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「おぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 叫ぶ。オーラを練る。正面に叩きつける。茨がはじけ飛び正面に道ができるも進むことはできない。

 斬った端から次々に茨が集まって損傷を修復していくからだ。

「ちぃッ! 埒が明かんなッ!!」

 投槍は花の君に痛撃を与えた。しかしそれが奴を怒らせ、同時に冷静にさせてしまったのだ。

 本気で戦われている。もはや花の君に以前の隙はない。

 故に、亀のように閉じこもろうと奴の花弁が閉じていく。

「待て! 貴様!! 待てぃ!!」

 そんなことは許さぬと、遮ろうとするも尋常でない量の茨が俺へと襲い掛かってくる。


 ――茨に、花人間(デーモン)に、押しつぶされる。


 退路は断たれている。周囲は敵の腕たる茨だらけ。地面からは花人間が生み出され、茨と共に、俺へと毒持つ腕を伸ばしてくる。

 強敵どころではない。このレベルのデーモンの軍勢。辺境とて一軍で掛かって殲滅すべき手合いだ。

 花の君。花のデーモンたちの君主。都市一つを魔界に沈めた毒粉の王。

 それが神の血を引く清廉なる騎士と、神の薔薇の堕ちたデーモンを喰らったのだ。

 こいつもまた、俺が逃げるしかなかったあの魚のデーモンと同じ領域に達していた。

「だがッ、それがッ、どうした!!」

 吠えながら剣を振るう。投槍で傷がついたのなら、殺せるということだ。俺から逃げるということは俺でも殺せるということだ。

 敵がどれだけ強かろうが、俺がどれだけの危地にいようがそれらは俺の復讐の障害にはならない。

 俺がここにいて、仇が目の前にいる。それだけで十分だろう。

 なぁ! そうだろう! 花の君よ! デーモンよ!!

「らぁッ!!」

 無数の茨を炎剣とギザギザ刃で切り払い、腹の中のオーラを噴出するようにして周囲に発する。

 練りに練ったオーラの奔流。無色の力の波が周囲を圧する。もっとも、剣や拳に込めて放った方が威力は高まるし、デーモンを滅ぼすならそちらの方が効率的だ。

 だが、この瞬間はこれでいい。

 以前の俺ならともかく、今の俺の放つオーラは、弱いデーモン(もどき)程度なら触れただけで蒸発させることもできる威力になっている。

 とはいえ、このレベルの相手ともなれば、雑兵相手にすら有効打にはならない。茨が刹那動きを止め、花人形ですらよろめく程度のもの。

 だが、それだけでいい。その間隙、それが俺には必要だった。

 周囲へと手のひらを向ける。それはヤマの指輪を嵌めた右の手だ。

「赤壁!!」

 俺の魔力が枯渇しない程度のギリギリまで魔力を注ぎ込んだ炎の壁が俺と花人形たちの間に出現する。

 邪悪を滅するヤマの火炎。

「ははッ、触れれば滅ぶぞ!!」

 炎の先では怯えたようにデーモンたちが後ずさるも、君主たる花の君がぶるりと震えて絶叫のような命令を発した。

 途端、死すらも恐れず炎の壁に突撃する花人形と茨たち。

(ちぃ、如何な赤壁とはいえ、あれだけの量。いくらも保たんぞ)

 背後の花人形たちを一瞥し、花の君側から迫ってきていた茨を切り飛ばすと、俺は花の君が前面に展開する茨へ向き直る。

 そこにあるのは次から次へと俺へ茨を伸ばしてくる茨の壁だ。この向こう側に花の君の本体はある。

 これを乗り越えるには、それこそ命を懸けねばなるまい。背後から迫る敵の多さを思えば、逡巡することすら許されない。

 だが、俺はこの貴重な一瞬、過去に思いを馳せる。


 ――俺はリリーの為に死ねるか?


 苦笑が浮かんだ。何度だってそれを決断した。あいつの為なら何度だってそれを行った。

「おう! リリー。俺はお前を愛している!!」

 言えなかった言葉を叫びながら、俺は前へと突き進む。両の剣で茨をこじ開けるようにして花の君の中へ、中へと入っていく。

 到達する為に、敵の中へと入らなければならないほどのデーモン。それほどまでに花の君は巨大だ。殺せるか? と考え、殺そうと心のうちで頷く。

「リリー! お前の為なら俺は! 喜んで死んでやるぞ!」

 叫び、言われた方が迷惑だろうかと考えて笑う。リリーがどう思おうが関係はなかった。俺がやりたいからやるだけのこと。むしろリリーが止めても俺はやっただろう。

 花の君の抵抗は苛烈だ。殺そうと迫る俺を殺し返す為に、無数の毒の茨が俺の腕や足に絡みついてくる。

 茨に生えた凶悪な棘が俺の皮膚を傷つけ、毒を流し込んでくる。身体中に激痛が走る。邪毒の治療の為に丸薬を飲むような暇はない。肉体に残る生命力を動員してただただ俺は突き進んでいく。

 リリーの皮の張り付いた腕が熱い。顔が熱い。だが、そこだけを茨たちは避けていった。鎧の胴に張り付いた皮膚もまた避けられる。まるで聖なる何かのように茨たちはそこだけは攻撃を避けていく。

「死んでも俺を守ってくれるかッ!」

 愛。愛。愛。俺にはそれはわかんねぇ。だが、リリー。あいつを思えば力が出た。それは、愛なのだろうか。

 きっと愛ならば良いと思った。


 ――出会いから、あいつ(リリー)は俺を助けてくれていた。


 命を助けてもらった。誇りを守ってもらった。知識を貰った。武具を貰った。

 大陸人ながらもその生き様を誇り高いと思った。デーモンと戦う姿をなかなかやる(・・)と思った。

 力少なくとも俺と同じ場所に立っていたあの女。けして侮れぬ巧手だと思ったのはいつだったか。

 この絶望しかないダンジョンで、あいつと再開した時の喜びは言葉にできぬほどだった。


 ――そして今、またリリーに俺は護られている。


 俺が奴にやってやれたことなどどれだけのことか。せいぜいが補給の手間をなくしてやっただけだ。

 そんなことはないと手に触れた奴の肌が鼓動したような気もし、苦笑い。

(俺は、戦いの最中に何を考えてるんだかな)

 爺が知ったら怒るだろうか。それとも喜ぶだろうか。

 笑みが自然と浮かんでいた。なぜか一人ではなく、何かと、誰かと一緒に戦っているような感覚だった。

 茨を切り裂き、進んでいく。

 進めている。

 何か奇妙な力が俺を護っていた。以前の俺ならば道半ばで死んでいただろう苦境を、死力を尽くすだけで切り抜けられていた。

 それを不思議に思いながらも、違和感は覚えない。どうしてか、それが自然だと思えてしまう。

 毒は身体を蝕んでいる。臓腑は焼けただれている。ここまで花の君に接近してしまえば俺の肉体が毒に強い耐性を持っていようと関係はない。

 呼吸する度に周囲を舞う毒の粉で腹の中が焼けただれる。オーラで身を守ろうとも身体に突き刺さった茨から毒を流される。

 それでも。

 それでも前に進む。身体に巻き付いた茨を引きちぎり、地面から湧いて出る花人形を斬り裂き、血を流しながらもそこへとたどり着く。

 それは花の君を支える巨大な茎だ。巨木かと疑うようなその威容。これをどうにかして、奴の花本体を地面に叩き落さねばならない。

「どうにか。どうにかか」

 そんなもの決まっていた。俺にできることなどいつだって一つだ。それしかないなら、それをやるしかない。

(剣に宿る英霊たちよ。すまんが、頼むぞ)

 炎剣にオーラを注ぎ込む。この剣には無理をさせ続けている。だけれど、頼むぜ。あと少しなんだ。

 炎剣に充溢するオーラ。俺の決死がこの死の淵で技量をあげたのか。この量ならば死鮫すら一撃で殺せるに違いないと確信できる澄み切った力の流れ。

 だが、足りない。この巨木かと見紛う茎を折るには、力が足りない。

 周囲から襲い掛かってくる茨をギザギザ刃で迎撃する。だけれどここまで奥深くまで入り込んでしまった俺の周囲は剣一本では防ぎきれないほどの茨に囲まれてしまっている。

 だけれどそんなことは関係がないのだ。リリーの皮膚に覆われていない部分の身体が穴だらけにされようと、毒でボロボロになろうとも。


 ――眼の前のデーモンを殺せるなら。


 決死を込めて、それでいいのだと剣を強く握る。

「おおぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 貴様を殺すぞ! と叫べば、絶叫をあげるように巨大な茎が鳴動し、俺へと襲いかかる周囲の茨が数を増やし、猛然と襲いかかってくる。

 それをあえて、防御もせずに受けた(・・・)。身体の各所を茨が叩き、縛り、抉っていく。

 痛みはある。苦しみもある。しかし、戦意だけは鈍らない。

「おぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 俺は苦痛ではなく、戦うための雄叫びを上げた。

整った(・・・)!!)

 自力ベルセルクではない、指輪のベルセルクの発動条件が整ったのだ。

 死にかけの身体から死力が振り絞られる。戦神アルフリートの加護のかかった狂戦士の指輪から力が(もたら)される。

 ベルセルク。血を流せば流すほど、力を増す戦いに全てを捧げた戦士たち。

 その加護をもって、この一刀に全力を込める。

「おおおおおおぉおぉおおおおおおおおおおおぉおおお!!」

 叫び。

 全身に絡みついた茨を引きちぎりながら、オーラの充溢した炎剣を巨大なる花の君の茎に叩きつける。

 目を焼くような光が周囲を圧し、俺の目に映るのは。


 ――半ばから折れ飛ぶ炎剣の刃と。

 ――えぐり取られ、燃え上がる花の君の茎。


『ギィイイイイイイイイイイイイイィイィィイイ!!』

 茨で作られた天蓋の下で、デーモンの悲鳴が轟いた。



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