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家の納屋にダンジョンがある ―God in the abyss of despair―  作者: 止流うず
地下二階 磔刑の庭 毒蟲の花園
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047


 激戦であったが地上に帰ることは考えなかった。

「めんどくさそうだからな……」

 もともとここは暗いうえに濃い瘴気に阻まれて暗闇しか見えないが、上の階層があるだろう空を見る。

 地上ではどれだけの時間が経っているのか……。

 それに聖女。彼らはまだ生きているのだろうか?

 奴らの装備、大剣だけは俺が整備してやったが他のものには手を付けていない。

 神聖の付与されたメイスは返している。あれを使えば二人は戦えるだろう。

 それに大剣の騎士(メルトダイナス)の他にいた大盾の騎士。あの大盾は聖具だろう。聖女の異様に仰々しかった弓もそうかもしれない。俺が教えた整備方法であれらを調整すればデーモン相手に使えるようになる。

「それに、あの2人が序列10位以内の騎士だってんならおそらくは生きているか。10位以内ならリリーと同じようにオーラは使えるだろう。聖女に関しても名前が本物なら対デーモンの奇跡が使えるはずだ」

 それに何より数は力だ。過去の俺と同じ程度の力量が3人もいれば上の階層は楽に進めるだろう。

 途中でデーモンを倒すなら神々の試練を突破したとして肉体的な成長も見込めるかもしれない。

 付け加えるなら聖女なら回復の奇跡が使える。俺のように傷を受けずに戦う、なんて面倒な真似をせずとも強気に攻められる。

「そんな奴らがここまで来て狩人を始末してくれれば楽なんだが……」

 あの森が狩人の住処だとしても手錬れが3人もいれば対処はできる。

 勝てるかどうかは別として、狩人がいかに森に隠れようとも捕捉はできるだろう。捕捉さえできるなら時間を掛けて嬲り殺せばいい。元が狩人とはいえ、今はデーモンだ。生前の技能の全てを継承しているわけではない。デーモン化したことで得た代わりに失った力もあるはずである。

 それらは凶悪だが、やはり致命的な欠点なのだ。

 あの庭師二人が生前と同じ人物であったなら、俺に勝機はなかっただろう。デーモンだったからこそ俺は勝てたのだ。

 だが、聖女たちに期待はできないと夢想に見切りをつける。

 奴らの目的はデーモンの撃滅ではなく聖なる品の回収だ。どうあってもデーモンを倒すなどという期待はできないだろう。俺は荷物を片付けると少しの休息を終えた。

 俺も、俺の戦いを再開しなければならない。

 月狼装備を身につけ、ショーテルを軽く振るう。この先に進むには不安は残るがまだまだ使える武器だ。

「俺が未熟なだけなのかもな……」

 上の階層の攻略。あの時は素手でも不安はなかった。そもそも、このショーテルも本来なら俺にはもったいないほどの立派な武器なのだ。俺が上手く扱えていないだけで、一流の戦士ならばこれ一本で十分に闘い抜くだろう。

 何度か型に則ってショーテルを振るう。爺に教えられたとおりの型。

 もう少し俺が経験を積めば、その一歩先に進めるのかもしれない。型に沿っていながら型を超える。

「ふん。どうにもならんな」

 自省は終わりだ。頭で考えても無意味である。俺の問題は悩んでも意味はないのだ。そして結論は出ていた。

 問題の全てはデーモンを殺し、経験を積めば解決する。それでもどうしても悩んでしまうのは性分なのだが、そこは仕方がないことだ。愛の存在に確信が持てないことが俺を欠けさせている。そして欠落は頭から離そうとしても捨て犬のようにまとわりついてくる。

 それで、どうにもならないことを悩んでしまうのだ。

 無心になれないことも俺が一人前になれない理由の一つなのかもしれない。

 考えこむと欠点ばかり浮かんできて虚しくなってくる。大陸人相手に強気になったところで連中は蟲だ。蟲と比べて優越感を覚えるのは馬鹿のすることだ。

 ……俺はいつになったら強くなれる?

 頭を振って考えを追い出す。

「だが朗報もある。デーモン討伐の成果が出ている」

 ショーテルを振るうことで肉体の確認は済ませた。

 身体能力が少し上がっていた。力や魔力。それらがほんの少し。

 比べて、だいぶ向上したのは体力のようである。試しに本気で動いてみたが、オーラの量にいくらか余裕ができている。それに加えて、少しばかり毒が平気になっているような気もする。聖域越しであるが、毒花粉を見てもあまり危険を感じない。もしかしたら毒や呪いに対する耐性が上がっているかもしれなかった。無論、毒消しにも数に限りがあるので確かめるわけにはいかないが。

 ただ想像はついた。毒に侵された肉体が対処のためにそちらに成長の方向性を向けたのだろう。

「そうだったら助かるんだが……確証は掴めんな。しかし、死地に突っ込めば今回の成長の成果も自ずとわかるか……」

 庭師を倒したためにこの空間に散らばる毒花粉の量は減った。減ったが毒花粉を吐き出す植物(デーモン)は依然として通路などに生息している。

 毒に対する耐性が上がったのかもしれないが、この地は変わらず油断ができないのだ。

 香草を詰めた仮面をしっかりと装着すると、俺は聖域を出て歩き出すのだった。



 方向はあまり決めていない。

 ただ狩人の森に向かうには装備が心許ない。この領域を探索して何かしら武器を手に入れるべきだと考えている。

 だから向かうのは森に侵食された側とは違う方向だ。目的地である神殿らしき建築物方向から逸れることになるが、急がば回れという諺もある。

「何かあればいいんだが」

 相変わらず出現するキノコ型のデーモンをショーテルで引き裂きながら俺はため息を吐いた。

 単純に何もなかったことを考えると滅入るのである。

 それに、新しく手に入った力についてもだ。


 ――『龍眼』。


 龍の魂より受け継いだ右目の能力。デーモンの弱所を見破るドラゴンアイ。

 キノコに対して使ったところ。一発で弱所を見抜き、そこを突くことで滅ぼすことに成功した。

 のだが……。

「消耗が激しいな」

 あの時は気にしなかったが、ずっと使っていると疲労が激しい。

 何よりオーラだけでなく、少なくない魔力が消費される。

 もちろん使えばそれだけの成果が得られるのだが、使い所の難しい能力であることは確かだ。

「一朝一夕で強くなれるわけもないか」

 ただ、微かな安堵も漏れる。

 このような棚ボタ的に手に入った力で強くなったとしても、それが本当の強さに繋がるとは思わないからだ。

 便利だがこのようなものはいつ失われてもおかしくない能力である。ある場合は頼るが、戦士であるならなくなることを前提に戦うべきである。

 再び襲ってきたキノコ型デーモンを拳で叩き落としながら俺は自らが最も信頼するものは何かと考える。

「ふむ、遠回りこそが一番の近道なのかもな」

 俺の中で一番強いもの。それは己の肉体だ。

 鍛えた技術は俺を裏切らない。如何なる窮地でも鍛えてきた肉体こそが最も役に立ってきた。

 拳、格闘術、武器の技術、体力、パワー、スタミナ、そして筋肉。

 武器防具道具の有無は大事だが、それらはあくまでも補助にすぎない。扱う俺が弱ければそれら便利なものは満足に性能を発揮することすらできないのだ。

 手に入った能力、『龍眼』もそうだろう。

 如何に弱所が見えたとしても、その弱所に剣を突き立てるのは俺の身体だ。

 そして弱所に剣を打ち込めたとしてもオーラが不足していればデーモンの息の根を止めることはできない。

 勝利の要諦は鍛え上げた肉体なのである。

「ふ、肉体こそが勝利の鍵か……」

 そんな俺の言葉を、道の端に生えていた(デーモン)がケラケラと嗤うのだった。



「ちッ……」

 俺を嗤った地面の花を踏みにじり、先へ先へと進んでいく。

 途中で長櫃をいくつか見つけるが、開いてみれば中身は空だった。

 それに先程からデーモンの出現が少ない。

「……誰か先行しているのか?」

 誰かも何も先に進んでいるのはリリー以外いないだろうが。

 聖女たちは論外だ。奴らは調理場の道を知らない。故に俺より先にこの階層へは入れない。

 リリーの先行については庭師のデーモンが自在に道を変えていたから不思議はない。俺は誘い込み、リリーは奥へと進ませたのだろう。

 ここが難所である理由の植物毒についてもリリーならば無効化できる。

 あの女騎士の肉体に封じられているデーモンは植物のデーモンだ。毒花の街を作り出したデーモンが権能を発揮すれば植物毒の無効化ぐらいわけはない。

「この先にいるのか?」

 リリーがどのぐらい前にここを進んだのか悩むが、デーモンの再発生についてはその空間で一日程度の時間が必要だ。この辺りのデーモンが少ないということはリリーはまだそれほど先行していないのかもしれない。

 特別話したいことがあるというわけでもなかったが、少し顔を合わせたかった。

 命の恩人たるリリーの無事を確認したかったのもあるが、目的はもう少し別にある。

「こんな場所にいれば人恋しくもなる、か」

 地上では司祭様と雑貨店の店員以外とはろくに話していない。自宅の管理を任されている兵士とはそれなりに話したが、共通の話題もなく、親しく話すことはできなかった。

 それに加えて、最後に会話をしたのはあのろくでもない聖女たちだ。

 話の通じる人間と会話をしたかった。

「奴はどっちに行った?」

 地面を探る。辺境人ともなれば森の狩りぐらいは当然仕込まれる(もっとも管理されていない森限定だが。地元の狩人と揉めるとめんどくさいので)。森の獣を追う追跡術ぐらいは心得ている。

 リリーは金属の全身鎧を着ている。あれの重量をごまかすことはできない。地面は所々石畳や芝生で補強されているが、大部分が土では痕跡を隠すことは難しい。

「こっちか……」

 特に苦労することもなく足跡を追うことができる。

 リリーは途中で何度かキノコ型デーモンとも戦ったりしているのか。追う方は戦いがなく楽である(それが喜ばしいかは別として)。

 曲道などではきちんと進行方向を確認し、また、リリーの戦い残しらしきキノコデーモンを滅ぼしつつ、進んだ先で俺は立ち止まる。

「ここでこれか? あいつは大丈夫なのか?」

 ショーテルを構え、警戒する俺の前には巨大な障壁があった。

 広場か何かに繋がっているだろう通路全てを覆う脱出のできない瘴気の壁。

 経験上これは、ボス格のデーモンと誰かが戦っている時に作られるものだ。

 確か……入ることはできたはずだが。

 厨房の障壁を思い出し、手を当てる。

 ずるりと俺を受け入れた障壁に向け、更に強く踏み込む。全身が飲まれ、強大なデーモンの領域に踏み込む。

「リリー! いるのか!! ……ッ、おま、え……」

 叫んだ先で、心が停止する。

 目の前の光景を一瞬だけ心が拒否したのだ。嫌な汗が背中に滲み、言葉を発することに戸惑う。


「……キー、スか?」


 リリーはそこにいた。

 花の騎士と呼ばれる、聖王国聖騎士七位。リリー・ホワイトテラー・テキサスがそこにいる。

 俺が入ったのと同時に決着がついたのだろう。

 死力を振り絞り、デーモンを倒したのだろう。

 巨大な薔薇のデーモンの残骸が、散っていく姿が見える。

 同時に、その前に立つリリーの変わり果てた姿も。

「大丈夫、なのか? お前は」

 一瞬拳を構えかけ、下ろす。リリーは命の恩人だ。

 俺はゼウレの忠実なる信徒だが、それ以前に侠者だ。信仰よりも優先されるのが義だ。

 リリー・ホワイトテラー・テキサスはデーモンに侵された人間だが、命の恩人だ。殺す相手ではない。戦う相手ではない。

 衝動でリリーを殺しかねない自分の身体を渾身を振り絞り、制御する。

 リリーの顔はない。聖騎士の鎧を着用した人型が、茨の奥にある不気味な何かで声を発した。

「……ああ。少し……待ってくれ……」

 ずるずるとリリーの鎧に()が戻っていく。

 俺を助けた茨。だが、それはあの時よりも深刻にリリーを侵食していた。

 ぎちぎちと鎧に戻っていく茨。だが、戻りきれていない。溢れた茨が鎧の各所からはみ出ている。

 いや、はみ出ているというより、鎧は茨に埋もれていた。そして茨の各所からは眼球の埋め込まれた複数の花や、唇の形に形成された茨が現れている。

 リリーの肉片ではない。あれがデーモン『花の君』なのだろう。

「…………」

 声は掛けられない。唇を噛みしめる。

 俺が彼女にしてやれることは何もない。デーモンを絶対的な敵とする辺境人の俺にとって、何もしないことが彼女にしてやれる唯一のことだった。

 だから、リリーから声を掛けてくるまで無言で周囲の警戒をする。今の弱った彼女がデーモンに襲われればひとたまりもないだろう。

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 その鎧の下に、人間の部分はどれだけ残っているのか。

 少しと言うには多すぎる時間を使ってリリーは変異した身体を全て鎧に納めた。

 兜の面頬すらきっちりと締めたリリーの中身を見ることはできない。見るつもりもないが。

 人の姿に戻れるのだろうかと思ったが、あそこまで侵食されればもはや無理だろうと内心だけで首を振った。

 もはやリリーは地上には戻れない。戻れば村の人間がリリーを殺す。村では立場の低い俺では庇いきれない。

 そもそも、リリー自身が地上に戻る気はないだろうと思われた。

 戻る気があるなら、このような惨状になる前に戻っただろうからだ。

「キース。本当に、悪い、な。警戒、ありが……とう」

 がしゃりと音を立ててリリーが地面に座り込む。

 呪いが進行しているのか。デーモンとの戦いが辛かったのか。肉体の限界だったのだろう。

 俺は毛布を地面に敷き、座り込んだリリーの身体を支え、寝かせる。

「聖域を張る。少し休んだ方がいい」

 俺はリリーが頷いたのを確認するとこの場所の四方に聖なる言葉を刻み、聖印を置いて祈りの言葉を唱えた。

 幸い、リリーがデーモンを倒した後なので設置の条件は満たされている。

 そのうえで周囲を探索し、危険がないかも確認しておいた。

「こいつは、リリーが倒したデーモンのものか」

 城兵(ルーク)の駒。それと神具らしき青い茨の鞭。

 これらは入り口脇に置かれていたリリーの鎧櫃に入れておく。

「全くどうしたものか……」

 額に手をやり、天を仰ぐ。

 倒れているリリーは死んだように眠っていた。

 命の恩人は、もはやどうにもならない状態になっていた。



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