけでもない。既にリリーのことでだいぶ受け入れられない存在の閾値は下がっていた。だから聖女様の紹介ならダンピール程度大丈夫である。
人の心を持つなら、それは人だ。
でなければ、リリーが人でなくなってしまう。そういう心の葛藤はあった。無論、顔には出さないが。
「それに銀の剣と銀弾を扱うダンピールの噂なら聞いたことはある。同族狩りのダンピールだな。アンタ」
「ん? お? 俺を知ってるのか?」
「噂だけだ。吸血鬼を専門に狩る半吸血鬼。俺の武の師に聞いたことがある。そうか、神殿の異端狩りに入ってたんだな」
異端狩りはデーモン以外の人類の敵を狩るゼウレ神殿の兵だ。あまり表に出ることはないがダベンポートがこれまで続いてこれたのは彼らの活躍も大きい。
黒の森の狩人なども広義には異端狩りと呼ばれる集団に入る。彼らはデーモンを狩るが、デーモン以外も積極的に狩る。
当然、ダベンポートの戦士はデーモンを多く滅ぼすが、そういった邪悪も積極的に狩っていく。だが接触が少ないので必然的によく戦うデーモン専門と言われることが多い。
敵ならなんでも滅ぼすが、一応、得意分野はそれぞれあるのだ。
俺の言葉にダンピールの青年は小さく首を振った。
「いや、俺は、別に異端狩りでもなんでもねぇよ。ただの吸血鬼狩りの冒険者だ。その、なんだ。悪かったな。ダンピールのヴァン・ドールだ。よろしく頼む」
「ああ、吸血鬼狩りが共に戦ってくれるなら心強い。よろしく頼む」
「お、おう。任せろ!」
頼られることに慣れていないのか。ドンと照れたように胸を叩くヴァンは俺の手を力強く握り返してくる。
一般的に、吸血鬼を狩るのはデーモンを狩るよりも難度が高いと言われる(もちろん超高位のデーモンともなれば神にも匹敵する為、その難易度は吸血鬼とは比較にならないが)。
吸血鬼は怪物の中でも恐ろしい種類だ。
破壊衝動と害意で構成されるデーモンと違い、吸血鬼は考えて戦う。
力も桁外れに強い。変身能力も厄介だ。魔術や呪術も使ってくる。また、高位の吸血鬼ともなれば多くの眷属を率いている。一軍を相手にするのと代わりはない。尋常ではない手合。
それを専門に狩るということはもはや単なる冒険者で括っては失礼だろう。少なくとも、ヴァンは未だ半人前の俺よりも格上の戦士だ。
故に、ダンピールであろうとも戦士として敬意を抱き、接する。
俺の敬意が伝わったのか。ヴァンはまぁ座れよ、と聖域に俺を誘ってくる。
(ダンピールって、聖域平気なんだな)
「エリエリーズ! てめぇも挨拶しろよ。少なくともここじゃキースが先輩だ」
「言われなくとも。神殿の依頼では彼の指示を仰げ、ということでしたからね」
ヴァンと共に座る俺に向けてエルフの魔術師が自己紹介をした。
「エリエリーズ・マル・ウェンストゥス・デカヴィア。見たとおりエルフで、魔術師だ。神殿の依頼で貴殿のサポートを行うように言われている。よろしく頼む」
「キースだ。よろしく頼む」
ぐっとお互い手を握り合う。
ふっと、エルフの魔術師が笑う。
俺も友好の笑顔を返した。
そして自己紹介を終えた俺達は、車座になってめいめいに話し始めるのだった。




