異変
森の奥がざわついている。
いつも聞こえるヤマガラの鳴き声が聞こえず、獲物も中々見つからない。
この世界には魔物が存在している。より凶暴な魔獣もいる。森の深い奥には魔物がいるので、普段は村の狩人も奥までは踏み込まない。
だが、狩人は違和感を覚えつつも獲物を求め、いつもは立ち入らない森の奥まで踏み入れ、それを見つけた。
「何だこれは……」
狩人が今目にしているのは、何か大きな力で、薙ぎ倒されたのであろうと思われる樫の木だ。
倒木などそれほど珍しいものではないが、その根元を見るとまだ生木の色をしている。
切り出した木材は陽の光や風雨にさらされるとその色を変えるように、倒木もその断面は時間が経てば色が変わる。
つまり、この樫の木は最近薙ぎ倒されたのだ。
狩人は冷や汗が止まらなかった。
倒れた木の幹には巨大な爪痕が刻まれている。
この爪の持ち主はあの頑丈な樫の木を力ずくで薙ぎ倒したことになる。
それが何本も森の奥へと続いているのだ。
思わず後ずさった狩人は、地面にできた窪みに足をとられ転びそうになった。
「なんでここだけ……」
狩人はここだけ沈んでいるんだと言葉に出来なかった。
言葉にする前に狩人は、自分が足を取られた窪みの正体に気づいてしまった。
大きな窪みの近くには、並んだ小さな窪みがあリ、それがある形を作っていた。
それは、人の身丈を超える大きさの巨大な足跡だ。
背筋の凍る思いで狩人はその場から駆け出していた。
これは、村にカイル達本隊が到着する少し前の話だった。
村人達はやってきた討伐隊の中に、見知ったカイルの顔があったことで落ち着きを取り戻しつつあった。
フィンやミアはカイルとの再会を喜び、会話の機会をうかがっていた。
カイルは今、村の外にたてられた天幕の中にいる。
状況の確認や機体の整備で忙しそうにしていた。そのためその機会は中々訪れない。
やがて太陽は西に傾き、斜めにさした陽の光は天幕の影を少し長く伸ばし始めた。
村人たちが久しぶりに帰ってきたカイルをどう歓迎しようなどと話し始めた頃、村の広場に狩人が必死の形相で駆け込んで来た。
「大変だ、森の奥に巨大な魔獣がいる!」
村の広場は一瞬で水を打ったような静けさに包まれた。
「おい、本当か、巨大な魔獣って、そいつはどんなやつだ。」
村の男衆の一人が狩人に尋ねる。
「わかんねぇ。」
「わかんねぇって、見たんじゃないのか?」
「見てない。」
「じゃあ、なんで巨大ってわかるんだよ。」
狩人は切らした息を整えながら話し始めた。
「足跡が、足跡があったんだ。それもただの足跡じゃねぇ。俺の背なんかよりもでっかい足跡だ。」
村人達からどよめきが起きた。
「それに、樫の木が何本も何本も薙ぎ倒されていた。あれはきっと、そいつが移動した跡なんだ。」
狩人のもたらした巨大な魔獣の話で、村の広場は騒然となる。
その騒ぎを聞きつけて、ガルド達魔獣対策分隊の面々が村の広場に現れた。
「魔獣が現れたと聞いたが、本当か?」
ガルドは近くにいた村人にそう尋ねた。
「ああ、狩人が森にとんでもなくでかい魔獣がいるって騒いでるんだ。」
村人はそう言うと広場の中央にいる狩人を指した。
「俺はこの分隊の分隊長をしているガルドだ。その話、詳しく聞かせてくれないか。」
広場の中央で必死に訴えかけている狩人に、ガルドはそう声をかけた。
「隊長さん、あんたは俺の話、信じてくれるよな。」
狩人は必死の形相でガルドに詰め寄った。
「まあ、信じてやりたいが、俺はまだその話を聞いてないからな。だから、まず、話を聞かせてくれ。」
ガルドは狩人を落ち着かせ、ゆっくりと話を聞き始めた。
その横でエルダはガルドが聞き出した情報をまとめている。
魔獣対策分隊にも緊張が走る。魔獣出現の報を受け、訓練から実践に移行した。
一通り話を聞き終えると、ガルドは狩人に礼を言い、村人に向かって話し始めた。
「皆さん、聞いてください。私達はカストリア領防衛隊、魔獣対策分隊です。確かに魔獣は危険な存在です。だが、見てください。ここにはレプリベラグが2体もあります。だから、安心してください。魔獣の脅威は私達が排除します。」
村人から歓声が上がる。不安で顔を曇らせていた村人達もガルドの話を聞いて安堵の表情を浮かべている。
「それでは私達は準備がありますので、これで失礼します。」
ガルドはそう言うと隊員達を引き連れ天幕に戻って行った。
カイルもガルドの後を追い天幕に向かった。広場を出る時カイルは一度だけ振り返って村人の様子を見た。
「フィン、アリシア、これからどうなるの?」
ミアは不安そうにフィンとアリシアに尋ねた。
「大丈夫だよ、ミア、きっとカイル兄さんが守ってくれるよ。」
「そうですわよ、ミア、カイルさんの事を信じましょう。」
フィンとアリシアはミアに心配かけまいと、笑顔でそう言った。
「そう……だよね。うん、あのカイル兄が帰ってきたんだもん。大丈夫だよね。」
ミアも二人にこれ以上心配をかけまいと笑顔を見せた。
ミアは嘘をつくときに決まって右手で前髪をいじる癖がある。
右手で前髪をいじりながら笑顔を見せたミアを見ながら、フィンも漠然と言い知れぬ不安を抱えていた。
大丈夫だよね、カイル兄さん……フィンは心の中でそう呟いた。




