しゃべる杖
ツンダークには多くの人が訪れ、様々なドラマが繰り広げられた。
だけど、その全てが異世界もの小説の定番のように進んだわけではないし、王道展開だったわけではない。むしろ千差万別であり、クエスト?なにそれおいしいの?のような個性的すぎる旅を繰り広げた者もいたし、十数年に渡って路傍の屋台で商売を続けた者さえいた。
そんな『なんかおかしな者たち』の物語を今回も少し語ろうと思う。
さて、今回の主人公は。
とある生産職の話である。
◆ ◆ ◆
町のあちこちで、ドカーン、ドーンという轟音が鳴り響いていた。
その犯人はプレイヤーたちだった。長きに渡ったツンダークサービスも今日が最終日であり、一部のバカどもが市街地の爆破などの犯罪行為に走っているのだ。普段なら町を破壊したら犯罪者として捕まってしまうが、今夜だけは別。どうせ後はもうないのだからと、やりたい放題だった。
だが、本来のツンダークの住民にとってはたまったものではない。
「うわぁぁぁ出たぁ!」
「キャハハハハハッ!」
恐ろしきプレイヤーから逃げ回る人々。
そこに、イッちゃってる目をした少女が大剣担いで現れた。自分自身より巨大な剣を振り回すとか、明らかに物理現象に反する装備、さらにほとんど裸同然の防御もへちまもないようなキンキラの服を着た、どう見ても頭のおかしい女。典型的なプレイヤーだ。
「あははは、いるいるっ!」
ゲラゲラ笑いながらその大剣を発泡スチロールか何かのように振り回し、そしてポーズはめちゃくちゃ。まともな剣士が見たら間違いなく病院に連れて行こうという姿だが、これでドラゴンも一撃で倒すのだから始末におえない。げに、メニュー頼りの廃人プレイヤーほど、そのゲーム側から客観的に見たら不自然、キモいのオンパレードとはよく言われる話だが、実に彼女はそのとおりだった。
そして追い詰められた人々は、もう逃げ場がない。
「さぁて……」
舌なめずりした少女が大剣をふりかざし、
「そんじゃあね、ばいばー」
ばいばい、と言おうとしたその瞬間だった。
『強制転送・時空彼方』
その瞬間にパパッと光がはしり……。
「……おお」
人々が顔をあげると、そこにはさっきの奇怪なる少女はいなかった。
代わりにそこに降りてきたのは、
「みんな大丈夫だった!?」
降りてきたのは、銀色の杖を持ったローブ姿の女の子。なんだか全身がキンキラ輝いている。
「おお」
「助かった!」
「ありがとうございます!」
そういって口々に喜びはじめ、女の子も満足そうにウンウンと微笑んでいたが、
「ありがとう、魔女っ子チンクル!」
「!」
「おー、彼女があの!」
「いやぁチックルちゃん助かったよ!」
「…………いや、その言い方は、その、やめて?うん。
そ、それよりみんな、その、役場の方に逃げて?ね、あっちはその、安全地帯だから、さ」
魔女っ子という呼び名がよほどのショックだったのだろう。それでも重要な事だけはちゃんと告げると、フラフラと路地裏から出ると、
「急いで避難するんだよ?まだバカはいるからね?いいね?」
「わかった!ありがとうチンクル!」
「魔女っ子、ありがとな!でも君も気をつけてくれよ!」
「う、うん、ありがとう……でも魔女っ子はヤメテ……」
魔女っ子の言葉が恥ずかしいのか、どうしても小さくなってしまう。
そして誰も聞いてない。どうやら彼女の通称は『魔女っ子チンクル』なる痛い名前で固まってしまっているようである。
「う、ううっ……じゃ、あたしは次にいくからねえ!」
「おう!」
「ありがとー!」
真っ赤になったり半泣きになったりしながら、女の子は空にとびあがっていった。
その時、
『はっはっはっ、チンクルも照れてないで素直になればいいのによぅ。あこがれの魔法少女じゃねえかよぅ』
「やかましいわ!」
彼女の持っている杖が、唐突にしゃべりはじめた。
しかも可愛くない。なんだか江戸っ子の落語家みたいな癖のあるしゃべり方だった。
「うう……なんでこの歳で魔女っ子のまね事なんて……トホホ」
だが次の瞬間、禍々しい巨大な魔力を町のどこかに感じた。
「だぁぁぁ、町中で広域破壊呪文とか、アホかぁっ!」
『いくぜ大将、フルドライヴだ!』
「もおぅぅぅヤケだ!いっちゃえっ!」
『了解!!』
チンクル・チン・チックルという奇妙な名前のプレイヤーがいた。
どこからどう見ても女なのであるが、何故か当人は自分を男と主張する。ちなみに解析スキルで性別を見るとやっぱり female 。それでも執拗に男性を主張するに至って周囲はもう「どっちでもいい」になってしまい、最終的には性別・チンクルで落ち着いてしまっていた。
ちなみに種族は人間と出るのだが、見た目はずいぶんとちっちゃい。初対面の人間によく幼女プレイと思われてムッとする。そんなテンプレのようなお約束を繰り返している。ツンダーク・プレイヤーにはツンダーク年齢という概念があり、アバター登録した日を誕生日として祝う人が多かったのだけど、その『誕生日』に赤いランドセルをもらって「なんで赤なの、なんでランドセル」と嘆きつつも嬉しそうに背負っていたりして、本当のところ性別何やねんと言う人もいるにはいるが、やっぱりそこは性別チンクルという事で。
さて。
そんなチンクルであるが、本職は付呪師。
ツンダークの付呪はプログラマに有利とよく言われるが、チンクルも自称プログラマで、特に木工製品や布製品への付呪が得意。しかも強力であったため、中盤から終盤にかけては全ツンダークの魔道士の実に四割がチンクル製のマジックローブや魔法杖を愛用していた。ツンダークでは魔法を使うのに杖はいらないが、魔力がいつもあるわけではないし、杖があると普通の魔法でも魔力を節約し、しかも詳細な制御が容易にできる。そんなわけで、特に高レベルの魔法使いになればなるほど、チンクル印の装備を愛用していた。
そんなチンクルであるが、ひとつ大きな悩みを持っていた。
「なんでみんな、実用一点張りなんだろう?」
プログラマという人種はお遊びが大好きだ。業務用プログラムの中に本来ない機能……たとえば年末年始や深夜にアクセスすると重労働をねぎらうメッセージを出す、なんていうのは定番中の定番で、四月一日だけ変な動作をするウェブアプリ等、きちんと品質を維持したうえで、ちょっぴり隠し味をそこに仕込むのが好きなプログラマは存外に多い。
だが。
たとえば、魔法を使う時にキラキラと光る杖とか。
たとえば、アニメみたいなエフェクトと共に身を守ってくれるローブとか。
そんなものを欲しがる者がいるかといえば、答えは否だった。
考えてほしい。
魔法杖が毎朝コケコッコーと鳴き出して喜ぶ者がいるだろうか?
あるいは魔法を使うたびにキラキラと謎のエフェクトやアニメのような光の魔法陣を描いてくれちゃう杖が使い物になるだろうか?
そう、答えは否だ。
魔法杖は魔法杖として使えればよい。
ローブはローブとして使い手の身を守ってくれればよい。
野戦中に唐突に音が鳴って敵に気取られ、攻撃されたらただの馬鹿だろう。
戦闘中にキラキラエフェクトや魔法陣など描いていたら、魔法発動前にさっさと射殺してくれといっているようなものではないか。
それが現実。
実際、ロマンだと熱狂して購入していった「何か明らかにアレな層」を除けば誰にも見向きもされなかった。
「……」
いや、チンクルだってもちろんそんな事はわかっている。
たとえば以前、ツンダークでポケベルやケータイを実現しようとした者がいた。メンバーチャットもできるのに何の意味があるのかと言われれば、もちろんそれは一種のロマンだった。あえてネトゲの中で携帯電話を使う、それはそれで絵的には面白いではないか。
だけどツンダークは、彼らが考えているよりもはるかに現実的だった。
そう。
戦闘中に携帯がなりだした事で位置特定され、モンスターや敵に先制攻撃される者が続出してしまったのだ。
確かにギミックとしては、鳴り出す杖だの携帯だのは面白い。
しかし現実問題として、そんなもの使っていたら戦えない。
結果、それらはアイテムボックスのこやしになる事が多く、すぐに売れなくなってしまったのだ。
そんな日々が続いて数年の後。
売れる、売れないと技術の研鑽自体はあまり関係がない。それに実用品の方はちゃんと売れていたわけなので、生活に問題はなかった。だからチンクル本人は余暇を使い、昔も今も研究に邁進していた。このため技術はさらに伸び続け、研究者なら誰もが唸るようなものが次々と、でも、ひっそりと生まれ続けていた。
そんなある日、チンクルはついに杖に特殊な属性を持たせ、精霊と契約して根付かせる事に成功した。
それは地球におけるファームウェアという考え方に似ていた。つまり、本来は生き物にしかないはずの精霊の依代を杖に再現したものだ。チンクルの予測では、生き物と契約した精霊は多かれ少なかれその生き物の影響を受けるはずで、無機物についた場合、その影響が限りなく少なくなるはずだった。
だがしかし、その時点で既に色々とおかしい事にチンクルは気づいていない。
隠れて作りつづけたという事は、比較対象がないという事だ。チンクルは、無機物と精霊を契約させるという自分の技術がどれだけ桁外れのチートであるか、全くもって認識していなかった。
そんな技術が目の前で、今まさに花開いていく。
「よし……よし!」
ひかりを帯びて誕生した新しい杖を見て、チンクルは本当に嬉しいと思った。
誰も認めてくれなくてもいい。バカにされようと、無意味と言われようと構わない。
この杖は、自分がその全てを注いで作り上げたもの。
たとえ誰もが見向きもしなかったとしても、自分はその素晴らしさを知っているのだから……。
そう思った瞬間、杖の凄まじい輝きを発した気がした。
後から思うに、それは契約の瞬間だったのだろうとチンクルは述懐する。しかしこの瞬間はそれどころではなかった。
杖はふらふらと勝手に浮き上がると魔法陣を出て、チンクルにまっすぐ向かってきた。
『おなかすいた……ごはん!』
「へ?ごはん?ああ魔力ね、よしよし」
唐突に杖がしゃべったのに驚いたが、まあ待ってと気を取り直した。
無機物に憑いたのだから魔力の供給が必要なのだろうとチンクルにもわかった。ではさっそくと杖に右手をかざし魔力を注ぎ込みはじめたのだが、
『足りないよぅ』
「へ?」
『生まれたばかりなんだよぅ。もっとドバーッと魔力がないと成長できないよぅ』
「うわ、それもそうか。でも、そんな事言われても」
それは計算外だった。参ったなとチンクルは効率よい魔力供給について頭を巡らせはじめたのだが、
『簡単な方法があるよぅ』
「へ?なに?」
『ちんくる、女の子でしょ。ボクは男の子なんだよぅ。つまり契約してヤっちゃえば魔力のパスなんて、ドーンと開くよぅ』
「何する気!?てーか何で私の名前知ってるの?」
『ボクは、ちんくるの愛で生まれたから、あたりまえだよぅ』
なんかこいつおかしいとチンクルが気づいた時には、もう後のまつりだった。
何があったのかは全くの不明であるが、翌朝のチンクル邸には「うばわれた……杖に、杖にうばわれちゃった orz」とズンドコ落ち込んでいるチンクルと、その落ち込んでいるチンクルに終生変わらぬ忠誠を捧げている、キラキラ輝く杖という、なんともコメントにこまる光景が展開されていたという。
さて、話は戻って、数時間後。
「ふう、はぁ、はぁ……終わった、やっと終わったよぅ」
『いやぁ、さすがに大仕事だったねえ。おいらの魔力蓄積も、ほとんど空っぽになっちまったぃ』
そもそもチンクルは生産職であり、戦闘力は皆無に等しい。装備品の魔力で空をとび、杖に蓄積した魔力と刻んだ魔術式で戦っていた。
性格上、膨大な魔力プールをもって戦う事もできる。数時間に渡ってプレイヤーの暴走を食い止め続けられたのもそのためだ。
だがそれでも、溜めたものを使い切ったらしい。
『ツンダークサービスを終了しました。皆様、長らくのご愛顧ありがとうございました』
メニューのメッセージにはそう出ていて、彼らはようやく一息をついていた。
「やぁチンクルさん、お疲れ」
「あ、警部さん」
彼女の事情を知る地元警察の人間だ。
そも、チンクルは生産職で商人なので、当然戦えば顔バレしてしまう。そもそも杖が勝手にしゃべりまくるので正体の隠しようもないという事もあり、ツンダーク側の警察組織や司法など、知り合いをたくさん作る事で相殺していた。
そう。いわば一種のローカルヒーローだ。
「どうでした?」
「結構やられちゃいましたね。まぁ、極大攻撃呪文とか、この町ごと無くなっちゃうようなのは全部防ぎましたけど、多少の被害はー」
「そんなものまで使われてたのか。いやぁ、君のおかげだよ。助かった。で、君の被害の方は?」
「あー、お店の在庫使っちゃった。あははは」
「そっちか。うん、それならうちの署長交えて町長と相談しよう。ある程度は融通できると思うよ?」
「あら、悪いわね」
「何いってんの。本当なら勲章もんだよ勲章。まぁ、君は欲しがらないだろうけどね」
「確かに、いらないわ。あははは」
チンクルと警部は顔を見合わせ、あははと笑った。
そんな彼らの笑い声を聞きつけた町の人たちが、そろそろと、そして、暴徒がもういなくなった事を確認すると、今度はワラワラと出てきた。そして女の子を皆で囲むと皆がうなずきあい、どこから聞きつけたのか、わっしょい、わっしょいと胴上げをはじめた。
「お、お?おおお?」
ちなみにツンダークに胴上げの習慣はない。わざわざチンクルのために選んだのだった。
チンクルにとっては、どんなお金よりも説得力のある感謝の言葉だった。
思わずチンクルは満面の笑みを浮かべそうになったが、
「魔女っ子チンクル、ばんざーい!」
「わが町の魔女っ子、ばんざーい!」
「あぁぁぁぁぁ、だ、だからその、魔女っ子はやめてって……」
チンクルは困り果てて真っ赤になったまま、おとなしく胴上げされ続けたのだった。
『……ふ、運命だな』
「あんたのせいよ、バカ杖!!」