傷心の迷い子
数いるプレイヤーの中には、こんなヤツもいたんだよって小話です。
小ネタなので、たぶん不定期更新。
ツンダークをめぐる様々なドラマがあった。
だけど、その全てが異世界もの小説のテンプレのように進んだわけではない。リアルの家庭の問題からツンダークに逃げ込んだ者、逃れられぬ閉塞感の中でツンダークに転職を見出した者というのはまさに定番のケースであるが、揺れまくったあげく結局はツンダークを普通にゲームとして終わらせた者もいたし、様々な理由で閉鎖前にログインし損ね、戻れなくなった者だって存在した。
そんな『乗りそこねた者たち』の中の数名について、少しだけ語ろうと思う。
◆ ◆ ◆
「そんな……」
青年は、自分の嘆きが風に消えるのを感じていた。
手の中にはケータイがあった。そこには彼が昨年からつきあっていた女の子からのメッセージがあったのだがまぁ、内容はお察しというところであった。
ただ、青年の問題はそれだけではなかった。
「畜生……ちくしょう……」
ふたりは『ツンダーク』で知り合った。共に気が合った事もあって冒険を重ねて、気がついたら何年もつるんだ古いコンビになっていた。女の子は前衛の戦士で派手好き、そして青年は魔法中心で、それも回復といわゆる補助職が中心。ふたりを中心に人を集め壮大なクエストを実施したり、人気を集めていた。
そんなふたりがリアルにつきあうようになったのは、女の子の悩みを青年が聞いた事がきっかけだった。
いわゆる直結厨という例外を除けば、ネトゲの常連同士で男と女の関係になるなんて、まずない。だけど二人は気心が知れていた事、そしてお金が絡むような他意がお互いに一切なかった事もあって、本当につきあうようになった。やがてVRMMOマシンが青年の部屋で埃をかぶるようになっていったのもまた、ある意味自然な事だったかもしれない。
だけど、その日々は唐突に終わりを迎えた。
いや、それは青年が知らなかっただけの事。
女の子はいわゆる肉食系だった。そしてVRMMOと違ってリアルには戦闘という共通項がない。
彼女から見れば青年は、戦いの中でこそ地味ながら頼もしい支援職だった。だけどリアルでは、ただの退屈な草食ぎみのゲーマーにすぎなかった。
青年に飽きた彼女は、プレゼントとして貴金属の指輪をもらったのをいい機会と、さっさと別の男をこしらえた。
それに気づかず、連絡が絶えた事を訝しんだ青年は連絡をとろうとしたが、それに彼女は眉をしかめた。連絡がなくなったら素直に切れたと思えよと憤慨し、空気読まないお馬鹿と揶揄した。挙句のはてに男を使って恫喝させたり、青年を不審者として通報までしたのだ。
彼は捨てられたのだった。それも、後ろ足で蹴られるように。
青年は長年勤めたバイト先で正社員の話があったが、これも無期限で棚上げになった。話をきいて冤罪と関係者は判断してくれたが、それでもストーカー疑惑は立派な醜聞で、上層部はそんな者をバイトとして雇い続ける事すら嫌がった。ただ、お人よしの熟練スタッフを惜しんだ支店長が助けに入ってくれて、かろうじてクビにはならずにすんだ。
ここまでくると、もう彼は精神的にボロボロだった。
青年はVRMMOマシンの中にいた。
あれだけ夢中になったツンダークはもうサービス終了している。そして別のゲームは使えるようにしてなかったから、VRMMOマシンに入っても当然何も起きはしない。
ただ当時と同じ人工物の臭いだけがあった。画面はVRMMOシステムの初期画面のままだが。
「……」
涙がこぼれた。
(かえりたい)
嘆きの中で、青年はそう思った。
だけどその気持ちは、女の子との幸せな時代に帰りたいというものではなかった。むしろ女の子と出会う前の、無邪気にツンダークのリアルさに驚き、魔法を極めようと戦っていた時代に戻りたいと、そう思ったのだ。
妄想じみた思考の一人遊びの中、青年は思い続ける。
もし、もう一度戻れるなら、どんな『自分』になるだろうか?
ああ……そうだ。
(ネカマなんてキモいと思っていたが、いっそ地味くさい女の子なんていいかもな。もう恋愛ごとはこりごりだし)
一度、そんな風に考えだすと、思考は果てしなくズレていく。
ボサボサの髪を適当にたばね、錬金薬の臭いがするような女の子。服装も体型の一切見えないローブで、契約している精霊に守られているので、万が一、邪な者が近づいても攻撃される。
頭の中で、そんな女の子の容姿があっさりと組み上がる。
地味といいつつも中身が美少女なのは、それは青年が男だという事だ。おっぱい星人でも貧乳好きでもない彼は当たり前のようにビーナス体型を選び、実にバランスのよい肉体を設定した。肉付きがよいのはたった一人で戦うためで、接近戦に備えてきちんと鍛えてもいるという事にした。
そこまで考えたところで、ふと現実に思考が戻る。
「戻れるわけないのにな……ははは、バカだよな俺。はは……は……」
涙はとまらない。
疲れ果てた青年はやがて力つきて、VRMMOマシンの中で、ゆっくりと横になった。
そしてそのまま、眠ってしまったのだった。
『……』
その頭上で、動かないはずのVRMMOシステムのメッセージ、それが静かに流れ始めている事にも気づかないまま。
「……ん……ん?」
目覚めがやってきたのは、顔に当たる日差しが眩しかったからだった。
「んー……朝?」
さわやかな鳥の声が響き渡る中、ゆっくりと起き上がった。
いつもなら寝起きは頭もまぶたも重いのだが、今朝はきちんとまわりが見えている。頭にも眠気以外の重さはなく、むしろすっきりとして気持ちがよかった。
そして、ゆっくりと周囲を見回して……異変に気づいた。
「……え?」
激変した風景に驚き。
「……ええ?」
変わり果てた自分の声、それと手足に驚き。
「……えええええええっ!!!」
メニューを開いて、それが現実である事にさらに驚いた。
「これ……夢、じゃ、ないよね……ほんとに?」
信じられない思いで、彼女はメニューの中のメッセージ欄を見た。
そこには『ツンダークサービスを終了しました。皆様、長らくのご愛顧ありがとうございました』という一文があったが、さらにその下、二ヶ月ほどの時間経過を置いて、もう一文が追加されていた。
『おかえりなさい。貴女の帰還を心から歓迎します。ここでの暮らしが、貴女にとって実りあるものになりますように』
「……」
しばらく彼女は、呆然としていた。
しかし、そのメッセージの意味が頭の中に染みてきて、そしてメニューに『ログアウト』の文字が存在しない事も見た。
右手に炎の魔力を集中した。かざした右手に炎があがる。
「あは……あははは……」
たちまち、その顔が涙に崩れてきた。
「帰って……これた……かえっれ……ふぇ……」
とうとう彼女は、耐え切れず大声で泣きだしてしまっていた。
後にこの『少女』がどうなったのか、それは誰も知らない。
ただ、シネセツカの魔道研究所の歴史には、出現時期の計算がどうしても合わない、謎の異世界人の研究者の記録があるという。