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『Wooooooooooooooooooooooooooo!!』

 開戦は堕ちた月狼(デーモン)の雄叫びから始まった。

 叫びとは戦意そのものだ。戦士の戦いはお互いの殺意(さけび)をぶつけ合うことから始まる。

「ぉおおおおおおおおおお! ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 俺も叫び、戦意を高める。内臓が欠けているからなんだ。オーラが減っているからなんだ。


 ――俺は、今、伝説と戦う! 今を生きる一人の戦士としてこれ以上の名誉はない!!


 敵は神話に讃えられた英雄。黒の森を守護した狩人とその相棒たる月狼。

 デーモンとして堕ちたりとはいえ、その技量に衰えはなく、その威容に微塵の疑いもない。

 戦士としてこれ以上心躍ることはない!

 全身からオーラを絞り出し、俺はメイスを握る。

(ショーテルを使いたかったが……月狼相手に斬撃は通じない)

 相手の特性はデーモン化したからこそ明確だ。月狼の皮は並の刃を通さない。あのショーテルであれば上手くやればその皮を切り裂けるかもしれないが、今の体調に相手の技量。考えるまでもなく悪手だ。

 袋から司祭様より頂いた聖水を取り出し、武器と自身に掛ける。

『GAWWWWWWWWWWWWWWWWWWW!!』

 元より神に挑むつもりなのだ。相手が英雄だろうと、問題はない。

 叫び、襲い掛かってくる熊並に巨大な狼の顔面にメイスを叩きつける!!

『GAW!!』

「ぐッ、うッッ……!!」

 巨大な狼の鼻面に叩きつけたメイス。ただの獣なら頭を叩き潰すそれが、ぴくりとも動かない。


 ――拮抗――否。


(ま、負け……。糞がッ……!!)

 死に瀕し、ベルセルクによって失われた力を補助しているとはいえ、俺が明らかに押し負けていた。

 聖水により聖なる力を高め、全力を振り絞り鼻面を殴ったというのに、相手は怯んだ様子もなく、メイスを叩きつけた顔面をジリジリと近づけてくる。

 裂けた口に並ぶ鋭い牙、ダラダラと流れる瘴気に溢れた唾液。穢れた生臭い吐息を間近に感じる中。殺意が別の方向から迫ってくる。

(まずッ……力を……上手く流さなくては……!!)

 拳を振り上げる。オーラを全力で込め、狼の顔面に叩きつける。効いたとは思わない。しかし反動は利用できる! 拳の衝撃を利用し、狼から大きく離れる。

 俺がいた位置に突き刺さる矢。同時に俺も更に下がる。次々と地面に刺さる矢。

(邪魔だが! 先に狩人を潰すのは……無理かッ!)

 月狼が許してくれるとは思わない。狩人の攻撃が終了すると同時に突っ込んでくる月狼の鼻面を盾で防ぎ、袋から槍を取り出すとオーラを込めて叩き込む!!

 斬撃には強くとも、刺突に弱いのが月狼の特性だ。しかし。

(悲鳴すら上げないのかッ!!)

 肩口に突き刺さった槍など気にもとめず、月狼は俺へと伸し掛かろうとしてくる。

「おぉおおおおおおお!!」

 盾で直接の接触を抑え、メイスを何度も叩きつける。

 龍眼は発動できない。まだ相手の瘴気に淀みは見えない。

「糞ッッ!!」

 転がるように、その場を離れる。俺を追って矢も飛んで来る。糞ッ糞ッ糞ッ……!

(俺が万全でもきついぞこれはッ)

 立ち上がった俺に狼の追撃。早い。盾と体術でなんとか凌ぐも一度守勢に回れば攻勢に回れなくなる。相手の爪は月狼装備が持つ刃に強い特性で防御できるが、衝撃を受け流す度に内臓の一部を失った身体に強い負荷がかかり、苦鳴が口から漏れる。

(糞! どうする! どうする! ぐ、が、ぬ、ベルセルクは無理だぞ!!)

 身体能力の補助に使っているベルセルクを開放することも考えたが、すぐに内心で却下する。使い、狼を一時的に退けても、その直後は隙だらけだ。狩人の弓から逃れられない。

 盾に衝撃。拳を突き出し、鼻面を叩く。生物の急所を狙っているというのに! オーラに加えて聖水の補助もあるというのに! 相手はケロリとしたものだ!

 何か秘密があるのかとも思うが普通にタフなだけだろう。

 思えば庭師兄弟もわかりにくかった。ボスデーモンの特性かもしれない。

(龍眼はまだ使えない。相手が弱ったという確信がなければ……龍眼の消費が無駄になる)

 俺には体力の余裕がない。

 飛んでくる矢を回避し、盾で弾き、迫り来る狼の爪を拳で防ぐ。一度守勢に回ってからメイスを振るう暇がない。

 薬で散らし、ベルセルクの加護で脇腹の傷は気にならないが、負傷が確実に身を削っていた。オーラの生成が戦闘に支障をきたし兼ねないほどに鈍くなっている。

(……どうする……)

 一旦、大きく離れ、効果を失ってきた聖水を再び全身にふりかける。俺を追い、狼が襲いかかってくるので顎下に拳を叩き込み、牽制しながら脇腹に回る。

 踏み込み――呼吸――剄力掌ッ――!?

 飛んでくる殺意!!

 攻撃を中止し、殺意に向けて盾を構える。腕に衝撃。一度ではない。二度、三度と叩きつけられる。

(攻撃が、できねぇ!!)

 俺に向かって連続して放たれた剛弓により巨狼の傍より追い出される。

 仕返しとばかりにクロスボウを狩人に向け発射。装填している暇はない。司祭様から貰ったもの、兵士デーモンから手に入れたもの。それらに装填されていたものを次々と放つ。

(当たらないかッ)

 狩人にクロスボウが当たるわけがない。俺の矢の軌道を見切っているとばかりに素早く位置を変えていく狩人。しかしこれはチャンスでもある。

 クロスボウを放ちながら盾で俺へと襲い掛かってきた狼の鼻面の殴り、踏み込み、呼吸と共に今度こそ剄力による全力掌打を打ち込む。

 狼単体なら、まだ技量は上回る!!

『GAW!!』

「ざまぁ見ろ!!」

 悲鳴を上げる狼。ついでとばかりに脇腹に槍を突き込むが、反撃もそこまでだ。当然のごとく矢が俺を襲い来る。当たらないように距離を取る。

「はッ……はッ……はッ……」

 呼吸が酷い。万全であれば、恐らくこのやり方を続けることで狼を倒せた筈だった。

 隙を窺い、痛打を与え、弱所を暴き、滅びを与える。それができた筈だった。

 しかし、今の俺は内臓(なかみ)が欠けている。俺には奴らを滅ぼす時間が圧倒的に足りない。

(……まずいな……余裕なんてもの最初からなかったが……)

 口の中が苦い。俺はあとどれだけ保つ?

 聖水を懐より取り出し、メイスに掛ける。

 矢を装填したクロスボウは尽きた。槍の残りは1本。聖水は6。水溶エーテル1。他には……。

(……あれが、あったか……だが通じるか? いや、最早信じる他ないッ)

 道具の一つに光明を託す。俺が成功することをゼウレに祈る。

『GAW!!』

 追撃してくる狼。狩人の射線も追随し、確実に俺の精神を削りとってくる。

 堅実にして、隙のない敵たち。並の戦士ならば既に終わっていた。

(ははッ。俺も、成長している……!)

 昔の俺なら初撃で狩人の矢により死んでいたはずだ。いや、狼と拮抗することもできず、押し掛かられて噛み殺されていたか。

 激戦に笑みが溢れる。盾で狼の攻撃を捌きながら狩人の方角に向けてナイフを投擲して牽制。しかしクロスボウほど威力もない為、牽制にもならず相手の矢が飛んでくる。

(そんなに甘くはないかッ)

 このまま続けられれば勝てただろう。英雄の類が堕ちたとはいえ、相手は狩人だ。デーモン相手に魂を高め続け、龍の加護も得た俺なら正面からなら打ち破れた。

 しかし、もはや俺に時間はなく。肉体の負傷は危険域に達していた。

「はッ……」

 呼吸が乱れ――足が止まる。一瞬のふらつき。しかし相手はそれを見逃してくれるような手合ではなく。

 取り返せないミス。故に、肩口に月狼が深く噛み付いた。


 ミチミチブチブチと肉に牙が食い込み、バキバキゴキゴキと骨が砕かれ、装備ごと、腕が引きちぎられ――


 ――俺が必殺される。この瞬間。


(この瞬間こそが――好機に他ならない!!)

 引きちぎられようとする腕。

 薬で散らしているから痛みはそもそも感じていない。だから自らの腕が失われようとしてなお、俺は冷静だった。


 それ(・・)を袋から素早く取り出す。

 それ(・・)は庭師の兄弟が用いた猛毒。

 それ(・・)は俺を散々に苦しめ死地に追いやったもの。


(世の中、何が幸いになるかわからんものだ!!)


 ――それ(・・)はマスクに詰まっていた猛毒液化した香草。


 蓋を開けている暇はなく。膂力で瓶を砕き割りながら、俺は、俺の腕を肩から噛み砕いているが為に開いている狼の口に、毒瓶を叩き込んだ。

 汚染された香草、それを凝縮した猛毒。並のデーモンなら即死してもおかしくないそれを体内に取り入れた為に、びくり、と大きく震える月狼。

(効いたッ!!)

 俺は止まらない。


 ――『龍眼』


 残り少なく、しかし大きく削れる俺の体力。

 しかし、この好機は逃せない。毒化し、大きく揺らいだ月狼の身体。その弱所を見抜く。

 使う獲物は残った最後の槍。斬撃に強いが刺突に弱い月狼の特性は月狼装備のおかげで散々把握している。

 腕すら犠牲にしたのだ。故に好機は確実に!


 脇腹に衝撃――臓腑を腐らせる黒矢が突き立っている――無視。


「死ねぇええええええええいいい!!」

『Wooooooooooooooo!!』


 俺の決死の攻撃が、月狼の弱所へと突き立った。



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