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ツンダークの余談  作者: hachikun
6/16

水泳少女?

 ツンダークには多くの人が訪れ、様々なドラマが繰り広げられた。

 だけど、その全てが異世界もの小説の定番のように進んだわけではないし、王道展開だったわけではない。むしろ千差万別であり、クエスト?なにそれおいしいの?のような個性的すぎる旅を繰り広げた者もいたし、十数年に渡って路傍の屋台で商売を続けた者さえいた。

 そんな『なんかおかしな者たち』の物語を今回も少し語ろうと思う。

 さて、今回の主人公は……。

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

 彼女の小さい頃の思い出というと、祖父と祖母、そして海。

 家の都合で田舎に預けられっぱなしだった幼女時代。近所に同年代の子供もいなくて、晴れた日はいつだって祖父母と海だった。物心ついた時には泳いでいたし、潜れるようになると、長年この土地にいる老夫婦が海の危険性とか、そういう事を子供にもわかるように教えこんでいた。

 泳いで、泳いで、泳いで、泳いで。それが彼女のすべてだった。

 しかし。

 そんな毎日は唐突に終わりを告げた。

 海とはなんの関係もない交通事故。それが彼女から、ふたりの大切な人と、そして、健康な体を奪ってしまった。

 

 

 

「ふう」

 きらきら輝く太陽。そして波間。ゆったりと彼女は揺れていた。

 カルカラ海峡の海は今日も穏やか。遠くに見える漁師の男たちの掛け声が勇ましい。

「それ引けー!」

「おおっ!」

 地引網だった。

 彼女が小さい頃に見た地引網とはちょっと違う気がする。でもここツンダークだし、そんなもんかなとも思う。男たちも単に体力だけじゃなくて、魔力で強化も併用しているのがわかる。やはり色々と違うのだ。

 そんな光景を見ながら、彼女……ミーネは海に浮いていた。

 といっても別にサボっているわけでも孤独に浸っているわけでもない。ミーネの仕事は待機であり、網を痛めるような大型モンスターが来たら、これを追っ払う仕事でもある。

 地引網はその性質上、いろんな獲物がかかる。

 そして、その獲物たちを狙い、それより大きな生き物もたくさんやってくるのだ。大型魚ならいいがツンダークの場合、網を痛めるようなモンスターもまたぞろ集まってしまう。

 そんなわけで、それらを追い払う役というのが必要なわけだ。

「……ふう」

 今度のためいきは、ちょっぴり自嘲を含んでいる。

 自分の立場に対する自嘲だろう。

 女で待機役というのは珍しい。男じゃないとダメというわけではないが、女は小柄な傾向があるし威圧感もどうしても劣るからだ。モンスターによってはむしろ女を餌と思いちょっかいをかけてくるケースもある。

 そう。

 つまりミーネが待機役というのはいろんな意味で前代未聞なのだ。

 待機役に推挙したのがなんと、日頃、女は大人しく守られてろとか発言している男衆というのがまた笑える。しかも、それらが嫌味とか何かの思惑とかでなく「ミーネなら問題ねえだろう。女とはいえ俺らより強いしな!」というセリフなのが、言われた本人としてはまた笑えるらしい。もちろん皮肉全開な意味で。

「やっぱりわたし、女って見られてないよね……」

「よう、ミーネ!」

「なあに?」

 困ったようにつぶやいているミーネに、近くにいる待機役の男が声をかけてきた。

「ゼルがな、レレナの臭いがするってんだ。おまえわかるか?」

「レレナが?」

 レレナというのはアザラシに似た海獣の一種である。

 魚を食べるレレナは本来、彼ら漁民の敵。しかし豊かなツンダークの海では衝突など起きない。むしろレレナたちは大型モンスターや大型害獣の接近を知らせてくれる仲間として、そしてレレナたちからすれば、大きな敵を排除してくれる存在として、お互いを利用しあう関係が成立していた。

 ミーネは確かにレレナの気配を察知していた。

 だがそれはいつもの配置でしかない。彼らはいつも、地引網があると、網に巻き込まれない程度の近場に待機しているのだ。理由はもちろん、網のおこぼれをもらうため。

 そして同時に、人間の待機役が苦手な深いところの待機役をやってくれている。

 レレナたちはそこそこ頭がよく、漁民がどうして自分たちを排除しないのかをちゃんと理解している。理解したうえでお互いに利用しているわけで、実にいい関係といえるだろう。

「マンタ。レレナはいるよ?いるけど、いつもの配置だよ?」

「いつもの配置?どういうこった?」

「網のおこぼれ狙いだよ。網に巻き込まれないように展開してるんだけど、ちょうどそれが、わたしたち待機役と同じような感じになってるの」

「そうなのか?」

「もちろん。だからこそ、深いとこにモンスター出たら彼らが気づくんだよ。適材適所だよね」

「なるほどなぁ」

 マンタと呼ばれた男は、レレナが水中でどう配置しているかまでは知らなかったらしい。

「なら心配ないか」

「そうだね。でも、臭いに変な動きがあったら教えてね。血の臭いが混じったとか」

 血はモンスターを呼び寄せてしまうから。

「あいよ、わかったぜ」

 手をあげて離れていく男に、ミーネはためいきをついた。

 

 

 

 ミーネは泳ぐのが大好きな女だが、いわゆる水泳は好きではない。彼女のメインフィールドは海であり、プールで競う水泳とは根本的に異なっていた。

 そんな彼女のツンダークのはじまりは、β時代までさかのぼる。

 彼女はリアルでは寝たきりだった。ただし幼い頃には祖父母のいる田舎で遊びまわって育ったとの事で、彼女のメンタル治療の一環として病院がVR療法を薦めてきたのだ。もっとも専用のVRシステムを持つほど裕福ではない病院なので、汎用のVRシステムで、仮想世界系のVRMMOで遊ぶという形になるのだが。

 そうして選ばれたのが、ゲームとしてはまだβだったが、仮想世界技術の粋として技術系では多くの注目を集めていたツンダークだった。

 技術面に詳しくない彼女は半信半疑でプレイ開始したのだが、そのリアルな世界に驚き、そして、健康だったあの頃のように好奇心いっぱいで歩きまわり。

 そして見てしまったのだ。下着姿同然で、川で泳いでいる女の子を。

 もちろん女の子を捕まえ、話を聞いた。

『誰でも泳げるの?わたしも泳げるの?』

『リアルで泳いだ事ある?泳げる?』

『今は身体壊しちゃってダメ。でも小さい時は海で毎日泳いでたよ』

『おお、いいね。だったら大丈夫。で、「泳ぎ」が取得できたら、スタミナもすごいつくよー』

『すごい!わたしも泳ぐ!』

 マナというその女の子に基本的なレクチャーだけ受けると、ミーネも泳ぎはじめた。

 ただしミーネがマナと根本的に違ったのは、この後。初期の体力不足を補うために泳いでいたマナと違い、ミーネはINしている全時間を泳ぎに投入し続けたのだ。

 当初は戦えなかったので食費を稼ぐ時だけ陸で戦い、そして飢えを満たしてさらに泳いだ。武器をもって泳ぎたくないしお金もかけたくないので見習い魔道士を取得。泳ぎ続けるツンダークがここにスタートした。

 水中ではろくに戦えないので、当初の戦闘は全て陸で。

 そのスタイルも、やがて破れる事になった。

 水中で弱いとはいえボスモンスターに襲われ、やむなく不利を承知で迎撃。死にかけたがこの時、何かのきっかけでレアスキル『サイレントメイジ』を取得。なんと水中でも魔法攻撃が可能に。

 そして雷撃でモンスターに逆襲、ぎりぎりだが見事これを倒した。

 この時、ほとんど同時に見習い魔道士から汎用魔道士にステップアップも可能になった。どうやら『サイレントメイジ』が上位職のトリガーとなったらしい。

 ますます水中に特化していった彼女は、川でなく海にいきたいと考え、情報を集めた。

 そして、いつもの川を下っていくと、そこにはカルカラ王国という国があると聞き、カルカラまで川を泳いでいく事を決断。鍛え上げた身体能力と技能を駆使して、本当に、はじまりの国からカルカラ王国まで泳いでいってしまったのである。

 そうしてミーネは『水の申し子』という祝福まで取得。

 単なる泳ぎ好きの変わった異世界人から、世界(ツンダーク)に認められた本物の遠泳能力者になった瞬間だった。

 そうして彼女は、プレイヤーがまず寄り付かない、そして泳ぎ放題の田舎の村に拠点を確保した。

 遠い昔、かすかな記憶にある祖父母のように地元の漁師たちと交流。そしてゆっくりと、地元に入り込んでいったのである。

 

 

 

 今宵は望月(もちづき)、つまり満月。

 むかしの日本のように太陰太陽暦、月の単位を文字通り月の満ち欠けで測るツンダークでは、望月の夜はお祭りの夜でもある。明るい月明かりの下で騒げるためで、これもかつての日本と同じだ。そもそも月を暦に使う理由のひとつはこれである。月の満ち欠けを暦にする以上、当たり前だが「この日は満月」というのがすぐにわかるのだから。実に合理的だ。

 なお余談だがツンダークの月は外見的にも月と大差ない。さすがに模様は違っているが、そもそも地球の月の模様だってウサギと蟹くらいの解釈の違いは普通にあるわけで、その意味ではこれもあまり違いがない。

 さて。

 お祭りとなれば酒と食べ物はつきものだが、田舎の漁村、しかも月例のお祭りである。内容なんてつまるところは日本の芋煮会やジンギスカン、ビーチパーティの類と大差ない。煮物はさすがに女衆や料理上手が番をしているが、その他は誰が誰とか決まっていない。酒はその日の量があらかじめ倉から搬出ずみだし、食材は今日捕れたものだからそこいらにある。そして火もあちこちで燃やされていて、どこに混じってもいいし、自分で起こしてもいい。まぁ、こういうお祭り用の場所として村で決めているところから外れない事が原則だが。

 そんな中、ミーネもいた。女衆、それも厳格で男衆の近寄らない長老組の輪にである。

 ミーネは男にちっともモテないのだが、人にはずいぶんと可愛がられる傾向がある。特に年長組はそうで、男衆や若者があまり近寄らないような厳格なおばあ衆はずいぶんとミーネをかわいがった。

 もっとも、これには理由があった。

 漁村という環境では、父母が死んでしまい、祖父母や老女に育てられる子供は珍しくなかった。そしてそれらの子供の中には元々親と疎遠だったのか、親がいない事をほとんど悲観せず、年寄衆を普通に親として育つ子も結構いたのだ。年寄り子(マグニャ)なんて言葉もあるほどに。

 彼らの目にはミーネはそうして育った子に見えた。

 そしてその認識こそが、ミーネを村の一員としてあっさり受け入れた理由でもあったのだ。

「ミーネや」

 若いから当然ミーネはよく食べる。元気に咀嚼をするミーネを見る老女たちの目はやさしい。

 そんな中、長老格の老女がミーネを見て、何かに気づいたように声をかけた。

「はい、おばあさま」

「おまえ……髪が伸びたようだね?」

「え?……あ、ほんとだ」

「肩にかかりはじめているねえ」

 どうやら薄々気づいていた女衆たちも、口々に同意していた。

「これは、おそらくだが時がうごきはじめた、今では異世界の客人(まろうど)であったが、真の世界(ツンダーク)の民となったという事だね?」

「はい。たぶん」

 ミーネの返答に、老女はウム、と大きくうなずいた。

「ミーネ。おまえ歳はいくつだといったかね?」

「はい。異世界では十四でした。フィルマーでなく満年齢、つまり異世界の数え方ですけど、あまり違いはないですね」

 ちなみにフィルマーというのはツンダーク式の数え年である。ただしツンダークの数え年にはゼロの概念があるので、新生児は一歳ではないのだが。

「なるほど。十四にしては幼いが、きっとそれは、ずっと病で臥せっていたためなのだろうね……」

「あー、わたしの種族自体が小柄でこどもっぽい外見っていうのもあると思いますけど」

「そうか、まぁよい。では、来月の今宵にミーネ、おまえの成人の儀を行うとするよ。いいね?」

「……成人の儀ですか?」

 ミーネの目が点になった。とっさに意味が理解できなかったのだ。

 そしてだんだん意味がわかってくるに従い、その頬が紅潮してきた。

「ほ、本当ですかおばあさま!?」

「むろんじゃとも」

 ふっふっふ、と笑う老女。

「今さらおまえをよそ者と思う者など、ほとんどおらぬじゃろ。

 じゃが、今までは異世界の問題があった。時を止めている者を村の一員として迎えてよいのかという問題がの。それはきっとお互いに不幸になる。そういう思いがあったからなんじゃが」

 老女はそこで言葉を止めた。

「ラーマ神様のお告げの通り、異世界と切れた者の時は動き出した。……じゃからの、ミーネ。あらためて告げよう」

 老女は立ち上がり、そしてミーネの前に屈みこんだ。両手でミーネの頬を挟み、そして語りかけた。

「今よりおまえは、本当の意味でこの村の娘。そして来月のこの日をもって、この村の女となる。……よいな、ミーネ」

「はい」

 ミーネは一度だけ流されるように答え、そして少し口ごもり、一度息を吸い込んだ。

 そして、何かを思い切るようにはっきりした声で、

「はい、おばあさま!」

 そう、きっぱりと答えたのだった。


ミーネのスペックは以下の通り。


『ミーネ』職業:海女Lv77、兼汎用魔道士Lv24

 特記事項:日本式スクール水着(旧型)

 スキル: 泳ぎ、水中行動、耐圧、ナイトアイ、サイレントメイジ

 称号:水に愛された者

 祝福:魚の如く

 水中行動に限りなく特化している。視覚以外で周囲を把握する能力が限定的なので深海での行動には限界があるが、そもそもクジラも近づかない千メートル以深には潜った事がない。ただし耐圧スキル持ちなので、超深度の高水圧にも耐えられる事は間違いないだろう。主力が魔法であり、水中という事もあって詠唱どころか発動アクションもなしで魔法を放てる。全属性が使えるが、水中でいつも利用している関係上、炎に属する魔法はあまり得意ではない。

 陸上の行動スキルをほとんど持っていない。だが深海の闇でも見通す目があるうえに全くの無音で魔法戦闘をこなすので、野戦になると陸上でもかなり強力である。

 なお、プレイヤーで水中特化型はほとんどいない。有名なのはいわゆる深海の女王だが、女王はテイマーであって単独戦闘する者ではない。

 

 項目についての解説は以下の通り。

 

 『日本式スクール水着(旧型)』

  もちろん本物ではなく、よくできた模造品。作者不明。

  ミーネが海女Lv50に達した時、何者かに贈られたもの。彼女がリアルで小さい頃に着ていた水着にそっくりであり、非常に高い耐久性をもち、さらに水中行動にも適している。ミーネ以外は着用できない。

  

 『泳ぎ』

  遊泳スキル。なくても泳げるが、あるとスタミナの消耗が抑制され、さらに泳ぐほどにスタミナが伸びるようになる。

 『水中行動』

  水中でも呼吸ができる。

 『耐圧』

  深海の超高圧にも耐えられる。

 『ナイトアイ』

  深海の闇ですら視界を保つ事ができる。ただし作動中は色彩がわからなくなる。

 『サイレントメイジ』

  詠唱破棄どころか、意思だけで魔法を放つ事ができる。

  

 『水に愛された者』

  遠泳者の称号『水の申し子』を二回以上取得するとこちらになる。現在、ミーネの称号は以下のようになっている。

  ・はじまりの国からカルカラ王国まで、泳いで到達したので取得。(はじまりの川を泳ぎ下った)

  ・カルカラ王国と東大陸の間を泳いで往復している。

  ・東大陸極東地域まで、泳いで訪問している。

  


意外にレベルが高いのは、海はそれだけ生き物が豊富→モンスターも多いからです。


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