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家の納屋にダンジョンがある ―God in the abyss of despair―  作者: 止流うず
地下一階 瘴気の下水道 憎肉の調理場
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 戦闘を始めてどれぐらい経っただろうか。

 オーラの消耗に耐え切れず、床に剣を放り捨てる。膝に手をつきかけるも、そこまではヘタれられず力を絞り出して必死に立つ。

「ここが、限界かッ……!」

 呼吸も荒い。見上げる。そこには変わらず料理人のデーモンが立っている。

 俺が薬でも隠せない疲労に襲われる中、そいつの威容は未だ健在だった。

 瘴気は減らせている。だが決定的ではない。倒せるイメージが湧かない。

「だがよ。誰が倒れてやるもんか」

「グルォオオオオオオオオオオ! ガルォオオオオオオオオオオ!!」

 理性の欠片も見えないデーモンは肉斬り包丁を振り上げ、俺へとどたどたと走りこんでくる。

 呼吸を整える為に距離を取ったが、そんなもの薄紙がごとくの距離でしかない。

 気力を全身にみなぎらせる。

 メイスを手に、息を吐く。心臓の鼓動がうるさい。熱で脳が冒され、まるで熱病のようだ。

 相手は強い。だが退けない。退けば逃げ回りながら戦うことになる。そうなればじわじわと病に冒され俺は死ぬ。いや、逃げきれず肉斬り包丁に切断される方が早いか。

 だから前進する。肉斬り包丁をステップで避け、メイスで一撃。そうすると腕か足が飛んでくる。それに対して位置取りを考え回避。メイスをぶち当てる。

 相手の攻撃は速いが単純だ。このまま1時間も戦えばきっと勝てただろう。これが黒騎士相手であれば武技と疲労の差で殺されていたのは俺の方かもしれないが、料理人のデーモンに武技の心得はない。

 しかし、そんなことを考えながら戦っていれば突然襲い来る身体への倦怠感。疲労とは別のものだ。呪病である。

 鎧の隠しから丸薬を取り出し噛み砕く。病が消滅し、体力が削られる。病とは別の目眩が疲労に呼び覚まされ、脳髄を冒していく。悪態が自然と漏れた。

「くッ……。ここまでか! ここまでなのか俺は!!」

 料理人のデーモン単体ならば持久戦で勝ちを拾えた。しかし、俺の相手は2体いるのだ。

 呪病を撒き散らすドラゴンのデーモン、奴を殺さねば勝ちはない。しかし同時に料理人のデーモンを無視して奴に向かうことは不可能だった。

 万事休す。糞ガァ! 叫びながら床に放り出した剣へと飛びつく。炎獄の指輪をベルセルクへと切り替える。

 こんな小細工で俺は勝てるとは思っていない。俺の力が足りないせいでこんな博打をすることになっている。いや、博打ですらない破れかぶれだった。

「来いよぉおおおおおおおおおおお!!」

 料理人のデーモンが振りかぶった肉斬り包丁。避けない。だから俺の胴体へと直撃する。無理矢理敵の攻撃を受けて、発動するベルセルク。生命が危地へと追い込まれることで発動した指輪の力。その溢れんばかりの一瞬だけの暴力を黒鉄の剣に思い切り込めた俺は肉斬り包丁によって弾き飛ばされた宙空より料理人のデーモンに向かって剣を投擲する。

 投擲は避けられることなく必中する。まるで大量の火薬に火をつけたかのようなオーラの爆発。直撃を受けた料理人のデーモンはその身体の大部分を消失させ、怨嗟の篭った叫びを上げる。

「グルォオオオオオオオオオオオオオオオオ!! イギギィイイイイイイイイ!!」

 だが相手は生きていた、逆に俺はたった一発で内臓まで肉体をえぐられて死に体である。鎧を着ていてもあんな一撃に耐えられるわけがない。地面にべしゃりと落ち、体中の血液を不潔な床にぶちまけている。

 ベルセルクの力も一撃に全てを使ってしまい残ってはいない。薬で無理矢理動かすことも出来ない重傷。体の中身を全て吐き出したような倦怠感。

 だが戦いは終わっていない。

「俺の負けだ。俺の負けなんだよ。これは」

 ソーマを取り出し飲み干す。力が全身にみなぎり、破壊された肉体が再生される。

「だが俺はデーモンを滅ぼす。お前らを滅ぼす。絶対に滅ぼしてこのくだらない悪夢を終わらせる」

 ここからは、俺の力じゃない。

 悔しさに身体が震える。虚しさに心が震える。

 それ以上に、怒りが身体を動かす。

 この部屋に入る以前から解法は用意されていた。

 俺の行先にはなぜか都合よく道具が転がっていたのだ。そして力なき故にそれらを拾い集めるしかなかった俺。

 このダンジョンはあの姫の物語で、俺は料理人の物語を知っていた。

 だから、目を背けていた。選択肢に含めることすら否定した。だから試すことすらしなかった。全部わかっていたことだった。

 本当はソーマを使う必要もなかったのだ。温存することができた。

 だけれど俺はそれが嫌だった。

 嫌だったのだ。

 だがもはや手段は尽きていた。俺ではあの料理人のデーモンを倒すことは出来ないし、その奥のドラゴンには触れることすら出来ない。

 無言で筋力上昇の水薬を飲み干した。全身の筋肉がみちみちと強度と力を増す。

 皮膚硬化の水薬も飲み干す。防御にまわしている分のオーラを全て腕へと集中できるようになる。

 そして俺は袋から身の丈を超える巨大な肉斬り包丁を取り出し、鼠毒の猛毒薬を表面に流した。

 俺も馬鹿ではない。この部屋で巨大な料理人と竜のデーモンを見た瞬間に解法はわかっていたのだ。

 リリーに再三言われていたのだから。

「それでも、俺は自分の力で勝ちたかったッ」

 傷を癒し突っ込んでくる料理人のデーモン。それに合わせて両手に持った肉斬り包丁を振るう。

 刃がふれあう。強化された膂力がデーモンの刃を弾く。デーモンと俺の刃は跳ね返り、相手は体勢を崩す。同時に俺は弾かれた勢いを利用し、再度剣を振るっていた。

 毒に塗れた肉斬り包丁が料理人のデーモンを深々と切り裂く。

「ガアァアアアアアアアアアアア!!」

 絶叫があがり、しゅうしゅうと毒に冒されるデーモンの肉体。目に見えて料理人のデーモンの動きが悪くなる。

 全てわかっていたことだった。

 このデーモンの元となった料理人は鼠の毒によって身体を弱らせたのだから。

 だが俺の心は晴れない。武技で圧倒できなかった時点で辺境人としての俺は負けたも同然だ。

 聖職者のデーモンを聖水で浄化するのとは話が違う。

 間をおかず剣で攻め立てるもじくじくと俺の心を敗北感が攻め立てる。

「糞ッ! 糞ッ! 糞ガァッ!!!」

 毒によって弱る料理人のデーモン。その肉体を構成する瘴気が散り散りになっていく。最初からこうやっていれば早かったとは思わない。ギリギリと歯が軋る。俺の力で倒せなかった! こんな示された解法に頼ってしまった! 糞がッ! 糞がぁああああああああ!!

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 オーラと毒によって強化された斬撃を喰らい巨大な料理人のデーモンが消滅する。


 ――記憶の流入――『料理人』の記憶だ――緊張した様子の少女に向かって進み出る気の良さそうな壮年の男――「姫様。私が今日から貴女の専属の料理人でございます」――安心させるような男の笑みに少女はほっとしたように笑顔を返した――記憶は終わる。


 地面に転がったなんと書かれているかわからない日誌とソーマ、それと黒ポーンの駒を拾う。

「ご丁寧に使ったソーマを補充でもしてくれてるのか……くそッ」

 呆けてはいられない。デーモンはまだ残っているのだ。

 俺は筋力強化の効果が残っているうちにでかぶつ(・・・・)を仕留めるべく走りだす。

 途中濃くなっていく霧によって病に肉体を侵されるが、薬を飲んでいる暇が惜しい。ただただ走っていったその先で磔にされた龍のデーモンと対峙し、そういうことかと納得する。

 龍のデーモンは龍のデーモンではなかった。

 このデーモンが使ってきたのは病の霧を垂れ流すだけで、他にも何もしなかったのだ。その時点で、龍ではないという確信は少しだけあった。

 もとより鉄の鎖程度で龍の動きを止められるわけがないのであるし、いや、そもそもだ。


 ……弟龍(・・)マルガレータ(・・・・・・)の物語は(・・・・)別に(・・)存在する(・・・・)


 料理人の話はマルガレータの話ではなく料理人の話なのだ。

 俺は肉斬り包丁を振りかぶると、うぞうぞと()のデーモンが集まった龍の形をした何かに剣を突き立てた。

「ピギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」

 毒によって鼠の多くが消失していく。いや、これで結合が解かれたのか。龍の形を失った鼠のデーモンたちは地面に落ちると散り散りに去っていく。中には俺へと突っかかってくる個体もいるがそれらは鬱憤を晴らすように丁寧に斬り刻んでやった。

 あまりに数が多すぎて追う気にもなれない。

 そして鼠龍のデーモンの消失とともに病の霧が晴れていく。

「こいつは……」

 肉と死体に彩られた調理室。その壁際、あの鼠龍のいた位置に何かの石が落ちている。

 いや、石ではない。石のように見える。何かの瞳だ。

 その爬虫類特有の細長い瞳孔。それに手を伸ばし、俺は――


 ――理性を失った。



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