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そうして俺は都市への侵入を果たす。
見下ろす。窪地のような場所に神殿街は存在する。以前の都市はそんなことはなかったと聞いている。都市全体が沈没しているのか。そうだとして、どういう意図があるのか。
階段(のように変性した石畳)を下るようにして足を進め、背後を振り返る。そこには俺が入ってきた時と変わらない白きの門の存在が――いや、変わっている。
白亜の門は破壊神を称える黒き門へと変化していた。
頭上には黒穴のような黒き太陽。眼下に広がるのは光ではなく闇に照らされた漆黒の都市。
「闇。呪われた都市……か」
呟き。狡猾な鼠の指輪が効果を発揮していることを実感する。
「来ない、か」
以前侵入した時は即座に都市中から集まってきていた亡霊どもが未だ俺に気づいていない。
敵意を持たれにくくなる、というよりは身につけた者の存在を薄めているのか。いや、どちらでもいい。とにかくこいつは有用な道具だ。
――進む。
――進む。
以前は途中で逃げ帰った階段を下っていく。闇の都市へと入り込んでいく。
階段を下りきり、まず視界に入るのが大通りだ。
いや、元大通りか。以前見た誰かの記憶では神殿へと真っ直ぐに進めた道は曲がりくねり、ここからでも遠目に見える神殿へは容易く行けるようにはなっていない。
脇には商店や家屋が連なっている。扉は開いている。気が向いたなら、あれらを探索することも可能だろう。
「とりあえず神殿に向かってみるか……」
探索はしたいが、この都市を探るのは少し以上に骨が折れそうだった。まずは神殿に行き、可能なら聖域を作成して拠点を作成した方がいいだ――冒涜的な気配。
「お前の母親は豚とヤってお前を産んだんだよぅ」
掠れた声で囁かれ、ぎょっとして隣の壁に顔を向ける。落ち窪んだ目をした亡霊が壁から頭を突き出し、俺を恨めしそうに睨みつ――「オラァ!!」――反射的に叩き滅――クソッ!
「まだ動いてやがるか!」
嘘だろおい。上位聖水で満たされた邪悪殺しのハルバードだぞ。
石壁に埋め込まれた刃を引き抜きながらオーラを込めた蹴りで存在を薄めた亡霊を何度か蹴りつけると「お前もこうなるよ。ヒッヒッヒ」と呟きながら銀貨を残して老婆とも老爺とも区別のつかない亡霊は消滅していく。
「高位の悪霊すぎねぇか……?」
上位聖水の持つ魔滅の概念は下等な亡霊ならばただあるだけで消し飛ばす神秘を内包している。それに加えて俺のハルバードは下手な武器よりも魔性殺しに特化したものだ。オーラも込めている。龍眼こそ使っていないが瘴気の核に近い部分も狙った。それで一撃で滅ぼせない。
寒気がする。そういうものでここは溢れている。
――生きているよ。
――死んでないよ。
――動いているよ。
――止まってないよ。
ざわざわと、俺の侵入を感知した悪霊どもの気配が周囲に満ちていく。
「気づかれたか」
一戦やるのもいいかもしれないが、先はまだまだ長い。鼠の指輪の効果か俺に気づいた亡霊全てが迫ってくるようなこともない。
逃げるようで癪だが、俺は駆け出すようにして闇に包まれた都市の奥へと進んでいくのだった。
◇◆◇◆◇
「悪霊だけじゃねぇのか……というか、なんだあれは」
ハルバードで亡霊の頭をカチ割りつつ、突き出した穂先で突き殺す。そうして亡霊が落とした銀貨を拾いながら俺はつぶやいた。
俺の視界のギリギリ先。都市の大通りに化け物の群れが見える。
だが、それらは単純に死肉の化け物、というには奇妙な怪物達だった。
長い鼻に、長い牙、長い耳を持った巨大な四足の獣を模している、のか?
そのように人の死肉が絡まりあって作られた奇妙な形の化け物どもが視線の先の先に見えたのだ。
小さい(といっても俺の身長を軽く超えている)のから大きいのまで、だ。甲高い声で鳴きながらそれが群れを為して、都市の大通りを闊歩している。
不気味すぎる。なんだあれは、何の意図であんなものが?
デーモンどもの考えることは意味がわからないものだらけだが、それにしたって――
「む……いや、待てよ」
見覚えはあった。大陸を旅した俺の記憶や爺から教わったものではない。あの哀れな塔の姫の記憶だ。
それが神殿街を歩いているのを姫は塔より見ていた。そういう記憶が俺の中にはある。
「……なんて、名前、だったか……」
これは思い出す、というよりは魂に刻まれた情報を引きずり出す感覚だ。ただし多用はできないし、深く記憶に潜ることもできない。金剛龍ならともかく姫の記憶だ。なるべくならやりたくない。
記憶を知るということはそれに付随する感情を飲み込むということ。死者の強い感情に共感し、混ざりあってしまえば現在の俺の人格が塗りつぶされる危険がある。
龍ならまだ名誉とも言えるが、そいつが幽閉された姫ってんなら女々しすぎて泣けてくるぜ。
それでも、あの怪物がどういうものかを知るにはやらなければならないのだが……。
(こいつがデーモンってんなら元の生物の行動を模す筈だからな……。魔術や神秘を使える生物だったらまずい)
あれだけの巨体だ。元の生物が龍とまではいかないがそれに準ずる神秘や知能を有していたならばまずいことになる、のだが。
(ほう、マンモス、ってんのか。ありゃ)
姫の記憶が俺に教えてくれたのは、大陸の南から連れてこられた戦象の情報だ。
でかくて強いが、知能は獣並。神秘や魔法などは使えず、主に巨人や人間によって肉として狩られる運命にある生物。南にいるクソ寒い地域の蛮族たちが調教し戦争に使っていたのを初代皇帝が暗黒神との戦いに使えないかと連れてきたもの。
本当は人の肉に覆われた化け物ではなく、自前の分厚い毛皮を持った、なんとも可愛い生き物、らしい。
この辺りは姫の感想だ。
「どんなに可愛かろうが人の死体で作られたならな……」
元の生物がどんなものだろうと、俺の視界に見えるあれらは絶対に可愛くはない。それよりもあれらを全て倒すのが骨だった。亡霊も絶対に集まってくるだろうし、でかいということはそれだけで脅威だからだ。
あの中でも特に巨大なマンモスなどは足を振り上げて落とすだけで俺を殺すことが可能だろう。
もっとも姫の記憶通りのただの獣なら、長引きはすれど俺が苦戦することはないだろう。
とはいえ、経過する時間を考えれば交戦を避けて、さっさと進みたいところだ。
「……無理か」
横道を探そうと思うも、避ける道が存在しない。実際の都市ならばそんなことはないのだろうが、その辺りはここがダンジョンである証拠だ。
ここまで来るのにいくらか小道なども見かけたが、この周辺には小道は全く存在しない。横の商店や家屋なども不自然に入り口が封じられている。
どうやっても絶対にマンモスの屯している道とぶつかるような構造になっている。
「横の商店の壁でもぶっ壊して……いや、無理か……」
恐らく壊してる内に亡霊が集まってくるだろう。鼠の指輪で敵意は薄めているが、薄めているだけだからだ。
(それに、そんな邪道で進めばダンジョンの防衛機能が動くだろうな)
上の階で見た肉の壁や庭園の毒蟲ども。頭上の黒き太陽。正当でない方法で進めば、そういう触れてはならぬものに触れてしまうだろう。
(この世界のルール。つまり、破壊神の逆鱗ってところか……)
息を吐く。呼吸を深める。ハルバードに新しい聖水の瓶を叩き込む。これで探索を始めてからの聖水消費は4本だ。都市に入る直前のものを合わせれば消費は5本。残りの聖水74本。
ただ、使っただけではない。進行する経路の問題上、どうしても侵入しなければならなかった周囲の家を探索し、長櫃も発見している(全ての家ではないので恐らく探索漏れはあるだろうが)。
回収した道具は、弓と聖言の刻まれた工具と指輪に、亡霊がギュリシアの代わりに落とした巨大鎌が5本だ。
巨大鎌以外は地上で猫に鑑定して貰う必要があるだろう。
さて、俺は袋から新月弓を取り出し、未だ俺に気づいていないマンモスどもを睨みつけた。
「まずはここから射殺せるかどうかだな」




