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家の納屋にダンジョンがある ―God in the abyss of despair―  作者: 止流うず
地下二階 磔刑の庭 毒蟲の花園
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「はぁッ……はぁッ……はぁッ――ああ、畜生。糞、水が……足りッ……ねぇ」

 月狼装備の中は汗で蒸している。仮面を外したい――ただし外せば周囲を舞っている毒花粉を吸引して死ぬが――水を飲みたい地面に座り込んで休みたい。

 戦闘は長時間に及んでいる。一時間か、二時間か、もしかしたら10分や20分かもしれない。わからない。時間の感覚がおかしくなっている。

 集中力を駆使して未だまともな攻撃は受けてはいないが、それもどこまで続くか。神経の削られるような激戦。それが冥府の神が如く俺の命脈を断とうとしてくる。

 密閉された装備であるがゆえに、汗で蒸して気持ち悪い。酷い環境でも辺境人は凡そ平気だが、流石に戦闘がこれほどまでに続けば気分が悪くなる。拭いたい。この空間から離脱したい。水浴びをしたい。一度仕切りなおしたい。

 本来、このレベルのデーモンとの闘争となれば数名の戦士での戦いになる。俺は参加したことはないが、ダンジョンのボスデーモンとの戦いともなれば数人の戦士が交代しながら戦うことも珍しくないそうだ。戦場であれば複数の兵が囲み殺すか、名のある戦士が一騎打ちを行うものでも、ダンジョンなどの閉鎖空間ともなれば戦い方もそういうものになる。

 そもそもが辺境の戦士は一人前であるがゆえに一人で戦うことが非常に少ない。それは一人で戦うより複数人の方が戦闘の効率が良いし、危険ではないからだ。修行目的でもなければ基本的に戦士団や騎士団、軍などに所属してデーモンと効率的に戦う(特に名のある戦士団には名のある名工が所属しているために戦うための道具の供給にも不安がない。装備は大事だ。この状況になって切実に思うようになってきた)。

 戦士が複数集まっていればたいていの敵には負けない。

 他の戦士に任せることで強力なデーモンとの闘争を一人で連続して行うなどの事態を避けられたり、休息時にも他の人間に任せて睡眠や食事を安全にとることができる。仲間を募るとはそういうことだ。

 戦士は戦うことが仕事であるために、良い戦士であるほど己の環境の向上に余念がない。

 ゆえに、俺の今の状況。強大なデーモン二体相手に不完全な状態で挑むことこそは、半人前の大いなる証。

 一人前の戦士ともなればこのような窮地に陥ることがそもそもないがゆえに、辺境人にはこういうときの対処法が一つしかない。


 気合で勝て。勝てなければ死ね。だ。


(このレベルのデーモンが二体。本来なら複数人で当たるべき相手だがッ……これを望んだのは俺だ)

 責任はとるさ。

 疲労と渇きで口角が歪む。頬を伝う汗を伸ばした舌で舐める。塩気と僅かな水気で気合を入れなおす。

 こういう状況。洒落にはならんが、非常に楽しくなってくる。薬もなしに朦朧としていた頭が冴えてくる。戦いに狂っているのだ。

『ヒッヒヒヒヒヒィィィィィィ!!』

 迫ってくる鋏の攻撃を手のひらで逸らす。相手の発動させた魔術による妨害で足場が悪い。腕が痺れるような衝撃が来るも、流石に慣れてきた。最大限に被害を少なくして踏み込み、オーラを込めた拳を叩きつける。

 だが相手も慣れたもの。俺の反撃をわかっていたかのように自身の最も瘴気の濃い部分で受けてくる。

 オーラと瘴気の相殺。相手の薄い部分であれば肉体をぶち抜けたが、そう上手くいくものではない。

 それなりに瘴気を削るが、やはり相手の方がタフだ。

(支出が釣り合ってねぇな。どうする……)

 オーラを全身に纏い、足に絡みついてきた蔓を引きちぎる。

「糞ッ、いい加減鬱陶しいわ!!」

 この草への対処も地味にきつい。そこまでオーラを消費しないが消費は消費だ。

 殴った個体とは別のデーモンが突き出してきた鋏を躱しながら足場の不安定さに鬱憤が溜まる。

 地味に集中力が削られる。これがきつい。これが原因で死にかねない。

(どうする……流石に相打ち覚悟でベルセルクとか言っている場合じゃないぞ)

 そもそも指輪がない。だから今まで窮地を切り抜けてきた重傷をわざと受けて最大打撃を打ち込む方法が使えない。それに、その時に身体を治療するソーマがない。

 いや、問題はそれだけではない。現在進行形で減り続けている俺の体力を補う道具がそもそもない。

 使っていない余力(リソース)は魔力だ。未だ炎の魔術を使用してはいない。だから魔力を使って回復の奇跡が使えればいいのだが、俺の信仰心はそういった奇跡を道具なしに使えるほどに達していない。

 自身がゼウレの敬虔な信徒であるという自覚はあるが、流石に奇跡を賜われるほどの信仰はない。デーモンを滅ぼすことはゼウレへの信仰となるが、しかし俺たちがデーモンを滅ぼすのはそれだけではない。

 滅ぼしたいから滅ぼすのだ。そこに信仰は関係がない。

(ちッ。まずいな……)

 踏み込み、敵の腹に斬りつけて気づく。使い続けていたショーテルがヘタれてきている。もともとショーテルは鋭さを求めた薄刃の武器で耐久性は長剣やメイスに劣る。

 瘴気を斬りすぎたのだ。刃が鈍ってきている。そろそろ一度研がなければこのレベルのデーモン相手では刃がたたなくなる。

 もちろん、そんな暇を許してくれる相手ではないが。

 頭を使いすぎて熱でも出たのか。少し頭が痛い。それに、全身にオーラを流しすぎた弊害か。じくじくと目が痛んでくる。

 オーラの流しすぎで死んだ人間の話など聞いたことはないが、今の俺の身体には龍の魂が混じっているのだ。ありえるかも知れなかった。

(戦力確認も重要だが、切り替えろ!)

 不安要素ばかり並べ立てていても意味はない。

 激戦だ。考えるぐらいなら攻め立てろ!!

 ショーテルはあまり使わないようにして、剄力を練るために呼吸。相手の攻撃を掻い潜って打撃を当てる。

 なるべく薄い場所を狙って右の掌打を当てる。相手が怯む。左の拳にオーラを込めて打撃。追撃だ。掌打を拳に変えて連打。途中で相手の攻撃が返ってくるのをなんとか避ける。鋏という使いにくい武器ながらもその動きは流石に達人だ。

Ho()-! Ho()-! Ho()-!』

「ちぃッ! 攻めすぎたかッ! 間に合わんッ!!」

 焦っていた。懐に入りすぎた俺へ向けて二体のデーモンが振り下ろしてくる鋏。集中力が欠け始めていた。敵に近すぎる。バックステップで避けられる距離ではない。

 だが、対処はできる。ここは死地なれど未だ俺の死期ではない。

(それでも失策だ。この代償。どうなる?)

 蔦を引きちぎりながら身体を回転。遠心力を利用して2つの鋏を全力の拳打で叩き落とす。みしりと音がする。拳から異音。骨に罅が入った。これで全力で殴ることはできなくなる。殴れば次こそは俺の拳が砕けるからだ。

 幸いと言っていいのか。月狼装備は丈夫だ。鉄を殴りつけた程度では破けない。

 拳の痛みを脳内麻薬(アドレナリン)で誤魔化し――ぐらりと視界が揺れ――「は?」呆けた声が出た。

Ho()-! Ho()-! Ho()-!』

Ho()-! Ho()-! Ho()-!』

 デーモンが嗤っている。追撃はない。不思議ではない。相手はデーモン。人の苦しみを糧にする邪なる者。

 だから、放って(・・・)おいても(・・・・)死ぬ生き物を追撃する理由はない。

 嬲る趣味はあるが。

 だが、それは今ではないようだった。

(……何が……起きている……?)

 脚に力が入らない。仮面の視界はそこまでよくはない。だけれど理解する。

 この不調。毒だ。毒を盛られた。

 なぜ? どうやって? 月狼装備は完璧だ。

 ……本当にそうか?

 このダンジョンに俺は何時間いた? この毒と瘴気の濃い世界でどれだけ魔の込められた大気を吸い続けてきた?

 どろりと、舌に触れるものがある。

 マスクの嘴に詰められた香草がどろどろに溶けていた。

 高い薬効を持つ香草が、強い毒にとうとう耐えられなくなったのだった。

(いつ……からだ? いつ溶けた? 俺の身体はいつから……?)

 格闘戦は呼吸を激しく使う。毒の混じった空気を俺はずっと吸い続けていたのか?

 集中力は手足や剣先に向いていた。渇きが不調に気づかなくさせていた。いろいろと理由はあったが……とにかく生命の危機だった。

「こうなったら、もう、なりふり構ってる暇は、ない……」

 役に立たなくなった仮面を投げ捨てる。事ここに至ってはあまり意味は無いが解毒の丸薬をまとめて懐から取り出してボリボリと噛み砕いた。苦味がきついが、飲み込む。瞬間だけ体内の毒素が浄化されたような錯覚。構わん。こいつが胃に残っていれば毒素は和らぐだろう。

 水筒を取り出し、清涼なる水を飲む。飲み切る。

「ああ、爽快だ」

 で、俺はあと何秒の命だ?

 笑いながら拳を構える。

 仮面で制限されていた視界が広々としていた。仮面越しに眺めていた世界が初めて目に入ってくる。毒々しい世界。魔術で操られ、嗤っている屍体たち。木々は踊り、花々は絶叫している。視界は霧の如く毒花粉と濃い瘴気で覆われている。

 リリーが太陽を見れば戻ってこられないと言った意味をようやく理解する。

「確かに、こんな場所から地上に戻れば二度と来たくなくなる」

 ヤマの支配する正しき地獄とは異なる地獄。

 邪神どもの闊歩する邪なる地の獄。

 人を転生させるためにカルマを払い落とす責め苦ではなく。

 人を苦しめるためだけにカルマを重ねさせる悪なる場。

「なんとも、地獄的な世界だな」

 分厚く身体をオーラで覆う。もはや死に体で、少しのオーラの浪費も犯せないが、流石にこの身体では少しの瘴毒で殺されかねない。

 それでも呼吸するだけで身体を殺そうとする毒花粉の影響は排せない。

 だが薬と水で一瞬だけ持ち直させた身体はこの瞬間だけは絶好調だ。

 皮肉げに口角を歪めた。それも何秒保つことかはわからないが。

 ベルセルクの指輪を渡したことをいまさらながらに後悔してくる。あれをこの状況でつけていれば死ぬまで絶好調だったろう。

 くく、と笑いが漏れた。

 視界は開けた。だがもはや命脈は尽きていた。

「だが、勝つさ。生き残れるかはわからんがな」

 この期に及んで後先は考えない。オーラを更に全身に分厚く重ねる。

 そして、俺の足掻きを嗤って見ていたデーモンたちにお前らも死ねと走りだす。

 毒の影響か。全身がひどく熱かったり冷たかったりする中。

 ただ、目だけが別の熱を孕んでいた。



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