わたくい人形
君、眠そうだね。気持ちは分かるけれど、仕事が全然進んでないじゃない。
それじゃあ、眠そうにしている君にひとつ、眠気も吹き飛ぶような話をしてあげよう。
これは、僕の身に実際に起こったことなんだけど……僕がまだ子供の頃、両親が海外に行った時のお土産に人形を買ってきてくれたんだ。
男の子へのお土産に人形って君も変に思うでしょ? 当然僕も変に思っていたし、今も変だと思っているよ。
うちの両親は少し特別でね。女の子が欲しかったみたいなんだけど、でも結局出来なかったから事あるごとに僕に女の子のおもちゃを与えていたんだ。
まぁ、両親の話は置いておいて……その人形がまたベタな西洋人形でね。金髪碧眼で絵に描いたようなフリフリの服、どう見ても男の子の持ち物じゃなかったけれど、両親が折角買ってきてくれたものだしありがたく貰うことにしたんだ。
その夜、少し寒気を覚えた僕はその人形を抱いて寝た。ほら、子供って抱き付き癖があるじゃない? あれと同じさ。
途中で目が覚めてお腹が妙にこそばゆいと思った僕は、目を開けて少し体を起こしてみた。
そしたら、その人形が僕のお腹にメスを当てて一文字に切り裂いていたんだ。
お腹がパックリ割れて血もいっぱい噴き出したけれど、不思議と痛みはなかった。呆然と見ていると、血で顔や服が真っ赤になった人形が僕のお腹に手を突っ込んで中身を食べ始めたんだ。
その時も勿論痛みはなかったよ。ただ、にちゃにちゃと食べる音が耳障りだったのと、吐き気がする臭いがすごく嫌だったな。
僕のお腹の中身を綺麗に食べ終わった人形は、どこから持ってきたのか綿を僕のお腹に詰め始めた。せっせと綿を詰め終えて、縫合用の針と糸で僕のお腹を縫い終えたところで僕は目を覚ました。
僕は、起きて自分のお腹と人形を確認してみた。勿論、お腹の中がなくなっているわけでもなかったし、人形が血塗れになっているということもなかったよ。
僕は、一晩限りの悪夢と思って忘れることにした。でも、悪夢はこれで終わりじゃなかったんだ。
その日の夜も僕は、体の中がこそばゆい感じに目を覚ました。すると、またあの人形が僕の体をメスで切り裂いて手を突っ込んでいたんだ。
人形は小さな手で僕の胃や肝臓などを次々と取り出してはそれらを食べていった。先と同じく勿論痛みはなかったけれど、体の中を触られる感触とにちゃにちゃという音が今でも耳に残っているくらい気持ち悪かったよ。
次の日の夜は両方の肺を食べられた。これで僕の身体の中に残っている臓器は脳と生殖器を除けばあと一つ……何かは分かるよね? そう、心臓だ。
人間は心臓がなければ生きていけない。さすがに恐ろしくなった僕はこのことを母さんに話した。
すると、母さんはすぐにその人形を持って外に出ていったんだ。捨ててきたのか売ってきたのかは分からなかったけれど、帰ってきた母さんの手にあの人形はなかった。
その後、僕はあの悪夢を見なくなった――と、いう話さ。どうだい、眠気も吹き飛ぶ話だっただろう?
え、何? どうせ作り話でしょうって? うーん、そこまで言うなら見せてあげようか――ほら。
僕の身体、『T』を逆さにしたような傷が付いているでしょ? この傷、あの悪夢の後に出来たもので何度も医者に診て貰ったけれど、どんなに治療をしても消えないんだ――って、何を怯えているんだい?
ん? ……そうかそうか、それは良かった。それじゃあ、あと2時間頑張ってね。
…………
……
あ、そういえば言い忘れていたよ。
この手の話は伝染するらしいから、もし君の家に人形がいたりするなら今夜気をつけたほうがいいかもね。