ある意味漢のロマン
ツンダークには多くの人が訪れ、様々なドラマが繰り広げられた。
だけど、その全てが異世界もの小説の定番のように進んだわけではないし、王道展開だったわけではない。むしろ千差万別であり、クエスト?なにそれおいしいの?のような個性的すぎる旅を繰り広げた者もいたし、十数年に渡って路傍の屋台で商売を続けた者さえいた。
そんな『なんかおかしな者たち』の物語を今回も少し語ろうと思う。
さて、今回の主人公は……。
◆ ◆ ◆
ツンダークサービス時代にはたくさんの人がゲームを楽しんだ。当然、数えきれない回数のアバター作成が行われているが、その男のアバター作成もまた、そういうののひとつだった。
男の場合、初期補正が異様なほどに敏捷性と隠密性に偏っていたが、それくらいなら別に珍しくもない。当たり前のように盗賊を選び、プレイスタートと同時に町はずれに行った。どこから情報を得たのか知らないがフィールド・ラビットと遊び倒して隠密をあげまくり、そして『和解』のスキルも得た。
そこまで行ってもまだ、そう珍しくはない。敏捷特化や隠密特化を持っていると重宝する職種はたくさんあるのだし。
だが、彼の真価は約十年後、軽犯罪で彼を逮捕した者をうならせる事になった。
ちなみに逮捕時のスペックは以下のようになっていた。
『マサカツ』職業:盗賊Lv31、兼服飾職人Lv21
特記事項:中央神殿の家事手伝い(洗濯業)
特記事項:孤児の獣人(狐族の少女)を養育している。
賞罰:軽犯罪逮捕歴(下着泥棒)
スキル: 隠密行動Lv78、見敵必殺、裁縫Lv44 炊事Lv3 洗濯Lv4
祝福:ある意味漢のロマン(盗賊の女神ロロの祝福)
ツンダークに異世界式の下着を広めた一大功績者。商人。
当初、ツンダークの女性下着があまりに時代遅れの腰巻きしかない事に驚き、しかもブラの類がない事に絶句。自ら服飾職人となって異世界の進んだ下着の普及に邁進するようになった。そしてツンダーク上で異世界式の下着を開発、数年かけてはじまりの国に異世界スピリッツ溢れるバラエティ豊かで可愛い下着を普及させた功労者である。
ただし、その普及させた下着を見て下着泥棒も楽しんでいると言われており、現在その身柄は神殿の監視下にある。
項目についての解説は以下の通り。
『軽犯罪逮捕歴』下着泥棒:はじまりの国にて、とある公爵家に忍び込み令嬢の腰巻きを盗み御用。はじまりの国に牢獄はないが初犯という事、あと犯行中に拾った獣人族の少女をきちんときちんと養っていた事が評価され、神殿の監視下におかれる事で釈放となった。
『ある意味漢のロマン』: 俗に盗賊の女神と呼ばれ信仰されている猫の獣神ロロの祝福。隠密行動力が大幅アップする。一説によると、ロロもまたマサカツの下着の愛用者であるという。
彼をとらえたのは女性兵士であった。しかし隠密系祝福持ちの男をとらえたわけなので、当然だが相当に優秀であった。まぁ種を明かせばこの兵士は新住民であり、しかも元になったプレイヤーが彼と同じ盗賊職だったもので、他の兵士よりはかなり有利ではあったようだが。
そして彼女も、もちろん異世界式の可愛い下着を愛用していた。
腰巻きと違って激しいアクションにも耐え、寒い日にも暖かくタフで、そして可愛い。大事な事だから二度書きました。可愛いは正義。お嬢様から勤労女性まで、異世界式下着は旧来の下着を絶滅させる勢いで大繁殖中だった。
その女性兵士はちょっと考えた末、このマサカツなる人物の連絡先である中央神殿に渡りをつけ、引き取ってもらう事にした。
ツンダークでは罪を重ねると名前や人相を公開しなくてはならない。だが異世界式下着はまだ普及しだしたばかりであり、今、彼が犯罪者として明るみになってしまったら、彼女たちの愛用する異世界式下着の供給が止まりかねないと考えたのだ。しかし軽犯罪とはいえ罪を犯したのは確かであるから、保護者となっているらしい神殿の方でガツンとやってほしいと。
で、そんな彼を引き取りにきたのは、下級巫女の衣装をまとった狐族の少女。おそらくマサカツとやらのデータにあった孤児なのだろう。
ふたりは「もう、何やってんのバカカツ、帰るよー」「ははは、面目ない」なんて言いつつ帰っていった。
軽犯罪で逮捕され、獣人族の養い子が迎えにきて、仲よさげに帰る後ろ姿。とても異世界人には見えない。
異世界人はいろんなところにいるというが、変な異世界人もいるものだと女性兵士は微笑んだ。
そんな兵士を見た同僚が彼女に、今日はなんか上機嫌だなと言った。
え、そうかしら?と返した彼女は首をかしげた。
でも、自分が微笑んでいるのに気づいてない彼女はさっぱり自覚がないのだった。
「ねえマサカツ」
「なんだい?ミリ」
狐族の少女……どうやらミリというらしい……が二人で帰る途中、ぽつりとつぶやいた。
「マサカツって、どうして商人をしてるの?マサカツの本職って泥棒さんだよね?」
「ミリ。普通そこは、なんで商人してるのに泥棒するのって質問するところじゃないか?」
「えー?だってマサカツは盗賊なんでしょ?少なくとも商人じゃないよね?」
ミリは素直でよい子だった。
商人と盗賊の顔をもつ男が保護者とは思えないくらいによい子だが、それはつまり、元々の素養もそうだが、マサカツが誠実に、きちんと子育てをしてきた事の証でもあった。
ただし、ミリはいささか頭が良すぎた。
良すぎるほどに良い子の聡明すぎる頭脳は、自分の養父の本性が商人でない事もちゃんと熟知していた。
マサカツは少し考えてから、覚えているかな?と昔話をはじめた。
「このツンダークに初めて来たのは、もう十年以上前になる。
俺は異世界じゃ下着メーカーでデザインをしていてな。まぁ簡単にいうと、作る側の人間だったわけだ。
でもな、実はもうひとつの気持ちを持っていたんだ。それが」
「女の人の下着の臭いを嗅ぎたい?」
「娘にそれを指摘されるとは、俺も父親失格だな……だがまぁ、そうだな」
「わたしの匂いを嗅げばよかったのに」
「娘の下着の臭いで喜んでたら変態じゃねえか」
「誰の臭いだろうと変態は変態だよ?」
「……おうふ orz」
「うふふ」
そして、そんなマサカツにミリも余裕で笑う。
ふたりの光景に一瞬、なぜか小動物を狙う狐の姿がダブって見えた。
マサカツはリアルで下着デザインをやっていたが、元々はデザイナーをしたかったわけではない。彼はその性癖の都合上、どうしても下着の知識が必要。パンツとショーツを同一視する状況では問題がありすぎるわけで、とにかく勉強して知識を蓄えていた。
きっかけはともかく、向学心だけは人一倍だったわけだ。
だからたくさんの下着を見て、そのデザインや歴史等の勉強もしっかりとしていたわけで、それらを活かせる職業がたまたま、下着関係だったというだけの話だ。
幸い、彼のデザインは比較的好評だった。
何より彼の下着にかける熱意は本物。それに生来の多少のセンスもあるわけで、小さいとはいえヒットも飛ばす事ができた。
自分のデザインした下着がたくさんの女性に愛用される。それはマサカツにとって幸せな事だった。
だけど彼には、もうひとつの願望があった。
つまり、女性の身につけた下着の臭いを嗅ぎたいという、彼本来の、根源的で、そして生々しい性癖だ。
とはいえもちろん、そんな事は実践できない。
そして、それを可能にしてしまったのが超絶リアルと騒がれたVRMMO『ツンダーク』だった。
『メニュー解除すると全裸になれるし、娼館にも入れる』
という裏情報に従って登録はしたものの、最初は半信半疑もいいところだった。
すると、本当に全裸にもなれたし娼館で女も抱けた。あまりのリアルさに驚愕してしまった。
しかし同時に、下着の貧相さにも驚いた。腰巻き程度のものしかなく、胸はほとんど守られていないのだ。
マサカツはその売春婦に追加のお小遣いをあげる代わりに時間をもらい、ツンダークの女性下着事情を尋ねた。
聞いてみて、その惨憺たるありさまに頭を抱えた。
当時、ツンダークではほとんどの階層の女性は腰巻きが使われていた。ショーツの類が例外的に存在したのだが、それは病人や妊婦が使うものか、あるいは新妻の履かされる蜘蛛糸ショーツのような高価な特殊用途。要するに、現代日本で見られるような普通の下着はほとんど存在しなかった。
その状況にまず、マサカツの職業意識が燃え上がった。
マサカツはスキルなしの素でも裁縫が可能だった。
だがツンダークと地球では布地も裁縫道具も違う。これらを吸収するのは簡単ではないとすぐに気づいたので、服飾職人をサブに取得。あくまで主体はリアルで駆使していた技術をツンダークにも適用する形で、ツンダーク式の下着を作成した。
結果は上々。元々がプロなだけあって、日本と変わらない下着ができあがるのに、そう時間はかからなかった。
あとは商人へのデモンストレーション。ひとりで売るにも話題性が必要だし、それでは普及など望めない事を彼はよく知っていた。
そこで悩んだ末、先日の売春婦に事情を話して手伝ってもらった。お金があまりないので、報酬は彼女のためにこしらえた新作の下着一式で。
当初彼女は渋ったが、なんと、娼館の宣伝という意味もかねてオーナーを動かす事に成功。デモを行う事ができた。
商人たちは異世界式の下着に興味を示し、たちまちのうちに商会が立ち上がった。
動きを妨げず保護効果も抜群、しかも見た目もいいうえにピッタリフィットな下着。空前の大ヒットとなった。
また身体を使う職業の女性にはブラジャーも好評だった。
激しい運動をノーブラですると問題が多く、ツンダークでは昔の地球のようにサラシのようなものを巻いて固定するしかなかったのだが、ブラジャーを用いる事で型くずれさせないよう、しかも乳房に無理をかけないように守れるようになったのだ。見違えるような快適さに女性たちは誰もが大喜びだった。
またこれら下着の普及は女性キャラを使うプレイヤーにも朗報だった。メニューシステムの恩恵で体型が崩れるような事はないのだけど、ノーブラで運動した時の重さは感じていたからだ。こんなトコまでリアルにしなくてもと嘆く女性もいたくらいだったので、安価なブラの普及に誰もが喜んだ。これら下着がプレイヤーブランドである事を知らず、『マーサ印』をオフィシャル品だと最後まで信じている者すらいるほどだったのだから、その人気の具合がわかるというものだ。
そんな時間を十年も過ごすと、もはや時代は一変。ツンダークの女性たちは貧民層か職業上の規制でもない限り、間違いなく異世界式の下着を使うようになっていた。また、機能的にはマーサ印に及ばないがデザインや完成度は結構高い、異世界人の手を一切使わない競合品もあらわれており、まさに時代はマサカツの思い描いた通りになっていた。
そして、そうなって初めて、マサカツは自分が本当にやりたい事ができるようになったのだ。
はじめて盗んだ下着は、今も忘れない。かつて「上流階級のお嬢様なら凄いのを履いてるだろう」と忍び込んだが時代遅れの腰巻きしかなく、驚愕と絶望のうちに逮捕された、あのお屋敷へのリベンジだった。
かつてのお嬢様はもう結婚して家を出ていたが、新しく生まれた娘にしては歳の合わない子が眠っていて、その子の下着を今度こそもらってきた。パールピンクで、小さくて可愛いパンツだった。見てよし、触ってよし、嗅いでよしの名品。
もちろん迷わず保護し持ち帰った。今も床の間に飾ってある。
「ねえマサカツ」
「ん?」
昔話をしながら歩いていたら、不意にミリが質問してきた。
「マサカツは盗むのが好きなの?」
「は?いや、それはない」
もちろんマサカツは即座に否定した。
「でも、下着が好きっていうだけなら、わざわざ盗む必要ないよねえ?」
「何を考えてそんな質問しているのか知らないが、誰のものでもない新品の下着はぶっちゃけ、ただの布切れだろう。そういう趣味のヤツがいるのは知ってるが、俺はそこまでの上級者ではないぞ。それなりの人間が履いたものでないと意味がない」
「ふうん、そこはやっぱり人間ありきなんだ」
「もちろんだ」
ふうん、とミリは首をかしげた。
「じゃあ、それなりの基準?それを満たした相手なら誰でもいいの?」
「きわどい事を聞いてくるなぁ」
「答えて」
いつもなら適当にごまかしていた事だろう。
だが今日のミリは何故か、少し違う気がしていた。ごまかしは許されない、マサカツにはそんな予感があった。
だからマサカツは少し悩み、そして小さくためいきをついた。
「誰でもいいわけがないだろう。基準はあるし、それをバッチリ満たしているのなら、一人でも充分だ」
「ふうん。で、そんな人はいないの?」
「いない。……いたらそれこそ、危ない橋なんかわたらなくていいんだがな」
ふむふむ、とミリはうなずいた。
どうやらマサカツは盗み自体を楽しんでいるのではなく、理想を追いかけていてそのための手段らしい。
実は、ミリはこのあたりについては既に予測していた。義理とはいえ親子関係であり同居している身なので、マサカツがよくあれこれと理想について一人でぼやいているのを、寝たふりをして聞いていたからだ。
ついでに言うと、ミリはもう一つ知っていた。
「それで、理想の存在には今まで出会った事があるの?」
「ない」
「……ふうん」
マサカツは本当、嘘がつけないなぁとミリは内心苦笑する。
そして、わかっているがゆえに露骨な態度に出る。
「わたしじゃダメなの?」
「……は?」
何いってんだおまえ、と言わんばかりの態度をとるマサカツ。不自然に揺れているが。
「いや、娘に変な気起こしてたら、それはただの変態だろ」
「なんで?実の娘じゃないのに?」
「いやいやいや、養子縁組したから!それって実の子と一緒だから!」
「違うよぉ」
「…………なに?」
ミリの反応に、マサカツは文字通り、不意打ちを喰らったような顔をした。
「違うって、どういう事だ?養子縁組したらそれは親子だろ?」
「んー、異世界じゃそうなのかもしれないけど、ツンダークでは違うよ?」
「……そうなのか?いやまさか」
そんなはずはない、と逃避しかけているマサカツに、ミリはすかさず畳み込んだ。
「異世界の養子縁組がどうなってるのか知らないけど、こっちでは養子って、ゆくゆくは一族の誰かと結婚させるとか、そういう理由でする事も多いらしいんだよ。知らなかったの?」
「……初耳なんだが?」
「こっちの専門家に確認したから間違いないよ?」
疑わしそうな目を向けてくるマサカツにミリはケラケラと笑い、そして続けた。
曰く。
ツンダークの養子制度は通常「一族にその者を迎え入れる」ためのものだという。家族の一員として、あるいは人材として。迎え入れる理由は千差万別なのだけど、決まっているのは「一族の一員」という事だけ。誰の子か、あるいは兄弟姉妹かという関係は便宜的なものにすぎず、その養子が成長してから改めて決めるのだという。
「もちろん、ずっと同じ関係のままって事もあるよ。でも大抵の場合、兄弟の誰かと結婚とか、義父の後妻さんとかになっちゃうんだって」
「そんないい加減なものなのか?でも貴族なんかはどうするんだ?」
「貴族の養子で誰とも結婚しない場合は、長年勤めてる家族同然の使用人の身内にする事もあるみたい。ただどっちにしろ、本人がほしいから養子にするんであって、そういう相関関係は後で考えましょうっていうのが養子制度なんだって」
「……それは」
「なに?」
「そうか。俺は法律面は素人だが……その通りだとしたら、ツンダークの養子制度は日本の養子制度とは全く異質なんだな。そうか」
実際、それは後見人制度よりもさらにフリーダムだろう。少なくとも現代日本では成立し得ないカタチに違いない。
だが。
「そんなわけだから」
「いや、何が『そんなわけ』なのか意味がわからないんだが」
「えー、マサカツ、ミリをお嫁さんにしてくれるって言ったよねえ?」
「は?」
「言ったよねえ?」
「いつの時代の話だよ……それ」
「えー、約束破るの?( ̄д ̄)エー」
「ミリもいずれ親になればわかるさ。子供の頃の約束なんてなー」
「や、意味わかんないから」
◆ ◆ ◆
日本式の下着をツンダークに広めた『マーサ印』ブランドの初代デザイナーが異世界人マサことマサカツ氏なのは有名だ。かなりの変人で下着の事になると全く妥協がなく、おそらくは冤罪や誤解と思われるが下着泥棒などの軽犯罪で逮捕された記録もある。少なくとも人生下着バカというほどに下着に執着した人物だったのはおそらく間違いない。
そのマサカツ氏だが結婚した記録は一切ない。
だが獣人族の孤児を拾って養子縁組して育て上げており、その娘も結婚した記録がなく、ずっとマサカツ氏のそばで秘書兼アシスタントとして公私ともに支えていたと言われている。
なお、ツンダークでは養子でも血縁がなければ結婚可能であるが異世界では養子縁組すると結婚不可だったらしい。この事から、マサカツ氏に気を使って内縁の妻で在り続けたのではないかと言われている。この件に関する証拠は一切ないが、ある時代から二人に結婚を薦めていた者たちが一切そういう話を持ちださなくなったという記録がある事などから、おそらくは内縁であったのではないかと専門家は分析している。