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家の納屋にダンジョンがある ―God in the abyss of despair―  作者: 止流うず
ダベンポート 神殿都市セントラル(2)
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 老人は俺の頭に手を当てるともごもごと聞こえぬ音で呪文を発した。

「童……そうか、縁(えにし)見えぬということは童は孤児か。さてはて、どうするべきか」

 キノコの毒に当たって死にかけている俺に老人の言葉に応える余裕はなく、ただ恨むように空を眺めるだけだ。

「ふむ、何事にも保険は必要か。これも縁。使えぬようであるならば捧げればよい」


 ――命は命。そこに安いも高いもない。とはいえ足りぬかもしれぬ。もう少し育ってからにすべきか。


 言葉の意味はわからなかった。

 今でもわかっていない。

 爺の語る言葉の真意を知るだけの知恵を俺は持っていない。

 そんな爺のことを村人は皆狂っていると言っていた。

 それに育てられた俺もまた、まともではないと。

 だがそれでも。

 俺を背負って山を降りる爺の背の温かさは、今でも心に残っている。


                ◇◆◇◆◇


 特段の理由もなく、山中を全身鎧で行動するのは愚か者のすることだ。

 単純に重いので行動に制限がかかったり、足場が悪い場所ではその重さで滑落する危険もある。

 辺境人は体幹が強く、満腹であれば体力も無尽蔵にあるとはいえ、装備が選べるのならば最適なものを選ぶべきだった。

(軽いな……)

 俺は山中で行動するにあたって装備することはないと思って猫に預けていた『黒の森の狩人服』を着ていた。

 オーキッドのマントはこの状況には合わないので袋に仕舞い、少女篭手を身に着けている。

 指輪は酒呑から手に入れた無毒の指輪と敵対者から狙われにくくなる狡猾な鼠の指輪だ。

(毒ってもな……。鍛えに鍛えた俺の耐性を通常のデーモンどもが使う毒で抜くことは不可能だろう)

 効くとしたら、黒の森の狩人ども……奴らの使う特別な毒。

 それとも毒の神やその眷属どもの扱う猛毒か。それとも真祖吸血鬼の呪毒。猛毒龍のブレスや爪……。

「はッ、そんな化物がこんな都市近くの山にいたら都市は壊滅の危機だな」

 とはいえ、そのようなありえない化物でも出ない限りは毒にかかることはないだろう。

 それでも俺が無毒の指輪をわざわざつけてしまっているのはあの黒の森での戦闘や幼い頃の記憶が原因だった。森に良い記憶がないのだ。

(毒消しの丸薬は持ってきている。ソーマもある。恐れることはなにもない)

 青薔薇の茨剣を腰のベルトに差し、俺は木こりが使う作業道と獣道を見比べ、獣が使う、道とは言えない道へと踏み入った。

 この山は通常、交易には使われない。隣村へと向かうきちんとした道など存在しない。

「こんな道じゃねぇ道を使うのは、金も時間も余裕がねぇ行商人ぐらいのもんだ」

 ただ生きていくだけでも金は必要だ。子連れの儲からない行商人。どれだけ……どれだけ生活は苦しかっただろうか。

「だが護衛も雇わずにこんなところを通るとは、我が親ながら愚か者だな」

 投げナイフ(チコメッコ)を投擲し、木々の合間から俺を狙っていた肉食の獣の脳天を貫く。黄金銅(オリハルコン)の刃で脳を破壊された獣が倒れ、砕け散った血肉と脳が地面に散らばった。

 ここはダンジョンではない。死体は残っている。だがその死体は俺が殺した獣どもによって森の奥へと引きずられ、食われ、消えていく。

 同時に俺を囲んでいた剣呑な気配も引いていった。奴らは俺の相手をするには危険だと理解したのだ。

「なんの防備もなけりゃ死ぬだろう。普通に……」

 それともそれだけ腕に自信があったのか? なぁ、顔も覚えてねぇ親父とお袋よ。


                ◇◆◇◆◇


 交易の中心地として、巨大な都市へと成長していく神殿都市を差配するオーキッドにとって、聖女たちは頼るべき味方であったが、同時に彼女たちはオーキッドにとっては頭の痛くなる強大な政敵達でもあった。

 大陸と違い、未だ魔神や悪魔たちが蔓延る辺境では、神殿とは民を慰撫し、教育を施すだけではなく、都市を防備するための防衛施設としての役目が強い。

 そして都市の規模が大きくなればなるほど、その役目も重要になってくる。

「……では皆様方はオーケアーラス大河の治水には反対であると?」

「治水の前に商業施設を充実しなさいよ。ブティックが足りないわよ都市長代理(オーキッド)。私、芸術家をここに招いて芸術都市にしたいのよね~」

 午後の会議は神殿の有力者たちとだった。

 この会議をオーキッドの思うように進める困難さは、午前に行われた辺境の男どもとの会議とは次元が違う。

 地元の大侠客『黒蝮』の後見を受けているオーキッドにとって辺境の男たちの誘導は容易い。そして彼らはときに不合理だが、基本的には合理的で嘘を嫌う。

 だがここでは地元の大侠客の後見などなんの役にも立たない。

 この聖女たちに通じるのは甘い砂糖菓子や金貨の山だ。

(……大陸の元老院並だなこの腐敗は……)

 ふざけた発言をした芸術の神の聖女に辺境の男の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいとオーキッドは思いながら、他の聖女たちに顔を向ける。

(とはいえ重要なのは利権に群がる羽虫のように、誘わずともやってきた弱小神の聖女どもよりも――)

 神殿本部よりやってきている枢機卿や司祭などの神官も出席しているが、彼らは聖女たちの手前口を噤んでいる。

 オーキッドが目を向けるのは、主神(ゼウレ)や海神(ポスルドン)、戦神(アルフリート)、月神(アルトロ)、肥沃(チコメッコ)などの聖女だ。

(大神格の聖女とはいえ、ここに来ているのは未だ作られたばかりの若い聖女たちだそうだが……)

 聖撃の聖女や浄化の聖女などの大物はたかが都市会議程度には出席してこない。彼女たちには前線でデーモンたちと戦う神聖な使命がある。

 とはいえ、やはり若くとも造った神の格が違えば蓄えている神秘(オーラ)も目に見えて変わる。これらの聖女たちはただいるだけでそこに光が差す。

「ボクは治水は反対だな。なぁ小娘、オーケアーラス大河ともなればどれだけの年月がかかるかわかるかい? その辺をちょろちょろ流れている小川を整備するのとはわけが違うんだぜ?」

「だから提案しているのです。今から計画を立てて」

「あー、黙って黙って。今は海神の聖女様が話しているのですよ? お前のような小人の言葉を聞いてあげている我々の慈悲を無視して話を遮ろうとは無礼千万。八つ裂きにして引きずり回しますよ?」

(ぐ、ぐぐぐぐ……)

 主神の聖女の言葉にオーキッドは顔を引きつらせるのが精一杯だった。万事が万事この調子。オーキッドはこいつらに事前に接待をし、周辺に根回しをし、傲慢な小娘たちの機嫌をとるために心を砕かねばならなかった。


 ――彼女たちを無視して事業を進めることはできない。


 村程度の規模であれば特別な施設は必要がない。小さな神殿が一つと村人全員が腕自慢であれば済む。

 勝てない敵が攻めてきても、最悪村を捨てて山に逃れ、そこにいる獣どもを狩るか近郊の他種族を恐喝して物資を奪えば済む話だ。

 だが都市となると防備にも特別な施設が必要になる。

 攻めてくる敵や攻撃方法も多彩になる。

 デーモンの軍団による戦略、戦術級の大規模呪術。

 頭のおかしい狂信者どもによる都市級祈祷術。

 獲物を狙って潜伏する真祖吸血鬼。

 神の眷属や聖女と同様の手法で悪神によって作られた魔女の脅威。

 これらの脅威に対抗するにはただの戦士では足りない。聖衣や聖水、聖具などの装備が必要で、それを恒常的に供給できる神殿の協力が必要になってくる。

 キースが以前討伐した病神の信徒たちもその一種だ。たった半年前のことだが、あのときのオーキッドは今ほど神殿の協力を受けられていなかった。

 キースがいなければオーキッドは危うく愛娘を呪殺されるところだったのだ。

(今回は、無理か……)

 オーキッドは今回の会議の大目的を諦めるしかなかった。大河の治水以外のことを進めるしかない。

(くそ、このお嬢様たちをこの場で説くのは無理だ)

 キースに甘いためにオーキッドの言うことなら内容を問わず承認してくれる聖撃の聖女(エリノーラ)や、言葉で説くことのできる浄化の聖女(アズルカ)の出席時を狙うしかない。

 もっとも狙ってそのときを作ることは出来ない。夫(キース)が神話級の化物を殺した瞬間にエリノーラはやってくるのでそのときに会談をねじ込むしかない。

 治水は絶対に必要だ。

 都市のさらなる拡張にはこの神殿都市から一番近いオーケアーラス大河を治水し、大規模な港を建設する必要がある。

 大河の治水だ。簡単なことではない。だが今から始めなければいつ終わるかもわからないのだ。

 それでも今は諦めなければならない。オーキッドは歯を食いしばって、それでも別の議題をあげようとして――


「……いいんじゃない? 大河の治水でしょ。やれば?」


 その言葉は大神の聖女席からだった。自信満々にオーキッドを貶していた主神の聖女がその言葉に思わず「は?」と言ってしまう。

 瞬間、攻撃的な奇跡が主神の聖女の顔面へと叩き込まれていた。

 血と肉を撒き散らしながら主神の聖女がテーブルの上を滞空しながらすっ飛んでいき、そのまま壁にぶつかり、派手な音を立てて床に倒れ込む。

 沈黙。

 若い聖女たちが黙り込む。海神の聖女が目を閉じ、耳を塞ぎ、顔をテーブルへと擦りつけた。

 枢機卿も、司祭も、目を閉じた。何も見ていないふりをした。何も聞いていないふりをした。


 ――発言したのは、聖女を痛めつけたのは、月神の聖女(シズカ)だった。


「は? は? って何? 私が発言したのに、は? って何?」

 立ち上がったこの場でもっとも年月を経た、少女の形をした怪物が歩き出す。主神の聖女の顔面を蹴り飛ばす。

「聖撃(エリノーラ)がいないからってお前なに調子に乗ってんの? 安価に作られた量産品の聖女がこの私にどうして意見してんの?」

「や、やめッ、やめてくださいッお姉さまごめんなさいごめんなさい!!」

 恐ろしい光景だった。信仰の対象となる聖女が同じ聖女の手によって血まみれになっている。血が飛び、肉が抉れ、神聖な聖女服が赤色に染まっていく。

 オーキッドは、信じれない気持ちで眼の前の光景を見ていた。あの(・・)シズカが、オーキッドの提案に賛意を示した。

 根回しはしていない。

(そうだ。そして一番恐ろしいのは、この聖女は先週までは今血まみれになっている主神の聖女と同じような発言をしていたということだ……)

 主神の聖女があのような発言をしてしまったのはその油断もあったからだろう。

 夫(キース)が帰ってくるまでこの議会の暴君はこのシズカだった。オーキッドを軽んじ、発言にいちいち茶々を入れ、大河の治水など現実的ではないからもっと商店を増やして街を華やかにしろと要求してきていたのだ。

 この聖女を会議で黙らせるために積んだ黄金銅(オリハルコン)の量は都市の歳入にも匹敵する。キースが地上に滞在するたびに貸してくれている増える短剣(チコメッコ)がなければオーキッドは聖女たちによって財政破綻へと追い込まれていただろう。


 ――聖女とは例外なく政治の場ではそういう生き物なのだ。


「オーキッド」

「は、はい!!」

「こいつも大河の治水、やってもいいって」

 小さな聖女(シズカ)の手によって、芸術品のようだった美少女顔を、肉屋の店先の豚の頭のような有様にされた主神の聖女がにへら、とオーキッドに向けて笑ってみせた。

「ありがとうございます。シズカ様」

 オーキッドの返答に満足げに笑ったシズカが主神の聖女を床に投げ捨てた。

 静寂。倒れた聖女には司祭たちすら駆け寄らない。シズカがゆっくりと、先程までのことなどまるで幻であったかのように優雅に席に戻る。

 そうして沈黙が――いや、手をたたく音が会議場に響く。

 オーキッドが目を向けた先には商業神の聖女ベンガラ・C(チルディ)・ゴールドラッシュが老獪な猫のように、にっこりと笑っている。

 ベンガラはシズカと並んで古い聖女だ。つい先日、キースの帰還に合わせて都市入りをした聖女でもあった。

「ではでは! 会議の方針も決まりましたね! いやぁ治水! いいですね! 大量の金が動きますよぉ! オーキッド都市長代理、資材、人足の手配、ぜひとも我々商業神の信徒にお任せくださいな!」

「ああ、それはもちろん、ぜひともベンガラ殿にはお願いしたいと考えていた」

 言われなくともだ。大河の治水ともなれば、この都市だけではどうやっても資材を賄うことはできないのでオーキッド側から申し出るつもりでいた。

 だがこの聖女が言えばまた空気は変わる。決定自体は聖女シズカが無理やり納得させたものであっても、シズカと同格である古参の聖女が頷いてしまえば弱小の聖女たちは従うしかない。

 それでも海神の聖女が恐る恐る言う。

「お、オーキッド都市長代理。あの、その……」

「どうしました? 海神の聖女様」

「お前もか」

 はぁ、と拳に息を吹き込んだシズカを見て青い顔をした海神の聖女は、慌てて議場に響くように言った。

「い、今の神殿には海神様を納得させるだけの贄がないんだ!!」

(それがどうやってもこの聖女を説得できなかった理由か……)

 同時に「ああ、嫌だな」とオーキッドは思う。

 この土地は、どこもかしこも神に支配されている。

 治水など土地の地形に合わせて、人の知恵を結集させて行うべきものなのに、まず最初に考えることが神への贄。

「お前が生贄として死ねばいいんじゃない? 一応聖女でしょ?」

「無茶ですよぅ」

 シズカへと平身低頭する海神の聖女を見ながらオーキッドは「では、私の方でも考えてみます」とだけ言った。


                ◇◆◇◆◇


 森の腐葉土にデーモンの死体が転がっている。

 父母が通っただろう道を通って、森を探索する俺を襲ってきたデーモンだ。

 黒の狩人のデーモンに酷似したそのデーモンを追い詰めることは簡単だった。矢を撃ってきたのでそれを握って投げ返しただけ。

 矢に貫かれ地面に倒れたそれに茨剣を突き込み、殺した。

 だが、倒れたデーモンを見て俺の頭は真っ白になった。

 そう、このデーモンの顔は、まるで子供の落書き(・・・・・・)のような――。

「いつから……」

 背後から襲ってきた月狼のデーモンの口に片手を突きこむ。喉に入り込んだ腕の筋肉に力をいれ、牙が通らないようにする。そのうえで上顎に片手をかけ、そのままびりびりと、紙でも裂くように殺してやった。

「いつからだ」

 このデーモンたちの気配には覚えがある。べっとりと、馴染み深い穢れが染み付いている。


 ――あのダンジョンの、破壊神(・・・)のものだ。


 そしてこの場所は、俺が聞いた、両親が死んだとされる場所。

 もはや、何を信じていいのかも、何を疑っていいのかも俺にはわからない。

「いつからだ!! ゼウレ!! いつからなんだ!!」

 これは、なんで……。

 これは、偶然なのか?

 あのダンジョンで現れるデーモンに酷似したデーモンがいる森の中で俺の親が死んで。

 俺がその森で爺に拾われて。

 その俺があのダンジョンに挑む?

「ああ? どういう? 畜生! なんだ? ああ? 糞! 畜生! 畜生!! 畜生!!」


 なんなんだこれは!!



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