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説明回
「それで、聖女と騎士はどうしたんだお前」
車座になって俺達は休息を再開した。いや、休息というよりはアザムトの治療だろうか。
リリーに頼まれ、俺はアザムトの篭手を外すとその傷を消毒し、包帯を巻こうとしたところでアザムトにここまででいいと言われる。
生命と大地の女神たる廃女神の聖印を片手に持ったアザムトは治癒の祈りを唱え、傷を癒やしていた。
「ほう、流石は聖騎士だな。大陸に残された神秘の担い手。中々やる」
悲しいことに俺は奇跡を全く使えないし、信仰篤い辺境の戦士でも治療の奇跡を使える者は割合少ない。攻撃的な彼らはヘルクルスの力の加護や、ゼウレの魔滅の雷、ヤマの浄化の炎など、身を守るための奇跡より、デーモンを滅ぼすための奇跡を願うからだ。
多くの奇跡を扱うことに慣れた村の司祭様であれば癒やしの奇跡も使えるだろうが。
それほどに癒やしは高度な奇跡に入る。部位の欠損を治せる者は辺境でも相当高位な聖職者に限られるし、死者の蘇生など伝説の部類に入る。
また最高位の奇跡である、人の身に神を降ろす術ともなればもはや完全に失われた奇跡とも言えるだろう。
「いえ、これも神々の加護の賜物ですので。それよりあの偽聖女でしたか」
「偽、偽ってお前」
あれでも大陸側が認めた聖女だろうし、だからお前はついていたのではないのか? ばっさりと聖女を存在ごと断ち切ったアザムトに驚愕する。
信じられないことに、アザムトの言葉にリリーがそうだな、と追従した。
リリー、息は落ち着いているようだが、先のやり取りで相当に疲労したのだろう。鎧は着ているが、身体に力はあまり感じない。
こいつに時間はそれほど残っていない。善き運命が訪れればいいと本心から願う。
リリーは横になりながら悲しいほどに力のない声で問う。
「アザムト、聖女の安全装置は、まだ生きているのか?」
「生かしておいた。完全に覚醒してしまえば私にアレを害する大義がなくなるからな。あの汚れた聖女に第三聖女を完全に降臨させるわけにはいかない。それに、そのようなことは聖女様の名を汚すだけだ」
「……安全装置。名を汚す……」
会話を聞いて一瞬首を傾げるが、すぐさまその意味に思い至る。
「まさか、あれは、完全に聖女になっていないのか」
「ええ、キース様。それが神殿上層部の意思でしたので。もちろんそのようなことは私たちは回帰派としては反対でしたが、勢力の弱さはどうにもならず」
「ふん、仕方がないだろう。第三聖女は大陸に残る数少ない神秘の一つだ。第三聖女が完全に復活すればコントロールを失い、自らの意思で辺境へと向かい、帰ってこなくなるだろう。それでは大陸は残っていた神秘をまた失う。大陸にも微かなれどデーモンは残っている。対抗手段の一つである聖女の喪失は避けなければならない」
だからとリリーはアザムトに言う。
「安全装置を生かしてくれてほっとしたよ。彼は彼女の意思を残すための制御装置だ。お前が殺してなくて私はほっとした」
「融和派が何をしたいのか私にはさっぱりだ。ホワイトテラーがその有様だから未だに花の君を駆除できていないのではないのか?」
「融和派の目的は大陸と辺境の平和的な合一だ。それに、信仰の方向性と我が家のデーモンの問題は全く関係がないだろう!」
ぎゃんぎゃんとうるさいが、奴らの会話で、アザムトがあの聖女を偽と断じた意味が掴めてくる。
制御。安全。神殿の意向。
大陸最大のゼウレ神殿であるユニオン大神殿所属の第三聖女カウス・アウストラリス。
彼女はもともと何の力もなかっただろうただ美しいだけの女だった。
それが大陸に残された大呪術によって聖女の存在が上書きされ、魂と肉体を巨大な力に縛られた哀れな存在となった。
しかし、あれが真にデーモン討滅を使命とした『斥力の聖女』大弓のアウストラリスであるならば、地上で会話をした時のあの様子には疑問が残る。
(呪術に関しても知識だけで、実際を俺はよく知らなかったからな……)
降臨の呪術の対象を見たのはあの聖女が俺にとっては初めてだった。だからそういうものだと思ったが。
しかし呪術による上書きによってかつての人格を聖女が取り戻しているならば、あの対応はおかしかったのだ。
辺境のゼウレの信仰を第三聖女ともあろう方が否定するわけがない。
今なら俺も確信を持って言える。あれは、まがい物だ。聖女の皮を被ったただの女だ。
「道理で、聖女の力を持ちながらあれほど弱々しかったはずだ」
あの屈辱的な会話の全てははっきりと思い出せる。あの間違った信仰は、大陸の信仰だ。
そして、聖女の名を騙りながらあのみっともない加護。大呪術で降臨した聖女にしては弱々しすぎた。
ふん、と俺は鼻を鳴らす。
「安全装置とやらはあの青年か? 荷物を持っていた下男の、名はなんだったか……」
聖女の制御装置とやらについては思い当たる節があった。
大陸最高の騎士を2人もつけていたくせに、下男の格は相当に落ちていた。聖具の整備の仕方も知らない、自分の身を守れるかも怪しい、武の気配が欠片も漂っていないただの青年。
俺の問いに兜を外したアザムトはにっこりと微笑んだ。良いとこのお嬢さんなのか。アザムトは肩で髪を切りそろえた美々しい小娘だった。
「はい、下男のテイラーは偽聖女がただの村娘だった頃の幼なじみです。偽聖女に恋心を抱いているため、今でも付き従っています。そして偽聖女の本当の名前を知っている唯一の存在です。あれが死ぬか名前を忘れれば偽聖女にかかった呪術は完全なものとなり、第三聖女は本来の人格と力を完全に取り戻すでしょう」
瘴気渦巻くダンジョン内ですが、ここは神秘溢れる辺境郡ですので、聖女が完全に降臨すれば本来の力を問題なく発揮できるはずです、とアザムトは付け加える。
なるほど、と俺は先ほどの疑問をもう一度問う。
「それで、どうしたんだ聖女たちは」
「突き落としました」
突き落とした? あっさりと、隠すこともなく、堂々と、なんの負い目もなくアザムトはそう言った。
「どう、いう意味だ?」
アザムトのすっきりとした顔にリリーが小さくため息を吐く。
「お前の目的は、それだったのか? わざわざ辺境まで来て、やることが聖女の始末なのか?」
「見縊るなよホワイトテラー。私の目的は聖女たちが回収した辺境の神秘を奴らにバレぬように回収し、辺境の方々の元に戻すことだ。奴らが回収したものの一切合財を聖女に黙って持ち主に謝罪と共に返すのが私の役割だ。聖女を始末したのはあれが度し難いほどに愚かだったからだ。試練に立ち向かう辺境の方の武具を取り上げるなど、ゼウレ信徒として恥知らず以下の糞虫のような行いをゼウレの名の下に行ったからだ」
言いながら盾の裏よりごそごそと袋を取り出すアザムト。
「遅れましたが我ら大陸人が失礼を致しました。キース様のお怒りもごもっともだと思います。どうぞ許さず大陸人をお恨みください」
頭を下げられながら、すっと差し出された袋を開けば、そこには奪われた装備品がきちんと入っていた。
メイス、盾、鎧、指輪に薬、聖水、聖印もだ。しかも鎧には簡単だが修繕が施されている。
一つとはいえ、聖印が補充できた。聖域を作るのに全て使っていたのでありがたいが、アザムトの存在に疑問が湧く。
こいつはいったいなんなんだ……?
「お前、聖女を、どこで突き落としたんだ?」
「上の階層にあった巨大な穴です。ここに繋がる階段の傍にあった巨大な穴に3人とも突き落としました」
上にあった穴。言われて思い出す。あれか。王妃が昇り、酒呑が降りた穴か。俺ですら忌避したあそこに大陸人を叩き落としたのか。
「……正気かお前。信じられん。仲間じゃなかったのか?」
俺の言葉に、冗談ではない、という顔でアザムトが俺に向かって叫んだ。
「いいえ、いいえ、私をあのようなものと一緒にしてもらっては困ります! 彼らはゼウレ神殿の保守派。大陸で変質し、もはや意味も神秘も失われた歪んだ教えを未だに守る旧時代の癌です! それに対して我らゼウレ神殿回帰派は、辺境と再び繋がったことで、辺境で大切に守られてきたゼウレの信仰を取り戻し、聖なる教えを再び手にすることのできた大陸の正当なるゼウレ教徒!」
熱心に俺に説明するアザムトだが、リリーは冷ややかな口調で補足をした。
「もっとも回帰派は数が少ないうえに、大陸の大貴族や政治家を暗殺するテロリストどもだ。この女も表向きは回帰派と名乗らず、保守派である大陸騎士の身分にある。私がこいつの正体を知っているのも、自死をしくじったホワイトテラーの家の者を始末するのがこの暗殺騎士の家系だったから知っているだけでな。回帰派は根本的に頭のイカれた物騒な連中だ。このような事態であるから、辺境人であるキースの害にはけしてならんだろうが、言っていることは真に受けないほうがいい。所詮は気の触れた狂信者だ」
アザムトはリリーの言葉に嘲りの嗤いで返した。
「デーモンの処理もろくにできないホワイトテラーは言うことが違うな。我々が処理している貴族や政治家は、辺境の方々に対して害意を持った蛆虫どもだ。奴らが辺境に軍を派遣しようと法案を提出する度に我らは正義の鉄槌を下してきた。ゼウレ信仰の肝たるデーモン討伐を邪魔する蛆虫を始末しているだけで我々はなんら間違ったことをしていない」
「だからといって暗殺など騎士のすることではない。それにだ。そもそも辺境に軍を出す案など王が許可を出さない。軍も王も辺境の恐ろしさは骨身に染みている。お前のしていることは無駄な人死にを出しているにすぎん」
「だからといって、辺境の方々が優しいのをいいことにデーモンと戦うための神秘を無理やり回収し、税と称して大量のドワーフ鋼を供出させようとする行為が許されるとでも言うのか? そのようなことは絶対に許されぬ。我ら回帰派、デーモンとの戦いには参戦できずとも、下らぬ大陸の欲望が辺境の方々に迷惑を掛けぬよう掣肘することはできるのだ」
……熱心に語り合う2人を見ながら俺はため息をついた。
大陸はくだらないことでいつも遊んでいる。その平和がきっと大陸人を腐らせたのだ。
とはいえ、袋の中身を見て俺は嗤う。
「アザムト。お前、役に立つな」
「はい! ありがとうございます!!」
パァっとアザムトがリリーとの舌戦をやめ、俺に眩しいほどの笑顔を向けてくる。
黒髪鮮やかな美々しい女だが、その正体が狂信を根本とする狂った女だというのはわかっているので全く惹かれはしないが、話してみれば中々に気持ちの良い女だ。
(いや、狂信というなら、俺たちこそが狂信なのかもな……)
辺境の民は、4000年以上の昔から、デーモンを滅ぼすというたった一つの大義を掲げて戦い続けている。
それは大陸の常識で言うなら狂信なのだろう。
ただ、俺はそれを間違っているとは思わない。誇りにも思っているし、デーモンがそこにいるならばもっともっと滅ぼしたいと思ってしまっている。
しかし、我々が生まれた意味はそれなのだからそれでいいのだろう。
そんなことを考えながら袋の中に入っている木盾を叩けば、コンと頼もしい音を返してくるのだった。
――盾が戻ってきたなら、狩人のデーモンの領域に入ることができるだろう。




