048
倒れたリリーが落ち着くまでにかなりの時間を要した。せめてと食事を用意したが、手をつける気配はない。わかっていた、もうこいつは何かを食べることはできないのだろう。
茨の身が何を力の源にしているかは考えたくなかったが、簡単に想像がつく。
禁呪の類は魂を犠牲にする。そういうことなのだろう。
「……だいぶ……楽になった……すまないな……キース……」
「構わん。それで、これからどうするんだお前は?」
横になったリリーに問いかける。生きているのかも定かではないリリーだが面に隠された兜の奥からぼそぼそとした声を返してくる。
「……無論……先に……進む……我が血脈の呪いを解く神酒ネクタルを手に入れる……」
それしか希望はないとリリーは言った。
そうか、と俺は天を仰ぐ。
こんな地の底では空は見えない。だが無性に青い空が見たくなった。
陽の光が恋しいとリリーは言っていた。
陽の光の下で死なせてやりたいと思った。
だが、それは叶わない。
「……死にはしない……呪いも解かずに私が死ねば……我が妹に花の君は引き継がれる……それだけは避けたいのだ……」
俺からは何も言えない。
俺にも目的があるからだ。
だから命の恩人が死の危険に瀕しているとはいえ、神酒ネクタルを一緒に探してやることはできない。
あるかどうかも定かではないものを共に探す余裕が俺にはない。
もっとも場所さえわかるのなら取りに行ってやれるのだが、いや、何もしない俺がそんなことを考えるのは、女々しさを越えて愚かしい。
ともあれ、俺にも時間はなかった。リリーが目を覚ましたなら先に進むべきだろう。
なんと声をかけようか迷う。言えることは少ない。考えながら口を開く。
「リリー。俺がお前にしてやれることは何もない」
「……お前に課せられた使命の重さはわかっているさ……がんばれ、キース」
「いくつか道具を置いていく。上手く使え」
聖印と聖域のスクロールを1つずつ。筋力上昇、皮膚硬化の水薬も。食料とワイン、水、武具の手入れに使う消耗品など。俺とて余裕はないが、使う分をギリギリまで削って置いておく。
こいつはもはや補給のために地上には戻れないだろうからな。聖女が上にいる以上、猫の利用もできないだろう。今のリリーとアレが出逢えば争い以外に起こるまい。
俺が置いた物品を見てリリーが苦しそうに言葉を発した。
「……キース……もう私に食べ物は……いらないんだ……」
「リリー。休息の時は食えなくとも食事を用意しろ。人であることを忘れればデーモンに心を奪われる。お前が人であろうと努力する限り、お前の心はお前のものだ」
そうか、とリリーが少しだけ嬉しそうに言葉を返してくる。
「……すまないな……ありがとう……」
「なるべく人であることを意識して行動しろ。そして、お前はお前の目的を為遂げろ」
ああ、とリリーが立ち上がろうとするのを手で押さえようとして――気配に振り返った。
「デー……モン?」
広間の出入り口に料理人のデーモンが立っている。
なぜ聖域にデーモンが入ってこられる? 驚愕に刹那だけ思考が止まる。
『…………――』
それは何体ものデーモンの皮膚を継ぎ接いだ異様な姿だった。しかしその皮膚には見覚えがある。料理人のデーモンだ。しかし姿が違う。なにかがデーモンの皮を被っている。
(わからん、なんだあれは!)
拳を構えるが、異様な姿に攻撃を戸惑う。
「何者だ、あれは」
『…………――』
それは何も応えない。デーモンなら当然だった。デーモンが人間の問いに答えるはずがない。
しかし奇妙な違和感が俺を襲う。何かが違う。だが説明はできない。
デーモンが手に持ったクロスボウを構えた。光を反射しない黒塗りのクロスボウ。
「……あれ……は……」
リリーが起き上がり、それを見た。
「とにかく倒すぞ! リリー、お前は隠れてろ!!」
オーラを全身に纏い駆け出す。よくわからない敵には拳が一番良い。
そいつはクロスボウを突き出すと、駆けてくる俺を狙わず、リリーを狙った。
「馬鹿が! なんだかよくわからんが死ねぃ!」
辺境人を前に随分な余裕だと憤る。リリーに矢は当たらん。奴が打った矢は宙で叩き落と――3本だと?!
一本の矢を宙空で叩き落とすも、続いて二の矢三の矢が飛んでくる。驚愕しながらも拳と足刀で対処。
『…………――』
矢を叩き落とすために動きの止まった俺にデーモンがにやりと嗤った、ような気配。
――奇妙ないらつきが心を占める。
継ぎ接ぎデーモンは新たに矢の番えられたクロスボウを取り出していた。
「それは、三連クロスボウか。流石デーモンだな。そんなゲテモノを使うとは」
なんだかんだと便利なクロスボウだが、弓に比べると整備は一際めんどくさい。武人の蛮用に耐えられるようにできてはいるが、部品が多く繊細だからだ。
そのめんどくさいクロスボウだが、矢を三連射する三連式ともなればその構造は更に複雑になる。人であるこの身では、とてもではないが従者でも用意しなければ管理できるものでもない。
しかし……なにかがおかしい。
1本。新たなクロスボウから飛んできた矢を俺は素手で叩き落とす。昔ならともかく今の上昇した身体能力なら三連であろうとクロスボウの矢ぐらいは叩き落とせる。
2本。間髪容れず続いてきた矢も叩き落とす。その矢に刻まれた刻印は対デーモン用の聖なるものだ。疑問が浮かぶ。
「……キース……気をつけろ……そいつは――」
3本。背後からリリーの声が聞こえる。安心しろ。この程度の敵にやられるほど柔な俺ではない。
料理人に似たデーモンの腹に手を当て、オーラを込めた掌底をぶち込み。
「――人間だ……」
リリーの声に、は? と正面を見る。
「キース様。申し訳ありません」
ぶち込んだ掌底の奥から人の声が聞こえる。俺は掌底を打ち込んだ姿勢のまま次の打撃に攻撃を繋げようとしていたが……感触がおかしい。
掌打に手応えを感じない。まるで鋼を叩いたかのように剄力が通っていない。
身体は鍛錬通りに動いている。掌越しに金属を叩いたような異音と反発が返ってきている。身体が震えるが、続きの拳は構わずデーモンに突き刺さる。
ゴン、と今度こそ金属を打ち付ける音が響く。
同時に乾いた音が俺の脇腹で響いた。火箸を押し付けられたような熱さが脇腹で発生する。
「銃……だと……!?」
激痛。それと麻痺毒か? 微かな痺れが身体に走るが、向上した抵抗力が作用しているのだろう、戦闘に支障はない。
構わず震脚を地面に叩きつけ、衝撃を体内で廻し、手のひらに集める。
「死ねぃ!!」
デーモンにぶち込んだ手のひらから大鐘を鳴らしたような音が響く。同時に、敵の纏っていたデーモンの皮膚が弾け飛んだ。
デーモンの中から現れた見覚えのある姿。奇妙な遭遇……ではない。可能性はあったのだ。
「……貴様か! 大盾の騎士!!」
全身を隠せるサイズの巨大な盾を片手で構えた騎士がそこには立っている。そいつは盾とは別の手に煙の出ている銃を握っている。
巨体の割にしょうもない攻撃をしてくるデーモンだと思ったが、中身が人間なら違和感にも筋が通る。
どうやってデーモンの皮を被ったのか興味はあったが、今の俺にはどうでもよかった。
「……キース様! お下がりください!!」
「おい、喜べ。ようやく本来の戦い方ができるぞ」
俺の不敵な笑みに警戒した騎士が一歩下がった。
その隙にショーテルを抜く。盾相手ならちょうどいい。あの盾は聖具で、今の俺に破壊は不可能だが鎧は別だ。鎧の輝きからドワーフ鋼製にも見えるが鎧である以上弱所はある。
その上、中身は大陸人だ。刃を通せば容易く血を流すだろう。
「くッ、なぜ動けるのですか! 弾丸に練り込んだのは熊でも倒れる麻痺毒ですよ!」
面頬すら降ろした兜。大柄な全身鎧を着込んでいるため素顔が見えないが、中身は女のようだ。しかし構わずショーテルを構える。
「そちらから仕掛けてきたんだ。死んでも文句を言うなよ」
片手で月狼装備に空いた穴に指を突っ込み筋肉で止まっていた弾丸を引き抜く。見れば聖銀製の弾丸だ。弾丸として使用した為だろう。神秘は消え失せていた。もったいないことをする。
「くッ! キース様! 私はキース様と争うつもりは!」
「知ったことか! 死ね!!」
踏み込み、ショーテルを振るう。騎士は必死に盾を構えるがショーテル相手に無駄なことだ。
右でも左でも隙のある方向に刃を振るう。本来ショーテルの湾曲した刃は盾を構えた相手に対して振るうものである。防御しようとも湾曲した刃は盾を乗り越え、相手を斬り刻んでいく。
如何に相手の鎧がドワーフ鋼製の聖騎士鎧であろうともこのショーテルの鋭さには敵わない。何しろ『鋭さ』の聖言が二重で刻まれているのだから。
肘や膝など一際固く作られた部位でもなければ防げるわけがない。
「ッ……! キース様! 私は貴方をお助けしようと!!」
何か言っているが無視だ。とりあえず殺してから弁明は聞こう。攻撃してきた以上は殺されても文句は言えまい。
なぁ、大陸の騎士よ。戦士の常識として、そうだろう? 戦えば決着が付くまで終わりはないのだから。
そんな俺の背後からリリーが声を発した。
ふらついているものの、しっかりとレイピアを構えている。
「……いいんだキース……その娘……大盾の騎士、いや、暗殺騎士アザムトの目的は私だ……」
大盾の騎士はそんなリリーの言葉に殺意を大きくするのだった。
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