ドラゴンが好き
ツンダークには多くの人が訪れ、様々なドラマが繰り広げられた。
だけど、その全てが異世界もの小説の定番のように進んだわけではないし、王道展開だったわけではない。むしろ千差万別であり、クエスト?なにそれおいしいの?のような個性的すぎる旅を繰り広げた者もいたし、十数年に渡って路傍の屋台で商売を続けた者さえいた。
そんな『なんかおかしな者たち』の物語を今回も少し語ろうと思う。
さて、今回の主人公は。
ドラゴンが好きで好きで仕方ない女の話である。
◆ ◆ ◆
「ここにドラゴンがいるって話だけど……」
とある山中。狩人装備の薄汚れた女が、足音を忍ばせてゆっくりと進んでいた。
まわりは普通の森だったが、少しだけ様相が違っていた。つまり、森はあくまで豊かなのに大型動物の気配が皆無なのだ。
いるのは小型の動物の虫ばかりで、森といえば我のものと必ず出てくる熊も、wikiではまだ都市伝説扱いだが狩人の間では知られつつあるオークとか、そういうものの気配もない。不自然に静かな森だった。
そう。こういう森には必ず、いない理由があるのだ……圧倒的王者が別にいるという理由が。
「……」
女、ケイコは狩人であるが、ずっとドラゴンを探していた。
いわゆるMMOに癒し系を求める者は昔から結構いるが、VRMMOではその傾向が極端にひどくなっていた。特に空想上とされている生き物、あるいは既に絶滅した生き物が好きな者は顕著だった。無理もない話だが。
リアルなのだ。動くのだ。愛してやまず、しかし存在するはずのない者達が。これで熱狂しないはずがなかった。
彼らの間では、超のつくマニア限定でこんな噂も流れていた。
『ツンダークでは本物の竜と話もできる』
『ユニコーンに友達が触っていた。私が触ろうとしたら超威嚇された。なんでバレるの……orz』
『コボルトがモフモフわんこらしいよ!まじ触れるらしいよ!』
しかも、定型のセリフしか言わないような安っぽいNPCでなく、まるで生きているようだという。
そんな者の中にケイコもいた。
そう。
ケイコはドラゴン好きだった。それも半端なものでなく、熱狂的なまでのドラゴン好きだった。
だけど、いくらファンタジー世界のツンダークとはいえ、立派なドラゴンがそこいら中にいるわけがない。そして通常の攻略で出てくるドラゴンにとってプレイヤーは敵である。見つけたところでどうなるものでもない。
そうして選んだのが狩人というわけだ。
「ここね……」
武装を解除して丸腰になった。
簡単に見つかるつもりはないが、見つかっても、万が一にも誤解されたくないからだった。自分は戦いにきたのではない。憧れの存在を見に来たのだから。
え?ドラゴンに食い殺されたら?
それこそ本望だ、とケイコは思った。
ここはツンダーク。
この、触れられる、嗅げる、感じられる全てが幻だなんて未だに信じられない。だけど確かに地球とは違うわけで。そして、だからこそ、たとえドラゴンに食い殺されようとも、死に戻りという形で生きていられるわけで。
だったらいいではないか。ドラゴンに触れられるのなら、たとえ食い殺されようとも。
「……」
改めて息を整えて、最後の茂みから顔を出した。
(……ああ……)
見た途端、彼女の魂が感涙の叫びをあげた。そこには、巨大な土色のドラゴンがいたのだ。
(ああ。ドラゴンだ。生きてる。大きい……すごい!)
感激のあまり、彼女の足元でカラカラと石が崩れた。
『……』
アッと思った時にはもう、ドラゴンの顔が目の前にあって。
痛みとも衝撃ともわからないものにふりまわされて。
ぐっちゃ、ぐっちゃと何かを噛み砕く音と共に、意識も破壊されて。
「…………ああ。やられたのね」
気がつくと、簡易結界に守られた最後のベースキャンプ地に戻されていた。
死に戻りの能力低下がひどい。
殺された時の痛みや恐怖もありありと覚えている。当分はトラウマで寝込みそうな酷さだった。
でも。
「でも……会いたい」
たった今、食い殺されたばかりなのに。
ケイコの心はもう、あのドラゴンにもう一度会いたい、それだけを考えていた。
それからのケイコの毎日は、そのドラゴンを見に行く事だけになった。
毎日のように、彼女の死亡カウントは上がり続けた。しまいには最前線の攻略プレイヤーのそれすらも追い抜き、いつしか死に戻りランキングの上位に、常に彼女の名前があがるようになった。
ケイコって誰だ。
攻略系プレイヤーたちは誰もが首をかしげたが、ドラゴン会いたさに狩人している女プレイヤーなんて誰も知るわけがない。実は狩人ギルドに登録した最初のプレイヤーであり、一部のヘビーユーザーは名前くらいは知っていたのだけど、その彼らにしても、どうして彼女がそんな死にまくっているのか、までは知らなかった。
そんなケイコであったが、いつしか自分の状況に異変が起き始めたのに気づいた。
まず、デスペナルティのかかる時間が減り始めた。
最初は気のせいかと思ったが、最終的には一時間を割り込んだ。
またアイテムやお金などのペナルティも最小限になった。なぜかと思ったら、見たこともないスキルがいくつかついていた。
『黄泉返り』: 死んで生き返ってもペナルティをほとんど受けない。重要アイテムもロストしない。
『人身御供』: 土地神、半精霊に捧げられたもの、あるいは高レベルの竜に自ら身を捧げた者。聖属性を内包するようになり、呪いや毒を受け付けず、精神支配や咆哮などによる状態異常も効果がない。
攻略系プレイヤーなら狂喜しそうなレアスキルだったが、ケイコが思ったのは「これで一日二回、会いにいけるかしら?」だった。
ちなみに、こうした影響はリアルの彼女にも現れた。
いつもツヤツヤと元気そうで、早く帰りたいから仕事も覇気が違う。相変わらず、いや以前に増して飾り気はないのだが、いつも上機嫌でエネルギーに満ちた姿は、見る目のある者にはもちろんよく見える。
もちろん彼らのアプローチは全てやんわりと、しかし確実に蹴られた。
理由?もちろん彼らはドラゴンではないからだった。
そうしている間も、彼女はドラゴンを見に行く。そして死に続けた。
その土のドラゴンは、ちょっとばかり困っていた。
アースドラゴンは地上において無敵の存在。空も飛べないわけではないし泳ぎも得意だが、それは魔力の補助によるもの。彼の本道はなんといっても地上であり、マグマに落ちようが平気、クマムシ以上の耐性をもつうえに山も崩せる戦闘力と、まさに地上における無双の存在である。
だがそんな彼も、ちょっと困っている事があった。意味の分からない異世界人の来訪者だ。
いくら瞬殺とはいえ、毎日、いや下手したら一日二度や三度というペースで、同じ異世界人がやってくるのだ。しかも戦いを挑んでくるならまだしも、何故か幸せそうな、そのくせ異様な熱意を感じる瞳でじっと見ているだけ。
いったいなんなんだ、あいつは。
そんな日々が何年か過ぎた頃、彼はとうとうその異世界人を殺すのをやめた。飽きたのではない。殺そうが食べようが戻ってくる者を殺し続ける事に無意味さを感じたし、そも、放置しても何もしてこないと悟ったからだ。実際、ちょっと居眠りする振りをして半日ほど放置したのだが、たまに席を外す他はずっと幸せそうにこっちを見ているだけで、なんの被害もなかった。
ちょっと気持ち悪いが、放っておこう。
ついにそう結論づけた彼は、それからは手出しをせず、ただ放置するようになった。
そしてさらに年月は流れていったのである。
眺め続けている異世界人の変化に気づいたのは、アースドラゴン側だった。
いつものように自分を見ている異世界人だが、何故か泣いているように思えたのだ。人間の顔など彼にはわからないが、そうとしか思えなかった。
十数年の年月ではじめて、彼は異世界人に話しかけた。
『どうしたのだ?』
「え?」
『何を泣いている?そのように悲しげな空気をまとって』
異世界人は驚いていた。だが少しして気を取りなおしたのか、自分のことを話し始めた。
異世界ではドラゴンというと物語上の存在で、とてもとても憧れていた事。
ツンダークで生きたドラゴンを見られる事が幸せで、それで毎日毎日通い続けて眺めていた事。
そして……そのツンダークサービスがもうすぐ終わり、自分はもう来られなくなってしまう事。
「どうしてわたし、ツンダークに生まれなかったんだろう。ツンダークにずっといられれば」
いや、それはそれで無理だろうと彼は思った。
もしそれがツンダーク人なら、いつだったか、はじめて来た頃に死んでいるはず。今ここにいるわけもない。
それに……。
『ふむ』
そこまで考えたところで、彼は異世界人を救う方法がひとつだけある事に気づいた。もっとも条件があったが。
『異世界の者よ、ひとつ聞きたい。おまえはメスか?』
「……はい?」
質問の意味がわからないのだろう。異世界人は目を点にした。
『答えよ、おまえはメスか?
オスかメスかでこの先に話す内容が違ってくるのだ、ゆえに述べよ。おまえはメスか?』
「えっと……はい、女だから、えーと、メスです!」
『よろしい』
ふむ、と彼はうなずいた。
『今、おまえは「ツンダークにずっといられたら」と言ったな?』
「はい」
『いられる方法があるのだよ。たったひとりだけ、しかも名目上、オスである我の相方という事になるがな』
「えっと……それって居残り希望ってやつ?」
『おまえが言っているのは新住民とやらの事か?それなら違う。
あれは単に異世界人の情報を元に、あらたに住民を生み出すという事にすぎない。
対して我が言っているのは、我と同じ竜になるという事。
それはおまえを元にした別の何かではなく、おまえ自身なのだ』
「……」
『もちろん失うものもある。この世界の民となるのだから、おまえは二度と異世界には帰れぬだろう』
「……」
『さて、どうする?』
「……お」
『?』
「お、おおおおおおおおっ!!」
『!?』
「お願いしますっ!!ぜひ、是非!!」
『そ、そうか?』
余談だがこの瞬間、彼はあまりの剣幕に、ちょっと引いたという。
勢いだけでアースドラゴンを引かせる女。ある意味とんでもない。
『しかしちょっとまて、わかっておるか?人ではなくなるのだぞ?』
「むしろ全力でお願いします!!」
『そ、そうか?……あいわかった、ちょっと待て。今、道を開くのでな』
「道?」
『いくらなんでも、我に人を竜に変える力はない。
異世界人の訪れが告げられた時、神なる存在に教えられていた手順があるのだ。もしも異世界の民の中に竜とならんという者がいて、おまえがそれにふさわしいと思うなら……ならば、これを使えとね』
彼は目を細め、あっけにとられている小さな異世界人……やはりメスであったらしい……を眺めた。
ツンダークのアースドラゴンは長いこと、一頭のみとなっていた。彼らは竜で最も古い種族であり、本来ならとっくに滅びているはずだったし、種族としては絶滅したと同じ事でもあった。
そんな彼が唐突に妻を娶ったので、ツンダークの竜族の世界では大騒ぎになった。
奥方の正体が実は元異世界人である事も驚きの対象だったが、彼女が何年もアースドラゴンの元に通い詰めていた事なども伝わり、ならば、愛する者の願いをラーマ神様が叶えてくださったのだなと、皆も何とか納得したという。
ただし。
何万年ぶりかのアースドラゴンの子供たちの声がツンダークの大地に響き渡るのには、どういうわけか百年近い時間を擁した。
これについては皆いろいろな推測をしたが、もっとも有力なのは「アースドラゴン・ヘタレ説」であった。もっとも実際のところは誰にもわからなかったし、今までの絶滅状態がウソのようにたくさんの子供が生まれまくり、竜族史上最も多産の夫婦とまで言われるようになっては、今更どうでもよくなっていたのも事実だった。
ちなみに「おさわりモンスター」という、モンスターにさわりたい人、見て愛でたい人のための愛好者ギルドも存在したようです。
なにか色々とおかしい気がしますが、まぁ人間の業ってそんなものですよね、ええ。