031
王妃の放った破壊の砲弾。巨大な魔力の塊は宙をうねるようにして俺へ放たれる。
避ける余裕はない。それに、身体を少しでも動かせばデーモンの魔法は俺を追尾するような動きを見せる。
これでは逃れることはできない。
必殺は確定だった。
「万事……休すか……」
強大すぎるデーモンに魂が恐怖に震え、身体は疲労で動かない。
(俺はここで死ぬのか)
ゆらゆらと、まるで俺の死の恐怖を楽しむかのように破壊がゆっくりと迫ってくる。
俺が死ぬまで一刻の猶予もないだろう。
俺は死を覚悟した。
ああ、俺は死ぬだろう。死ぬだろうが、怯えて濡れた犬のように死ぬのだけは御免だった。
そんな無様を晒すぐらいなら今ここで壁に頭を打ち付けて死んだ方がマシだった。
恐怖に震える肉体を叱咤する。魂を激し、目を見開く。恐怖の具現と相対する。
悪鬼と化したかつての王国の王妃は赤い唇で妖艶に嗤っている。
(神よ。ゼウレよ。俺の最後の足掻きを照覧あれ!)
例え死ぬとしても、前のめりに死んでやる。
震えるからだに全力を込め、立ち上がる。両腕を広げ、厳然と胸を張る。
そうして俺は死を――
「キィイイイイイイイイイッッッス!!!」
叫びに驚き、牢を見上げる。
今まで俺が歩いてきた肉に覆われた通路。この場を見下ろせるそこに、俺へと手を伸ばす誰かの姿が見える。
「お前は馬鹿か! 掴まれ!」
リリーだ。何かを叫んでいる。
「否、私が引き上げる!! 抵抗するなよ!!」
どう考えても人の手の届かない距離だ。一体何をするというのか。いや、そんなことはどうでもいい。
「リリィイイイイイイイイイ! 俺のことはいい!! 逃げろッ……!!!! お前も目を付けられるぞ!!」
「あれは、まさか、花の君? ふふッ、驚いたわ。大陸側のデーモンにも生き残った者がいたのね」
王妃が何かを言っているが俺の意識には届かない。事ここに至り俺がどう死ぬかは問題ではなくなっていた。王妃の注意をリリーから逸らすことの方が重要だ。
武器を探す。床に落ちている肉斬り包丁。距離は遠い。諦める。
素手でいけるか? 王妃はただ立っているだけだが、あの密度の瘴気に素手で挑めば腕は爛れ、肉は侵食され、俺は悲嘆のままデーモンへと堕ちる可能性すらあった。
だがリリーを殺させるわけにはいかなかった。彼女には恩義がある。そして彼女は俺を助けようとして王妃に目をつけられているのだ。
悲壮な覚悟を固める俺。視界の中には迫ってくる破壊の弾丸もある。リリーの存在があってなおその速度は先ほどのままだ。俺たちを侮っているのだ。怒りは湧くが、やはり恐怖を覆せるほどではない。
(怖え。怖ぇが恩義を捨ててまで怯えてる暇はないぜ)
拳と悲壮な決意を固める。死ぬのがわかっていてなお挑む。だが先程のように怯えたまま死ぬより億倍、兆倍マシだった。
だがまずは俺が生き残るのが先だ。あの迫ってくる死の魔法を避け、王妃へと接近しなければならない。その上で一発でも拳をぶちこんでやる。ベルセルクを使えば度肝を抜くぐらいできるかもしれなかった。
「おぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
気合を入れるために叫び、そうして駆け出そうとして――
足を掴まれ。
宙へと放り上げられていた。
「は?」
「あら」
俺のポカンとした声。王妃の意外だとでも言うような声。
「キース! 抗うな!」
足に突き刺さる鋭い棘。流されたのは痛みを増加させる呪毒だろうか。大陸人なら触れただけで絶命しそうな激痛が全身を襲うが恩人の言葉だ。悲鳴も漏らさずに歯を食いしばる。
足を見れば俺を植物の蔓だろうか。棘のついた茨が絡みついていた。リリーのいる位置から伸びているそいつが俺を宙吊りにしているのだ。
「でも逃がさないわ。追いなさい」
そんな俺を追う王妃の魔法。先ほどまで牛の歩みだった闇の塊達が風のごとき速さで追いかけてくる。
だが俺を掴んでいる茨はそれ以上に早い。あっという間に俺を階上まで引き上げた。
「リリー……お前は……」
果たして、そこにいたリリーを見て俺は言葉に詰まる。
この茨こそがリリーの奥の手なのだろう。また、料理人にあれだけ苦戦していたリリーが俺より先に下の階層にいた理由でもあるのか。
そして、知られれば辺境人がリリーを生かしてはおかないという理由も……。
――鎧の隙間という隙間から植物の茨を出し、立っている女騎士。
「今は何も言うな。逃げるぞ」
全身にリリーから流された呪毒で激痛が走るが、俺はこくりと頷くと通路の奥へ走り出すリリーの後を追うのだった。




