変態スキル
ツンダークには多くの人が訪れ、様々なドラマが繰り広げられた。
だけど、その全てが異世界もの小説の定番のように進んだわけではないし、王道展開だったわけではない。むしろ千差万別であり、クエスト?なにそれおいしいの?のような個性的すぎる旅を繰り広げた者もいたし、十数年に渡って路傍の屋台で商売を続けた者さえいた。
そんな『なんかおかしな者たち』の物語を今回は少し語ろうと思う。
◆ ◆ ◆
「なにこれ……」
キャラクタ生成時、そこには職業や主要スキルの候補が現れる。どういう原理かは謎だが出てくる選択肢は人によってバラバラで、実はあまり職業選択の幅はないという。多い者でも4つか5つほどしか候補が出ないというのだ。
で、中には奇妙な職業や、意味のわからないスキルが出る事があるという。
今回の主人公である女の場合もそうだった。
「……えーと」
女の目の前には名前入力欄すらなく、こんな選択肢がいきなり表示されていたのだ。
『血沸き肉踊る大冒険へ!熱血でハードでバイオレンスなプレイ(流血注意)』
『日々にお疲れの貴女へ。まったり癒し系プレイ』
キャラクタメイキングしようとしたら、いきなりの選択肢がこれだった。
「ま、まだ名前も入力してないんだけど……なにこれ?」
名前入力前にパラメータを決めたりオープニングが流れるゲームが存在しないわけではない。女はそれを知らなかったが。
さて。
わざわざMMORPGをやろうってメンツなら当然、大冒険を選んだろう。
しかし実は彼女、ツンダークではペットと癒やしプレイできるという噂を聞き、VRMMOマシンのリースを決めた経緯があった。姉一家のパシリ状態だった実家の生活から逃れて独り立ちしたものの、住んだアパートは約款でペット禁止。癒やしに飢えまくっていたのだ。
そんな中、お安い月額で癒やしが得られると聞きやってきた……間違いなくMMORPGプレイヤーとしては少々場違いな存在だったのだが。
で、そうなると当然、
「熱血ハード?いらなーい。ここは癒し系一択だよね!」
ぽちっとなと押しこむと、いよいよキャラクタメイキング本番だ。
「へぇ、これが私のキャラなの?可愛いけど……子供すぎない?」
やたらと愛くるしい、日本人目線でも小学生だろうって幼い女の子が候補に出ていた。
「他に選択肢は……ないわね。ん、これヘルプ?」
押して見ると、キャラクタの説明が表示された。
『アリス・リット・ミム・マムタイア(仮名)』
魔大陸にある公国マムタイアの女の子で、魔人族。見た目とても愛くるしいが、これは長寿の一族であるため。実際は18である。
スキル構成などを見ると、なるほど、魔人族のしかも女の子だけあって魔法寄りなのだが、総じて戦闘力が低い。まだ成長期という事を割り引いても、魔法寄りというよりむしろ物理戦闘不可なだけに近い。初期値が極めて低い、いわゆる育成マニアや廃人むけの構成だった。
女は当然そこまではわからない。ただ、凄く魔法寄りで武器を使うのは苦手というのは理解できた。
だがしかし、女の目を引いたのはそこではない。祝福の項目だ。
『祝福』
・双方向性かわいいもの好き: かわいいものが好き。そして、そんなあなたを皆も大好き。
・シリアス・クラッシャー: どんなシリアスな空気も、絶妙のタイミングで破壊してしまう。
「なにこれ……」
いくらゲームに疎い女でも、何かがおかしい事はとりあえず理解できた。
「他に選択肢は……ないわね」
いくらなんでも、これは怪しすぎる。あきらめて選択肢を戻そうとしたが、
「え?なにこれ?」
なぜか選択肢を戻せなくなっていた。
それでも意地になって戻そうと奮闘していると、何かメッセージのようなものが出てきた。
『騙されたと思って一度プレイをどうぞ。チュートリアル終了後に、もう一度選択が可能です』
「とにかくお試ししてみろって事?」
若干不穏なものも感じるのだけど、現時点で選択肢がないのも事実だった。
悩んだ末、女はそのままプレイしてみる事にした。
「名前は……可愛いからそのままでいっか」
お人形のように可愛い女の子だ。これでヘタに日本式の名だと、逆に痛くなってしまうだろう。
中身が○○歳の女というのは、まぁ隠し通せばいい。どうせネトゲでリアルの話なんてしないんだからと、女は軽く考えていた。
そして、プレイ開始を選択した。
目覚めると、そこは天蓋のある部屋。白とサーモンピンクで統一された天井が見えた。
「……」
ゆっくりと視界を巡らせると、外は朝。真っ白いレースのカーテンが風にそよいでいる。
起き上がった。
見渡すと、この部屋全体が二色で統一されているのがわかった。
ベッドの上はまぶしいほどの純白。そして周りはすべてサーモンピンクなのだが、あらゆる調度品が専用に作られたのだという事が、こんなお姫様のような環境で寝起きした事などない彼女にもハッキリとわかった。
「すごい……かわいい……すてき!」
思わず叫んでいた。
「お嬢様」
そんな声を聞きつけたのか、女性の声。
誰かの気配が近づいてくるが、足音がほとんどしない。
「お嬢様、お起きになられましたか」
部屋に入ってきたのは、絵に描いたような白と黒のメイドだった。
ただし、ヘッドドレスの間から角が見えているし、口には牙もチラチラと。コスプレにしては妙にリアル。
つまるところ、そういう種族なのだろうとアリスは判断した。
「おはよう、えーと」
「セーレでございます、アリスお嬢様。朝の支度ができておりますよ、さあ」
「う、うんわかった」
返事をしながらも、アリスの頭の中は、目の前を認識する事でいっぱいいっぱいだった。
それはそうだろう。
アリスの中の人としては、何か村みたいなところで動物や自然と戯れるような情景を想像していたのだから。
まさか、こんな本物のお姫様みたいな状況になるとは。
「うーん」
和やかな雰囲気で食事が終わり、アリスはバルコニーでためいきをついた。
おいしい食事だったし、メイドたちは皆、心から親切にしてくれているのがわかった。
しかし。
「プレイヤーの設定としては、おかしいんじゃないかしら?」
あいにく、今の状況を素直に喜ぶには、アリスは少々大人すぎた。
任意の第三者ならわかるが、なぜ貴族、それも明らかに固有の名のある人物なのか?
ここは出来合いのコンシューマゲームではなくて、多数の人が遊びに来るゲーム世界のはず。だったら、そこで与えられる『立場』は、汎用的なものになるはずではないのか?
そう。
だからこそ、固有の名前や立場をもつ貴族の令嬢なんていうのはおかしい、そう思うのだ。
だって。
「だって……もしこれで『私』がコレいらないって廃棄したら『アリス』はどうなるのかしら?」
いや、廃棄しないまでも、飽きてログインしなくなったら?
固有の名前や立場のある人物をプレイヤーが演じるというのは、ひどく不合理な事ではないのか?
なんだろう、この、なんともいえない気持ち悪さは?
「……」
何となくだが、これ以上ここにいてはいけない気がした。
ほとんど反射的にアリスはメニューを開き、ログアウトボタンを呼びだそうとしたが、
「おねーちゃーん!」
「!」
絶妙のタイミングでかわいらしい声が聞こえてきて、何かしらとアリスはその方を見た。
「あら」
バルコニーの下にかわいらしい男の子がいた。
半ズボンで頭には小さな角、目は赤い。魔族の子供だろう。ふるふると揺れている黒いしっぽがなんだか可愛い。
「おねえちゃん、ごめん、それとって」
「え?ああこれね、はい」
バトミントンの羽根みたいなものがあったので、それを拾った。
投げ返してもよかったのだけど……。
「……かわいい」
あの男の子を間近で見よう、ログアウトは後でいいか。
そう思うとアリスは降りる場所を探そうとしたが、その必要はなかった。
どうも飛び降りる、飛び上がる、滞空するという魔法は体に染みこむほど使っているらしい。アリスは弱い浮遊魔法を迷うことなく使い、ふわりと下に降りた。
「はいこれ」
「ありがとう!」
「ここで遊んでたの?」
「うん!友達と!」
「そっか。気をつけてね」
「うん、ありがとう!」
にっこりと笑うと、男の子はトコトコと去っていった。ぴこぴこ揺れるしっぽがたまらない。
「かわいいなぁ」
ログアウトするのはちょっと惜しいかなぁ、とも思った。
「でもやっぱりまずいよね。何があるかわからないし」
以前聞いたVRMMOの事故やら、ダイブ中に襲われた話やなんかを思い出し、ブルッときた。
うん、やっぱりログアウトしよう。
そう思って今度こそログアウトしようとしたのだが、
「……え?」
ドーン、という大きな音がして、何かグラグラと地面が揺れたのだ。
「な、なに?」
思わず座り込んでキョロキョロと周囲を見渡したのだが、
「アリスじゃないの!ついに目覚めたって噂は本当だったのね!」
「へ?」
声のした方を見ると、何か真っ黒いドレスをまとった、やはり魔族の美少女がいた。
「!」
とんでもない美少女だった。同性なのに思わず目が点になるほどに。
(か、かわいい!すんごいかわいい!)
思わずフリーズしてしまった。
アリスが止まっている間にも、美少女はどんどんアリスに迫ってきた。
「あ、あの」
「あはは、なんだか可愛くなっちゃってぇ。どんな、おしとやかな魂取り込んだらこんなんなっちゃうのかしら?ま、もともとアリスは出来がいいからねえ、うんうん。あたしも鼻が高いわねえ」
「え?え?」
わけがわからない。この女の子は何を言っているのか。
「さ、いこうアリス、みんな待ってたんだよ?さ、どうしたの?」
「あ、あの!」
ちょっと強く言うと、強引にアリスを引っ張ろうとしていた女の子は動きを止めた。
そして不思議そうにアリスの顔を覗きこんだ。
「なぁにアリス?何かいいたい事があるの?」
「あの……」
アリスはここで一瞬、悩んだ。
彼女が言おうとしたのは、いわゆるメタ発言だった。自分はプレイヤーでありアリス本人とは中の人が違う、もしかして勘違いしているのではないかと。
言うまでもないが、それは「作られた、お話の世界」としての仮想世界での発言ではタブーである。ぶちこわしであり、本来言うべきではない事だった。
でも。
ところが、それをアリスが言おうとした途端、なぜか女の子の方がクスッと笑った。
「わかってる、異世界人の魂が混じってるって事でしょう?そんなのみんな知ってるわよ?」
「え?」
どういう事だろう?
そんな事を考えたアリスに、女の子は苦笑して告げてきた。
「そっか、そこまでは覚えてないのね。だったら教えてあげるわ。
今、アリスが自分を誰だと認識しているのかは知らない。でもそれが何者であれ、アリスはアリスなのよ」
「えっと……どういう事?え?」
ひょいと抱き上げられた。
相手はアリスよりちょっと大きいくらいの女の子だ。しかもアリスはドレスも着ている。
これは、とんでもない力ではないか?
「アリスは死にかけてたのよ。すんごく長生きしすぎて魂が摩耗しちゃってね、だから眠り続けていたの」
「へ?」
「それで、アリスと結びつきやすい魂を神様が選んで、くっつけてくれたのね。つまり今のアリスは、異世界人としての部分と、もともとのアリスと、ふたつが両方が混在しているはずなの」
「……へえ」
ふむ。なるほど、そういう設定なのかとアリスは思った。
「信じてないのね?」
「え?」
「まぁいっか。そんなお話はあとあと!今はみんなに報告しないとね!」
苦笑すらしないで、アリスを抱えたまま女の子は言い切った。
「さ、いきましょう。みんなアリスを待ってたんだからね?」
「……」
とりあえず、状況がわかってからログアウトしようか。
そんな事を考えつつ、アリスは運ばれるに身をまかせた。
アリス・リット・ミム・マムタイアについての詳しい情報はない。魔大陸にはプレイヤーがほとんど渡っておらず資料も乏しく、ゆえに、アリスに融合という形でツンダークに出現した変わり種のプレイヤーがどういう軌跡を辿ったのかも、また定かではない。
ただ第六期のツンダーク史によれば、フクワライ、カルタ、ハゴイタという遊びが魔族の少女の間で流行したらしい。この発案者はアリス嬢となっており、少なくとも彼女と融合したプレイヤーがツンダークを自分なりに楽しんでいた事だけは、どうやら間違いなさそうである。