魔物
茜色の光が森の木を照らし、長く伸びた影がやがて日暮れが訪れる事を告げている。
林道を抜けた先にあるこの広場はレプリベラグを動かすのに十分な広さがあった。
今、この場には、リュークとカイルの乗るレプリベラグ、分隊長のガルドと副分隊長のエルダ。
それと、歩兵班から大剣使いのバルド、弓兵のミリア、槍兵のトーレ、大盾を持つジーク、魔法士のロッタ、薬師でもある戦士のハンス、支援班から治癒士のリナと支援魔法士のセリスがいる。
そして今、森の中を探っていたシェイドが戻って来た。
「0137、集音装置の感度を上げてくれないか。」
レプリベラグの操縦席に座るカイルは、シェイドの報告を聞くために、後ろに座る少女に指示を出した。
「了解しました。」
前面のスクリーンに小窓が現れ、そこにガルドとシェイドの姿が映し出される。
「シェイド、どうだった。」
ガルドがシェイドに尋ねる声が聞こえてきた。
「角狼の群れがいました。いずれここに来るでしょう。」
魔物とは、濃い魔素の影響で生物の肉体や性質が変異したものとされている。
その特徴は、通常の生物では持ち得ない角や鱗があったり、周囲を汚染する瘴気を纏うなど様々だ。
シェイドの報告にあった角狼もその一種だ。
名前の通り、額に角を持ち、普通の狼の倍ほどの大きさがあり、中にはその倍以上の大きさになるものもいる。
基本、群れで行動し、群れの中で最も大きいものがリーダーとなる。
「数はわかるか?」
「およそ20、うち大型は3体確認しました。」
報告を聞き、ガルドは即座に指示を出した。
「各自迎撃の準備だ、大型はリュークとカイルに任せる。普通個体は俺たちがやるぞ。」
返事とともに隊員達は配置につき始める。
レプリベラグは左右に展開、後方に支援班とミリアとロッタ。中央に分隊長達と残りの歩兵班が固める。
もうすぐ日が暮れる。視界を確保するためにセリスが魔法で明かりを出した。
「分隊長、魔力索敵波を打ちますか。」
カイルはレプリベラグの拡声器でガルドに確認する。
魔力索敵波とはレプリベラグに備わる機能の一つで、魔力の波を周囲に放つことで、強い魔力を持つ存在を探知する事が出来るが、反面、魔力を感知できるものがいた場合、こちらの存在を知らせてしまうことにもなるものだ。
「既に相手はこちらの存在に気づいているはずです。それなら、魔力索敵波を打つことで相手の数と位置を把握し、確実にこちらに誘き寄せる事が出来るのではないでしょうか。」
「構わん、やってくれ。」
カイルの提案を聞き、ガルドは即答する。
「はい。」
カイルはガルドの返事を聞き、指示を出す。
「0137、魔力索敵波を打ってくれ。」
「了解しました。魔力索敵波打ちます。」
レプリベラグの頭部にある結晶が発光する。
次の瞬間、目に見えない魔力の波が周囲に広がって行った。
「反応ありました。一時の方向、数は21、距離500、この移動速度なら4分ほどで接敵します。」
隊員達の緊張感が一気に高まる。既に太陽は半分ほどその身を隠している。
ここが草原であれば、まだ十分な明るさがあっただろう。
だが、ここは森の中だ、周囲の木々が広場に濃い影を落としている。
少女の報告を聞いてから、どのくらい経っただろうか。
角狼は確実にこちらとの距離を詰めてきている。
カイルが額に流れた汗を拭った時、その時が来た。
「来るぞ!」
ガルドが隊員達に聞こえるように声を上げた。
セリスの支援魔法が飛び隊員達の能力を底上げする。
ジークは大盾を地面に突き立て、ミリアは弓に番えた矢を引き絞る。
木々の隙間から角狼達が飛び出してきた。
それを見て、ミリアは矢を放ち、ロッタは構えた杖から魔法を放った。
放たれた矢は先頭の角狼に突き立ち、続く角狼達にもロッタの放った無数の石礫が襲いかかる。
怯まず飛び込んできた角狼はジークの大盾に阻まれ、それをトーレが槍で貫いた。
ガルドはミルダと、バルドはハンスと組み、それぞれ角狼達と対峙している。
アオーーーン!
森の奥から遠吠えが聞こえた。
角狼達の動きが変わる。
距離を取るように角狼達は下がっていく。半分ほどが森の中に消えていった。
「気をつけろ、まわり込んでくるぞ。」
シェイドが森の中を移動する気配を察知して声を上げる。
ガルドの指示のもと陣形を変える。
後衛を中央にして、歩兵班とガルド達が前後をレプリベラグを左右に配置した輪形陣を敷く。
最初の襲撃に失敗した事で、角狼達は慎重になっていた。
背後に回り込んだ角狼達は森の中からこちらを覗っている。
太陽は完全にその身を大地に沈めた。西明かりの残る空もやがて闇に変わるだろう。
角狼達はまだ動かない。
森と広場の境界が夜の闇に呑まれ、新たに魔法の明かりと夜の闇の境界が現れる。
角狼達は夜の闇に紛れ動き出した。次々と闇の中から現れては、直ぐに闇の中へと消えていく。
一撃離脱の波状攻撃で、ガルド達の消耗を狙ったのだろう。
だが、ガルド達も負けてはいない、角狼の攻撃に合わせ、的確に反撃を加え数を削っていく。
やがて、奥から大型の角狼が三頭、姿を現した。
一際大きいのがこの群れのリーダーだろう。左右に側近のように大型の角狼を従えている。
リュークとカイルは同時に動き出した。
大型の角狼はまるでリーダーを守るように、近づいてくるレプリベラグに向かって駆け出した。
カイルの乗るレプリベラグは、迫り来る大型角狼に備えて剣を抜いて構える。
角狼も剣を構えたレプリベラグを前にしては、迂闊には近寄れない。
大型の角狼といえど、レプリベラグが相手では仔犬ほどの大きさに見えてしまう。
角狼は唸りながらレプリベラグの様子を伺っている。
「どうくる。」
操縦席でカイルも目の前の角狼の動きを探っていた。
ギャオオオン!
突然、角狼の断末魔が響き渡った。
咄嗟に、カイルは断末魔の響いた方を向いてしまった。
見ると、リュークが大型角狼を一刀の元に切り伏せていた。
張り詰めていた緊張が一瞬、途切れる。その一瞬を見逃さなかったものがいた。カイルと相対していた角狼だ。
大型角狼が咆哮する。ただの咆哮ではない、魔力を込めた咆哮は見えない衝撃波となりレプリベラグを襲う。
「うわぁぁぁぁ!」
「クッ……」
衝撃波は、レプリベラグの装甲を貫通して中のカイルと少女にダメージを与えた。
剣を構えた腕が下がる。それを見て角狼はレプリベラグに飛びかかった。
「まだだ……」
体は思うように動かない、だが、レプリベラグの操縦に体を動かす必要はない。カイルは明確な意思を魔力にのせた。
グギャワワン!
カイルの意思を受けたレプリベラグは、その手に持つ剣で飛びかかってきた角狼を突き刺した。
「カイル、大丈夫か?」
操縦席にリュークの声が響く。
「はい……ちょっと痺れただけです……」
痺れの残った体でカイルもなんとか応える。
「そうか、少し休んでろ。あとは俺たちがやる。」
残る角狼は一際大きいリーダーだけになっていた。




